18
風が、潮の香りを運んでくる。
…ザザ。
…サザザ。
微かに聴こえてくる波の音に、心が躍る。
「もうすぐ着くよ。お嬢さん。ほら…」
ヴォルフの指差す方を見て、思わず歓声をあげる。
「ーっ海!ほんとだ!海が見える!」
建物と建物の間に、キラキラと溢れる波の光を目にして、私は思わず走り出す。
「ちょっと、ミコト!急に走らないでよ!」
慌てて私に駆け寄るセシル君。大人二人は苦笑しながら、それを見守っている。
「はしゃぎすぎて、また濡れないようにしなよー。お嬢さん。」
「セシル。神子殿が海に浚われないよう、お前が気をつけろ。」
「なんで僕が、ミコトのお守りを!?」
「落ちたりなんてしないってー!」
投げ掛けられた言葉に、返事を返し、砂浜へと出る。
「ー…。」
ーザザァア
ーザザザザザァア
ーザブザバァア
日も地平線の下へと沈み、橙かかった空は青紫のベールを纏いながら、徐々に夜の顔に装いを代えていく。
昼と夜の変わり目。明と暗の境。暗く深い波間を駆ける、不思議な色彩の泡の煌めきに、私は思わず息を飲んだ。
「ーあんた、何走ってんの?こどもじゃあるまいし…。」
隣に並ぶセシル君が、ばっかじゃないの?っと呟きながら、私の顔を見る。
「ー来たかったの…。」
ぽつりと溢す。
「海に?」
セシル君の声に、こくりと頷く。
【一緒に海に行こう?】
此方の世界に召喚される前、言われた台詞。
思わず、酷い言葉をかけてしまった先輩の顔が浮かぶ。
此方の世界に来てから、男性が苦手なのもだいぶ和らいだと思う。今の私なら、もしかして先輩とも海に来れたりしたするのかな。
「先輩と…一緒に…来れたらよかったのになぁ。」
粒やいた言葉にハッとする。何言ってるんだろ。こんな事言っても意味ないのに。此方に来たからこそ、苦手が克服されたようなものだし…あっちに帰れるわけでもないのに。
「…ねぇ。」
「うん?」
「…ミコト…元の世界に…帰りたいの?」
私の様子を伺うように、セシル君が尋ねてきた。
「え。そりゃ、帰りたいよ。」
夏休暇に入った所だったから、今戻れれば、授業の遅れもないし…行方不明の捜索願いとか、出ずにすむと思う。…私を探してくれる家族は、もう居ないけど…友人には、心配かけてると思う。
アパートの家賃も不安だし、バイト先にも無断欠勤で迷惑かけてるだろし、クビになってるに違いない…って、うわっ!?私なんで今までその事考えなかったんだろ!?
召喚されて混乱してたからって、ここまで元の世界の事忘れてるなんて…
「…元の世界に、恋人がいるから?」
私の服の裾を掴み、話かけてくる。心なしか、その赤い瞳が揺れているように見えた。
「へ?恋人?」
いや。何を言ってるのかな?この子は…。
「そんなの、いるわけないじゃない。」
「えっ?でも、海に来たかったんでしょ?そのセンパイって奴と…。それとも、片思い?」
ああ!さっき粒やいたからか!なんたる失態!
「あれは、違うの!元の世界で、海に誘ってくれてた人がいて、断っちゃったんだけど、できれば一緒に行けたら良かったのになー。って思い出しただけで!」
うん。恋人どころか、片想いでもないんだよね。そのスタートラインにすら、私は立ててなかったから。男が苦手な事を理由に、避けまくるは、暴言吐くはで…目も当てられなかったからなぁ。
「ふぅん。」
「ミコトを海に誘うような…奇特な奴もいたんだね。」
溜息を付く私に、セシル君は無遠慮な言葉で止めを刺す。
「ぐっ。確かに奇特な人だったよ。」
本当に、勿体無い事したと今でも思う。あの日に帰れるなら、スライディング土下座をして謝りたい!謝ってすむかは、微妙だけど!
「まぁ、いいじゃん。今はこうして海に来れたんだし。」
クスクスと笑いながら、セシル君が話す。
「それとも、僕…達とじゃ不満?」
下から見上げ笑う仕草に、不覚にも「可愛いっ!」っと心の声が漏れ、セシル君に「…ムカつく」っと叱られた。
年頃の男の子の扱いは、難しい…。




