020 長いお別れ
『魔力感知』
部屋の扉を開けるよりも数瞬速く、周囲がルーシィの魔力で満ちていく。持つべきものはかわいくって勘の鋭い妹だ。張り巡らされた魔力を伝って、アルニカの感じた違和感の正体をわたしもようやく理解する。
『これは・・・なんて質量の魔力なの』
村の上空一面が真っ白に染まって見える。まるで天が墜ちるようなような光景は当事者でなければ美しいと感じたかもしれない。
それは広範囲高密度の魔力塊。誰の仕業によるものか、一切の綻びもない規格外の質量。あれがこの村に墜ちれば、少なくとも周囲一帯はひとつの生命の取りこぼしもなく更地になってしまうでしょう。
『間に合うかは分からない。けれど迎え撃たないと』
モスフォレストに魔力を扱える者はいない。わたしとアルニカと、力を封じられた生命の巫女であるルーシィの三人のみ。つまりはわたしがやるしかない。
『種子』
吐き出すように魔力を練り、そして具現化させていく。前回のカラミティとの戦い、そしてアルニカの核の精製。それによって失われた魔力の回復は未だに不完全。魔力制御にも本来のキレがないことは自分でも分かっている。
もしも相手が狙ってこのタイミングで襲撃を仕掛けてきたのだとすれば、ギリギリの瀬戸際まで力を使い切った自身の迂闊さを呪うしかない。切り札は最後まで取っておいてこそ意味があるのだから、駆け引きに於いては相手の方が上手だったことを認めなくては。
迫り来る魔力塊。空を覆い隠し太陽をも遮るそれは直径100mをゆうに超える。迎え撃つには此方も相応の力が必要となってくる。果たして出来るだろうかと考えると、少し恐ろしい。
『アルニカ、ルーシィを守って。絶対に離しては駄目』
「・・・我が主のご命令とあらば」
優しくも心強い言葉に勇気づけられて、不安と恐怖が溶けていく。ありがとう、アルニカ。きっとこれで、心置きなく撃つことができる。全力の、更に全力で。
『霊樹招来』
雷が墜ちるような轟音が炸裂する。これまでの完璧に制御された魔力とは違う、ただただ力任せの魔力の奔流。この力の受け皿になった種子に果たしてどんな変化を齎されるのか、術者であるわたし自身にも想像がつかない。けれどこのくらいやらなくては、どの道あの巨大な魔力を防ぎ切ることは不可能なのだ。ならばわたしは自分の力を信じる方に賭けよう。
迫りくる魔力塊。恐らくもう十秒もすれば村は跡形もなく破壊されて消し飛んでしまうだろう。単純な質量の暴力はわたしの大切なものを丸ごと飲み込んで、すべてを虚無に帰す。そうなる前に。
『お願い。ぜんぶ、守って!』
ありったけの魔力と祈りを捧げられた“種子”が爆発的な速度で成長していく。まるで意思を持つかのようにうねり、再び轟音が響き渡る。いいや、違う。これは咆哮だ。明確なる怒りの感情、その発露はまるで逆鱗に触れたが如く。
「森林龍・・・!」
遥か前世の記憶。魂の奥底に眠りし神龍の魔力、その残り香が与えた影響だろうか。成長に成長を重ねた種子はその姿を巨大な龍へと変えて、魔力塊と真正面からぶつかり合う。
瞬間、爆発するような衝撃波で村の家屋がいくつか吹き飛ぶ。村の規模を考えれば決して少なくない数だ。もしかすると中には誰かが居たかもしれない。けれど絶えることのない轟音がすべてをかき消して、もはやわたしの魔力感知を以てしてもふたつの巨大なエネルギーがせめぎ合っていること以外に何も分からなくなっていた。
衝突に次ぐ衝突。その度に世界が揺れ、空を裂くように真紅の稲妻が奔る。気がつけば誰もが恐怖を忘れてその光景に目を奪われていた。そして、ついに。
『消え去れ!』
龍の咆哮と共にわたしは叫んだ。最後の一撃が魔力塊を貫き、永遠とも思えた時間に終わりが訪れる。遮られていた太陽が村を照らし、結合が解かれ霧散した魔力が光を乱反射する。綺麗だと、わたしは暢気にもそんなことを想う。ほんの一瞬のことだった。ああ―――。
再び陽の光が遮られた。感覚はすっかり麻痺してしまっていて、気が付けなかった。ふたつ目の魔力塊の襲来だ。急造のものとは思えない、一切の隙も綻びもない見事な魔力制御。始めから二段構えの攻撃だったのか。してやられた。
辛うじて形を保っていた龍が再び魔力塊に衝突するも、とうに限界を超えていたことは明らかで。あまりに巨大な質量の前にあえなく飲み込まれていく。もう打つ手はない。何もない。何も。
持てる魔力のすべてを費やし、更に連日の疲労で心身ともに限界だった。魔力塊が村に墜ちてすべてを根こそぎ破壊するよりも先に、わたしの意識は閉ざされた。
『ごめんね、ルーシィ』
その日、世界からひとつ村が消え去り。そうして其処に空白が生まれた。五年が過ぎ、十年が過ぎて。いつしか人々はそこに村があったことさえ忘れてしまったという。




