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殺害点数零な私にできる唯一のこと  作者: 朝霧


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中編

 阿呆みたいな理由で転落を選んだはずの私は、なんでか生きていた。

 目が覚めたら病院だった。

 話を聞いてみたら落ちる寸前の私の手をあの殺し屋がどうにか掴んで、引っ張り上げられたらしい。

 かなり乱暴な引き上げ方をされたらしく、その衝撃で私の腕はバキバキに折れた。

 利き腕、月単位で使い物にならないんだって。

 掴むならせめて左にしてほしかった、というか掴まないでほしかった。

 刺された腹の傷よりも腕の方が余程重傷という、そんな笑えない笑い話みたいな話を医者から説明された。

 ちなみにここは普通の病院ではないらしい。

 殺し屋みたく国の命令でやばいお仕事やってる人達専用の病院らしい、何故普通の病院に運び込んでくれなかったのか。

 とは思ったけれど多分殺し屋とまとめて運び込まれたのだろう、身内がやばそうなことに関与しているのでその辺も理由かも。

 それから、私が落ちるのに失敗した前後どうなったのかも少しだけ聞いた。

 とりあえず姉は強いストレスを受け続けていて錯乱していたから身内を刺すという暴挙に出た、ということになったらしい。

 それで姉、失踪したらしい、というかほぼ連れ去られたそうだ、取り巻き達に。

 もし発見された場合、取り巻き達の件もだけどそれがなくとも私を刺した件で普通に警察のお世話になってしまうらしい。

 なんてこった。

 ちなみに殺し屋と姉の取り巻きのほぼ殺し合いみたいな戦いは、その戦いの最中に姉が私がいなくなったことに気付き絶叫、それによって私がどっか行ったことに今更のように気付いた殺し屋が地面に落ちてた血を追って駆け出したのでそこで打ち切りになったそうだ。

 私が行方不明になっていなかったら殺し屋か姉とその取り巻きのうちの誰かは死んでただろうとのこと、それならあの場から立ち去った私の判断はあながち間違いではなかったのだろう。

 とりあえず一通りの説明をした後、医者は去っていった。

 私はしばらく入院になるらしい、腹の傷自体は大したことないけど余計に動いたせいで出血多量、あと利き腕がやばいので。

 しばらくベッドの上で呆然としていたけれど、すごく暇なことに気付いてしまった。

 どうしようものすごく暇だ、寝てしまおうかと思ったけど眠気が全くない。

 安静にしていろ、極力部屋から出るなと言われたけど、どうしようか。

 ちなみに個室なので話し相手にできそうなお仲間はいないし、そもそも誰かいたところで円滑なコミュニケーショが取れるほど私は口上手ではない。

 出るなと言われたけれど、あまりにも退屈すぎる。

 そういえば私の服と荷物どうなったんだろ、鞄の中に携帯端末と財布その他が入っていたはずだけど。

 携帯端末があれば暇つぶしにはなるか、いやでも充電が持つかどうか。

 まあいいか、とりあえず探してみよう。

 ベッドの上で室内を見た、見える範囲にそれらしきものはない。

 仕方がないのでよっこいせとベッドを降りて彷徨いてみる、やっぱりない。

 ベッドの下を覗いてみてもない、あと下手に動いたせいで腕に痛みが。

 どこか別の場所に預けられているのかもしれない。

 身体の不調以外でナースコールをするのも申し訳ない、とはいえ、ここから出て適当に遭遇した者にそれを聞くのも迷惑だろう。

 けど、暇だしな、購買とかあるかもだしここにいるよりは暇が潰せるかもだ。

 基本的に健康体で入院なんて一回もしたことがないので、こういう時の病院でのお作法というものがよくわからない。

 極力ここから出るなと言われているのでその通りにするのが無難ではあるのだろうけれど、あんまりにも退屈すぎる。

 だから、まあいいか。

 軽い気持ちでドアに歩み寄る、スライド式のそれを開こうとしたらその直前に勝手に開いた。

 あらま、自動ドアとは随分とハイテクだなと思ったら、勝手に開いたドアの向こう側に誰かが立っていた。

 殺し屋だった、自動ドアでもなんでもなくて普通に向こうから開けられただけだったらしい、ノックとかする文化ってないんだろうか殺し屋には。

 思いもよらない対面に体が硬直する、何故かすごく睨まれたので自分の顔が引き攣ったのがわかった。

 ただ無言で睨まれる、そっと手を伸ばしてドアを閉めようとしたら、伸ばした手を無遠慮に掴まれた。

「何をしている?」

 すごい顔で詰問された、殺し屋から発せられる圧にただの一般人である私が耐えられるわけがない。


 暇だからちょっと外にとどうにか答えたら、凄まじい顔でおとなしく安静にしていろと凄まれ、ベッドに逆戻りになった。

 そこら辺に置いてある椅子を適当に引っ張ってきて座ればいいのに、ベッドの横に立ったままこちらを睨んでくる。

 座ればとか、そういえば自分よりも酷い状態になっていなかったとか、自分の荷物どこにあるか知っているかとか聞きたいことがいくつかあったけど、気軽にこちらから声をかけられそうな雰囲気じゃない。

 どうしよう、このまま何もせず無言で気まずいだけの時間が無意に過ぎていくだけになってしまったら。

 どうしろというのか、どうしようもなくないか今の状況。

「身体は」

「……はい?」

 唐突に殺し屋はが呟いた言葉の意図が緊張状態のせいで一瞬わからなかったけど、すぐに意味をのみこんだ。

「お腹はそこまで、腕の方が重傷って感じらしい……です」

 雰囲気にのまれて思わず敬語になってしまった。

「……そうか」

「ええと、その……あなたの方が余程大怪我していたように見えたけれど」

「大した傷ではない。もう治った」

「そんなわけなくない?」

 医者から話を聞いた感じ、あれからまだ数日程度しか経っていないらしい。

 それなのに完治って絶対おかしいと思う。

 けれど、確かになんか平気そうな見た目ではある、あの時全身血塗れで額にもぱっくり裂けたような傷があったように見えたのだけど。

 ひょっとしてあれ、全部返り血だったのではと恐ろしいことに気付く、そういえばあの時もうこちらの視界はぼやけていたのだった。

 返り血に染まったこの殺し屋の見た目をズタボロの大怪我状態だと思い込んでしまったのかもしれない。

 あんまり納得できないけど、そうでなければ今普通に元気そうな理由に納得いかない。

「なんか全身ズタボロに見えたのだけど。全部返り血だったとか?」

「…………まあ、そんなところだ」

 そうなんだ、それはそれで怖いな。

 無事だったんだろうか、姉と姉の取り巻き達。

 生きてはいるみたいだけど、下手したら死者出てたっぽいので誰かしらは重傷状態なんだろうな。

 そういえばこの殺し屋は傷害罪で逮捕とかされないんだろうか、国が雇ってる殺し屋らしいので平気なんだろうな。

「……なんかその、大丈夫ならよかった」

 そうこちらが呟いたきり、しばらく無言の時間が続いた。

 どうしようか、こちらから何か話題を振るべきか、私みたいな口下手にそんなことができるわけないだろう。

 そういえば、お礼とか言ってなかった。

 いや、必要はないか。向こうが勝手に拾い上げただけだ、そうして欲しいだなんてこちらは一言も。

 むしろ、かなり乱暴に引き上げこちらの利き腕をバッキバキにされたことを怒るべきなのでは、とも思ったけれど、流石にそれは人格を疑われそうなのでやめておく。

 この腕どうしようか、逆だったらまだどうにかなっただろうに。

 しばらく色々ままならないだろうな。

「何故、あんな真似をした」

 向こうから沈黙が破られた、何故と言われても動機は全て話したつもりだったのだけど。

「だいたい言った通り。私のせいで姉が傷害罪で逮捕されるのはなあ……って感じ」

「あの程度の傷で?」

「あの程度でも傷害は傷害でしょ。無価値な私のせいで姉の輝かしい人生に傷が〜なんてなったら親がぐちぐちうるさそうだし……理由なんてそれだけ、あの時あんまり頭働いてなかったからその程度の動機しかない」

 これ以上語れることはないと見上げると、疑り深い視線が返ってきた。

「…………なら、質問を変えよう。お前は何故死に場所にあそこを選んだ?」

「そりゃあ高いところから落ちないと『証拠』が消えてくれないからに決まってる。ちょうど近場だったし、あそこ以外にどうにかできそうな場所知らな」

「フェンスに隙間があったのは何故だ。あの状態のお前があれを広げられるとは思えない」

 おっと、そこに疑問を持たれたか。

 有耶無耶になっていればよかったのに、流石に不自然だったか。

「ああいった場所から容易に落ちられないのは流石にお前も理解していたはずだ。それなのに何故お前は迷いなくあそこに向かった? あの隙間の存在を知っていなければあそこを死地にしようなどとは考えそうもないが」

 それを馬鹿正直に話すと私の罪が明らかになってしまうので、誤魔化そう。

「さ、さあ、さっきも言ったけどあんまり頭が働いていなかったから……行けばなんとかなるんじゃないかなって、だからその」

「偶然だとでも? あの状態のお前がエレベーターの裏側にあったあの隙間に気付くとは思えないが?」

 私以外の誰かが万が一あそこに立ち入った時に見つかりにくいようにエレベーター裏のフェンスを壊したのがここにきて完全に裏目に出た。

 ……仕方ない、開き直ろう。

「それじゃあ、仮に私があそこに常習的に通っていて、少しずつあの隙間を広げていたとして……私一人くらいなら簡単に落ちられる程度の隙間があるのを知っていたらから私があそこに向かったとして……それであなたに何か不都合だったり迷惑なことってある?」

「……は?」

「ないでしょう。私がどこで何をしようとあなたには関係ない」

「関係ない、と言ったか?」

「ええ。だって本当のことでしょ。私はあなたの標的ですらなかったのだから。あなたの標的は私じゃなくて私の姉。ほらね、関係ない」

 関係が全くないというわけではないけれど、それでもないと言ってしまっていい。

 恐るべき殺し屋はこちらをただ睨め付けた、その顔を見て、騙されたことを怒っているのだろうなと思った。

「あ、それとごめんなさいね、あなたのこと騙して。……あなたは『ルフェーヴルの娘』としか言っていなかったから、騙す気なんてなかった、本当に自分の命を狙っているのだと思っていた、ってことにしても別に良かったけど……一応、謝っとく」

 なんて薄っぺらい謝罪を口にした、薄っぺらくともここで謝罪するのは自分でも良心的だなって思った。

 けれどもどうやら、こちらの謝罪はあまりいい方向に作用してくれなかったらしい。

 むしろ逆効果だったようで、怒りのままに乱暴に首元を掴まれ──なかった。

 怪我人相手にそれをしないだけの理性があるらしい、それを少し意外に思った。

「そんなに怒らないでよ、身内を庇って何が悪い。まあ騙されて余計な手間かけさせられたのだから怒って当然か」

 そこまで言ってふと些細な疑問が浮上してきた。

 口にするかどうか迷ったけれど結局言ってしまうことにした、どうせこれきりだ、もう会うこともない赤の他人に遠慮も何も不要だ。

「そういえばあなた、なんで私を見殺しにしなかったの? 標的でもなんでもない奴が生きようが死のうがあなたには何も関係ないじゃん」

 あの時私が彼の標的である『ルフェーヴルの娘』ではないことを彼は知っていた、あの時点でようやく彼はそれに気付いた。

 なら、その時点で私は彼にとって標的の妹という関係のない存在になった。

 それなのに彼はあの場から姿を消した私を追った、そんな行動に意味などないのに。

「ってか、私を探しに行ったせいで姉とついでにその取り巻きを逃しちゃったんだから、お仕事大失敗じゃん。なんでそんな馬鹿な真似を」

 すごい音と一緒に顔面に衝撃。

 ぶん殴られたらしい、拳ではなく平手だったところから察するに彼にはまだ多少なりとも理性が残っていると思われる。

 お仕事大失敗は流石に言いすぎたか。

「もういい、余計なことは口にするな。ただ聞かれたことにだけ答えろ。何故あんな隙間を作った?」

「そんなの聞いてどうする。……ああもうわかったわかった、答えるからそんな怖い顔しないでよ。出来心だよ……死因っていうやつを選べるのなら高所からの転落死がいい、そう思ってなんとなーくあそこに隙間を作っておいただけ」

「つまり、死ぬつもりで開けた隙間だったと?」

「まあね。けど、今すぐ死のうと思って広げた隙間ではないよ、いつかその時が来た時のため、っていうのが近い。実際、来ちゃったからね、その『いつか』が」

 そう笑うと殺し屋は心底嫌そうな顔をした。

 聞いていて気分が良くなる話をしていたわけではないけれど、そこまでの顔をされるほどでもない。

 だって、私と彼に大した関係なんてない、殺し屋とその標的というわけですらない。

 向こうからすると赤の他人がいつかの死因をあらかじめ決めていたというただそれだけの話。

 これで向こうがお人よしでそういうのを絶対に許さない倫理観が強めの真人間だったらこういう顔をされてもおかしくは思わないけど、向こうは殺し屋とかいう真人間とは正反対の位置にいる人間だ。

 だから、どうしてここまで深く聞いてくるのかその理由がわからない、標的を逃してまで私を探そうとした理由も、私をあそこから無理矢理引き上げた理由も。

 だって、意味がない。私の生き死にはこの男にはなんの影響も与えない、加点も減点もないはずだ。

 それなのに、どうして私が死のうとしたことに激怒しているような顔をするのか。

「ねえ、一個聞いてもいい? なんでそんな怒ってんの?」

 余計なことを口にするなとは言われたけれど、そこを明らかにしておこうと思った。

 だって、あまりにも意味不明すぎる。

 家族でもない、友達でもなければ恋人でもない、出会ってそんなに時間が経っていないただの他人。

 殺し屋とその標的という関係ですらないし、殺し屋である彼に他者の死を忌むようなまともな倫理観があるとも思えない。

 その倫理観があったところで、他人である私に対してそこまでの怒りを見せるほど人の良さもなさそうだ。

 さて、どんな回答が返ってくるのやら。

 見上げた殺し屋は心の底から嫌そうな、こちらへの嫌悪感を全く隠そうともしない顔のまま口を開いた。

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