後編
退院まで数日かかった。
荷物は結局退院まで返してもらえなかった、なんでもこの病院はよからぬものに襲撃されないよう一般には伏せられた場所にあり、だから通信が行える電子機器の類は使用禁止であるらしい。
それでも退屈ならと映像見る用の機器を借りられたからよかった。
見られるのは一昔前の作品ばかりだったけど、それでもだいぶ助かった。
殺し屋はあの後もちょいちょい私の病室にやってきた。
特に会話はなかった、こちらを監視でもしているつもりなのかただ無言でじいっと見てくる。
最初の方は気まずく居心地が悪かったけど、トータル数時間で慣れることに成功してほぼ空気扱いできるようになった、私がここまで図太くなければ多分胃が死んでいたと思う。
あの時の私の質問に彼はただ「気に食わない」とだけ返してきた、それ以上は何も言ってくれなかった。
どうやらとんでもなく嫌われてしまったらしい、もしかすると命のやり取りを商売にしている彼にとって、私みたいな生き死にいい加減な奴はものすごく嫌な存在なのかもしれない。
だから、私が望み通りに人生を終わらすことをよしとしなかったのか、多くを語らぬ彼の心情をそう予測してみたけれど、あっているかどうかはわからない。
というかそんな予測をしたところで無駄だった、退院したらどうせもう二度と会うことはないだろうし。
何故様子見に来るのかその理由もよくわからないけど、多分なんかやらかすとでも思われているのだろうとひとまずそう結論付けておいた。
そんな微妙に居心地が悪い入院生活も今日でおしまい、医師から退院を告げられた後はあの殺し屋に別れの言葉を言う暇すらなく、退院の準備をさせられた。
準備といっても入院服から元々着ていた服に着替えさせられただけだったりするのだけど。
ちなみにナイフで刺されたせいで穴が空いて血まみれになっていたはずの服は綺麗に修繕されていた。
着替えさせられた後は目隠しと耳当てを装着させられた状態で手を引かれて移動となった、私経由で病院の場所がよからぬものに割れるとまずいので、そういう処置がとられたらしい。
目隠し直前に返してもらった鞄を抱えて、誰かに手を引かれて車らしきものに乗り込む。
おそらく男性らしいその手がしっかりとシートベルトをしめて、しばらくして車が動き出す。
そこでふと思った。
「あ、すみません。家じゃなくてできればうちの最寄駅に停めてもらうことってできます? 食べ物とか買い置きしときたいのでスーパーに寄りたくて」
答えはなかった、というか耳当てから大音量でオーケストラらしきものがずっと流れているので返事があったのかすらわからない。
どのくらい時間が経ったか、車が止まる。
また信号待ちかと思ったけれどどうも違ったようで、目隠しと耳当てを外される。
自動で開いたドアから見えたのは見覚えのある風景、うちの最寄駅だった。
「ありがとうございます」
運転席に乗っていた初老の男性に礼を告げると男性は無言で軽く頭を下げた。
車から降りるとドアが自動で閉じる、もう一度深々と頭を下げると、その少し後に車が発進する音が聞こえてきた。
さてと、お買い物に行かなければ。
利き腕が使えない状態で食べやすそうなもの、ひとまずゼリー飲料とかを買い込んで、それ以外にも何か。
片手で食べやすそうなもの、ひとまず冷凍の焼きおにぎりとあとは、と考え込む私の前にすっと何者かの手が伸びてきた。
顔を上げると、相変わらず機嫌が悪そうな殺し屋の顔が見えた。
「うわっ」
何故当たり前のようにいる、びっくりした。
「え? なに、なんでいるの?」
「鞄」
「へ?」
「寄越せ」
「何故……」
何故か鞄を渡すように要求された、何これカツアゲ?
狼狽えているうちに鞄をひょいっと奪われた、そして空になってしまった方の手を掴また。
ゴツゴツとした大きな手、目隠しされていた時に自分の手を引いたのはひょっとしてこれだったのでは、と思った直後に掴まれた手を引かれる。
「え、ちょ、なに!!?」
「買い出しに行くのだろう。いつまでも突っ立っていたら通行人の邪魔だ」
「いや、確かに邪魔っちゃ邪魔だろうけど、なんで鞄取ったの、あとこの手はなに??」
そう聞いている間にもどんどん足を進められるので、引きずられるような形でついて行かざるをえない。
「片手だと不便だろうから持ってやったんだ。手は逃亡防止に」
カツアゲとか堂々とした盗み行為ではなく荷物持ちのつもりらしい。
けどなんでそんなことを、あと逃亡防止って何。
この殺し屋にそんなことをされる理由とかないはずだけど。
「片手でも別に大丈夫だから鞄返してもらえると……あと、手を離して」
ぎろりと睨まれ黙殺された、なんなんだ一体。
いっそ大声で泣き喚いてしまおうか、全力で喚けば警察沙汰にでもなってお引き取りいただけるかも……と思ったけどそれはそれでものすごく面倒なことになりそうだ。
けれど流石にこのままは、というかなんの意図があってこんなことをしているんだ。
「その腕、しばらく使い物にならないのだろう? 治るまで面倒を見てやる」
ボソリとした声でそんなことを言われた。
介護でもするつもりなのか、確かに今私はほぼ一人暮らし状態なので片腕だと色々と不便はあるだろうけど、赤の他人に世話されるほどではない。
「面倒とか見なくていいから。大丈夫だから」
「大丈夫なわけあるか。ものぐさなお前のことだ。どうせ毎日ゼリー飲料だけで済ませる気だろう」
「流石にゼリーだけってことはない。……他にも何かしら食べるよ」
「どうだかな。……そんな体たらくじゃ治るものも治らない。そもそもその腕がそうなったのはこちらがかなり乱暴に引きあげたせいだ。責任は取ろう」
「責任とかそういうのいいから……というかお仕事は? 私の面倒とか見てる暇あるわけ?」
「これが仕事だから問題ない」
「はあ?」
どういうこっちゃと殺し屋の顔を見上げる。
「行方不明のお前の姉があの家に戻ってくるかもしれない。そうでなくともあの女が現状確実に接触できる身内はお前だけだ」
「……つまり、姉をおさえるために身内の私を先におさえておこう。あわよくば人質にでもしてしまおう……って話?」
おそるおそる聞いてみると、殺し屋はこちらを見下ろして小さく溜息を吐いた。
「おおよそ、その通りだ」
「ええ……」
嫌そうな顔で殺し屋はこちらを見ていた、多分私も今同じような顔をしている。
「そういうわけで、仕事でもうしばらくお前を監視することになった、そのついでに面倒を見てやる。先に言っておくがお前に拒否権はない」
拒否権ないとか言われてもな、どうせなら他の人、できれば女の人とか呼べないのだろうかと思ったけれど、もしできるのならそ初めからそうしていたのだろうし。
「本当にどうしようもないの?」
「ああ」
「……あなたがただの不審な殺し屋だったら警察にでも駆け込むところだけど、国家お抱えの殺し屋だからな」
「駆け込んだところで無駄だ。そもそも駆け込ませるような隙も暇も与える気はない」
「だよねぇ……はあ、仕方ない、姉がさっさと発見されることを祈ろう。……介護とか別に必要ないけど、せっかくだし私一人じゃ無理な重荷とか運んでもらおうかな」
片腕だと流石に無理だけど、この男がいればゼリー飲料を箱買いしても大丈夫そうだ、あともしも治る直前まで居座られた時は米とか。
強制的に居座られるのならそのくらい利用してもバチはあたらないだろう。
「その程度なら引き受けてやる、他にも何かあれば……ああそうだ、面倒を見るついでだ、お前を真人間に矯正してやる」
「やだよ、殺し屋が考える真人間とやらになんかなりたくない」
思わずそう返すと舌打ちが返ってきた。
話しているうちにいつのまにかスーパーが目の前に、ゼリー飲料と焼きおにぎり以外何を買おうかと思いつつ、自動ドアにうっすらと自分達の姿が映っていることに気付いた。
若い男女が手を繋いで連れ立っているさまは客観的にはまるで恋人同士か何かのようにも見えたけれど、実際は全然違う。
ひょっとしたら世界にはこういう輩が案外いっぱいいるのかもしれない、ただの恋人や友人、親子に見える何かが実際は全く違うとか。
と、そんな考えても意味がないことを考えた直後に自動ドアが開いた。




