019 潰える火
「申し訳ありません。イヴ=グレイス・キャンベルの調伏に失敗しました」
王都に帰還してすぐ、私は自身が所属する聖教の拠点となっている大聖堂まで足を運んでいた。この度のイヴとの接触について報告を急がなくてはならない。
「彼女は想像を上回る力の持ち主でした。当代の審神者が総力を上げて挑もうとも勝算は低いでしょう。独断ではありますが、力で押さえ付け従わせることは不可能と判断しました」
『ふむ、君をしてそうとまで言わしめるか』
その言葉を前に思い返すまでもない、圧倒的な実力差。勝負がついたのはほんの数瞬の出来事だった。少なくとも私が自身の敗北を悟るよりもずっと以前に、イヴは私の敗北を見通していた。赤子の手をひねるよりも遥かに遠く重いその絶望的なまでの差が、単純な数の力で詰められるとは思えない。戦闘力に関しての話ならば、審神者に於いて私に勝る存在などそうそう居はしないのだから。
「ただ、条件付きではございますが協力を取り付けることには成功しました。決して厳しい条件でもなく、それ故に彼女は聖教の力になることを拒みはしないでしょう」
『なるほど、敵対関係ではないと、そう申すのだな』
聖教としてもかのじよと対立することは避けたい。協力関係を足場に信頼を深め、いずれは審神者として彼女を迎える。多少の時間はかかろうとも、それが最も円滑で無理の生じないやり方であることは明白だ。ひとつとして疑いようもない。何よりイヴと直接接触皮膚炎した私が確信している。彼女はいずれ私たちの仲間になるであろうと。ある種の信頼、それがある故にアルニカを彼女の元に置いてきたのだから。
『殺せ』
私の心模様が酷く場違いなものに感じられるほど、底冷えするような言葉は淡々と。あまりにも造作ないそれは鋭利と言い換えても良かった。鋭さゆえに言葉の意味を違えてしまいそうなほど、けれど確かにそう告げたのだ。
『赤子を殺せ』
馬鹿な、と思わず言葉にしかけて。しかしなんとか冷静な視点に立ち戻ろうと試みる。件の発言はどう考えてもおかしい。理に適っていない。敵対どころか抹殺など、友好的な関係を望む相手に対してあまりに理不尽だ。
「きょ、協力関係を取り付けたと報告させて戴いた筈ですが」
どうしても動揺が隠せない。冷静になろうとすればするほどに頭が混乱する。大義のため、手を汚すことはこれまでもあった。けれどそれは人を、世界を守るためにやむを得ないことでもあった。けれどいま目の前で受けた指示は明らかに常軌を逸している。イヴは強大な力を持つ存在ではあっても聖教に対して協力的な存在で、しかも赤子なのだ。そんな相手を抹殺するなんて、神から神託を授かる我ら聖教のやることではない。
『ふむ』
先ほどの言葉が聞き間違いであったかと思わせるほどに暢気な空気を醸して、だけれど瞳だけは決して笑っていない。品定めをするように私の眼を覗き込まれる。イヴと戦った時とはまた別の感情。恐怖に身がすくむ。動けない。心の奥底から凍りついていくような。
『紅蓮の巫女は辺境の村で覚醒した異能者の手に堕ちた。がしかし、最期の力を振り絞りその身を呈して異能者もろとも消え去った・・・・こんな筋書きはどうだね』
「いったい何を・・・・」
何を言っている?それが言葉となる前に、私の意識は反転する。真っ暗な闇は視界を包み隠したのな。それとも私が塗りつぶされたのだろうか。そのどちらが真実であるのか。どちらも誤りなのか。最期の瞬間まで答えが出ることはなかった。
ぐらり、と。身体が傾いたことだけは理解して、其処から先は何もわからなくなっていく。




