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人の中の怪物

 ギシギシとなにかが軋む音がする。

 目を開けようとして、痛みに顔をしかめた。

 目がちゃんと開かない。

 顔が、顔だけじゃない、体中が痛い。

 それに口の中に何かが突っ込まれていた。

 生暖かくて気持ちが悪い。


「うぇ」


 思わず呻くと、口の中の何かが無くなった。

 かわりに頭に衝撃。

 体が飛んでいっちゃうかと思うくらい強く殴られたと分かったのに、体はそのままだった。

 動かない。

 縛り付けられている。


「あぁ、せっかくもう少しだったのに、起きちゃうなんて、なんて悪い子だ」


 聞いたことのある声だ。

 そういえば死んじゃう前にも何か聞いたような、でもその声とは違うような。

 また殴られて頭の中に火花が散る。

 それでもゴブリンに殴られたほどじゃない。

 そうだ、ゴブリンに殺されて、それなのに朝じゃない?


「せっかくもう少しだったのに。でも夜はまだまだこれからだからね。これからちゃんと証明しないと」


 少し顔を動かすとそこには開いた窓から月が見えた。

 満月。

 開ききった彼方の天窓。

 朝じゃない。

 夜。

 真夜中だった。

 どうして?

 僕は死んじゃって、いつもの朝じゃないところにいる。

 いや、ここは僕の家だ。

 僕のベッド、そこに縛り付けられている。

 それが見慣れた窓で分かる。

 月明かりに照らされたおじさんの顔を見た。

 そうだ、このおじさんは知っている。

 いつも僕やクリスを遠くからじっと見つめてくる、ちょっと気持ちの悪い人だ。

 どうしてその人が僕の家に?

 お父さんとお母さんは?

 体が動けないから、確かめることも、逃げることもできなかった。


「悪い子だ。またそうやって私を誘惑して。君たちはいつもそうだ。なんにも知らないって顔をして、そうやってこれ見よがしに私を誘うんだ」


 意味が分からない。

 おじさんの言葉は無視してなんとか逃げられないか体を動かしても、縛られてるところが痛いだけで、抜け出せそうにない。


「駄目だよ。君みたいな悪い子にはおしおきしないといけないんだから。ああ、くそっ。ベトベトして気持ちが悪いな。ちょっと待っててね。今、これを脱ぐから」


 そう言って、おじさんは着ている服を脱いでいく。

 嫌に重そうな服を。

 月明かりだと色まではよく分からないけれど、何か濡れているみたいだった。


「ああ、それに臭い。まったく、こんな臭い血をしてるから、君をこんなふうに悪い子に育てたんだなっ!」


 そう言って、足元にあった何かを蹴った。

 重い音。

 おじさんがあんなに思いっきり蹴ったのに、あまり動いていない。

 不意に思い出した。

 ゴブリンに殺されたペーターを。

 人が死んじゃうと、どういう風になるかを。


「ああぁあああ!!お父さんを!お母さんを!どうした!!」


 体は動かない。だから声の限りに叫ぼうとして、あっさりと口を塞がれた。

 おじさんが脱いだ服が口に詰め込まれる。

 それはもう何度も何度も味わったことのある味だった。

 血だ。

 この服には血がぐっしょりと染み込んでいる。


「んー!んんーー!!」

「しーっ、駄目だよ。近所迷惑じゃないか。本当に悪い子だよ。君のお父さんとお母さんは死んじゃったよ。殺したのは私だけど、君が悪いんだ。君みたいな悪い子を私が矯正してあげようとしたのに、邪魔したからね。死んで当然だ」


 悪い子?僕が悪い子?

 だから悪魔に憑かれてゴブリンに殺されても仕方ないって?

 お父さんとお母さんを殺されても当たり前だって?

 ふざけるな。


「私がどれだけ真面目なのか、大いなる我等が主はご存知のはずなのに、いつも悪魔とその子どもたちが私を試す。誘惑する。目で語りかけてくる。どうかオカシクテクダサイと。どうかイタブッテクダサイと。ワタシタチハアナタノ玩具デスと。ああ、その目だ。その目だよ。ああ、ああ!」


 また殴られた。

 何度も。何度も。何度も。

 どこか痛みが遠い。

 殴られるたびに頭が冷めていく。

 悪魔の子。

 それが僕だって言うのか?

 だからこうやって縛られて殴られても仕方がないって。


「……」

「んー?なんだって?」


 口に服が詰められていて、はっきりと言葉にできないって分かってても、僕はうめくように口にした。

 叫ばずに、ただ淡々と。

 その様子が気になったのか、目の前にいるおぞましい何かが僕の口から服を抜き取る。

 そうか、はっきりと思い出した。

 最初の夜に僕をバラバラの壊れた人形にしたのはこいつだ。

 こいつがしていることの意味が分からずに、ただただ怖かったから、僕はこいつを化け物だと思ったんだ。

 僕は知っている。

 こいつの正体を。

 先生も言っていたじゃないか。

 人を好んで襲い、殺戮し、暴れるケダモノ。

 それを。


「……」

「聞こえないよ。もっとはっきりと口にしないと」


 魔物と呼ぶんだ。

 醜い魔物が僕の声を聞き取ろうと顔を近づけてくる。

 その耳を僕の口へと近づけてくる。

 だから僕はその耳に思いっきりかじりついた。


「ああぁあああぁあ!」


 悲鳴を上げた魔物の耳をそのまま噛み切った。

 ちぎれた耳を横に吐き飛ばす。


「痛い!ちくしょう!ちくしょう!!」


 耳を押さえながら、血走った目が僕を見る。

 縛られているから逃げられない。

 縛られているから武器も持てない。

 でも、この口だけは動かせた。

 

「お前は間違っている」

「いいや!あの方はおっしゃった!私は聞いたのだ!そう、今も!聞こえる!大いなる我等が主の声を!私は間違っていないと!私こそが正しいのだと」


 何が悪魔の子だ。

 確かに僕には悪魔が憑いているのかもしれない。

 でも、お前にも憑いているじゃないか。

 はっきりと見えた。

 今もこの醜い魔物の耳元で何かをささやく黒い人影が。


「お前は嘘をついている。お前だって分かっているはずだ。こんなことが正しいはずがないと」

「違う!違う!違う!私はいつも正しいことを口にしている!嘘などない!」

「お前のような奴をなんて呼ぶか、僕は知ってる」


 黒い人影がささやく。

 その声は僕には聞こえない。


「違う!やめろ!私は!私は?違う!私は正しい!」

「お前も自分で分かっているんだろう?」


 魔物は狂ったみたいに頭を振って、僕と黒い人影を交互に見る。


「なぜなら私は子供を教育する正しい存在で」

「なぜならお前は人殺しで」

「私はそれが許されている」

「お前はただの人でなしだ」


 耳をかじりとってから魔物の体が細かく震え始める。

 その間にも耳元の悪魔が何かをささやいていた。

 それに答えているのか、それとも僕の言葉に答えているのか、それも分からず叫び続ける。


「嘘つき」

「違う!」


「嘘つき」

「私は許された」


「嘘つき」

「私は正しい」


 違うと言う度に、体は小さく縮んでいき、鼻が大きく曲がっていく。

 耳はいびつに伸びていく。

 そうだ、この姿こそがコイツには相応しい。


「嘘をついたり、人のもんを盗んだり、誰かを殴ったりしちゃいけません。そんなことをしていると」

「私は子供たちを教え導く存在。あえて痛みを与えることで何が正しいかを指し示すための大いなる我等が主に認められた力の持ち主」


 背丈は僕たち子供よりも少し高いくらい。

 耳が尖っていて、鉤鼻で、大きなギョロリとした目。

 髪は針金みたいに固そうで、狼みたいに尖った歯。

 いびつな指。


「ゴブリンになっちゃいますよ」

「そうだ!そうだ!私は確かに望んだ!だがそれはすべて君のような悪い子を教え導くために!それが許される存在へと大いなる我等が主が!」


 完全に醜い魔物の姿と化した時、悪魔の声が初めて僕の耳にも届いた。


「嘘だ」


 男の声。

 不思議と人を落ち着かせるような、そんな心強い声。

 その声を僕は知っていた。

 魔物が自分の手を見て、そして鼻を、耳を触って狂ったように叫ぶ。


「嘘などではない!協会だってゴブリンのことを認めているではないか!それはつまり私は大いなる我等が主の声に従って!」

「いいや。君は大いなる天窓の向こうの主の声に従っていたのではない。従っていたのは君自身の欲望だ」

「違う!私に欲望など……」

「ならその股間の有様はどうしたものだい?そんなもので他人を正しくできると本気で思っているのかい?」

「違う!違う!違う!」

「もう遅い。君は魔物で」


 不意に醜い魔物が僕を見た。

 片方は笑って、片方は冷めた目で。

 全身が総毛立つのを感じた。

 その目は誰よりも僕がよく知っている目だった。

 思わず口にする。その名前を。


「ゴブリン」

「そう、だがそれは君の思うような存在ではない。やがてすべての闇が取り去られた後に消え去るべき悪意だ」


 大人たちが子供に語る嘘の魔物。

 それが本当に姿を現していた。


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