38.バルトーク陰謀説
フランネル家でのお試し授業から数日後、デイジーはワンピース姿で、学園時代からの友人バルトークの恋人フリージアの家であるユヒム伯爵家の門を叩いた。今日はフリージアから招待されたお茶会なのだ。
因みにここまでは徒歩である。乗り合いの馬車で近くまで来た後に歩いてきたのだ。
徒歩でやって来た明らかに平民の小娘なんて追い返されるのでは、という一抹の不安はあったのだが、門番は慣れた様子で対応してくれた。いざとなったら招待状を見せて説明しようと思っていたのに門番は慣れた様子でデイジーの名前を確認すると快く中に入れてくれた。
ユヒム家の庭はこじんまりとしていて、屋敷の玄関も見えている。デイジーは案内しようとする門番を断って庭を突っ切ることにした。
申し出に礼を言って歩き出す。ちらりと振り返ると門番は小さく手を振ってくれた。
(どこの誰とも分からない平民に親切だったな。伯爵家なのに気さくだなあ)
不思議に思いながらも歩いていると「デイジー!」と大声で名前を呼ばれた。
きょろきょろとしていると「こっち、テラスだよ!」と声が言う。
瀟洒なテラス席に赤い髪の大柄な男が座って手を振っていた。それはかなりラフな格好のバルトークだった。
「へっ、バルトーク?」
まるで我が家のように寛いでいるバルトークに驚きながらデイジーは庭からテラスへと入る。
バルトークは控えていた侍女らしき人に「デイジーのお茶も持ってきてやってくんねえかな」とお願いまでしだした。
フリージアとは恋人同士だし今回も参加するとは聞いていたが、なぜバルトークがホスト面で伯爵家の侍女を使っているのか。
「何してるの!?」
「ひでえなあ、俺もこのお茶会の招待客だぜ?」
「それは知ってるよ。なんで自分の家みたいになってるの?」
「んー、俺、ちょくちょくここに顔出してるし」
ここでバルトークの顔がでれでれしだす。
「ちょくちょく? なんで?」
「へへへ、聞く? 聞いちゃう? 俺さあ、リアたんと婚約したんだ」
「婚約!?」
びっくりするデイジーにバルトークはとても嬉しそうになった。
「そう、婚約。そんで、リアたんは一人娘だし俺は婿に入るつもりなんだよ。そうなるといろいろ学ぶことがあるだろ? リアたんの家の領地はぶどうとワインが売りなんだけど、俺、ワインなんて全然知らねえし、まずは名前覚えたりしてんの。仕事が休みの日は通ってんだ」
「へー、ワイン…………忙しいんだね」
相槌を打ちながら、それで門番さんが慣れた様子だったのかと腑に落ちる。ラフな格好のバルトークも徒歩でちょくちょくやって来ているのだろう。
それにしてもバルトークがワイン。麦酒をジョッキで飲んでいるのしか想像できない。
「忙しいけど、リアたんとも会えるしな」
バルトークがでへへと笑う。ちょっと気持ち悪い。
とここで、バルトークの相好がますます崩れた。カツカツとヒールの足音が近付いてきて女の声が響く。
「デイジーさん、ごめんなさい、庭から回らせてしまって」
テラスにやって来たのはフリージアだ。
学生時代、髪を縦ロールにしてゴテゴテときつい化粧をしていたフリージアはここにはいない。
髪を緩く流し、化粧は薄く紅を引いた程度の、高貴で透明感のある美人がそこにはいた。
「お久しぶりです、フリージアさん…………だいぶ印象が変わりましたね」
「えっ、そ、そう?」
「はい。私はそちらも素敵だと思います」
「俺もー」
すかさず入るバルトークの合いの手。
フリージアは恥ずかしいのかつんと横を向き、でも耳を赤くしながらぽつりと「ありがとう」と応えた。
「ユーリさんは遅れてくるって、お仕事が忙しいみたいなの」
話題をそらすようにフリージアは言い、バルトークの隣に座った。
(やっぱりお似合いだなあ)
並ぶ二人にデイジーは微笑む。
バルトークはでれでれしていなければ精悍な顔立ちなので、高貴なフリージアと並ぶと絵になる。
「バルトークから婚約したと聞きました。おめでとうございます」
お祝いを述べるとフリージアは再び耳を赤くした。
「ありがとう。きちんと報告したくて今回の席を設けたの」
「そうでしたか、お招きと報告、嬉しいです。それにしても婚約かあ、もしかしてもう結婚も決まってたりするの?」
前半はフリージアに礼を述べ、後半はバルトークに気安く聞くと、バルトークはあっさりとこう答えた。
「それはまだ。リアたんの親父さんには反対されてんだよ」
「えっ」
「ほら、俺は平民だろ? 親父さんはもっと家柄のいい奴を捕まえたかったみたいなんだよなー。リアたんは一人娘だしさ、大切にされてんだ」
「ええっ」
「だから認められるためにも、ここに通ってんの」
「…………それでその態度なの? 大丈夫?」
娘との結婚を反対している男に家で寛がれて、フリージアの父は怒り狂ってやしないだろうか。
「つんつんしてるけどすっげーいい人だから大丈夫。なんだかんだで一緒に飯食ってくれたりもするんだぜ。めっちゃ小言多いけど」
「父も、お腹の底では賛成みたいなんです。素直になれないみたいで」
フリージアが困った顔で笑う。
「なるほど」
フリージアは父親に似たんだなあと納得するデイジー。
「でも、それならよく婚約できたね」
そう言うとフリージアはますます困った顔になり、バルトークはにやりと笑った。
「ちょっと力技だったからなあ」
バルトークの言葉にフリージアが恥ずかしそうに俯いて頬を染める。デイジーはドキドキしてきた。
(えっ、なにこの雰囲気……力技って、き、既成事実とかじゃない、よね?)
この先を自分は聞いてもいいんだろうか。
「あの、言いにくいことなら別にっ」
「卒業パーティーで公開プロポーズしたんだよ」
デイジーの言葉を遮ってバルトークが告げる。
「ん?」
「公開プロポーズ。しかも俺が成績優秀者で表彰されて、自席に戻るその足でリアたんのところ行って跪いて求婚した」
「わお!」
それはそれは目立ったことだろう。
フリージアがその時を思い出したのか、真っ赤になって両手で顔を覆う。ものすごく恥ずかしかったに違いない。
「卒業パーティーのリアたん、すっげー可愛かったからさあ。俺もうメロメロで。パーティー直前には両想いって分かってたし浮ついてたんだよなあ。おまけに男共がリアたんに“なんかいつもと違って可愛い”みたいな目してんだよ。もー、ついプロポーズしちゃうよな」
「“つい”でプロポーズはしたらダメだよ。おまけに卒業パーティーって。フリージアさんは困ったでしょう?」
フリージアに問うと、顔を覆ったままのフリージアはこくりと頷いた。
「…………でも、嬉しくて。私もつい、承諾のお返事をしてしまって」
「わお!」
それはそれは盛り上がったことだろう。
実際、ものすごく盛り上がったらしい。
衆目監視の中のプロポーズ、おまけにフリージアが諾の返事をしたとあって会場は大盛り上がりとなったようだ。
結果、ユヒム家は二人の婚約を認めるしかなかったのだという。
「すげー、怒られたけど婚約できたんだ。よかったよ」
バルトークが笑い、フリージアも嬉しそうに微笑む。
「そっかあ……上手くいったならよかったけど。でも、つい、はダメだったと思うよ」
幸せそうな二人を見ると和むけれど、ユヒム伯爵の心中を思うと可哀想だ。
バルトークがいい奴でフリージアと両想いだったからよかったものの、場合によっては悲劇とか喜劇になったと思う。
「…………」
ここでふと、デイジーは考える。
バルトークは脳筋な天才である。地頭はとても良いのだ。頭の良さの発揮具合にはかなりのムラがあるが、それでもここぞという時はしっかり発揮される。
学生時代、何度かそういう場面に遭遇もしてきた。
そしてデリカシーはないが、勘がよいせいか誰かを致命的に傷つけたり、追い込んだりしたことはない。
学園でずっと友人だったデイジーは、バルトークが肝心な時はきちんと振る舞えることを知っている。
「…………」
ある考えがデイジーの頭の中に芽生える。
(バルトークは卒業パーティーでプロポーズしたらフリージアさんの家を丸め込めると分かってやったんじゃ……)
頭をもたげるバルトーク陰謀説である。
自分が一番注目されている場面でのプロポーズ。
跪いてしたそれの効果は抜群だっただろう。
フリージアは表面上は勝ち気だけど、心根は優しい。押しにも弱そうだ。直前に両想いだと分かっていたのなら彼女が承諾してくれる確信はあったんじゃないだろうか。
近年は貴族も恋愛結婚が増えてきているが、平民との結婚は親戚から眉をひそめられることも多いと聞く。ましてフリージアは一人娘。バルトークはもちろん、結婚までは前途多難になることを分かっていただろう。
それらを総合して考えると、卒業パーティーで非常に目立つプロポーズしたのは完全に退路を絶つもので、なかなかの策士だったとも考えられる。
(実は“つい”じゃなかったのかな)
ちらりとバルトークを見てみると、脳筋な天才は全く他意なくにこにこと笑っていた。そこに暗さはひと欠片もない。
「…………」
拍子抜けするデイジー。
(うん。そういうタイプじゃないよね。綿密に何かを計画するような奴じゃない)
デイジーはバルトーク陰謀説を追いやった。
(……でも勘は鋭いから、直感的に今やればいけるとは思ったんじゃないかな)
それくらいの計算高さはあるかもしれない。
「………………」
再び可能性の出てくるバルトーク陰謀説…………。
(ま、いっか)
デイジーはそこで考えを打ち切った。
目の前の二人は幸せそうである。結婚の馴れ初めなんて些細なことだ。デイジーが詮索することではないだろう。
「遅れてごめーん」
ユーリの声がして、テラスに黒髪の美少女が駆け込んでくる。
そこからは四人で楽しくお茶を飲んだ。




