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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
224/280

降臨祭の、後宮で

今回より、『にねんめ』の降臨祭編、始まります!


 昨年と同じ、王都の商家による、後宮中庭での出店の催し。

 そう、聞いていた。そうだったはずだ。


「えぇっと、これは……」

「まぁ凄い。まるで、一つの商店街がまるっと、中庭へお引越ししてきたみたいですわね」

「今年は出店希望が多く、王都の組合も気合が入っているとは聞いていましたが……このクオリティは、そういう問題でもないような、気がします」


 どこから持ってきたのか、どういった技術なのかは不明だが、常日頃は芝生で覆われている王宮の中庭には、びっしりと石畳が敷き詰められて。

 その上に並ぶ出店は、昨年のような簡素なテントの屋台形式ではなく、こちらも技術は不明ながらも、しっかりした骨組みに支えられていると見える〝建物〟ばかり。それらが中庭に、狭くは見えない絶妙な配置で建ち並んでいる様は、リディルの言う通り〝一つの商店街がまるごと引っ越ししてきたかのよう〟であった。


「今年は園遊会もありませんでしたから、改装に去年より時間と予算をかけても、特に問題はないのでしょうけれど……それにしても、凄いですね」

「随分前から中庭は高い囲みに覆われていて、中が窺えませんでしたが、これで合点がいきましたわ。これほど大掛かりなことをしていたのなら、確かに、厳重な秘匿が必要です。作業員の中には、当然ながら男性も多くいらしたでしょうし」


 リディルの言葉に、シェイラは深々と頷いた。

 ――建前上は男子禁制なだけで、実はちっとも男子禁制じゃないエルグランド後宮は、簡単な申請書一つで割と気軽に入れてしまう。もちろん日時は指定され、その間、危険がないよう近衛騎士の護衛という名の監視はつくが。

 降臨祭(レ・アルメニ・アースト)の間はその申請手順をさらに簡素化させており、中庭への出店関係者であれば、〝出店許可〟を示すロゼットを衣服の目立つところにつけておくことで、中庭直通路へ入ることが可能だ。売り出す品によっては一人で店を回すことが難しい場合もあるので、一つの店舗につき三人まで、ロゼット型許可証を申請できる。

 それらのシステムは、当然のことながら、年に三度の中庭大規模移植の際にも、庭園職人たちへ運用されているわけで。今回、ある日突然、中庭が高い囲みによって完全に覆われ、上階からですら中の様子が見えなくなったときも、「あぁ、庭にたくさん職人さんが入るから、用心のために目隠しの布が張られたのね」程度の認識で、誰も気にしなかったのだ。――蓋を開けてみれば、もちろん、中庭の改装に従事する者たちから側室を隠す意味合いもあったのだろうけれど、それ以上に〝側室たちから中庭を見えなくする〟意図の方が大きかったと分かる。


「マグノム夫人って、厳格なようでいて、実は遊び心満載な方ですものね」

「そうじゃなければ、そもそも中庭で出店をやろうなんて発想は浮かびませんわ。――さ、シェイラ様。感心してばかりいては、時間があっという間に過ぎてしまいますよ」

「ふふ、そうでした」


 昨年は、おそらく落ち込んでいるシェイラを励ますため、リディルとナーシャに誘われた、降臨祭の中庭出店。二人に連れ出され、出店を巡って、お互いへ贈るプレゼントを探し合って、とても、とても楽しかったことを覚えている。

 だから――今年は。


「ナーシャ様への贈りもの、気合いを入れて探しませんと」


 これまで、ナーシャがくれた真心への感謝と、親愛の情を込めて。

 リディルと二人、ナーシャへのプレゼントを探しに来たのだ。


「どのようなものがよろしいかしら。やはり身につける服飾品類ですとか?」

「お部屋を飾る置き物なども、目に楽しいのではありませんか?」

「確かに。――そういえば、いつの頃からか、シェイラ様のお部屋に可愛らしい動物の置き物が増えていましたわね」

「さすがはリディル様、よく見ておいでです」


 雑談を交わしつつ、シェイラはリディルと連れ立って、てくてく出店の間を進む。そこそこ早くに出てきたからか、人影はまだまばらで、ゆったりした空気が流れていた。

 出店を見て回るのは、昨年と同じく、シェイラやリディルと同じ、新興貴族出身の側室たちが多い。貴族の降臨祭における基本的な過ごし方は、親しい友人同士で集まっての、朝から晩までどんちゃん騒ぎであると聞いているから、それらが身についている層にとって、中庭出店は無用の長物だ。昨年と同じく、中庭などないものとして扱い、お気に入りのサロンにそれぞれ集まって楽しんでいる。どちらが悪いというわけでもなく、これこそ単なる文化の違いによる住み分けだろう。シェイラにとても好意的な〝名付き〟の三人、ライア、ヨランダ、レティシアも、中庭出店を好意的に受け入れているけれど、姿を見せたことはない(レティシアはぽつりと、「出店側なら参加したい」と零していたが)。

 ――そんなことをぼんやり考えながら、出店をあちこち、覗いていると。


「まぁ、シェイラ様。こちらのお店は、とても面白いですわ」

「面白い、ですか?」


 リディルに言われ、一つの店の前で立ち止まり、並べられている品を見る。指輪やネックレスといったアクセサリー類に、手袋やヘッドドレスなどの服飾品。デザインはあまり派手でなく、どちらかといえばシンプルだけれども、ただ、その質の良さは見る人が見ればすぐに分かる。値札を見るに、相場より少し安いくらいの額で提供されているようだ。お貴族様相手の商売だからと、少々強気な値段で商品展開している出店も多い中、これだけならば「良心的なお店ね」と感心するだけに留まるが。


「えぇっと……随分とその、品数が多いわね?」


 服飾品の他にも、化粧品が一通りと、室内を飾る降臨祭の代表的な装飾雑貨。他にも、お酒に、保存の効くドライフルーツといった甘味類、変わり種ではちょっとしたボードゲームなどなど。

 他の出店が、どういった品を専門に取り扱っているのか一目で分かる中、雑多なものが店頭に並ぶその店は、ある種の異彩を放っていた。無理やりカテゴライズするならば、〝降臨祭に関係ありそうなもの、使えそうなもの〟の店、といったところか。それでいて、店全体にごちゃついた感がないのは、陳列の妙であろう。


「いらっしゃいませ! どうぞごゆっくりご覧くださいね」

「装飾品などは、試着も可能です」


 こちらを本格的なお客と判断したのか、奥で在庫整理をしていたらしい店員たちが出てきた。――どちらも、まだ若い。青年というより、少年の域に見える、男性二人組である。


「お二人が、このお店を? 随分とお若いのね」


 同じことを驚いたらしいリディルが、隣で目を丸くしている。問われた二人は視線を交わし、小さい方がにっこり笑って頷いた。


「僭越ながら、今回の後宮出店を本店より任されて参りました。もちろん、並べる品や価格設定などは、事前に商会長より許可を頂いております。安心してお買い物ください」

「それは、えぇ、マグノム夫人が許可を出した商会が、いい加減なことをするとは思っていないけれど」

「あなた方のようなお若い人に、貴族相手の商売を任せるなんて、すごい冒険をなさると思ったの」


 ふんわりオブラートに包もうとしたシェイラの隣で、リディルが飾りない本音を投下していく。降臨祭の間は、王都のいたるところであらゆる出店が立ち並ぶわけだが、その中で最も気を遣った接客をしなければならないのが、ここ、後宮中庭の出店だろう。何しろ、客のほとんどが貴族令嬢であり、メインの客層が側室なのだから。どの店も展開には人一倍の気を張り、接客は店主かその妻、あるいはベテランの従業員を充てるのが普通である。

 そんな中、並ぶ品も店員も、悉くセオリーを外してくるとは……いったい、どこの商店からの出店なのだろうか。疑問に思い、店内をさり気なく見回してみたが、分かり易く店の名を掲げてはいない。


「失礼だけれど、お店の名を伺っても良いかしら?」


 やはり、シェイラと同じことを考えたらしいリディルが、躊躇うことなく質問を放つ。

 問われた二人もまた、躊躇うことなく笑顔で口を開いて。


「はい! 当方、〝ノーラン商会〟より参りました!」

「王国端に住まう一領民から、王都中枢の貴族様まで、あらゆる方のあらゆるニーズに素早くお応えすることをモットーに、手広く商っております。以後、お見知り置きくださいませ!」

「――ノーラン、商会?」


 思わぬ名前に、シェイラの目が丸くなる。その名は、もしかして、ひょっとしなくても。


「それって、フィオネ様の」


 言いかけ、慌てて口を閉ざし、周囲をぐるりと見回す。店内にリディルと店員たち以外の姿はないが、王宮のど真ん中で、トップシークレットを気安く音にするものではない。今回は、出店それぞれがある程度大きく、陳列スペースが壁面で囲まれていることもあり、ちょっとやそっとで中の会話が外へ漏れ聞こえることはなさそうだけれど。

 そう自分を戒めたシェイラだが、今度は逆に、店員たちの方が軽く目を開き、少し身を乗り出していた。


「あ、事情をご存知の方ですか?」

「〝ノーラン商会〟と聞いて〝フィオネ〟の名が出てくるってことは、〝あの家〟の関係者とお見受けしますが」

「関係者……と言えば、関係者なのかもしれません。フィオネ様には、今年の冬、星月の頃、大変お世話になりまして」


 こちらも探るため、〝関係者〟であれば分かるワードを散りばめてみると。

 ――少年二人の表情が、劇的に変わった。先ほどまでの接客用とは違う、明るく、華やかな笑顔へと。


「もしかしなくても、シェイラ様でいらっしゃいますね?」

「後宮にて、ディアナ姉様が、大変お世話になっているとお聞きしています」

「ディアナ、姉様?」

「まぁ……!」


 シェイラとリディルも喜色を浮かべ、まっすぐ彼らと視線を合わせる。

 少年二人は、明らかにフィオネ仕込みと分かる、貴族然とした礼を、シェイラとリディルへ執った。


「お初にお目にかかります。ジンとフィオネの子、サミュエル・ノーランと申します」

「同じく、ネローニ・ノーランです。僕らのことはどうぞ、サム、ネロとお呼びください」

「サム様とネロ様ですね」

「シェイラ様、我々に敬称は不要です。我らはあくまでも平民であり商人、貴き方々とは身分が異なりますゆえ」


 流れるように戒めたサミュエル・ノーラン――サムは、そのままの流れでリディルの名を問うてくる。応えて名乗ったリディルへ「アーネスト様には、ご機嫌麗しく」と返す様から、本人の言う平民感は窺えない。その堂々とした立ち居振る舞いや言い回しは、どことなくディアナを彷彿とさせた。

 ちなみにリディルは、後宮入りするよりずっと以前、身分を隠して視察へ赴いていたディアナと偶然出会ったことがあるとかで、ディアナが巷で噂されている悪女でないことは、最初から知っていたという。とはいえ、彼女とディアナの繋がりはそれだけで、クレスター家の詳しい内実を知っているわけではないので、フィオネのことも知っているかは微妙なラインだ。

 そう思って彼女を見ると、案の定、彼女はふむふむ頷いていた。


「フィオネ様のお子が〝ノーラン〟の姓をお持ちということは、フィオネ様も〝ノーラン〟でいらっしゃるということで、社交会にて『最後の独身貴族』と揶揄されておいでのお方は、実のところ、もうずっと以前から人妻でいらしたのね」

「そうみたい。ディーから聞いた話だけど、クレスター家はとにかく社交の人手が足りなさすぎるらしくて。フィオネ様は若い頃から社交の妙手でいらしたから、大きい夜会とか、撹乱が必要と分かってる会とかで、今でもヘルプをお願いしてるんだって。社交の慣例上、誰を同行するかは招待客の自由で、身分的な縛りもないから」

「あぁ。小さな集まりなら、自身が支援している芸術家をお連れになる方、結構いらっしゃるものね」

「そういうこと。さすがに王宮夜会ともなれば、貴族でないとあからさまに分かる方を同行させるのは非常識、みたいな暗黙の了解があるらしいけれど。フィオネ様は貴族のお生まれでいらっしゃって、かつ、結婚したこともあまり広くは知られていないから、〝クレスター家〟として同行しても不自然にならないのですって」

「はい。実のところ、母は貴族の奥様方とも〝ノーラン商会女将〟として、頻繁に会話しているのですが。接客中の母は顔の見えないベールを被っておりますし、声も地声とはかなり変えていますから、これまで気づかれたことはないそうです」

「〝ノーラン商会女将〟と、今でも時折社交界へ姿を見せる〝フィオネ・クレスター〟が同一人物であることを知る者は、〝こちら側〟か〝油断ならない第三者か敵〟の二択に絞れて便利だと、以前、母が申しておりました」


 サムとネロの捕捉に、リディルは感心しきりのようで、何度も大きく頷いた。


「さすがですわ、フィオネ様。ご自身を貴族の器を測る指標となさるとは、なかなかできることではございません」

「母曰く、生まれが〝クレスター〟である娘は、そういう立ち回りをされる方が多いとか。貴族同士の婚姻は、王宮の『貴族籍便覧』に記される決まりですが、平民同士の婚姻は領地守護職(エステイショナー)に届け出されるだけで、公的記録が残るわけではありません。表向きは生涯独身だの修道院に入っただの言われている〝クレスター家の末娘〟たちですが、実際は兄弟たちが爵位を受け継ぐ前後でこっそり貴族籍を抜けて、好き合った男性と結婚したり、興味のある分野の研究に邁進したりと、そういう人生を送ることが多いそうです」

「で、別に実家と仲が悪いわけでもないので、爵位を継いだ兄弟たちが落ち着くまでは、表向き、まだクレスター籍から出ていないことにして、社交もちょくちょく手伝っていたと」

「……そういうことをするから、余計後世に〝生涯独身で結婚できなかった〟的逸話が残った?」

「『この分だとアタシもそのルートでしょうねあっはっは!』と、以前母が大笑いしておりました……」


 そこで笑い飛ばせるメンタルが、なんというか、とっても〝クレスター〟だ。貴族女性にとって、適齢期を過ぎても独身であることが、いかに屈辱で後ろ指刺される〝恥〟か、まさかフィオネが知らないはずないだろうに。

 そんなフィオネが産んだ息子たち。存在することは、何度かディアナから聞かされていたけれど、こうして顔を合わせるのは初めてである。ディアナは以前、「フィオネ叔母様の子どもたちは、クレスターの悪人面を受け継いでいなくて、二人とも正統派な美形なのよ」と自慢? していたが。


(私はそもそも、ディーの顔を〝悪そう〟って思ったことないから、なんとも言えないのよね……)


 目元が切れ長で涼やかな印象を受けるとか、鼻筋がピンと通っていて綺麗とか、唇がふっくらしていて妖艶だとか、顔全体のバランスが良いとか、彫りが深くて印象が強いとか、総じてとても美しいとか、そういう風には何度も思ったことがある。が、生憎、多くの人が初見で抱くらしい〝悪人面〟的感覚を覚えたことがなく、だからか、ディアナに悪印象を抱いたこともなかった。

 ちなみに、これはシェイラだけの特異な感覚ではなく。リディルも、何ならナーシャも、「ディアナ様って、世間で言われているほどの悪人顔ではございませんよね?」と言っていたから、おそらく統計を取れば、大多数ではなくても一定数はディアナの顔を〝悪そう〟と思わないのではと、シェイラは勝手に考えている。……統計を出すならカイも数に入れるべきなのだろうが、その度ドヤ顔で「俺はディーのこと〝可愛い〟としか思ったことないし」と言っていた腹立つシーンが再生されるので、敢えて外そう。


(似てるか似てないかだけで言えば、確かにサムくんはフィオネ様によく似ておいでだわ。ネロくんはクレスター家で似てる人があんまり思い浮かばないから、ノーラン家の特徴が強く出ていらっしゃるのかも)


 そして確かに、二人とも美形だ。今はまだ幼い二人だけれども、あと五年もすれば、街中の少女たちの憧れとなっている様が容易に想像できる。おそらくはフィオネ仕込みの紳士的振る舞いも相俟って、平民どころか貴族子女まで群がってもおかしくない。〝ノーラン商会〟といえば王国随一の大店で、何度も叙爵の話が上がっては、当代の商会長が「私どもはしがない商人、お国に仕え、お国の土地を治める器量など、とてもありません」と断っているのは、特に新興貴族間では知られた話。そこの息子たちであれば、下級貴族の娘の嫁入り先として、充分な候補となる。


(とはいえ、既にフィオネ様が嫁がれているわけだから、商会にこれ以上、貴族との繋がりは必要ないわね)


 それ以前に、恋愛結婚推奨派なクレスター家出身のフィオネが、息子たちの婚姻に政略を絡めるわけもないが。

 ――つらつら、とりとめもないことを考えていたシェイラの隣で、若い店員二人とすっかり打ち解けたリディルは、話題を店頭に並ぶ品々へと変えていた。


「それにしても、このお店には驚かされましたわ。宝飾品に服飾品、かと思えばお酒に甘味と、まるで市場に並ぶ商品がひとところに集まったかのようでしてよ」

「まさに、そういうコンセプトの店を目指したのです。降臨祭の出店は十日間の長丁場、宝飾品も服飾品も、それぞれ専門店が他にも複数、出店しているでしょう。そんな中で、〝総合商会〟であり、あらゆる品を扱う〝ノーラン商会〟ならではの強みを活かすには、どうすれば良いか。それは、今回の後宮出店を任されるにあたり、我々に与えられた課題でした」

「もちろん、〝ノーラン商会〟も店ごとに、衣服、宝飾、酒、野菜、果物など、扱う店をそれぞれ分けております。ですが、だからこそ、兄と僕は常々思ってたんです。『一つの店内に、欲しいものが全部集まっている店があれば便利なのに』と」

「貴族の方々は、あまりそのように思われないかもしれませんが……庶民にとって、毎日の買い物は日常です。夕飯の食材を買いに行くのに、野菜の店、果物の店、肉の店、魚の店、調味料の店、酒の店……と巡るのは、正直なところ、結構な手間ですから」

「そんな話を家族でしていたところ、両親が『降臨祭の出店には、商家出身のご令嬢や、侍女、女官方も訪れる。お前たちの思うように出店をしてみて、感触を確かめてみなさい』と言われまして。まだまだ若輩ながら、僕ら兄弟で、後宮へお邪魔することになりました」


 話を聞いて、感心する。若者ならではの、既存の価値観に囚われない柔軟な発想と、それを認めて挑戦させる、大店の主人ならではの寛容性と冒険心。それらが噛み合って、このように斬新な店が生まれたのだろう。

 リディルは話を笑顔で聞き、シェイラへも話を振ってくる。


「素晴らしいわ。シェイラ様は、どう思われます?」

「私も感心しました。さすがは〝ノーラン商会〟、素晴らしい冒険心です」

「試みの内容については、どうです? 利益になりそうですか?」

「そうですね……」


 リディルが〝利益〟という単語を口にしたということは、単なる貴族令嬢としてではなく、かつての〝カレルド商会〟の跡取りとして、商人としての意見を求められているのだろう。

 そう判断し、シェイラは少し、考えて。


「庶民向けの展開を想定しているのであれば、確かに、一定の需要はありそうです。サムくんも仰っていたように、毎日の食材の買い出しなどは時間との戦いですから。特に、野菜、果物、お肉、魚が一度に買えるお店があれば、とても便利でしょうね」

「はい!」

「ですが、このように貴族向け、あるいはお祭りの出店として考えますと……貴族はそもそも、全てにおいて〝一流〟であることを重視します。一流の店で、一流の接客を受けながら、ゆったりと自分に合うものを、時間とお金を惜しまず買い求めることが、貴族としての〝格〟を示す言動で、衣服やアクセサリーといった身を飾る品に関しては、特にその傾向が強いです。だからこそ、一流の職人を集め、一流の品を作る専門店に、人気が集中するのです」

「なるほど……」

「お祭りの出店に関しても、同じこと。毎日の食材の買い出しが〝日常〟なら、お祭りの出店は〝非日常〟で、集まる方々は日常とは違う世界を、空気感を楽しみにしているわけです。出店の品々も必ず買うべき日常品ではなく、お祭りをより楽しむために選り好んで買う、いわば嗜好品。そういったものがひとところに集められたお店があったら、かえって興醒めしてしまうかもしれませんね」

「あー……そういうことか」


 何か思い至ることがあったのか、サムとネロは視線を交わし、互いに頷き合っている。この理解の速さは、なるほど、紛れもなく〝クレスター〟の血統だ。深く考えるまでもないことだが、この二人と、エドワード、ディアナの兄妹は従兄弟姉妹(いとこ)であり、顔こそ〝悪人面〟でないらしいサムとネロも、『賢者』の血を濃く受け継いでいることには違いない。

 微笑んで、シェイラはゆっくり、小首を傾げる。


「色々と申し上げましたが、こと、〝後宮の出店〟という観点から申し上げれば、こちらのお店も悪いばかりではございませんよ。王都中に展開している出店と違い、後宮の中庭は場所が限られている分、どうしても目新しさはなくなりがちです。マグノム夫人も、側室が飽きることのないよう、時折店を入れ替えるなど工夫してくれてはいますが、やはりどうしても、売られている品は偏ってしまいます」

「それは、我々も感じておりましたが……」

「ですので、ひとまずお店にあらゆる品を置いて、多くの買い物客が興味を持った品から需要を割り出し、需要に応える商品を店頭で売っていくという戦法は、後宮において〝有り〟だと、私は思います」

「ずっと同じラインナップではなく、お客様の様子に合わせ、店を変えていくということですね?」

「はい。――それともう一つ。ご両親が仰っていたとおり、この中庭には側室のほか、休憩時間の女官や侍女も訪れます。その中には、サロンでお茶会や食事を楽しんでいる高位側室の方々から、所定の何かを『中庭で買ってくるように』と命じられて買いにくる者もいると聞きます。そういった女官や侍女は時間がありませんから、〝そこへ行けばひとまず何でもある〟というお店が一つあるのは、大変便利でしょう」

「これが噂の、王宮の闇か……」

「兄さん、しーっ」


 ディアナの従兄弟なら、ちょっと踏み込んだ話をしても大丈夫だろうと思って付け足した〝蛇足〟は、案の定、ものすごく軽いノリで流された。分かってはいたが、クレスター家関係者は、誰も彼もがタフすぎる。


「――お話、大変よく分かりました。ご丁寧な解説に、感謝いたします」

「ディアナ姉様も、シェイラ様やアーネスト様のような方々にお力添え頂けて、とても心強く感じていることでしょう。これからも、僕らの大切な従姉妹を、よろしくお願いいたします」

「まぁ、ご立派ですこと」

「もちろんですわ。サムくん、ネロくん、こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたしますね」


 話し込んでいるうちに、陽は高く昇り、外のざわめきも大きくなってきた。ちょうど、入り口に他の側室の姿が見えたこともあり、シェイラとリディルは話を切り上げ、店を出る。


「――まぁ、シェイラ様!」


 店を出た、ところで。何度か話したことのある、『紅薔薇派』側室の一人に、声を掛けられた。

 シェイラの背後にリディルの姿も見えたらしく、彼女は嬉しそうに近づいてくる。


「リディル様もおいででしたのね。お二人がいらっしゃるのなら、もっと早くに出てこれば良かったです」

「そのように慌てずとも。降臨祭は始まったばかり、ご一緒できる機会はまだまだございますよ」

「それは、えぇ、そうなのですけれど」


 リディルと側室の会話の邪魔にならぬよう、シェイラが下がろうとした、その瞬間。


「あら、シェイラ様?」

「あっ、ねぇ、あちらにいらっしゃるのって、シェイラ・カレルド様では?」

「シェイラ様とリディル様よ!」


 声を掛けられた場所が、店が並ぶ中でも比較的開けた場所だったこともあるだろう。いつの間にか人出が増えていた中庭で、シェイラは一斉に注目を浴び、ぐるりと取り囲まれた。


「シェイラ様、ご機嫌麗しゅう存じます」

「リディル様とご一緒に、中庭の散策でいらっしゃいますか?」

「よろしければ、今度、ぜひお茶でもご一緒に……」

「――待って待って、皆様。一度に話しかけられても、シェイラ様は聞き取り切れませんわ。ちょうどお昼も近いことですし、よろしければランチスペースで昼食をご一緒しましょう」


 収拾のつかなくなりかけた場を、リディルが一瞬で察知し、見事にまとめ上げていく。両手を挙げて賛成した側室たちと共に、シェイラはリディルに促されつつ、何故か先頭に立って歩くこととなった。

 令嬢たちには聞こえぬよう、シェイラはひっそり、リディルへ視線を向ける。


「えっと、これは一体……?」

「シェイラ様は、実のところ、下位の側室たちからかなりの支持があるのですよ」

「ええぇ? 彼女たちが支持しているのは『紅薔薇様』では? 私、ずっと無派閥ですよ?」

「派閥には属さないと宣言こそしていても、シェイラ様が『紅薔薇様』に好意的で、お心を共にしておいでだということは、よほど鈍くない限り、『貴族議会』の一件で分かりますもの。『紅薔薇様』不在時の後宮においても、詳細は不明ながらも側室たちのために働き、『名付き』の方々から一目置かれていらっしゃるのも、目が節穴でない限り分かります」

「それは、まぁ、そうでしょうね」


 側室をスタンザへ国使団として送る送らないを話し合った『側室会議』でも、シェイラは特に発言を躊躇してはいなかったし、先の『側室一斉健診』にシェイラが絡んでいたことも、侍女や女官の動きを探れば分かるだろう。ライアやヨランダ、レティシアは、公の場でシェイラと会うとき、〝無派閥ながら『紅薔薇様』に認められた側室〟として、シェイラに敬意を表してくれる。「いずれご正妃様となられるのなら、今から礼を受ける立場に慣れておくべきよ」というのが、ライアの言だ。

 直接的には関係がなくても、外からそういった場面を見ていれば、シェイラを取り巻くあれこれについては、確かに分かりそうだけれど。


「ですが、それがどうして、私への支持に繋がるのですか?」


 そこが、真面目に分からない。

 シェイラの質問に、リディルは呆れたように笑った。


「当然でしょう。失礼ながら、カレルド男爵家が風前の灯火であることは周知の事実です。そのようなお家からいらっしゃったシェイラ様が、無派閥ながら『紅薔薇様』に認められ、『名付き』のお三方からも敬意を表され、後宮の秩序維持にご尽力されている。そのようなお姿を拝見して、勇気をもらえたというお声は少なくありませんし、憧れているという話もチラホラ耳にしておりますよ」

「し、知りませんでした……」

「基本的に、シェイラ様はお忙しいですからね。実は結構前から、シェイラ様をお茶に誘えないか、方々からやんわりとご相談を受けてはいたのです。その度、『空いている時間がないか、私の方から聞いておきますね』とお返事していました」

「最近の私は……空き時間が、ほとんどなかったですね……」

「ですから、皆様、この機会を逃したくないのでしょう。降臨祭の間は、よほどの危急を除き、お仕事や手習もお休みするのが慣例ですから」


 リディルの言う通りで、降臨祭の十日間、シェイラの正妃教育はお休みだ。立ち居振る舞いやダンス、楽器演奏などは、一日休むと習熟度が後退してしまうから、朝晩に軽く復習はしているけれど、王太后殿下や『名付き』のお三方のレッスンは年明けまで行われない。つまり、降臨祭期間中、シェイラの時間はぽっかり空いているのである。


「それで皆様、このようにお声がけくださったのですね」

「他にも、シェイラ様とお話したい方はいらっしゃいますから。私の方で一度、ご挨拶の順序を考えてみます」

「ありがとうございます、リディル様。助かります」


 想定外の事態に混乱してしまったけれど、この後宮で、仲良くできる人が増えることは望ましくもある。

 リディルに感謝して、シェイラはランチスペースまでの道を、ゆったりと歩き続けるのだった。


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