第31話:Ready Steady
ポータルをくぐりながら、「店主さん、メシ代はあとで必ず払います!!すみません……」と心の中で呟く。
ポータルをくぐると、その先は雲の上にいるかのような異空間が広がっていた。
直線方向にある別のポータルに向かってギルド員が走っているのが見える。
あのポータルをくぐると黒龍の谷に着く。
ポータルの設定先である黒龍の谷は、最上位モンスターである黒龍が存在するマップだ。
ゲームバランス的にどうなのかと思うが、90レベルの重騎士職である『パラディン』であったとしても、盾で弾かず黒龍の爪による切り裂きをモロに食らえば3分の2はHPを持っていかれる。
特に注意しなければならないのは黒龍が放つブレスである『クォーク・ブラスト』だ。全ての存在をこれ以上分解不可能な素粒子レベルまで分解する効果がある。
今現在、通常スキルでこれを完全に防ぐ方法はない。
どれだけ強力な装備を持っていたとしても、全てが素粒子まで分解されてしまう。当然プレイヤーも一撃で分解されて跡形もなくなってしまう。
黒龍が『クォーク・ブラスト』を放つ前兆を察知し、適切に避け続けるか、ブレスを放たれる前に倒してしまうかの2択しかない。
1体1体対処するならまだしも、黒龍の群れに遭遇した上で、同時に『クォーク・ブラスト』を放たれたらひとたまりもない。トッププレイヤーが集まる『まりす主義』の創立メンバーが集まってもパーティーが全滅の危機に陥るほどのレベルだ。
だからこそ、リエはさきほど黒龍の巣に突っ込むのだけはやめてくれよとイリスに念を押したのだろう。
当然、24レベルの俺では黒龍の硬いウロコにはキズ一つ付けることはできない。
まぁ、黒龍の谷には"ダンジョン"に潜るために何度も来ているし、黒龍の群れに遭遇しない限り、十分注意していれば『クォーク・ブラスト』を避けることはできるだろう。ただ、倒すことはできない。
ギルドの連中に先にくぐってもらって安全を確保してもらうほうが賢明だ。
ギルドの連中もそれが分かっているので、阿吽の呼吸で俺より先にポータルに飛び込んだのだろう。
フレイムときる郎が転移した先で何を考えているのかはよくわからないが、彼らに任せるとしよう。
ギルド員たちが走り抜けた黒龍の谷に繋がるポータルをくぐる。
そして、懐かしさすら感じる乾いた大地を右足で踏みしめる。
その瞬間、大地を揺るがす咆哮が聞こえる。
転移先に黒龍がいるようだ。少し運がわるかったか、と思いながら、ポータルをくぐりきって周りを見渡す。
すると、そこにはこちらを向いて今にもブレスを放とうとしている”数百匹の黒龍”がいた。
お、おい。ここまさか……。
前方で『絶対守護方陣』を展開するリエが物凄い形相で叫んでいる。
「ここ黒龍の巣じゃねえか!!イリスぶっ殺すぞ!」
「ひ、ひぃ!ごめんなさい!!!」
俺がくぐりきった時、無慈悲にもポータルは閉じてしまう。
「私が『アブソリュート・プロテクション』を展開している間にさっさと帰りのポータルを開け!」
「ご、ごめん……『転移スクロール』さっきので最後だった……」
「おぉーい!?」
これで本当に帰り道は無くなった。突然現れた”害虫”から巣を守るため、怒り狂った黒龍達。
彼らと対峙するしか方法はなくなってしまった。
フレイムが冷や汗をかきながらきる郎に話しかける。
「きる郎、こりゃあちっとばっかしアカンな」
「そうだね……これはさすがに僕らでも無傷ではいられなさそうだ」
ギルドの連中がここまで焦るのには理由がある。
黒龍から放たれる『クォーク・ブラスト』は全てを素粒子レベルまで分解する。そのため、仮に食らってしまえば、全てのアイテム・装備は”再構築不可状態”となって消失してしまう。
流石にキャラクターは復活できるが、『クォーク・ブラスト』を食らった場合は、黒龍討伐のために持参したアイテムや装備は全てお陀仏だ。
通常、黒龍の谷に足を運ぶ目的は、エンドコンテンツであるダンジョンに行くためである。しかし、その際は必ず黒龍の巣を迂回する。数百匹の黒龍に追い回されて甚大な被害を負うためだ。
黒龍の谷にある”ダンジョン”であれば、黒龍は存在するものの群れてはいない。単体もしくは複数に遭遇することはあっても数百匹に追い回されることは無い。
それでも、複数のトップギルドの精鋭が30名ほど集まって攻略に向けた連合が組んだうえで、2週間にわたる戦略立案・打ち合わせ・リハーサルのうえ、フル装備で挑んでなんとかクリアにこぎつけることができるぐらいの滅茶苦茶な難易度ではあるのだが。
それでも黒龍の巣に比べたら何百倍もマシだ。
黒龍の巣は、明らかに開発者側がお遊びで作った絶対攻略不可のマップなのだ。
そして、今『まりす主義』の創立メンバーはそんなところに飛び込んでいる。
イリスめ。おっちょこちょいにもほどがある。
「ねえ!あと30秒で『アブソリュート・プロテクション』の効果も切れるわよ!!」
クレリックのリエのユニークスキル『アブソリュート・プロテクション』は、リエを中心に半径10mに全ての攻撃を拒絶するバリアを張ることができる。
今も10匹程度から放たれている黒龍の『クォーク・ブラスト』を全て防いでいる。非常に頼もしい。
ただし、『アブソリュート・プロテクション』はその名の通り完全に防御専用だ。こちらからの攻撃もバリアの外には通らない。さらに最大2分の時間制限がある。突然の襲撃や、黒龍に囲まれるといったどうしようもない場面で使用して体制を整えるために使う。普通はこんな場面には陥らないのだが。
あせるリエの横で慌てふためくイリス。
「ど、どうしようレアなアイテム沢山持ってきちゃった!!全部消えるー!!!」と騒がしい。
お前のせいだぞ。
一方のきる郎とフレイムは、落ち着いて戦闘準備を整えていた。
きる郎は、『ルミナス・ブレード』を剣に纏わせる。そして、きる郎の代名詞ともいえる神話クラスの装備である『アキレウスの盾』を装備する。天地や大海、戦争や平和など人間世界のダイナミズムが表面に描かれた非常に見事な盾だ。
人間世界の”混沌”を描いたその盾は、魔力を込めると全ての攻撃を異世界に移転させる『カオス・フィールド』を盾の前方に展開する。それは、黒龍の『クォーク・ブラスト』も例外ではない。
黒龍に対抗することのできる数少ない防具だろう。
フレイムはユニークスキル『炎龍』を3体、『不死鳥』を1体、『梵』を1体召喚し終えている。
サラマンダーはそれぞれが、黒龍を倒しうる強力な火力を持っている。そして、フェニックスは召喚時にパーティーメンバーに『不死鳥の加護』付与する。死亡しても加護がかけられた時の状態で一度だけ復活することが可能だ。
アグニも規格外のスキルである。フレイムが持つユニークスキルの中でも最大最強の炎召喚魔法だ。太陽と同等の熱を持つ火球を操り、稲妻をも操り、まともに攻撃を受けた相手はその命を燃料として瞬く間に存在を炭化する。
これだけのプレイヤーを揃えても、黒龍の巣は危険なのだ。
イリスは俺の後ろで頭を抱えて「もう終わりですぅ~」とうずくまっている。
おい、24レベルしかない俺の後ろで90レベルのお前が諦めるんじゃない。
前方で戦闘準備が整うまで『アブソリュート・プロテクション』で持ちこたえていたリエが男前に叫ぶ。
「おい!展開解除まであと10秒だぞ!準備できたのか野郎ども!」
「リエ、なんだか楽しそうだね。きる郎、大丈夫です」
「ああ、久々にここまで危険な状況でリエも燃えとるんやろ。人間燃えるんが一番ええ。フレイム、準備完了や」
「オーケー!5……4……3……2……1!!解除!!!」
黒龍との壮絶なバトルがここにスタートする。




