表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

もう二度と月には祈らない

 僕は同じ1日を繰り返している。

 そしてゴブリンに殺される。

 子供のうちに死ぬと地獄に落ちる。

 地獄には悪魔がいる。

 悪魔は現実にもいる。

 僕にはここが現実か、地獄かなのかも分からない。

 僕には悪魔が憑いている。

 僕は何度も死んでいる。

 だから僕にも悪魔が見える。

 槍のおじさんがなぜか同じ1日からいなくなった。

 悪魔がなにかしたのかもしれない。

 ゴブリンに石は効かない。

 ナイフとフォークは効くけど、それで殺すのは難しい。

 ナイフの使い方は分かったけど、お腹に刺してねじるのは簡単じゃない。

 ゴブリンは剣とナイフと火と石を使う。

 そのどれでもゴブリンは僕を殺せる。

 ゴブリンは僕を殺す。

 悪魔がゴブリンを使って僕を殺す。

 でもそれはもう今回と合わせて2回しかない。


 僕は呆然としたまま歩いた。

 途中、釣り道具を持っていないことに気がついたけど、川まで戻る気になれなくて歩き続ける。

 ついたのは教会だった。

 特にどこかに向かっていたつもりはなかったけど、いつも授業に向かう道を癖で自然に歩いていたのかもしれない。

 中を覗くと今日は授業がないから子供もいないし、大人たちは働いているからか誰もいなかった。

 ぼんやりと先生の勉強の時と同じ椅子に座っている内に今までのことが思い浮かぶ。

 いつ悪魔が取り憑いたんだろう。

 どうやったら悪魔を追い払えるんだろう。

 祭壇にある像をぼんやりと見る。

 聖印様が月に、彼方の天窓に祈っている。

 いつまで僕はそうしていたのだろうか。

 いつの間にか先生がすぐ側まで来ていたことに気がついたのは、声をかけられてからだった。


「ここで何をしているんです?」

「……何をしたら良いのかを考えているんです」

「ほう、それは」


 そう言って先生は僕をまじまじと見ると僕の隣に座った。

 なにか変わったものでも見るような目だった。

 あまり見たことのない表情。

 いつも眉間にシワを寄せて、僕たち子供を睨むようにして見る先生の目じゃなかった。


「多くの子供たちは今、この瞬間にしたいことをしているでしょう。やりたいことを、やりたいままに。それは確かに楽しい日々でしょう。ですが日々が過ぎていき、1日1日を思い出そうとしても、そうした過ごし方は後には残るものではありません。ブラディス。君は今、とても大事なことをしています。今、何をするべきかとは、後の自分に何を残してあげるのかということです。そうして暮らしていけば、君はきっとずっと賢くなれるでしょう」

「……でも、駄目なんです。僕には何も分からない。分からないことが多すぎて、何をしたら良いかが分からないから、結局、何もできないままです」


 先生は目をそれ以上は開かないんじゃってくらいに見開いて僕を見る。

 まるで僕が僕じゃないことを疑ってるみたいな目だった。

 しまった。

 先生の知る昨日までの僕はしたいことをしたいままにする僕だ。

 こんな風に考えるようになった僕じゃない。

 もしかすると、悪魔が憑いたと疑われたのかもしれない。

 それは困る。

 どうしようか、と考え始めるとそれは僕の勘違いだとすぐに分かった。


「ブラディス、君に何があったのかは分かりませんが、君は本当に賢くなる道を歩き始めています。まずは自分が知らないことを知る。そうして何を知らないのかを知り、何を知るべきかを知る。最初から何もかもが分かっている人などいません。自分が知らないと思ったなら、まずはそのことを素直に相手に聞きなさい。君のお父さん、お母さんに、恥ずかしいなら先生でも構いませんから聞いてみてください」


 そう言うと、先生は胸の前で聖印を切った。

 また神様の思し召し、とか考えているんだろう。

 でもそれは違う。

 これは悪魔のせいだ。

 悪魔が僕に考えさせている。

 もしかしたらああして死ぬ前に手だけで残りを示すのも、こうやって僕に考えさせるためなのかもしれない。

 もしもペーターに5回勝負だって言われて何か勝負を挑まれたら、僕は考えるだろう。

 どうしたら勝てるか、勝ったら次はどうやってまた勝つか、負けたらどうして負けたのかを。5回とも何も考えずにいつも同じことをする人間なんていないだろう。

 でも僕に分かるのはそこまでだ。

 どうして悪魔がそんなことを僕に考えさせるのかなんて、考えようがない。

 そもそも悪魔は僕に取り憑いて、何がしたいのだろうか?

 僕を殺して地獄に連れて行く?

 ならとっくにかなっているじゃないか。

 どうして地獄に連れて行かないで、何度も朝に戻しているんだろう?

 やっぱりここが地獄なんだろうか?

 先生はお父さん、お母さん、そして先生自身に聞けと言ったけど、これをいきなり聞くと絶対に言う。

 どうしてそんなことを聞くんだい?と。

 いつも理由ばかり。

 だから子供は大人に聞きたくないんだ。本当は。

 でも、僕が知りたいことをペーターとクリスに聞いても答えはないだろう。

 同じように遊んで、同じように先生から教わってきたふたりに聞いても。

 だからやっぱり先生に聞かなくちゃならない。

 そういえば、先生は僕に悪魔が憑いているって言った時、僕を閉じ込めてその後どうするつもりだったんだろう?

 先生には悪魔を追い払う方法があるんだろうか?


「……先生、僕には怖いものがふたつあります。ゴブリンと悪魔です。どうしたら追い払えますか?」

「おや、君は悪魔もゴブリンも信じていないんじゃないかって、先生は思っていましたよ」


 確かにそうだ。

 前の僕はあまり信じていなかったかもしれない。

 この世のどこにもいないとは思っていなかったけど、どうせこの辺にはいないんだって。僕が出くわすことなんてないんだって。

 だから先生もお父さんもお母さんもそうやって僕を脅かしているんだって。

 あまり余計なことを言わないようにしないと、先生は僕が聞きたくないようなことまで話し出す。


「夢……そう、夢で見たんです。悪魔が出てきてゴブリンに僕を襲わせる夢を……」

「ああ、なるほど。だから追い払いたいわけですね」

「ぁ」


 先生の言葉にしまったと思った。

 追い払うってことは、もうすでに僕に悪魔が憑いたって言ってるみたいじゃないか。また閉じ込められるかもしれない。

 閉じ込められるのはまずい。

 またゴブリンが来る。


「き、昨日の夜に、ちょっとお父さんを困らせたら、寝ている間に悪魔がゴブリンを連れてくるぞって、僕を……脅かして……」


 とっさに言い繕ったら先生はそれを疑わなかったらしい。

 良かった。


「そうですね。悪魔は恐ろしい存在です。君がそれを正しく恐れるのは決して悪いことではありません」


 悪魔は?

 ゴブリンは違うのだろうか?

 先生もあの兵士さんみたいに大したことないって思ってる?

 きっと先生はゴブリンと戦ったことがないから、そう思うのだろう。

 正直、僕は悪魔も嫌だけど、それ以上にやっぱりゴブリンが恐ろしい。

 これからまた戦わないとって思うだけでも。


「……手が震えていますよ」


 そう言うと、先生は自分の手を、僕の手にそっと重ねて握った。


「先生は怒るかもしれませんが……」

「なんです?」

「僕は悪魔よりも、ゴブリンの方が怖いです」

「そうですか……よほどの悪夢だったのですね」


 悪夢。

 そっか。

 僕が夢だって言ったんだった。

 先生にとってはただの夢の話。

 なんだか空しくなってきた。

 子供の見た夢の話、先生はそう思っている。

 そう考えたら真面目に話すことが馬鹿らしくなってくる。

 震えは自然と止まっていた。

 それを待っていたみたいに、手を握ったまま先生が話し出す。


「どうしてそんなに恐ろしいのです?」

「どうしてって……」


 恐ろしいに決まっている。

 自分を殺しに来る化け物を怖くないなんて思えるはずがない。

 嗤う目も恐ろしいけど、あの冷めた目だ。

 まるでカマキリがじっと蝶を見ているみたい。

 体が凍るみたいに震えがくる。

 そうして僕も蝶みたいにバラバラにされた。

 先生にとっては夢の話でも、僕にとっては紛れもない現実だ。

 また震えた僕の手を先生がそっと握り込む。


「醜い鉤鼻と尖った耳の醜い存在。嘘つきや罪人の成れの果て。粗暴で愚かで、そして残忍と言われていますね。でも、ブラディス。今までお父さん、お母さん、他の大人の人からゴブリンの話を聞いて、おかしいな?って思ったことはありませんか?」

「え?」

「君たち子供にも、友達同士でこれをしてはいけない、というルールがありますでしょう。それは私たち大人にもあります。本当はこんな話をすること自体があまり良くないことなのですが、君は今、子供から大人へと至る道を見つけかけています。そんな君がゴブリンを過剰に恐れているのは正直、私には忍びない。だから少しだけルールを破りましょう。良いですか、真に人が恐れるべきは凶悪な悪魔です。決してゴブリンじゃない」


 そう言ってから、先生は少し間を置いて口にする。


「ブラディス、君はゴブリンを見たことがありますか?」

「それは……」


 あるに決まっている。

 でも、言える訳がない。

 ゴブリンが来て、みんなを殺すって言った結果、先生も、お父さんもお母さんも信じなかった。

 誰も信じない話はしない方が良い。

 じゃないと納屋に閉じ込められて火炙りだ。

 黙る僕を見て、先生は満足したみたいにうなずいて話を続ける。


「きっと話ばかりで、見たことがあるとしても絵とかではないですか?」

「……それは悪魔もです」


 山羊の頭、鷲、あるいはコウモリの羽、みっつの尾を持った人の形。

 それが悪魔だって他でもない先生が絵で見せてくれた。

 怖いというよりも、変な格好だなって思ったのを覚えている。

 先生は少しムッとした表情をしたけど、すぐになんでもないって顔をして話を続ける。


「そうですね。でも今、君が本当に怖いと思っているのはゴブリンなのでしょう?そのゴブリンについてお父さんやお母さん、大人が話す時におかしいなって思ったことはありませんか?」


 あんなにも恐ろしいゴブリンを見て、何をおかしいと思うんだろう?

 お母さんだって、あの時教会にいた大人たちだって怖そうに見ていた。

 見たくないって目を背けたりしていた。


「ブラディス、何かを知ろうとする時、大事なことがあります。知るとはただ誰かの言うことを鵜呑みにすることではありません。自分なりに考えて、正しいと思える道筋を見つけることです。知るとは目的地にたどり着くことではなく、目的を持って歩き続けることです。たどり着いたと思った時、また別の道が見えてくるでしょう。考え続けること、それだけが真に賢く、正しい在り方へと、そしてやがては彼方の天窓の向こうへと繋がっていきます」

「……よく分かりません」

「いずれきっと分かりますよ。君ならばきっと。考えて先生が何を言いたかったかに気づけたなら、君はきっともうゴブリンなんて怖くなくなるはずです」


 やっぱりいつもの先生だ。

 僕が聞きたかったのは悪魔の追い払い方なのに、先生はこうやって話していると、だんだんと具体的な話じゃなくなっていく。

 あまりしつこく聞くと、本当に悪魔が憑いているって疑われるかもしれない。

 でも、今聞かないと、僕にはもうあと1回しか残っていない。


「……また夢を見たらどうしましょう?悪魔が出てきたらどうすれば良いのでしょうか?」

「祈りなさい。彼方の天窓に。心の底から助けを願うのです。そうすれば必ず助けは来るでしょう」


 ぞっとした。

 祈れば良い?

 ただ祈って待てと?

 何度も何度も助けてと叫び続けたのに、もっと叫べって?

 来なかったら?

 助けは来なかったよ。

 今までもずっと。

 僕がどれだけ良い子になると誓おうとも意味なんてない。

 僕はもう助けが欲しいんじゃない。

 ただ、自分がどうやったら助かるかが知りたいんだ。

 お父さんも、あの冒険者のおじさんも、誰も僕を救ってはくれない。

 そうか、だからあの時先生は僕を閉じ込めたのか。

 先生は僕に悪魔が憑いていると言って、納屋に閉じ込めた。

 もしも先生が本当に悪魔を追い払えるなら、僕を閉じ込めたりなんてしないで、すぐに追い払えば良かった。

 そうしたらゴブリンに納屋ごと燃やされることなんてなかった。

 つまり、先生じゃ僕は助けられない。

 先生は悪魔を追い払えないのか、もしかしたらその方法を知らないのかもしれない。今まで散々勉強を教えてきた先生だからこそ、僕には知らないなんて言えないのかもしれない。

 先生も言ってたじゃないか。

 知るとは目的地につくことじゃないって。

 多分、先生の目的地は僕とは違うし、きっと先生もまだ目的地にはついていないんだ。

 だからやっぱり僕が自分で僕を助けなきゃいけないんだ。

 僕は立ち上がった。

 そうして先生に見えるように、胸の前で聖印を切る。

 祈るためじゃない。

 これは絶交のためだ。

 神様。

 もう僕はあなたには頼みません。


「先生、ありがとうございます。先生の言う通り、考えてみようと思います。どうしたら目的地にたどり着けるかを」


 僕が死なない明日へ。

 ゴブリンの来ない将来へ。

 先生もまた立ち上がり、胸の前で聖印を切る。


「君ならばたどり着けますよ。必ず」


 何も知らないくせに。

 もう先生に頼ろうという気はまるでなくなっていた。


「さようなら、先生」


 さようなら神様。

 別れを告げて教会を出ると僕はすぐに道端を見て回る。

 大きな石、ポケットに入れたらそれひとつでいっぱいになるそれを拾って握りしめた。

 悪魔がきっとそれを見ているだろう。

 見られても良い。

 これは、これだけが僕が握りしめられるたったひとつの勇気だ。大切にポケットにしまって歩き出す。

 僕はまた歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ