直面する危機
――その〝知らせ〟は、マグノム夫人が運んできた。
「ディアナ様。陛下が、今宵秘密裏に、女官長室にてお会いしたいと仰っています」
日課である女官長の朝の挨拶、その隙間に、ほとんど無音声で囁かれた〝知らせ〟。――年が明けて三週間が過ぎ、そろそろ女官侍女の休暇も回り終わった頃合いで、仮初の平穏な日常は、どうやら終わりということらしい。
「承知いたしました。お時間を指定頂ければ、こちらから参ります」
「では、陛下のご予定が判明次第、連絡を差し上げます」
無音声の会話のため、あまり長い時間は怪しまれるだろう。最低限だけやり取りし、ディアナはマグノム夫人の退出を見送った。
その後は、いつもと変わらない朝――朝食と、身支度が過ぎて。
私室にて、二人きりになったタイミングでリタが話しかけてきた。
「――ディアナ様」
「分かっているわ、リタ。さっきの、マグノム夫人の話よね?」
リタ以外の侍女で気がついたのは、目敏いルリィくらいだろう。しかしルリィとて、マグノム夫人がディアナに何か秘密の言伝をしたと感じ取っただけで、その内容まで精読できたわけではない。
それを読み取れたのは、たった一人。いつもディアナの背後に控え、マグノム夫人の囁きもほぼ正面から読唇できたリタだけだ。
「最近のディアナ様のご様子はどこか物憂げでいらっしゃいましたし、『闇』の皆も常にない慌ただしさでした。……その件、でしょうか?」
「たぶん、ね。……答えが、出たのでしょう」
「ディアナ様にとって、あまり好ましくない〝答え〟なのですか?」
「どう、かしら。わたくしの想定通りの〝答え〟であれば、望ましくはないけれど……このタイミングで知れたのなら、どうとでも手の打ちようはある。だから、どのような答えであっても、悲観すべきではない――」
言葉を切って、ディアナは窓の外を見た。
「そう、割り切るべきなのでしょうけれど」
無意識にため息を押し殺すディアナに、リタは何も言わない。物心ついたときからともに育ってきたリタは、ディアナがリタに詳細を説明しないときは、〝しない〟のではなく〝できない〟のだと、最初から理解してくれている。ディアナとて本当はリタに全て打ち明けてこのモヤモヤを吐き出したいけれど、ルドルフの件は情報漏洩を防ぐため、情報共有相手からその方法まで、全面的にエドワードへ託した。その〝結果〟が出るまでは、ディアナも安易に動くべきではない。
唯一、カイだけはソラ伝いで情報共有相手の一人となったらしく、年が明けてすぐの頃、「聞いたよ、ディー。大変だったね」と労ってくれたけれど。あのカイが『紅薔薇の間』の寝室でそれ以上を口にしようとしなかったのだから、やはりルドルフの件は最大級に警戒して、〝知っている〟ことを隠匿すべきらしい。
(それでも、リタには話したい……)
リタはディアナの腹心の従者だ。〝親友〟のシェイラとも、〝特別〟のカイとも、〝帰る場所〟である家族とも異なる、ディアナの唯一。魂レベルでディアナのことを理解していて、いざというときはディアナの後を任せられる。それだけ信頼しているし、リタはいつだって、ディアナの信頼に応えてくれた。だからこそ、ディアナはリタになんでも話すし、話を聞いてほしいと思ってしまう。文字通り、腹の中にある〝心〟全て共有できる、唯一の相方として。
「……ねぇ、リタ」
「はい、ディアナ様」
「最初から分かっていたことだけれど、やっぱりわたくしには貴族なんて向いてないし、偉い立場なんて、もっと、もっと向いてないわ」
「存じていますよ。ディアナ様は器用な方ですから、向いていないことも人並み以上にこなせてしまうだけで、今の〝お仕事〟がディアナ様のご性格に合っているわけではないと」
「正直、向き不向きだけで言えば、リタの方が向いているものね、こういうの」
「……否定はしません」
どこか不貞腐れたディアナの物言いに、苦笑しながらリタは頷いた。貴族として、リタにすら秘めておかねばならない情報を得るたび、話したいジレンマとリタ相手に秘密を抱えている申し訳なさとやるせなさを感じるディアナに対し、リタは意外と、話せないものは仕方ない、ときが来たら分かるだろうと割り切れるタイプだ。何かと情に振り回されがちなディアナと違って、それはそれ、これはこれと分けて考えられるリタの方が、魑魅魍魎が暗躍する宮廷社会を生き抜く素質に優れている。
「しかしながら、私のような孤児が貴族として生きる未来などあり得ませんから。誰しもが、向いている〝仕事〟に就けるとは限らない、証左のようなものでしょう」
「……お父様が常々言っているけれど、生まれである程度の職業選択の自由が制限されてしまうのって、本当に勿体ないわね。そもそも、政を貴族だけが独占しているこの状態が、歪といえば歪なのよ」
「そうは仰いますがディアナ様、政のような、真面目にやればやるほど面倒くさくて、責任ばかり重くて、なのに他人から嫌われがちで、実は実入も少ないお役目、貴族という特権でもなければ、誰もやりたがりませんよ。エルグランド王国が絶対王政の身分制度を敷いたのは、その辺りが理由だと、以前仰っていたではありませんか?」
「じゃあ、もしできる環境にあっても、リタはやらない?」
「そう、ですね……。私が政に携わることで、大切な人たちの明日を良くすることができるなら、やるかもしれません」
「なら、それが答えよ。エルグランド王国が王政を選択して、もう四百年だもの。当時は、政なんて大変なこと、特権持ちで子どもに充分な教育を施せる貴族くらいにしか託せなかったし、それが重労働を担う彼らへの報酬でもあった。今は民への教育も普及し、政の大変さを理解できるほど学びを深め、それでもやってみたいという平民が増えている。――担い手が増えた以上、貴族だけに任せるのは、弊害の方が大きいわ」
貴族に生まれたからといって、誰しもが政に適性を持つとは限らない。次期モンドリーア公爵であるフィガロなどは、とても博識で性格も良いが、彼が王宮で宰相の仕事をできるかと問われたら、残念ながら答えは否だ。賢い人なので、誰よりも本人がその現実を理解し、父親の仕事に一切近寄らず、関わり合いにすらならないことで、後を継ぐ気はないと意思表明している。領地運営はいずれ彼の仕事になるけれど、その辺も余念なく、自身の代わりに領地を切り盛りできる人材を広く募り、見込みある者を次代として育てるよう、それぞれの領地の代行者や領地守護職に預けているのだとか。
フィガロはまだ、本人の気質が徹底的に宮廷社会と合わないだけで、彼自身が素養に欠けているわけではないため、そういった立ち回りが可能だが、それすらできない者も大勢いる。先頃、家の断絶と当人の生涯幽閉が決定したシュラザード侯爵などは、その代表格だ。シュラザードの場合、侯爵当人が己の無能を理解できない無能だっただけで、周囲の優秀な者たちが当主の無能をカバーすべく動いていたので民への実害は軽微だったが、これで周りも無能だと、その領地は悲惨なことになる。
(果たして……ルドルフ殿は、〝どう〟かしら)
向き不向きにも、色々ある。フィガロやディアナのように、能力値は問題なくとも、気質の面で向いていない者や、シュラザード侯爵やロガン準男爵のように、過不足なく土地を治める能力に不足している者、そして。
能力も、気質も、政向きでも。何千、何万の民の命を預かる〝器〟に、欠けている者――。
(……今考えることではないわね)
最後にもう一度、大きく息を吐き出して。
ディアナは思考を、切り替える。
「リタが気にしていないのは、知ってるけど。話せるようになったら真っ先に話すから、待っててね」
「はい、お待ちしています。度々申し上げていますけれど、私への気遣いは不要ですよ。私がディアナ様第一の忠臣であることは、この先、何があろうと揺らぎません。秘め事もまた信頼の証と、心得ておりますゆえ」
頼れる腹心は、ずっとずっと変わらず、大好きな姉でもある。
頼れる〝姉様〟に、ディアナは緩く、微笑んだ。
***************
――そして、夜。
マグノム夫人が託けてくれた時間ぴったりに、ディアナは女官長室の前へ立った。
ここまで、人目につかないよう隠し通路内を案内してくれたカイは、「俺と父さんは天井裏にいるから」と頼もしい言葉を残してくれた。
音が響かないよう気をつけつつノックすると、ややあって、ゆっくり扉が開く。
「来たか、ディアナ」
「お兄様?」
中にいたのは、いつもと変わらず質素な衣装に身を包んだエドワードだった。奥のソファーには、ジュークが腰掛けているのも見える。
見える、けれど。
「……わたくしたちだけなのですか? アル様とキース様は?」
「二人に話をするのは、この会合が終わってからだ」
「アルなら、久々にリタと会うってよ。リタがスタンザ行って、帰ってきたと思ったら今度はアルが礼拝で王都留守にして、って入れ違いだったからな」
「……確かにそうですけれど、まるで二人が恋人同士みたいな言い方しないでください」
「元恋人だし、別にお互い、嫌い合って離れたわけでもないだろ。お前が過去のポンコツだったアルを嫌い抜いてるのは知ってるが、アルだっていつまでもポンコツのままじゃないんだ。人は失敗する生き物で、失敗に気付いたらそこからやり直して、より良い路を模索していくしかないんだろ? いい加減、アルにもその理論を適用してやれ」
それを言われてしまうと、ディアナには返す言葉がない。アルフォードが過去を悔やみに悔やみ抜き、どうにかしてリタの信頼を取り戻そうと躍起になっているのも、今でもリタだけを一途に愛しているのも、さすがにもう分かっているのだ。
分かっては、いるけれど。
「そういうのよくないよ、エドワードさん」
言葉とともに、天井裏からカイが降ってくる。
「リタさんとアルフォードさんの過去を俺は知らないけど、ディーはリタさんの近くでずっと見てて、リタさんがアルフォードさんと別れるって決めたときも一緒にいたんでしょ? リタさんがどれだけ傷ついたか、苦しんだかを目の当たりにしたからこそ、ディーは今でもアルフォードさんを許せないんだって、聞き齧ってるだけの俺でも分かるよ。許すも許さないもディーの気持ちで、誰かからとやかく言われる筋合いなんてないんじゃない?」
「……だが、ディアナから反対されているうちは、リタがアルの手を取ることもない。それじゃ、アイツがあまりに不憫だ」
「反対なんて別にしてないでしょ、ディーは。単にアルフォードさんを許せないだけで。リタさんが復縁を選ぶなら、そこに文句はつけない、よね?」
「それは、もちろん。リタがなんやかんやでアル様を好きなのは、見てたら分かるし。復縁するって決めたなら、全力で応援するし、祝福するつもりよ。――次にリタを泣かせたらどうなるか、アル様にはきっちりお話しさせてもらうけれど」
「前科があると、どうしてもねー。その辺のアタリは強くなるよねぇ」
カイとうんうん頷き合っていると、ソファーに座るジュークが、クソデカため息を吐き出した。
「紅薔薇が誰よりも信を置くリタ嬢を、過去のように深く傷つける愚、アルフォードは犯さないだろう。昔は浅慮ゆえにやらかしたとしても、今同じことをすれば、紅薔薇の剣が半殺しにしてくることは確実なのだぞ。俺でも分かることが、アルフォードに分からぬはずはない」
「半殺しで済めば良いね~。リタさんを泣かせたってなったら、ディーが霊力を使わなくても全快できるギリギリまではやっつけちゃうかも。三分の二殺しくらい?」
「三分の二殺されても自力で全快できるのか、丈夫だなアイツ」
「アルフォードさんも『武』の霊力が強いからね。ちゃんと訓練すれば、三霊術くらいなら使えるようになるよ、たぶん」
カイがケロッと爆弾発言をしたところで、今度は天井裏から嘆息が聞こえてくる。
〈いつものことではありますが、雑談はそこまでにして、本題へ入りましょう。冬の夜は長いですが、時間が無限というわけではありませんよ〉
「ソラ様。ご足労くださり、ありがとうございます。何かとお頼みしてしまい、申し訳ありません」
〈末姫様のお願いとあらば、息子同様、持てる力の限りを尽くしますとも。私に遠慮は無用です〉
ソラの言葉に礼を返し、ディアナはエドワードに促されて、女官長室のソファー、ジュークの正面へ腰を降ろした。
エドワードがジュークの隣、カイがディアナの隣に座り、全員が落ち着いたところで、ジュークが口火を切る。
「クロケット家の嫡男について、クロードとアベル・ユーストルが目撃した内容については、年明けすぐ、エドワードの手紙で知らされた。今はまだ、目撃者の二人とクレスター家しか知らない話だから、詳細が判明するまでは何も知らないフリをしておけと書かれていたので、手紙はひとまず燃やしたが……」
「お父様とお母様にはお伝えしたのですか?」
「『闇』を動かすのに、当主の了承は必要だろう。ソラ殿の助力を求めるにも、父上から頼んで頂くのが筋だ。一応、『獅子親子』は当家の客分扱いだからな」
「前々から気になっていたのですけれど……〝あちら側〟の霊力者は、我が家のことも遠距離から見てはいませんか? スタンザで聞きましたが、遠くの出来事を見聞きできたり、過去の出来事を後から知れる霊術があるのですよね?」
〈『千里眼』と『過去視』ですね。どちらも『時間読み』に属する霊術ですが、王都のクレスター邸に関しては、それらで干渉できない結界を私の方で張りましたので、内の様子を術で覗き見られることはありません。ひとまずの安全地帯と考えて、問題はないでしょう〉
「そうなのですね。ありがとうございます」
表向き、ジューク王とクレスター家はたまに袖擦り合う程度の関係性を維持している(ディアナが『紅薔薇』をしている時点で、どう足掻いても無関係にはなれない)が、裏ではがっつり手を組んでいる。なんならズブズブと言って良い。
そして、王宮の大多数は知らなくとも、〝敵〟は確実に、クレスター家が国王派の中心核だと気付いているのだ。そんな家、監視されない方がおかしい。通常なら、間者の数人は紛れ込む。
――が。
「ウチは使用人の数が少なすぎて、間者の入る余地がないからなぁ……かなり頑張って雇わせてくる挑戦者はゼロじゃないが、間者本人が父上の顔圧に負けて、数日と保たんし」
「間者としてやって来る人たちって、行き場がなくて辿り着いた人たちと違ってあからさまに態度が違うから、めちゃくちゃ分かり易いのよね。可哀想だから肩の荷降ろして欲しくてついつい構っちゃうんだけど、大概逆効果で」
「覚えてるか? お前、二つか三つの頃、やって来た間者に『わるいひとにこわがらなくていーよ! ねがえり? したら、おとうさまがたすけてくれるよ!』って初対面で言って、卒倒させたことあるぞ?」
「さすがに、そこまで小さい頃のことは覚えてないわ」
「……いや、うん。そんな怖いこと言い出す幼女がいる家なんか、間違っても潜入したくないな」
カイの言葉に、天井裏からも同意が落ちて。
〈クレスター家が間者を寄せ付けないのは、裏業界でも有名な話です。裏社会はそもそもクレスター家が元締めのようなものですので、本物の玄人は間違っても手など出しませんが、たまに半端者が調子に乗ることはあります。しかし、その全て、悉く返り討ちにされると〉
「俺も聞いたことある。そうなると、敵さんとしては霊力者に頼るしかなくなるけど……そっちも父さんが潰したとなれば、情報保全環境的には王宮より万全かもね」
クレスターの家内が外に漏れる心配はないとなると、ルドルフの件は現在、本当にクレスター家の四人と『闇』、ジューク、『獅子親子』、そして目撃者の二人という、限られた人だけが知る話になる。
そう理解し、覚悟した上で。
「それで……お兄様。ルドルフ殿の調査は、いかがでしたか?」
ディアナは、単刀直入に切り込んだ。
「結論からいえば――まぁ、最悪の状況だな」
答えるエドワードも、遠回しな言い方はそもそも好まない、簡潔明瞭な性格だ。あっさり、ディアナの〝予想〟が正しいことを教えてくれる。
ため息を、押し殺し。ディアナはエドワードを見据えた。
「つまり――ルドルフ・クロケットは、国王陛下に対し、武力による謀叛を目論んでいる、と?」
「――っ!」
「確定、ですか?」
「調べた限り、間違いない。スタンザ帝国との間に武器密輸ルートを開拓し、クロケット家の資金を横流しして最新武器をかなりの数手に入れ、王都や地方の闘技場で優秀な成績を修めた戦士を配下として集めている。集められた連中のうち、何人かに接触して話を聞いたが……ルドルフの狙いが〝ジューク王の首〟なことは、残念ながら確定だな」
これを、とエドワードは、懐から一枚の紙を取り出した。
「ルドルフ・クロケットが出してる〝求人〟の覚書だ。集められた戦士たちは、これと同じ紙を十枚渡されて、知り合いに有能な者がいれば、これを渡して勧誘するように言われているらしい。この紙を持っていけば、簡単な面接だけで〝採用〟されて、紙を渡した〝紹介元〟にも幾らかの報奨金が出るシステムなんだと。一緒に飲んだうちの一人に気に入られてな、『良かったらお前も来いよ』と渡された」
「……相変わらず、伯爵令息としてどこまでも間違っていらっしゃいますね、お兄様」
「闘技場出身の戦士に謀叛兵勧誘されるお貴族様ってなに?」
「……エドワードの非常識など、今更だろう。それより、その〝求人〟――」
エドワードが机の上に出した紙を、三人で見る。反対向きでやや見にくいが、これは……。
「この〝特記事項〟って――」
「……『なお、金髪、銀髪、白髪など、色の薄い髪色の者は、髪を染めること。標的の髪色は銀であり、当日、混戦状態の際、似た髪色の者が味方にいると同士討ちの危険があるため』か。ここまであからさまだと、いっそ気持ち良いね」
「銀髪は金髪より珍しいけど、陛下以外にいらっしゃらないわけじゃないわ。……でも、スタンザの最新武器と屈強な兵士を山ほど集めないと討ち取れない〝銀髪の首〟となったら、」
「ジュークさん一択だよねぇ。立場的にはフィガロさん? って人も候補だけど、あの人消すのにスタンザ武器は要らないでしょ」
「あと、フィガロ様を討つのに、髪色で敵味方を判別しないとならないほどの混戦状態にもならないと思うわ。日常いらっしゃるモンドリーア王都邸の離れに、人はそれほどいないもの」
ディアナとカイのやり取りに、ジュークの顔色が無言のまま、どんどん険しくなっていく。
クロードとアベルの話を聞いて、真っ先に浮かんだ〝予想〟が現実ドンピシャだったことに、ディアナは苦い息を吐き出した。……これだから、余計なことまで見通し過ぎてしまう『賢者の慧眼』は、便利ばかりとも思えないのだ。
「……良い方に、考えましょう。ルドルフ・クロケットが謀叛を実行へと移す前段階で計画を察知できたわけですから、上手く事に当たれば、実行前に止められるはずです」
「止められるのが理想だけど、そう上手くいくかな? この〝求人〟見た感じ、クロケットのボクくん、極端方向に覚悟が振り切れてるよ?」
紙を持ち上げてぴらぴらさせながら、カイが皮肉気に笑う。
「人を集めるには良い手段だよね。最初は数人だけでも、その数人に十枚ずつ紙を配って、それぞれが数人ずつでも新しい人を呼んでくれたら、倍々で人はどんどん増えていくもん。ある程度の戦闘技量がある人間なら他者の強さも目測できるから、闇雲に人を集めるよりハズレ引く可能性も低いし。使えない人間を呼んだら報奨金がパァになると匂わせれば、金目当てで適当に集めて来そうな輩も制御できる。いかにも商売人っぽいやり口だよ」
聞いているだけならベタ褒めだが、カイの顔に浮かんでいるのは凍えるような冷笑だ。ルドルフの手腕は認めつつ、その手腕でやろうとしていることを、カイは決して認めていない。
「ただ、このやり口に欠点がないこともない。実際、ボクくんにとっては〝敵〟側なエドワードさんが、こうして〝求人〟の紙を手に入れてる。一応、標的のことは〝銀髪〟ってぼかしてるけど、貴族社会についての知識が一定以上あれば、それが誰を指すのか察するのは、そう難しいことじゃないでしょ?」
「……えぇ、そうね」
「仮にそこまで分からなかったとしても、王様お膝元の王都で戦闘員を集めるなんて暴挙、王宮官吏や貴族に知られたら、マズいなんて話じゃ済まないよ。――なのに、クロケットの坊やは、この〝求人〟を配り続けてる」
「王宮に、貴族に、知られても……止まるつもりはないということ?」
「そんな気がするよね。別に書かなくても良さそうな〝標的の髪色〟を書いたのは、ボクくんなりの決意表明ってやつじゃない? これだけクレバーな人集めができる頭があるなら、もっと当たり障りない文面だって考えられただろうに、敢えて〝王の首を狙ってる〟って宣言してるわけだから」
裏社会の若き実力者、『仔獅子』の意見は馬鹿にできない。カイの所感を真剣な顔で聞いたエドワードは大きく頷き、そのまま視線を隣のジュークへ移動させた。
「……それで、どうする?」
「そう、だな。……まずは、理由が知りたい」
「理由?」
「あぁ。――ルドルフが、俺を、〝王〟を弑したいと考えた、その理由だ」
険しい顔色のまま、しかし〝自身の命が狙われている〟ことへの恐怖は一切感じさせずに、ジュークはぐるりとこちらを見回してくる。
「〝王〟としての命を惜しむつもりはない。民のためにならぬ王なら、斃れた方が国のためだろうからな。……ルドルフがそう考えて謀叛を計画しているのなら、俺のどういった行いが民のためにならないと感じたのか、教えてもらわねば改善もできぬ」
「王云々関係なく、単にジュークが憎いだけかもしれないぞ?」
「それならそれで、殺したいほど俺を憎む理由を知りたい。俺が行動を変えることで、ルドルフの憎しみが晴れるなら、その方が良いだろう」
「……ただ漠然と今の世の中が気に食わなくて、統治者である王を斃すことが正義だって思い込んでる可能性だってある」
「それならば仕方ない。為政者の頂点とは、究極の憎まれ役のようなものであろう。だからといって、そんなふんわりした理由で殺されてやるわけにはさすがにいかないから、そのときは多少強引にでも止めるしかない――、が」
不自然なところで言葉を止め、ジュークは少しだけ、首を斜めに傾けた。
「クロケット男爵家のルドルフであろう? 直接言葉を交わしたのはデビュタントの挨拶のみだが……あの少年は、そんな漠然とした、ふんわりした理由で、極端な覚悟を決めるタイプには見えなかった。紅薔薇はどう思う?」
「わたくしも同感です。ルドルフ殿とは挨拶後、ナーシャ様を交えてお話しする機会がありましたけれど、今の世に思うところが仮にあったとして、その原因を短絡的に〝王〟へ求めるような、単純な思考はしていないかと」
「そなたが感じたのなら、間違いはなかろう。それに……」
首を何度か捻りながら、ジュークは視線をやや上にあげ、何かを思い出す仕草をする。
「……今から思えば、だが。俺はもしかしたら、デビュタントの挨拶を受けたときから、ルドルフには嫌われていたかもしれない」
「……え?」
「なんでそう思う、ジューク?」
「ルドルフのことは、よく覚えている。何しろ、デビュタントの中でも一際美しい容姿で、とても目立っていたからな。挨拶もそつがなく、さすがはクロケット家の跡取りだと思ったが……」
「思ったが、なんだ?」
「そのときは、微かな違和感だった。――あのとき、ルドルフとは、一度も目が合わなかったのだ」
「目、が?」
「デビュタントが〝王〟の目を真正面から見られないのは、よくあることだ。だから、そのときは特に不自然とも思わなかった。……だが、あれほど流暢に、緊張の欠片も見せずに挨拶したデビュタントとしては、違和感がある。その後、紅薔薇と会話したときは、普通に視線が合っていたようだから、余計にな」
ジュークの言葉に、今度はカイがディアナを見た。
「そうなの、ディー?」
「そう、ね。私は、ルドルフ殿と視線が合わないなーと思ったことはない、けど」
「……けど?」
「陛下のお話を聞いて、私も思い出したんだけど。確かにルドルフ殿は、陛下……というより後宮に、思うところがありそうだったかも」
「どういうことだ、ディアナ?」
「ルドルフ殿の挨拶を受けた際、少し雑談したのですけれど。そのとき一瞬、好意とも悪意とも違う感情を向けられたように感じたのです」
『紅薔薇様は、姉から聞いていた通りの方ですね。――失礼ながら、私に笑いかけられて、頬を染められなかった若い女性は初めてです』
『大変人目を引くご容貌をしていらっしゃるなと、感銘は受けましたよ。あなたほど美しい少年に微笑まれれば、誰だって悪い気はしないでしょう。――ですが、わたくしは人の見目にあまり興味がありませんので』
『……なるほど。姉が心酔するわけです』
表面上は、側室を姉にもつデビュタントと、その側室の頂点たる『紅薔薇』が交わした、何気ないやり取りだっただろう。
しかし、あのときのルドルフは、決して〝側室の家族〟として、親しみを込めた会話をしたかったわけではないと感じる。
あれは、そう。
(少しの挑発と、強固な決意が入り混じった……そんな、気配だった)
まるで――!
「……なに、ディー? どうかした?」
気付けばディアナは、隣に座るカイを、穴が開くほど凝視していた。春の『里帰り』後、後宮へ帰ってきてからこれまでの出来事が次々と、高速で脳内再生されていく。
(まさか……ううん、ここまで来たらもう、外しようがないわ)
一を知ることで百を見通す、『賢者の慧眼』。……あのときのルドルフがディアナへ向けた視線の〝意味〟を、当時のディアナが察せていたら、きっと未来は大きく変貌していた。
けれど、当時は。彼が――否、〝彼ら〟が密かに抱えていたものに共感できるほど、心が育っていなかった。確かにあった〝一〟の欠片を〝知る〟ことなく、ディアナは素通りしてしまって。
今、ようやく。……スタンザ帝国で、足りなかった心を、情を、育てたことで。
違和感として散らばっていた〝欠片〟たちが、ディアナに一を知らせ、『賢者の慧眼』が全ての真実を教えてくれる。
だと、したら。
「……分かりました、陛下。ルドルフ殿が謀叛を計画した、その理由が」
唐突なディアナの言葉に、男性三人が息を呑む。
「わたくしの考えが、正しければ。――ルドルフ殿を止められる〝鍵〟は、後宮に。わたくしたちのすぐ近くに、いらっしゃいます」
カイを、エドワードを、ジュークを、しっかりと見据え。
「まだ、間に合います。ここからいかに巻き返すか、とことん考えていきましょう――!」
顰めた音で、高らかに。
反撃開始を告げる鬨の声を、ディアナは上げた。
本日21時、『年迎えの夜会』後のディアナとカイをお月様へ投稿します!(投稿時間決めとかないと、いつまで経っても書き終わらない……!)(誰か私に5000字以内でいちゃいちゃを書くスキルをお恵みください)




