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殺害点数零な私にできる唯一のこと  作者: 朝霧


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1/3

前編

 死ぬのならば高所からの転落死がいい。

 本当に幼い頃に何故か強くそう思った。

 理由は覚えていないけれど、きっと空を飛んでみたかったのだろう。

 ある程度成長した後も死因は転落であればいいと思った。

 死ぬ前に空を飛ぶ気分を味わいたいなんていう綺麗な理由ではなくて、単純に死体が木っ端微塵になるから、なんて後ろ向きの理由だったけど。

 自分の容姿が嫌いだった、姉に半端に似ている自分の姿形が惨めだった。

 だから、それが判別不可能になるような死に方を。

 轢死だと半端に残りそうだし、それならば圧倒的な高所からの落下によって完全に潰れてバラバラになってしまえばいい。

 死ぬのならば高所からの転落死がいい、そんな将来の夢のような感情が高所からの転落によって死ねばいい、といううっすらとした願望になった頃、私はとある廃塔に赴くようになった。

 元々は観光名所として作られたらしい塔だ、数年前にかなり悲惨な事件が起こったせいで今では誰も訪れなくなり、廃墟と化した塔。

 起こった事件がかなり悍ましいものだったので、こういうところを好んで根城にしそうな悪い奴等でさえ近寄ろうとしない、怖いもの見たさで訪れる不謹慎な者すらいない。

 そんな廃塔のてっぺんに私はよく足を運んだ。

 エレベーターは何故か生きていた、もしも故障でもして途中で止まったら自分はこの中で餓死して、きっと何年も後になって発見されるのだろうとよく思った。

 廃塔のてっぺんからは周辺をひとまとめに見ることができた。

 私は遠く小さい玩具みたいな町を見下ろすのが好きだった。

 そして、通うたびに少しずつ、本当に少しずつ転落防止用のフェンスを壊していった。

 ようやく人一人が、私が容易に通り抜けられる程度まで隙間を広げて、私はそこに立った。

 一歩、足を踏み込めば確実に落ちる。

 涼やかな風が吹いていた、空を見上げれば白い雲がいくつか、太陽は燦々と輝いていた。

 下を見下ろすと、模型じみたのっぺりとした町が広がっている。

 結局その時も、その次もその次も足を進めることはなかったけれど、一歩進めば容易に後戻りできないだろう死の気配と地上では感じられない涼やかで清らかな風が癖になって、何度も何度も。

 きっといつかなんの理由もなく自分はここから飛ぶのだろう。

 きっと老いて歩けなくなるまで自分はここで立ち竦むのだろう。

 どちらに転がってもおかしくない、そしてどちらになったところできっとどうでもいい。

 ただ、自分の終着点はきっとここになるのだろうと、漠然とそう思った。


 そう思っていたのに、ある日私のところに殺し屋がやってきた。

 ルフェーヴルの娘は国の根幹を揺るがす悪事を働いている疑惑がある、という理由で。

 必死に逃げ惑っているうちに気付いた、殺し屋の標的が自分ではなく自分の姉であることに。

 聖女じみた姉が最近裏で何かコソコソやっていることを知っていた、それが善行であろうが悪業であろうが私には関係ないと思っていたから気にもかけなかったけれど。

 殺し屋は標的を間違えていることに気付いていなかったらしい、馬鹿な話だ。

 確かに別々の場所で見れば似ている姉妹と思われることもあるけれど、横に並べば一目瞭然なくらい違うのに。

 見る目がない、間抜けだ、そんな間抜けな癖にその顔になんの感情も浮かべずにこちらの命を刈り取ろうとしてくるのだから、本当に怖い。

 私を殺したところで無意味なのに、無価値なのに。

 そう思ってふと思った、私には殺される価値すらないのか、と。

 死んでも生きてもきっと、後に残った者達には何の影響も与えないのだろう、と。

 だから、魔がさした。

 悪戯心と言ってもいい。

 私は無価値だった、それは随分と前からわかっていた。

 けれども、今の特殊すぎる状況なら人生で唯一『ざまあみろ』と心の底から他者を嘲笑える場面が作れるのではないか、と。

 私の価値は零だ、そんな私を勘違いであの殺し屋が殺してしまったとする。

 その瞬間に人違いだと嘲笑ってやるのだ、お前が殺したのは全く価値のない人間だったと嘲笑う。

 もしもそれが実現できたら、少しだけ気分が晴れやかになる気がした。

 それに、あの殺し屋が私を追って殺している間に、殺し屋を差し向けられるほどの価値がある姉は逃げ仰るだろう。

 完全に逃げ切らずとも時間稼ぎくらいにはなるはずだ、無価値な私にそこまでのことができれば、それってなんかすごい気がする。

 涼やかな風が頭をよぎった、どちらの死に様がより魅力的か選べなくて、だから私は必死に、まるで生きたくてたまらない人みたいに必死の形相で恐るべき殺し屋から逃げ続けた。


 殺し屋は結局私を殺さなかった。

 あんまりな逃げっぷりから「これは本当に国を揺るがすような存在か?」と疑問に思ったらしく、私を殺すべき存在かどうか見極めてから殺すって。

 それでいいのかって聞いたら、そもそもルフェーヴルの娘はまだ疑われている段階、つまりはただのグレーであり、殺すべき存在かどうかの見極めは上から丸投げにされている、と答えられた。

 それでいいのか、下手したら国を揺るがす存在を、ただの殺し屋の判断に任せてしまっても、と思ったけど彼の顔と雰囲気が怖かったのでそこまでは突っ込めなかった。

 それで私はルフェーヴルの娘として殺し屋から監視されることになった。

 監視するとか言われても何を見るっていうんだって感じだった。

 夏季休暇中だったので特にやることもない。

 たまに廃塔にのぼって、あとは基本家に引きこもってた。

 姉は夏季休暇になるなりどっかに行って帰ってこなくなったし、両親はそもそも滅多に家に帰ってこない。

 だから素直に『監視とかされても何もない。基本家でだらけているだけ』って言ったら、普通に家に上がり込まれた。

 家族全員不在だし連絡も取れないから見ず知らずの他人を家にあげるわけには、という主張は黙殺されてしまった。

 恐ろしい殺し屋は、それでも間が抜けているのかそもそも初めから『私』の存在なんて知らなかったのか、最期まで私がルフェーヴルの娘のどちらでもあるのか聞いてこなかった。


 恐るべき殺し屋は意外と口うるさく、秩序とやらにこだわった。

 寝起きに動くのがだるくてそのままベッドの上で漫画を読んでいたら「いつまで寝てる気だ」と部屋に殴り込んできたり、今はカロリーをほぼ消費しない生活をしているから一日に一食しか食べないと言ったら絶句した後どこかから大量の食料を買い込んできてやたらと手の込んだ食事を作って無理矢理食べさせてきたり、真夜中になっても寝る気にならなくて本を読んでいたらさっさと寝ろと毛布で簀巻きにしてきたり。

 殺し屋じゃなくて口うるさい保護者みたいなことを。

 なんで私は歳がそう変わらなそうな殺し屋に生活習慣を強制的に改善をさせられているのだろうか。

 どうせ殺す相手がどんな生活しててもどうでもいいのでは、殺さないとしてもどうせすぐに互いに無関係になるのに、とぼやいたら『お前みたいなまともに生きる気が無さそうな人間、見ているだけでも不愉快だ』とかなんとか。

 面倒臭いなって思った。

 あと監視されてるせいで廃塔に行けなくて地味にストレスが。

 私みたいな小娘があんなところに通っているのが知られたら流石に怪しすぎるので。

 普通にあそこが観光地のままだったらただの高所が好きな馬鹿扱いで済んだだろうけど。


 わたしだってあなたみたいに普通に好き勝手に生きたかった。

 そんな言葉と共に腹部をちっちゃいナイフで刺された、姉に。

 姉はマジで国を揺るがしかねない事件に巻き込まれていたらしい、姉が危険人物というわけではないけれど、姉と関わる複数の人物が姉を理由に何かをやらかしかねない、みたいな状況になっていた。

 姉に殺し屋が差し向けられたのは、姉がそのやばい人達を意のままに操ろうとしている悪女的なクソやばい少女なのでは、という疑惑があったからだったらしい。

 私を刺した姉はすぐにハッとした表情をして、泣きながら謝ってきた。

 そんな顔で後悔するくらいなら、刃物を人相手に使ってはいけないと思う。

 痛む腹を抑えながらそう思った。

 多分、ちゃんとした治療をすれば普通に助かる傷なのだと思う。

 けれど、と思った。

 姉が私を刺した現場は騒然としていた、本来の標的、それも今まさに人間を刺してしまった姉を害悪だと判断したらしい殺し屋が姉を殺そうとして、そんな姉を守るために姉の取り巻きたちがその殺し屋と戦って。

 姉は呆然と涙を流し、私はただ血を流すだけ。

 この後のことを考えた、お腹が痛くて考えがまとまらない。

 それでも、ここで選べる唯一は、最適解が何かはわかった。

 さあ、廃塔に向かおうか。


 事件現場は幸い、いつもの廃塔の近場だった。

 だから、元から貧弱な上に腹を刺された身体でもかろうじて。

 まだ血が緩やかに流れ出る腹の傷を片手で押さえながら、いつもよりもゆっくりと。

 ほとんど誰ともすれ違わなかった、廃塔の恐るべき噂はここまで人を遠ざけていたのか、とぼんやり思った。

 エレベーターのボタンを押す、扉はすぐに開いた。

 足元がふらつく、お腹が痛い、それでもどうにか乗り込んで最上階のボタンを押す。

 息が荒い、すごく疲れた、すごく痛い、それでも今の私にできることはこれだけだ。

 しゃがみ込んだら二度と立ち上がれなくなりそうな気がした。

 しばらく待って再び扉が開く、よたよたと外に出ると、懐かしいとすら思う涼やかな風が私を出迎えた。

 目が霞んできた、これはやばい、早くしないと間に合わない。

 足を進める、あと少し、あと少し。

 あと三歩、二歩、一歩。

 そこにだけなんの隔たりもない、人一人が通り抜けられる狭い隙間、私が作った地上への直通路。

 あと一歩、足を進めればいい。

 涼やかな風が吹いている、空が青いのはわかるけど目が霞んで下はよく見えない、本当なら模型じみた建物達がもっと鮮明に見えるはずなのに。

 締まらないな、と思った、けど人生ってきっとこんなもの。

 後ろの方から大声が聞こえた、覚えのある男の声。

 気力はまだ残っていた、仕方がないので振り返ってやる。

 全身ズタボロの殺し屋がそこにいた。

 腹を刺されただけのこちらの方が確実に軽傷だろう、そんな傷で一体何をやっているんだろうか、さっさと病院にでも行くといい。

 何故彼がここにいるのかわからない、理由なんて一つもわからない、そもそもきっとそんなものは存在しない。

 けど、最後に証人になってくれる者がここに現れたのはありがたい。

 そういえば、口裏合わせをしていなかったので、誰にも。

「わたしは、あねのことがねたましくて、じぶんがだいきらいで、だからここからおちるのです」

 口がうまく回らない、殺し屋は私が喋り出した時点で一度動きを止めたけれど、それでもそれはほんのわずかな間だけ。

 すぐにこちらに向かってくる、その顔色からこちらを止めようとしている意図が見えた。

「っていうのはたてまえ。ここからおちればこっぱみじん。こんなきず、はんべつがつかなくなる。わたしがさされたというしょうこなんてのこらない」

 それが今の私にできる唯一のこと、あの聖女じみた少女に妹を刺しただなんて醜聞は似合わない。

「じゃ、そういうことなんで」

 そう言い捨てて後ろに倒れた、背には何も遮るものはない。

 殺し屋が必死の形相でこちらに向かって手を伸ばすのが見えたけれど、それは本当に一瞬ですぐに視界は青色に移った。

 そこで目を開けていられなくなって惜しみつつ抗えずに目を閉じる。

 指先に何かが触れた気がするけれど、きっと気のせいだろう。

 それにしても、最後に見えた顔の必死さは一体なんだったのか。

 そんな顔されるような価値、こっちにはないのに。

 けどまあびっくりはするか、目の前で人が落ちたのだから。

 しかも助かる可能性がかなり高い傷をつけられたその証拠を消すためだけに落ちたのだから、そりゃ驚くだろう。

 私だって私以外の誰かがそんなことしたら『なんだあの阿呆は』って唖然とするだろうし。

 なんか、指先というか手というか腕全体が凄まじく痛い気がする、なんだこれ。

 けど痛みの原因が何かは確認できそうにない、目が開かないというかもう意識が──



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