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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
213/273

深夜、寵姫の居室にて

予定になかったお話が、予想以上にディアナさんがポンコツだったため、急遽入る運びとなりました。


 無事に問診を終えたディアナは、リディルを交えてナーシャとお茶を飲み、ちょうど昼前だったこともありお茶を〝食事〟とカウントして、昼の投薬を行った。薬効をダイレクトに抽出した薬はやはり効き目も抜群のようで、しばらくしてうとうとし出したナーシャをリディルと侍女たちに任せて、ディアナは再び隠し通路から厨房裏へ回る。


「うーん……薬の効きに関しては、薬効を抽出したっていうのはもちろんあるけど、〝ディー〟が作った、っていう方が大きいんじゃない?」

「『森の姫』の霊力(スピラ)効果ってこと? 使った自覚、あんまりないけど」

「ディーの場合、物心ついたときから無意識に霊力(スピラ)を使ってたのもあって、〝生命〟を感じ取るとか、〝生命〟の気配から探った最良の調薬するとか、薬効を緩やかに高めるとか、そういうのは霊力(スピラ)を使った自覚なしにできちゃうからね。シリウスさんが、術だと思わずエグい投擲やってるみたいなもん」

「あー、なるほど……てことは、なるべくなら調薬は私がやった方が良い感じ?」

「最初の数日間分は、そうかも。ナーシャさんが元気になってきたら、ビスタさんや俺が作ったやつでも問題ないだろうけど」

「分かったわ。夕食の時間まではひとまず、薬効抽出と調薬に集中する」

「りょーかい。手伝いは要る?」

「そうね。作業を効率化したいから、手伝ってくれた方がありがたいかも」

「おっけー」


 相変わらず案内役に徹してくれるカイと、そんな会話を交わして。昨日と同じく、「誰君ら?」の視線を浴びながら、カイと共にちゃかちゃか、薬効の抽出と調薬を進めていった。今日はビスタが厨房へ出突っ張りだったため、完全に二人での作業だ。


「へぇ、滅菌瓶ってこう作るんだ。勉強になる~」

「えぇ? 毒を調合したやつはどこに入れてたの?」

「他人に危害を加える用の薬物を入れる容器に、清潔さを求めるやつはたぶん居ないかな」

「あぁ……そういうこと」

「ディーは毒も滅菌の瓶に入れる派?」

「私の場合、毒をそのまま使うというより、他の成分と混ぜ合わせて新しい薬効ができないか実験するのがメインだから」

「ダンドロ使う解毒薬とか?」

「ペッラとの組み合わせを見つけるのが、なかなか大変だったわー……自然界じゃ、あんまり近くに生えてないのよね。ダンドロにとっては毒の方が〝薬効〟だから、その薬効を消しちゃうペッラのことは、そこまで好きじゃないみたいで。クレスターの森で、たまたま分かり合ってる子たちを見つけて、株を分けてもらったの」

「植物に、分かり合うとか好き嫌いとかあるんだ?」

「あの子たち、自分じゃ動けない分、住環境には動物より敏感よ。分かり合ってた子たちは、隣に生えても相手を害さない不可侵条約結んでた感じ」

「クレスターの森がワンダーランド過ぎる……」


 そんな、雑談のような知識交換のような取り留めもない話をしつつ、数時間かけて4日分の薬を調合。ありがたくもこれからの季節は、涼しい場所での常温保存で問題ないため、できた薬は持ち帰ることにする。

 使った抽出器具類を綺麗に洗って、滅菌処理して。ビスタへ礼を言って厨房を辞去する頃には、日もすっかり沈み、完全な夜が訪れていた。


「……ほんの一月ちょっと、国を離れていただけなのに。日が沈むの、早くなったわね」

「これからの季節は、夜がどんどん長くなるもんねぇ。稼業者(おれたち)にとってはありがたいことだけど」

「貴族にとっても、夜が長いとそれだけ社交の時間が長く取れるから、秋冬を好きな人は多いわよ」

「ディーは絶対、好きじゃなさそう」

「嫌いとまではいかないけれど、作業のしやすさという意味では、確かにあんまり。春から夏先までが、いちばん好きかも」


 そんな雑談を交わしながら戻ったナーシャの部屋では、厨房長が腕によりをかけたという、少し酸味のあるトマトグラタンスープがほかほかと湯気を立てていた。朝に流動食、昼にお茶と一口サイズのお茶うけを少しと来て、柔らかくはあるものの固形物がしっかり入った料理を〝夕食〟に持ってくるとは、さすがである。

 室内には、昼間と変わらずリディルと侍女たちの他、休憩を終えて戻ってきたらしいヴィオセルの姿もあった。少し前に起きて、彼の診察も素直に受けてくれたらしいナーシャは、戻ってきたディアナに微笑みを向ける程度には、気持ちに余裕が出てきたようだ。用意された夕食もしっかり完食しており、身体だけでなく心も、どうやら大きな山場は越えたようである。

 食後、彼女が残りの薬を服薬するのを見守ってから、もう一度軽く診察して。熱も微熱程度まで下がり、喉や関節の炎症も引きつつあるのを確認し、明日も引き続き、食後の服薬と絶対安静を続けるよう告げる。


「細かいことは、ヴィオセル先生やリヴィエラたちに伝えておきますから。まずは、心身ともに安静を保って、お元気になるところからです」

「明日……ディアナ様は」

「今日のように、こちらまで足を運ぶ時間があれば良いのですけれど。朝から準備をして、外で使節団と合流して、帰ってきた風を装わねばならないので、ちょっと厳しいかもしれなくて」

「それは、えぇ、当然のことですね」


 帰宮後のスケジュール(全力で矛盾した言い方だが、そうとしか言いようがない)としては、まず後宮へ戻り、『紅薔薇の間』にて身なりを整えてから、夕方頃に王と主だった臣下の前で帰還式。そのまま晩餐会を共にしてから後宮へ戻るという、まぁ〝よくあるやつ〟になっている。エドワード曰く、「使節団は疲れてるだろうから式だけで、って言う外務省と、労うため盛大な舞踏会を、って主張する内務省を、予算の都合上、帰還式と晩餐会でどうでしょう――って、財務省がまとめた感じだな」ということらしい。ついでに、「父上と母上も呼ばれてたが、変に勘繰られるのもアレなんで、断ってある。俺とクリスで満足しといてくれ」とも言われたが、クレスター伯爵家が王宮行事に基本不参加なのは今に始まった話でもないため、「はぁい」と一言返して終わった。


 そんな話をつらつらしているうちに、ナーシャが眠い目を擦り出したため、その場はお開きとなり。リディルが部屋へ戻って、夜間のことをヴィオセルと侍女二人に託し、ディアナもまた『紅薔薇の間』へ――。


「あ~……ちょっと待ってもらっても良い、ディー?」

「どうしたの、カイ?」

「今、シェイラさんの部屋にジュークさんが来てるみたいでさ。父さんが、一言挨拶しておいた方が良いんじゃないか、って」

「私が帰ってきてること、陛下はご存知なのよね?」

「それは、うん。シリウスさん経由で外宮室に話が伝わって、外宮室からキースさん、キースさんからジュークさんって伝言ゲームされたっぽい」

「伝達経路が確立されただけで、肩の荷降りた感がすごい……」

「前は後宮の危機一つ知らせるだけで、てんやわんやだったもんね~」


 うんうん頷くカイに、同じく頷き返して。


「陛下はともかく、シェイラには私も会いたかったわ。案内してもらえる?」

「ディーって、地味にジュークさんの扱い雑じゃない?」

「雑、というか。陛下と会っても、話すことってそんなに無いでしょ?」

「あ~……俺はまぁ、一応、ある、かな?」

「ふぅん……?」


 スタンザへ旅立つ少し前から、カイのジューク対応が、心なしか優しくなったとは感じていたが。個人的に話したいことができるほど、親しくなっていたとは驚きだ。

 そんなことを思いつつ、すっかりお馴染みとなった隠し通路を通って、シェイラの部屋の近くへと出て。周囲の様子に気を配りつつ、扉を叩く――、と。


「ディー!」

「わわ、シェイラ。ひとまず、中に入ろう?」


 部屋の主人本人が扉を開けるという、なかなかびっくりな出迎えである。見た感じ、所作はかなり上流貴族のそれに近付いているが、まだまだ庶民的な感覚は抜け切らないということか。まぁ、ディアナ自身は、別にどう出迎えようが気にしないが。

 シェイラを促して入室すると、室内にはジュークの他、マグノム夫人も居た。代わりに、侍女たちは見当たらない。


「かなりの少人数ね?」

「レイとマリカが信じられないわけじゃ無いけれど、ディーが〝今〟後宮にいることを知る人間は、少ければ少ないほど良いと思って」

「それは確かに。けど、『名付き』のお三方はご存知でしょう?」

「もちろんよ。下手に動いて〝あちら〟へ勘付かれるわけにはいかないと、普段通りに過ごしていらっしゃるだけで、情報は共有しているわ」

「えぇ、正しいと思う」

「うん。でも……正しいことが、イコール〝最適〟とは限らないのよね」

「……すごく難しいけれど、そうね。そういうこともある」


 俯くシェイラの背を叩いていると、彼女越しに、彼女の夫と目が合った。苦笑しきりの彼は、ひとまず妻を優先させてくれとばかりに、寝台へ腰掛けて〝待ち〟の姿勢だ。


「ディー……私、間違えちゃった。間違えて、ナーシャ様を、傷つけちゃったの」

「大まかなところは、聞いているわ。妊娠初期の妊婦は、感情の浮き沈みが普段より激しくなる傾向にあるの。たぶん、常のナーシャ様ならそこまで気にされなかっただろうから、シェイラの判断も間違いではないのよ」

「でも……」

「そうね。少なくとも、〝あのとき〟のナーシャ様を傷つけてしまったのは、事実だものね」

「……えぇ」


 落ち込むシェイラの背を、一度、強めに叩いて。


「大丈夫よ、シェイラ。間違えたと気付いたなら、これからいくらでもやり直せるわ」

「やり直せる、かしら」

「シェイラが間違えたと悔いているように、ナーシャ様も、善意から差し伸べられた手を振り払ってしまったことを、ひどく後悔しておいでだわ。お互い、同じときに悔いを残しているのなら、やり直せないわけない。でしょう?」

「ナーシャ様も……?」


 こちらを見つめてくるシェイラに、力強く頷く。


「ナーシャ様は、シェイラが自分を助けようと、必死に動いてくれたことを知ってる。シェイラの行動が、強者ゆえの憐れみからではなく、ただ友人を助けたい気持ちと、未来の正妃として〝民〟を救うという決意から為されたと、知ってる。――それでも、彼女の置かれている状況が、シェイラの手を受け入れられなかっただけよ」

「……いつか、受け入れてもらえる?」

「もちろん。ナーシャ様はそれでも、生きることを、未来を、諦めてはいらっしゃらないから。――シェイラだって、そうでしょう?」

「……えぇ。えぇ、その通りよ」

「なら、ナーシャ様のお心が追いつくまで、あともう少しだけ、待ってあげて。きっと、もうすぐ、二人がまた笑い合える未来が来るから」


 シェイラの春空の瞳から、宝玉のような透明の雫が、一粒だけポロリと落ちる。

 この一ヶ月、泣くことを後回しにして頑張ってきた親友を、ディアナはぎゅっと抱き締めた。


「ありがとう、シェイラ。こんなにも、頑張ってくれて」

「ディー……」

「あなたが、留守を預かってくれたから。私たちはこうして、五体満足で帰ってくることができたわ」

「ううん……ううん」


 抱き締められた状態のシェイラが、何度も首を横に振る。


「何も……私は何も、できなかった。間違えてばかりで、戸惑ってばかりで。『名付き』のお三方が、リディル様が、マグノム夫人が――陛下が助けてくださらなければ、私なんて、何も」

「それで良いのよ」


 堂々と、全肯定する。誰かに心を預け、信じ、頼ることを覚えた今のディアナには、〝それ〟の大切さは明白に見えた。


「自分自身の限界を知って、自分に足りない部分を持っている人を頼るのだって、上に立つ人間に必要な資質だわ。一人で何もかもをこなす為政者は、一見素晴らしく思えるけれど、横暴な独裁者へ転がり落ちる危険性が絶えず付き纏っている。信頼できる配下を増やして、適材適所を見極めて、王宮が、国が上手く回るよう人材配置を行うのだって、立派な(まつりごと)の一つよ」

「ディー……」

「みんなが居ないとできることは限られてる、ってちゃんと自覚できてるシェイラなら、大丈夫。支えてくれる人に感謝して、皆の力を最大限に活かす、立派な正妃様になれるから」

「ディー……!」


 ついに啜り泣き出したシェイラを、ディアナは優しく抱擁し、髪と背を撫でる。留守を預けた際は、まさかこんな大事件が起こるとは予想だにしていなかったけれど、ディアナですら予想できなかった事態を乗り越えたシェイラと後宮の皆は、間違いなく、ひと回りもふた回りも成長したはずだ。

 啜り泣きが小さくなった頃を見計らい、そっとシェイラの身体をジュークへ託すと、彼は微笑んで引き受けてくれた。その姿もまた、スタンザへ旅立つ前より随分と、大きくなったように思える。


「陛下、ご挨拶が遅れ、誠に申し訳ございません」

「構わない。こちらこそ、クロケット男爵令嬢のことで慌ただしい中、済まなかったな」

「いいえ。シェイラのことも、大切ですから」


 ディアナが不在にしていた後宮で、シェイラがどれほどの重圧の中、変わらぬ平穏を守ってくれていたのか、断片的ではあるが聞いている。不安しかなかっただろうに、シェイラは自らを鼓舞し続け、難局を見事に乗り越えたのだ。

 それを労えるのは――真の意味で彼女の心を解けるのは、後宮を託した当人である、ディアナ以外存在しない。


 ジュークの腕の中でシェイラが落ち着くのを見守っていると、いつの間にか部屋へ降りてきていたらしいカイが、しみじみと国王夫妻を眺めていた。


「なんか、こうして見ると、ちゃんと夫婦っぽくなってるよね~」

「陛下とシェイラ? それはそうでしょう」

「そうなんだけど、ホラ。仕事上、夫婦らしくないお貴族様を山ほど見てきてるからさぁ」

「あぁ、逆に夫婦っぽい貴族に違和感あるってこと?」

「クレスター家は特殊枠で、もはや違和感ないんだけど」

「う~ん……ウチの場合、そもそも〝貴族〟の方が間違ってる感否めないからなぁ。夫婦とか家庭についての考え方も、平民寄りの自覚あるし」

「あー、確かに。てか、デュアリスさんよりエドワードさんの方が、一昔前の〝男は家庭の主軸〟的価値観持ってない?」

「というより、お父様があの世代の人には珍しく、かなりの女性至上主義(フェミニスト)なのよ。聞いた話だと、魔王面が禍いして同世代の女子との関わりがほぼゼロの中、付き合いのある女性が必然的に最上級の人格者ばかりになった結果、『女性とは人間的に極めて優れた存在』って認知になっちゃったんだって」

「分からなくはないけど……前提に〝デュアリスさんを怖がらない〟が付くよね、それ」

「付くわね。お父様もそれは分かってるから、特に問題ないんだけど」

「そりゃ、デュアリスさんなら分かってるか」


 デュアリスの切ない昔話に頷き合っていると、いつの間にか、室内がしぃんと静まり返っていた。疑問に思ってカイからシェイラへ視線を戻すと、話しているうちに泣き止んだらしいシェイラが、心なしかジトっとした目で、カイをじぃっと睨め付けている。


「……ねぇ、ディー」

「え、私? うん、なに?」

「もしかして、スタンザで、カイさんと、何か、あった?」


 視線はカイから逸らさず、一言一言区切るように尋ねてくるシェイラが……うん、正直、ちょっと怖い。

 ここでシンプルに「実はカイのことを特別に想っていたことに気付いて、カイも同じ気持ちを持ってくれてると知って、将来の約束を交わしました」と説明するのは違う気がして、ディアナはひとまず、視線をちょっと逸らしてみた。


「えっと……行く前と今で、何か違う感じ、する?」

「する。主にカイさんだけど」

「するんだ!?」

「その違うカイさんを、ディーが普通に受け入れてるから。〝何か〟あったんだろうな、って」

「えっ、ごめんホントに分かんない。カイの何が違うの?」

「……僭越ながら申し上げますと、ディアナ様もスタンザへ向かわれる前とは、違っておいでかと。以前のディアナ様は、姿の見えないカイが天井裏にいることを確信して呼びかけることも、気安く頼みごとをされることもありませんでしたから」

「そ……う、だっけ?」


 マグノム夫人に言われ、スタンザへ出立する前のことを思い返す。……そうだった、かもしれない。そもそも、クレスター家の『闇』でないカイへ、個人的な用事を頼むという発想が、ひと月前のディアナにはなかった。


「ディーがカイさんへ気安く頼みごとをしてるのもそうだし、カイさんがマグノム夫人の前に姿を見せるのも、〝ディー〟呼びを隠さなくなったのもそうだし」

「え? ……え?」

「何より、カイさんの距離が、スタンザへ行く前より絶対に近い! その近い距離を当たり前に受け入れてるディーを見れば、誰だって〝何か〟あったって思う!」

「お、落ち着け、シェイラ」

「割と前から思ってたんだけど、これだけディーへの重たい愛を隠さないシェイラさんのことを一途に愛してるジュークさんって、実はめちゃくちゃ懐深いよねー」

「……そうか?」

「カイ、陛下。そのやり取りは、たぶん今じゃないです」


 額を抑えてツッコミを入れてから、ディアナはとことこ、シェイラへ近付いた。


「えぇっとね、シェイラ? 隠してたわけじゃないのよ。カイとあった色々なことは、国使団のみんなと合流して、ナーシャ様の体調が回復して、全体的に色々落ち着いてから、改めて伝えるつもりだったの」

「……たぶん、それだと遅いというか、もう既にイロイロ怪しまれてるから、ひとまず国王夫妻にだけは説明しとけ、っていうのが、父さんの意図なんじゃないかなぁ」

「えっ。ソラ様の仰る〝挨拶〟ってそういう意味!?」

「たぶん」

「というかカイ、私たちのこと、ソラ様に言った!?」

「言う前からバレてたっぽいから、敢えて言ってない。まぁバレるよね、父さん相手じゃ誤魔化すのも限界あるから、言ってないだけで最初から隠してないし」

〈……それならせめて、末姫様にそのお話はしておけ。心の準備なく私と顔を合わせ、かなり戸惑われておいでだったぞ〉

「えっ、そうだったんだ? それはごめん」

「……うん、まぁ、良いけど」


 何だろう。徹頭徹尾、カイが軽い。昨日も思ったが、通常、特別な仲となったお相手の親御さんと顔を合わせるというのは、人生における一大イベントのはずなのだが。知らぬ間に、諸々全部終わってたくらいの肩透かし感がある。獅子親子がそれで良いなら、ディアナとしては別に、文句もないけれど。


「あー……つまり、二人は恋仲になった、という解釈で良いのか?」


 置いてけぼり感の否めなかったジュークが、どうにか追いつくべく、話の本筋を突いてくる。

 似たようなことを、ラーズから戻った日のユーリたちにも聞かれたな、と思いつつ、ディアナはカイと視線を合わせた。


「恋仲……という表現が適当かどうかは、分かりかねますけれど」

「お互いにお互いを特別な存在だと想い合ってる、って確認した感じかな? 世間一般で言うような〝恋人〟関係はマズいでしょ、まだ」

「……耳の痛い話だ。なるべく早く、そなたらが堂々と〝恋仲〟だと宣言できるよう、努力せねばな」


 考えていた以上に、ジュークの理解が早い。どうしてこんなにあっさり受け入れてくれるのだろうと首を傾げていると、その内心が分かりやすく顔に出ていたらしく、正面のジュークが少し笑った。


「そなたらが、遅かれ早かれ〝そう〟なることは、分かっていたからな」

「え!?」

「おそらく、そなた以外の関係者全員が」

「全員!?!?」

「……逆に私、本気で気付いてなかったディーにびっくりしてるんだけど。カイさん、気持ちダダ漏れだったわよ?」

「それは、向こうでカイにも言われたけど……ええぇ??」

「ディーだって、結構前から、カイさんのことは特別だったでしょ?」

「それは、まぁ、うん。でも、私が自分で自分の気持ちに気付かなかったのは、敢えて見ないようにしていた部分もあるからだし」

「じゃあ、カイさんの気持ちも見ないようにしてた?」


 ジト目のままのシェイラに問われて、思い返してみたけれど。


「いや……カイの気持ちは、本当に知らなかった。というか、知ってたらあんなに悩んでない」

「私が言うのもアレだけど……鈍すぎない?」

〈……末姫様を庇うわけではありませんが、シリウス殿曰く、先祖代々悪人面を継いできたクレスター伯爵家の方々は、そもそも〝自分に特別な愛情を向ける存在なんて居ない〟という強固な思い込みがあるそうでして。エリザベス様もクリステル様も、ご自身の想いを理解して、信じて頂くまでに、それはそれはご苦労なさったと。鈍いわけではなく、相手が自分を特別に想うという発想自体がないため、気付きようがないそうです〉

「それだ。それです」


 さすがはシリウス。生まれたときからクレスターと付き合っている男の言葉は、説得力が違う。

 うんうん頷くディアナに何を思ったか、シェイラが再び、ジト目でカイをロックオンした。


「こんなにも幼気(いたいけ)なディーを……」

「いやおかしいからね? 忘れてるのかもだけど、ディー、シェイラさんより歳上だから」

「『恋なんてしたことないから分からない』って言ってた純粋無垢なディーを誑かして、国から離れた瞬間、モノにするなんて……!」

「エドワードさんと似たようなこと言うのやめて? あと別に、外国行ってたのは関係ない……たぶん」

「あなたの愛情は重くて深くて激しいから、くれぐれもディーの負担にならないようにって、あれほど忠告したのに……!!」

「この先も負担にするつもりないから。結局シェイラさん、俺がディーの〝特別〟枠に収まったのが気に食わないだけじゃん」

「気に食わないに決まっているでしょう!!」


 ……わぁすごい。シェイラもカイも、これまでディアナの前で、見せたことのない顔をしている。


「えー……っと。ひとまず、挨拶は済んだってことで、よろしいですか?」

「まぁ……良いのではないか? シェイラも、いずれこういう日が来ると、分かってはいただろうからな」

「シェイラがカイとケンカ友だちなのは、何となく感じていたのですけれど。お互い、適度にストレス発散できるのは良いこと、ですよね?」

「この二人の場合、気質が近いゆえの同族嫌悪的なところがあるようだからな。その分、本気で互いの怒りの尾を踏むこともないだろうから、気安くケンカできて良いのだろう」

〈息子が申し訳ありません。未来のご正妃様に、とんだ失礼を〉

「いや、構わぬ。シェイラにとっても、気負わず好きに言い合える相手がいるのは良いことだ」

「……良いことかもしれませんが、そろそろお休みになりませんと。ディアナ様はもちろんですが、陛下とシェイラ様も、明日の朝はお早いでしょう」


 呆れ返ったマグノム夫人の言葉が、どこまでも軽い〝上司への諸々報告会〟をお開きにする合図となった。


「クレスター家は(親しい人に対して)嘘・隠し事が下手」……作者も忘れかけていた彼らの特性が存分に発揮された回となりましたね! マジでディアナさん、恋愛しながら側室やるの向いてないよ……

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― 新着の感想 ―
>魔王面が禍いして同世代の女子との関わりがほぼゼロの中、付き合いのある女性が必然的に最上級の人格者ばかりになった結果、『女性とは人間的に極めて優れた存在』って認知になっちゃったんだって デュアリスさん…
ディーの頭上で天使に擬態したグレムリンが踊ってるのが見える( ^∀^)(  ̄▽ ̄)("⌒∇⌒")
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