37.フランネル家
「初めまして、先生。シルフィ・フランネルと申しますの。お会いできるのを楽しみにしてましたのよ」
窓の大きな明るい応接室でフランネル子爵夫人はにこやかに挨拶してきた。
真っ直ぐな金髪を綺麗にまとめたシルフィは少女のような可憐さがあり、子爵夫人で二人の子持ちにはとても見えない。
デイジーはぽかんと見惚れてしまいそうになるのを慌てて止めて、略式の礼をした。
「初めまして。デュート社より参りましたデイジー・パットンです。本日はよろしくお願いします」
今日はフランネル家との顔合わせで、お試し授業の日なのである。
「ふふ、今日のこの日をとても楽しみにしていたのよ。さあおかけになって。お茶もどうぞ」
「あ、はい。いただきます」
勧められたソファに座るとすぐにお茶が運ばれてきて、しっかりと菓子も出てきた。
(おや?)
デイジーとしては夫人とは簡単な挨拶だけで、すぐに子ども達と対面してお試し授業を開始すると思っていたのだが違うらしい。
菓子まで用意されてるなんて、初っ端からしっかりお茶を飲むモードである。
(フランネル夫人はお喋り好きなのかな、授業時間が減っちゃうんだけどな)
デイジーは、どうしたものかと念のために説明をする。
「あの、こちらに滞在できる時間は決まっていまして……その、正式に契約となるとある程度の時間の融通もきくのですけど、初回お試しはきっちり切らせてもらうんです」
心配そうに会社の方針を告げると、シルフィはゆったりと微笑んだ。
「大丈夫よ、知っているわ。でもまずは私とお喋りしましょう。子供達について伝えておきたいことがあるの。授業は少なめでも構いません。約束の時間はきちんと守りますわ」
「そういうことでしたら、お付き合いします」
「先生はお若いのにしっかりしていらっしゃるのねえ。立派だわ」
シルフィが感心したように言う。
「いえいえ、とんでもないです。齟齬があってはいけませんからね。それに私の場合はお喋りは得意ではないんです。私がいただく評価は授業を受けてもらってのものですから」
デイジーはぴんと背筋を伸ばした。
デイジーの家庭教師としての売りは真摯で真面目な授業の中身である。
デュート社の先輩の家庭教師の中には生徒やその家族とのコミュニケーションを大事にして人気を得ている人もいる。
社交は貴族にとって大切なことなので、そういう関わり方を会社も否定はしていない。家によっては娘の最初の社交の相手としての教師を求める場合もあるのだ。
先輩方の多くは最新の話題や流行りを掴み、お洒落にも敏感だったりもする。それらも授業の一環なのである。
実際にデュート社で一番人気のセシリア・カネルソン嬢も伯爵家出身のとても華やかな人だ。デイジーより四つ年上のセシリアは家庭教師としてのキャリアはまだ五年目なのだが、ここ数年は不動の一番人気である。赤毛に緑の目のセシリアは太い眉の特徴的な美人で背も高く、お洒落でもあり非常にカッコいい女性である。憧れる令嬢は多く、先進的な家からの指名はひっきりなしなのだ。社交的な人で伯爵家令嬢の立場を活かして社交界にも顔を出し知人友人も多い。
その授業は分かりやすいと評判で、最新の話題を取り入れるのも上手く、知識も豊富だ。人気なのも頷ける。
デイジーもセシリアには憧れる。「新人さんよね」と気さくに話しかけられて何度か話したのだが、快活にしゃべり、大輪の花のように笑うセシリアにはあっという間に魅了されたし、授業準備を綿密にする様子には華やかな人も努力するんだと妙に感心もした。
だが目指そうとは思っていない。巧みな話術や最先端のお洒落はどうしたってできない。なのでデイジーの売りは実のある授業一本である。
実際にそうやってデイジーを売り込んでいるのはクララであるが、デイジーもそうあるようにしていた。セシリアを始め華やかな先輩方を素直に尊敬はしているが、自分がそれを目指そうとは思っていない。
デイジーの態度にシルフィは満足そうに目を細める。
「先生は評判通りの方みたいね。ソニアとも上手くいきそうだわ」
「上手くいくとは……?」
その言葉は少々不穏な気がして問うと、シルフィは眉を下げた。
「七歳の長女のソニアは、最近立て続けに家庭教師を変えているの。こう伝えると我が儘で扱いづらい子だと思うかもしれないけれど、授業中はとても素直でいい子なのよ。でも……あの子は授業が終わってから私にだけこっそりと先生を変えてほしいと言うの。そうなると意地でも意見を変えないのよ」
シルフィがため息を吐く。ソニア嬢は静かで頑固な女の子のようだ。
「はあ……そうなると私ではお役に立てない気はしますね。年齢の若い方に慣れているわけではないんです」
デイジーは子供は好きだけれど、得意ではない。近くにいればそっと距離を取って見守るタイプである。
「ふふ、その方がいいのよ。ソニアは子供扱いされるのをものすごく嫌うの。そういう年頃なのでしょうね。これまでの先生も悪い方ではなかったけれど、どうにも合わなかったみたいで…………どうか小さな大人として接してやってほしいわ」
「やってはみますけど」
あまり自信はない。子供扱いがどういうことを指すのかピンときてないのに、そうならないようになんてできるのだろうか。
「先生なら、普段通りにしてくれたら上手くいきそうよ」
シルフィはふんわりと笑った。
因みにソニアの弟、五歳のラファエルはやんちゃで明るい男の子らしい。かなり落ち着きがないので、授業を受ける主目的はじっと椅子に座っていることに慣れてもらうことのようだ。
「ラファエルがお絵描きしてても怒らないであげてね」とシルフィは微笑んだ。
そうしていざ、デイジーはラファエルの部屋で姉弟と対面した。
ソニアははきはきと挨拶してくれてとてもいい子だった。大人として認められたいようで熱心に自分の気づきや考えを語ってくれる。
(わあ、いい子じゃん)
これなら大丈夫と安心したのも束の間、デイジーが話を始めるとソニアはじっとデイジーを観察しだした。大人と違って隠そうとしないその視線はまっすぐにデイジーに突き刺さる。
(…………あう、緊張する)
妙なプレッシャーを感じるデイジー。
動揺してスペルをとちってしまった。すかさず入るソニアの指摘。
ここで誤魔化すのはよくないだろう。デイジーはミスを認めて、きちんと修正をした。
「ご指摘ありがとうございます、ソニアさん。非常に助かります」
お礼を言うとソニアは恥ずかしそうに俯く。
(おう、可愛い。やっぱりいい子)
思わず口角が上がってしまうデイジー。
そんなデイジーにラファエルが「先生は、先生なのにまちがうんだね」と言ってきた。
「もちろん、先生だって間違えます」
デイジーはラファエルに目線を合わせて答えてあげた。
「へんだよー」
「変じゃないです。間違うのは仕方ないことです。少なくした方がいいですけどね。でも間違えてもやり直せばいいんです。勉強ってそういうものです。間違えたらひたすら覚え直してやり直す。これが基本です」
「ふーん」
ラファエルは興味がなさそうに相槌を打つ。
「そうやって身につけた知識は裏切りません。ラファエルくんも間違えたら、近道をせずに地道に頑張りましょうね」
ガリ勉の極意である。
言われたラファエルはよく分からない顔をしていたが、ソニアには響いたらしい。
そこからソニアのデイジーを見る目つきがますます熱くなり、おかげでデイジーは更に何度かスペルミスをした。簡単な計算間違いまでした。
ソニアがもはや嬉しそうにミスを指摘してくれ、ラファエルは足をぷらんぷらんさせていたけど頑張ってじっと座っていた。
そうしてお試し授業はデイジー的には散々な結果となった。
これはお断りされるのでは、と思っていたのだが何がよかったのかデイジーはソニアのお眼鏡にかなったらしい。フランネル家からは後日、是非このまま家庭教師をお願いしたいと連絡が入った。




