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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
229/254

シュラザード侯爵領へ


 有言実行なカイの父親らしく、必要なことを過不足なく伝達した後、ソラは速やかに去っていった。

 ソラが去った後は、カイと、敢えて先ほどまでの話題とは全く違う、明日からの旅についての雑談を交わし、眠りについて。


 ――翌朝から始まった礼拝の馬車旅は、昨年と同じく王都の民から盛大に見送られつつ、昨年とは違い、(ジューク)の乗る馬車のすぐ後ろを走る正妃用の馬車に乗って、スタートした。


「あの演出、ついに陛下が正妃様をお決めになったのだと、王都民から勘違いされませんか?」

「実際、正妃が内々で決まっているのは確かだから問題ないだろうと、宰相が笑っていたな」

「ヴォルツ小父様……まぁそうかもしれませんが、よく他の貴族たちが黙って許しましたね?」

「いつまでも保守派の声ばかりが大きい王宮ではないぞ? 今回の馬車の件は、内務省がさり気なく昨年と同じにしようとしたのを、『スタンザ帝国にも認められた準王族でいらっしゃる紅薔薇様を、一側室と同程度の扱いにするなどとんでもない』と外務省から物言いがついた結果の〝アレ〟でもあったからな」

「あー……」


 旅の一日目の夜。昨年と同じく、宿泊する街の祭りをお忍びで見に行ったところ、こちらもお忍びで出てきたらしいジュークと遭遇し、ざっくばらんに言葉を交わして。礼拝旅の間、貴族向けのパフォーマンスをどうすべきかという部分も含めて、この際だからと忌憚ない意見を述べた。


「正直、側室『紅薔薇』があまり持ち上げられ過ぎるのも、この先を考えるとあまり良くない気がするんですよね。後宮内ではシェイラへの支持が広まりつつありますけど、王宮全体における彼女の知名度は、まだそう高くありません。下手に『紅薔薇』が持て囃されて、貴族間での支持を集め過ぎてしまったら、シェイラを正妃擁立する際の不必要な〝壁〟になりかねないでしょう」

「そうだな……。折を見て、シェイラが『紅薔薇』に匹敵する貢献を上げられる舞台を作らねばという意見は、母上と女官長から出ているが」

「お二人のご意見に、全面賛成いたします。あと、この社交シーズンが終わってからで結構ですので、目立たない時期に『紅薔薇』の準王族身分を取り下げてください。元々、スタンザ帝国へ赴くための一時的な措置に過ぎなかったわけですから、今の『紅薔薇』には無用の長物です」

「覚えておこう。……だが、一度授けた身分を取り下げるとなると、それはそれで外野が喚きそうだ」

「この国の身分制度など、大騒ぎするほど厳格なものでもありませんのにね」


 ディアナが与えられた準王族身分など、まさに〝厳格でない〟身分の最たるものだ。王族身分の者が必要なとき、適当な王族が存在しない際に与えられる〝臨時〟の身分で、過去にも公爵家の当主や子ども、今回のディアナのように側室が、準王族身分を一時的に与えられ、公務に臨んできた。当然、事が済んだ後は速やかに、さくっと、その身分は取り下げられている。ディアナの前に準王族身分が与えられたのはざっと百年以上前だから、その軽さを知っているのは少数派かもしれないが。

 そのうちの一人、王たるジュークももちろん準王族身分の扱いについては分かっているので、ディアナの投げやりな相槌に苦笑しつつ頷いた。


「シェイラの未来を先々まで考えてくれていることは、とてもありがたく思う。だが現状、『紅薔薇』の功績が保守派を黙らせる切り札と化していることも事実だからな」

「国の名を背負う国使として他国へ派遣された以上、最高の成果を持って帰るべく努力するのは当然のことで、本来そこまで讃えて頂くようなことではないのですけど……」

「そなたがそういった考えの持ち主で、〝最高の成果〟を持って帰れるだけの能力と実行力があるなど思いもしなかったから、保守派は泡を食っているのだろう」

「それはまぁ、そうですね。結構な国益を持ち帰ったはずなのに、喜ばれるどころか恨みと憎しみぶつけられるとか、つくづく自分のことしか考えてない人が多いなと帰還式で思いましたよ」

「保守派、というより内務省にその色が強いから、必然的に外務省が『紅薔薇』の側に立っているというだけの話だ。そして私の立場上、内務省に意見できるだけの強さを持ち始めた外務省を疎かにはできない。つまり、そなたを重用していると示す機会も必然的に増える」

「分かりますけれど」

「とはいえ、シェイラの〝壁〟になりたくないという、そなたの意見も尤もだ。……匙加減が実に難しい」


 祭りを見つつ、リタとアルフォードも交えてあーでもないこーでもないと話し合った結果、今回の〝国王夫妻〟は朝夕の食事を共にはしないけれど、お茶の時間と馬車移動中の昼食は同席する、ということで結論が出た。

 その際、ついでだからと、主日の礼拝後に入った予定についても共有しておく。


「わたくし、主日は朝の礼拝が終わったら、カイと一緒にシュラザード侯爵領へ行って、マリア様のご様子を拝見して参りますので。今年はご一緒できませんが、特に問題ありませんよね?」

「……は? いや、ちょっと待て」

「えっ、何かまずいことでも?」

「まずいというかだな。そもそも、ミスト神殿からシュラザード侯爵領は、どう足掻いても日帰りできる距離ではないぞ。主日はともかく、次の日の出立に間に合うのか?」

「移動手段は、獅子親子に一任しておりますので。彼らが『できる』と言っている以上、日帰りは可能と判断しております」

「それなら、まぁ、良いか。……カイがいる以上、そなたに危険が及ぶことはないだろうが、くれぐれも無茶はしないようにな。あと、帰ってきたら俺にも情報を共有してくれ」

「はい。それは、もちろん」


 知らない間に、ジュークのカイへ向ける信頼値が爆上がりしている。カイの身の上的に、国の頂点からの信頼は高ければ高いほど良いだろうから、ディアナはニコニコ頷いた。

 こうして、無事、ジュークからの許可も得て。

 二日目以降の旅路は、適度に〝国王夫妻〟の良好な仲をアピールしつつ、夜はやっぱり祭り見物に勤しんで(二日目以降はジュークと遭遇することはなく、いつの間にかリタの代わりにカイが隣にいるなんてトラブルもありつつ)、ミスト神殿へと向かっていった。


「今年はさすがに、去年みたいな襲撃はないわよね?」

「俺が、去年と同じ轍を踏むと思う? ついでにアルフォードさんたちも」

「思わない」


 去年とは違い、今年は極めて平穏無事に、ミスト神殿へと到着したのである。



  * * * * *



 ――そうして、迎えた主日。


 記憶にある限り、昨年とほとんど同じ流れの礼拝を終えて。

 ディアナは与えられた部屋へ戻り、動きやすい簡素なドレスへ着替えて、その〝時〟を待った。


「――ディー、お待たせ」

「カイ」

「父さんの方も、準備整ったみたい。……お昼ご飯は食べた?」

「向こうで食べようと思って、包んでもらってる。あなたとソラ様の分もあるけど……持って行ける?」

「えっと……それくらいのサイズなら、たぶん大丈夫。念のため、バラけないようしっかりめに包んどこうか」


 カイの指示を聞いて、ミアとユーリが大きめの布を数枚持ってきて、バスケット包みを分厚くする。

 その間に、カイは背負っていた布鞄から、一抱えもある大きな布を取り出した。


「……これが、今回の移動方法?」

「うん。父さんが作った、〝空間移動〟の霊術(スピリエ)陣。――ディー、ルリィさん、ちょっと手伝って」

「えぇ」

「承知いたしました」


 机と椅子を部屋の端へ寄せ、中央を大きく開けて、カイが持ってきた布を広げる。

 一辺が二人がけのソファーほどの長さがある、ほぼ正方形の布。そこに細かく『紋様』が書き込まれた〝それ〟は、間違いなく、これまでディアナが見てきたどの〝陣〟よりも複雑であった。

 カイの指示に従い、その四隅を家具や重い置物などで固定して。


「ディアナ様。バスケットの準備、整いました」

「ありがとう、ミア、ユーリ」

「向こうで食事用意できるか分かんないから、正直助かったよ。――これから、ディーと一緒にこの中に入って、〝空間移動〟の霊術(スピリエ)を発動させる。術が発動したら、俺たちの姿は部屋から消えるけど、床に設置した陣はそのまま置いといてね。用が済んだら、またこの陣を通って帰るから」

「かしこまりました。――ディアナ様、カイ、どうぞお気をつけて」


 ミアを先頭に、ユーリとルリィも主人を見送る見事な礼を執ってくれた。三人の心尽くしに感謝を込めて頷き、ディアナはバスケットを持ったカイに促されるまま、〝空間移動〟の霊術(スピリエ)陣へと足を踏み入れる。


 数歩進んだ、陣の中央。カイが、ディアナを抱き留め、立ち止まって。


「それじゃ、行くよ、ディー」

「えぇ。ミア、ユーリ、ルリィ。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、ディアナ様」


 三人の声が届いたと同時に、足元の陣が眩い光を放ち、そして――!!










 自分の身体が、全く知らない〝どこか〟を通り抜けたような、不思議な感覚。

 それに驚いた次の瞬間、ディアナの目の前の景色は、ガラリと様変わりしていた。


 クレスターの森とはまた違う、背の低い木々が密集した、重量感のある森の中。足元の土は黒く、冬だというのにじんわりとした熱を感じる。

 クレスター領は王国に点在しているが、昔も今も、ディアナはマミア以西、王国の北西部への視察を割り当てられたことがないため、知識でしか知らない――おそらく、この森こそが〝メルナオ〟だ。

〝空間移動〟を発動させ、ディアナを連れてここまでやって来たカイも、初めて見る景色に目をぱちくりさせている。


「ここが、俺の捨てられてたって森か~」

「……それより私は、最速でも数日かかる距離を一瞬で移動した、この〝霊術(スピリエ)〟に興味があるわ」


 カイの第一声はともかく、実際に移動してみて、そのとんでもなさが身に染みた。太陽の位置を見る限り、時間的なロスもほとんどないのだ。どういう理屈でこの距離を〝跳んだ〟のか、経験したのに仕組みがさっぱり分からない。


「いらっしゃいませ、末姫様。真っ先に〝空間移動〟をお気になさるとは、やはりクレスター家の知的探究心は魂に刻まれているのですね」

「ソラ様。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません」


 さすがは『黒獅子』の異名を持つ男。陣のすぐ側にいたのに、全く気配を感じなかった。

 ――そう。ディアナたちは〝メルナオの森〟へ移動したわけだが、足元にはカイが先ほどディアナの部屋に敷いたのとよく似た〝陣〟の布があった。つまり、正確なところディアナは、ミスト神殿からメルナオの森まで移動したわけではなく、カイとソラがそれぞれ設置した〝陣〟の間を移動したのだろう。それくらいの予想はつく。


「この〝空間移動〟とは、離れた場所にそれぞれ設置した〝陣〟の間を移動する霊術(スピリエ)なのでしょうか?」

「『符術師』が霊術(スピリエ)を〝陣〟へ落とし込めばそうなりますね。〝空間〟に秀でた霊力者(スピルシア)であれば、身一つで所定の場所へ〝跳ぶ〟こともできますが、そこまで使いこなせるのはかなりの強者です」

「それにしても、一体どうやって……」

「世界の〝裏側〟を抜け道のように使う霊術(スピリエ)……とでも申しましょうか。非常にざっくりした説明にはなりますが。詳細をお話しすると、とてつもなく長くなります」

「そうでしょうね。また時間のあるときに、ご教授頂いてもよろしいですか?」

「もちろん、喜んで」


 陣から出たディアナとソラが笑顔で話をしている間に、カイはミアたちが厳重に包んだバスケットを解放し、蓋を開けて中を確認している。


「へぇ、魚のフライのサンドイッチだって。とりあえず、ご飯にしようよ」

「お前は呑気だな……」

「ディーもご飯まだだって言ってたし。父さんも昔言ってたじゃん、『腹が減っては戦はできぬ』でしょ?」

「良い言葉ね」

「旺眞の(ことわざ)なんだって」

「そうなのですか?」

「正確には、大昔の偉人の言葉だそうですが。諺の一つとして、民の間でも広く使われております」

「では、偉人様のお言葉に従い、まずは腹ごしらえと参りましょう」


 少々大仰な言葉回しになったが、バスケットに入っているのはサンドイッチだ。そう時間をかけることもなく食事は終わり、いよいよここへ来た目的を果たす時間がやって来る。


「この獣道をまっすぐ行けば、人が使うために整備された森の小道へ抜けられる。その道を南へ下れば森の外へ出て、森の外縁に造られた街道を歩けば、シュラザード侯爵家の領邸が見えて来るはずだ」

「父さんは一緒に行かないの?」

「移動陣を放っておくわけにもいくまい。下手に離れて獣に荒らされでもしたら、末姫様をお返しできなくなるぞ」

「……まぁ、それは困るけども」


 どこか咎めるようなカイの声音に苦笑した。もちろん、今ソラが言った〝理由〟はただの建前だろう。ここにディアナがいる以上、森に〝お願い〟して設置された陣を守ってもらうことは容易く、それに気づかないソラではないはずだ。


(……実親との対面を前に、ご遠慮なさっているのでしょうね。ソラ様らしいといえば、らしいけど)


「カイ。時間も限られていることだし、今回は私たちだけで行きましょう?」

「……分かった」


 頷いたカイが自然に先導する位置に立ったのを確認し、大事な荷物をしっかりと背負って、ディアナはソラへ一礼する。


「では、ソラ様。行って参りますね」

「はい、末姫様。――よろしくお願いいたします」

「承りました」


 挨拶を交わし、歩き出す。

 しばらく歩き、完全にソラの気配が感じ取れなくなったところで、ディアナはカイの横へ立った。


「……マリア様のお命を繋げば、この先、ソラ様とお引き合わせする機会はいくらでも作れるわよ?」

「分かってる。あくまでも今回〝は〟、ってことでしょ?」

「ソラ様のご気質なら、こういった場面で出しゃばることはなさらない、って、私以上にあなたが知ってそうなものだけど」

「知ってるよ。知ってるけど、気に食わない。父さん、昔から変なところで、俺と血が繋がってないことを引け目みたいに思って、極端に下がろうとするんだ。俺にとっての〝親〟は、ガキの頃から父さんたった一人なのに」

「ソラ様だって、あなたのことを自慢の息子だと思っていらっしゃるわ。遠慮する必要なんかない、もっと踏み込んでくれて構わないって、きちんとお伝えしないとね。――マリア様をお助けした、その後で」

「……ん、そうする」


 こくりと頷いたカイの表情に、ようやくいつもの笑顔が戻ってくる。ソラと接しているときの、いつもより少し幼い雰囲気のカイも可愛らしくて好ましいと思っているが、あんまり可愛いとそれはそれで心臓が妙な動き方をするから、ギャップは程々にしてほしい。……本人全部無意識だろうから、口に出すつもりはない感想だけれど。


 ――ソラに教えられた獣道を抜け、人が通る小道から森の外へ出て、街道を歩く。さすがというべきか、ソラが陣を設置した位置は絶妙で、カイと雑談を交わしながら歩けば、シュラザード侯爵の領邸まではそう遠くなかった。

 今日のディアナの衣服はこの地域には珍しくない町娘のもので、カイも合わせてかよくいる町人風の衣装に身を包んでいたので、街道に出てからすれ違う人に奇異の目を向けられることもない。主日の割に出歩く人が多い気もするけれど、領主からしてアント聖教信者なわけだから、この辺りの人々はあまりアルメニア教の慣習に沿った生活をしていないのだろう。


 そんなことも話しつつ、シュラザード侯爵の領邸が見えてきた辺りで、カイが見慣れた呪符を取り出した。


「領邸の守りがどの程度か分かんないけど、一応〝隠形〟かけとくね」

「ありがとう」


 今回の目的は、あくまでも領邸にいるという侯爵夫人、マリアンヌの様子見だ。この冬を越えられないほど病状が悪化していると人伝てには聞いているけれど、実際のところどうなのか。助け出せるとして、本人に助かる意思があるのか。この先どうしたいか、どうなるのが本人にとっての〝最善〟なのか――その辺りを探っていく。

 マリアンヌの様子を探るのに、シュラザード侯爵側との派手な衝突は必要ない、どころか邪魔である。可能な限り迅速に、密かに、目的を果たすことこそ求められる。最初から邸を強行突破するつもりはなく、裏口からこっそり侵入する作戦だからこそ、〝隠形〟の霊術(スピリエ)は大活躍してくれることだろう。


〝隠形〟で姿と気配を薄くし、ディアナはカイと共に、領邸の裏口をまっすぐ目指す。裏社会で名を知られたカイはもちろん、腐っても貴族令嬢なディアナとて貴族の屋敷の構造には詳しい。特に言葉を交わさずとも、「裏口はだいたいこの辺り」の共通認識は持てた。

 辿り着いた裏口は、予想はついていたけれど、見張り一人いなかった。当主がほとんど帰って来ず、中にいるのは見捨てられたに等しい妻一人となれば、いかに領邸といえど扱いが軽くなるのは自明の理。この分だと、シュラザード侯爵が生活の拠点にしているという別邸の方が、厳重な警備を敷いていそうだ。

 申し訳程度にかかっていた鍵は、カイの手によってサクッと外される。鍵開けに要した時間はゆっくり十数える程度だったから、カイが凄腕ということを差し引いても、びっくりするほどザルな守りであることは間違いない。


「さて、ここからだね。どうやってマリアンヌさんの部屋を探すか……」

「それなら、たぶん分かる。……あんまり使いたい手じゃないけど、要するに、この邸で命の灯火が消えかかっている人の居場所を探ればいい、ってことよね?」


 領邸を見上げられるほど近い位置で、大まかだがその大きさと広さも分かった状態でなら、範囲を固定し〝命を感じ取る〟ことができる。〝森の姫〟の霊力(スピラ)が目覚める前はざっくりしか分からなかったけれど、今のディアナなら、範囲内にいる命の状態まで、具に感じ取ることが可能だ。……元気な命だけでなく、消えかけた命の状態まで細かく読み取ってしまうから、精神衛生上あまり良いとは言えないことは置いておくとして。


「……ごめんね。お願いできる、ディー?」

「覚悟はしてるから、大丈夫よ。――カイ、少し離れてて」


 邸に向けて、手を伸ばし。ディアナは目を閉じ、大きく息を吸った。


(この地の〝命〟よ、その姿を私に見せて――)


 ――それは、とても不思議な感覚だった。ディアナはその場から一歩も動いていないのに、まるで世界から切り離されたような浮遊感に包まれて。邸内にいる〝命〟の場所と状態を、俯瞰で観察しているかのような錯覚に陥っていく。


(邸内にいる人のほとんどは、疲れ気味ではあるけれど、概ね健康みたいね。この中で、明らかに状態の悪い人は……)


 少し深く探れば、明らかに様子の異なる〝命〟が一つ。位置は……邸の本棟の三階、他より明らかに広い部屋……の近くにある、こぢんまりした一室か。ベッドに横たわっており、意識もないようだから、おそらくこの人がマリアンヌで間違いない――……っ!


(――待って、なにこれ!?)


 深く探った〝結果〟に驚いた瞬間、集中が切れる。一気に現実の空気が戻ってきて、思わず足元がふらついた。すかさず支えてくれたカイが、ディアナの顔を覗き込んで表情を険しくさせる。


「どうしたの、ディー。顔が真っ青だけど」

「……カイ」


 支えてくれるカイの手を、ぎゅっと握る。予期せず正面衝突した〝悪意〟に震える声を意志の力で抑えつけ、ディアナは強く、カイの瞳を見返した。


「マリア様を、見つけたわ」

「うん。それで?」

「ソラ様とマグノム夫人のお話では、ご病気、ってことだったけれど」

「……けれど?」


「マリア様のお命は、長く毒に晒された気配を宿してる。――すぐに解毒して、治療しなければ、本当にお命が危うい」


 息を呑んだカイに頷いて、ディアナはマリアンヌの部屋の位置を告げる。

 いよいよ明かされつつあるシュラザード侯爵家の暗闇に光を灯すべく、ディアナはカイと手を取り合い、一歩を踏み出した。


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― 新着の感想 ―
〉『紅薔薇』の準王族身分を取り下げてください。 〉一度授けた身分を取り下げるとなると 〉その身分は取り下げられている 「取り下げ」は、上の人・機関に対してした行為(申請・訴えなど)を撤回する、という意…
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