第23話:静謐の森・出会い
どのくらい気を失っていただろう。
かなりの高さから落下したように思う。
上を見上げても暗すぎて崖の高さを確認することはできない。
通常なら谷底に激突して死亡する高さだったろうが、
崖の途中に生えていた木々がクッションとなったようだ。
ゆっくりと上体を起こし、周囲を見回す。
自分の前後を挟むように高い壁が切り立っている。
ここを登って元いた場所に戻るのは難しそうだ。
そして、左右には一直線の谷が続いている。
ツイてないな。
ヨシカワに連絡を取って助けてもらうのも
変に借りを作ってしまうことになるので気が引ける。
助けを求めれば、今後もアイリ救助作戦の時のように、
当て馬のごとく雑な使い方をされかねない。
まずは、谷が浅いところを探して崖を登ることが
できないか探ってみよう。
もしどうしてもダメなら、苦肉の策ではあるが
ヨシカワに連絡を取るか。
あと1時間後にはギルドメンバーとの待ち合わせだが、
それまでには何とか戻れるだろうか?
さて、問題は切り立った崖に沿って、左右どちらに進むかだが……。
幸いなことに、右側の道には「ヒカリダケ」が多く生息しているようだ。
ぼんやりとではあるが、灯りの代わりになっている。
ライトアップの魔法は習得していなかったが、
こちらの道なら足を取られることはなさそうだ。
まずは、右側に進むこととする。
もし何も得られないようであれば、逆方向に進むとしよう。
それにしても、Malice onlineにはいつも驚かされる。
こんな何もなさそうな谷底のマップまで作成する必要は
なさそうなものだが、製作者の遊び心だろうか。
ヒカリダケの青白い光に導かれるように足を進めていく。
自分が土を踏みしめる音以外は、何も聞こえない。
そのはずだったのだが、かすかに自分を呼ぶ女性の声が聞こえる。
「ジュン……」
驚いて周囲を見回すが、声の主は見つからない。
「だ、誰ですか?」
「よかった。通じた。そのまま、真っすぐ進んで。」
「……すみません。こちらの質問にも答えてもらえますか。」
自分の素性も明かさずに要求してくるとは、
なんて図太い奴だ。しかも敬語もなしだ。
もしかしたら、こうやって人間を呼び込んで
欺くタイプのモンスターかもしれない。
忘れそうになっていたが、アイリ救助作戦の時に
自分はカルマプレイヤーに片足を突っ込んでいる。
死亡すると貴重な経験値が10%も減少するのだ。
警戒していて損はないだろう。
「ごめんね。でも、驚かれると思って。」
「驚かないので、教えて下さい。」
「ええっと、なんて説明したらいいかな。ユウコっていったら伝わるかな……?」
ユウコって、意識不明の状態が続いているアイリの友人の名前じゃないか。
ゲーム内に意識が囚われたままになっているのでは、とアイリは言っていたが、
まさか同一人物なのだろうか。
念には念を、だ。
焦らずに素性を確認する質問を行う。
この質問に答えられれば、この声の主のことを少し信じてもいいかもしれない。
「ユウコさんですか。Malice Onlineの中での一番の友人の名前を教えて下さい。」
「アイリです。」
即答だった。この声の主はユウコで間違いはないだろう。
しかし、ユウコがなぜこんなところに……。
「ユウコさん、ありがとうございます。そう聞けて少し安心しました。」
「よかった。申し訳ないのだけれど、私ここから動けなくて……。まっすぐ来てもらうことはできる?すぐ近くよ。」
「分かりました。」
「あと、私の姿をみたらかなり驚くと思うけど、いきなり襲ったりしないでね……。」
最後の一言が気にはなりつつも、ユウコの言う通りに道を少し進むと、
行き止まりにヒカリダケが群生しているエリアを見つけた。
そして、そのヒカリダケの中心には、
事前に伝えられていても驚かざるを得ない光景があった。
「Malice……!」
セミロングの髪の毛をハーフアップにまとめた
“銀髪”の女性キャラクターが座り込んでいる。
騙された、そう思い殺気立つ。
今の自分にはMaliceへの対抗手段はない。
こんなタイミングで遭遇してしまうなんて最悪だ。
ヨシカワにコールをおこなおうとしたその瞬間。
「ま、まって!驚かないでって言ったじゃない!!」
思わず、コールの手を止めてMaliceに目をやる。
「……あなた、ユウコさんじゃなくてMaliceですよね?」
「ええと……。あとね、ちょっと説明したいからその殺気を解いてくれない?」
言葉から判断する限り、ユウコを名乗るMaliceからは
こちらに危害を加えようという雰囲気は感じられない。
というより、よくよくMaliceの状態をみると、
自分に危害を加えることができなさそうである。
不思議なことに、銀色の鎖に手足を拘束され、
キノコダケの中心に囚われているようであった。
こちらにすぐ危害が加わることがなさそうだ。
自分でも殺気が少し緩まるのを感じた。
改めて囚われたMaliceを冷静に見つめる。
「なんでしょうね。この光景、悪くないですね。」
「……エロいこと考えてないよね?」
「そんなわけないでしょう。」
そんなわけがない。
それは、強く否定させていただきたい。
しかし、いままでMaliceの銀髪にばかり注目していたが、
こうしてゆっくり見ると、非常に美しい造形をしている。
目は、青空を宝石にしたような煌めく水色だ。
肌は、吸い込まれそうな透明感。
薄紫色の鎧を身に纏う姿は、戦乙女のヴァルキリーを彷彿とさせる。
特に、その巨大な胸当てをみるに、
彼女の上半身に相当な実力があることが伺える。
そして、短めのスカートからはすらっと伸びた白い足。
稀代の名工が人生を賭して作りあげたのではないかと
思われるほどに、細くしなやかな足だ。
思わず手が伸びてしまいそうだ。
エロいこと?考えているわけがない
あくまでアートな観点からのコメントだ。
「まぁ…いいわ。ひとまず、ここまで来てくれてありがとう。」
「いいえ。念のための確認ですが、本当にユウコさんなんですか。まさかこんなところで会うなんて。」
「その問いの答えは、Yesでもあるけど、Noでもあるわね……。」
ユウコの回答はなにやら判然としないが、
詳細な内容を聞いてみなければならないだろう。




