第22話:静謐の森・急落
ひと悶着あったが、闇ギルド『Ninety Eight Percent』から
なんとかアイリを奪還できた。
レイヴンでの会話の後、一旦、アイリとは解散となった。
システムリスク委員会主導で、アイリを深い眠りに
陥れた方法について調査を行うようだ。
ゲーム改変プログラム――チートが使用されているようであれば、
セキュリティ面で堅牢さを保つKokoro Entertainmentにとって由々しき事態である。
また、ヨシカワからは当面一人で活動することを言い渡された。
Ninety Eight Percentがアイリを拐かす理由が不透明な中、
Maliceの維持にとって重要人物であるアイリを
表だって行動させることは控える方針なのだろう。
朝からレベル上げに勤しむつもりが怒涛の一日となってしまった。
朝にアイリと待ち合わせて、救助が完了したのが14時だ。
現在は、ひとしきりの振り返りや事後対応を終えて16時になっている。
結局、目的の全くレベル上げができていないな。
3日後のコロッセウムに向けて、
今日で30レベルくらいにはしておきたかったのだが仕方があるまい。
20時からはギルドメンバーとの待ち合わせも控えているので
それまではレイス狩りにでも勤しむことにする。
ヨシカワに連絡を取り、「レベル上げをしたいので静謐の森にまで転移してくれ、
少しでも時間が惜しい」と依頼したところ、
「今回は私の都合で帰還させてしまいましたので特別です」
ということで静謐の森の入り口まで転移をさせてもらった。
当初アイリとともにレイス狩りをする予定だった静謐の森は、
夜の国から北に徒歩10分ほどの距離にあるマップだ。
その名の通り、穏やかで落ち着いている。
夜の国の繁華街のような騒がしさとは無縁の森だ。
太古の昔に大国同士の戦争において主戦場となった場所で、
戦死した兵士たちの霊が今もレイスとなって漂っている。
その結果、誰も立ち寄らなくなり、過去の自然がそのまま残されている
…という設定らしい。
このためか、レアな薬草や植物を手に入れられるスポットとしても有名だ。
死亡した兵士たちの霊が、ある意味この森の守り神になっているということだな。
そんな守り神を狩りまくってレベル上げをしようという
バチあたりな自分が呪われたりしないよう祈りながら、
森の中に歩みを進める。
森の中は、青々とした木々の葉に月明かりが反射することで
薄い緑や水色のオーロラのような美しい光を感じられる神秘的な雰囲気となっている。
こちらもMalice Onlineグラフィック製作者の熱意が感じられる数ある
素晴らしいマップの1つだ。
その光景に目を奪われながら、レイスの湧くポイントまで移動していくと、
早速、ボロボロのくすんでしまったシルクを被ったような見た目の
幽霊モンスター『ミニレイス』を10m先に発見した。
レベルは25で自分よりもやや高い。
物理攻撃は無効になるため、魔法攻撃である『ダークスラッシュ』を
放つ準備をして射程距離までゆっくりと近づいていく
レイス系統のモンスターは共通して魔法攻撃に弱いので
『ダークスラッシュ』を主体にHPを削るのが定石だ。
大体6発当てれば倒れてくれるだろうが、
目指すレベル上げはそうではない。
もちろん、クリティカルヒットでの狩り一択だ。
クリティカルヒットポイントは、レイスの幕の中にあるコアである。
通常は白いシルクのような幕に隠れて見えない状態になっている。
コアは大体レイスの中心にあるが、
レイスのシルクの幕にヒットした際に攻撃の勢いが殺されないよう
十分な重みをもたせて斬撃を飛ばさなければならない。
さっそく目の前にいる1体目のレイスを射程距離に捉え、
十分力をためてダークスラッシュを放つ。
十分な威力でレイスに直撃した斬撃は、
シルクの幕を切り裂いてコアを切り裂いた。
太古の兵士の念を留めていた球体が
崩壊したことでレイスは成仏していった。
経験値のたまりは上々だ。
約束の20時まで4時間か。
移動時間も考えれば大体3時間半くらい確保できるな。
24レベルくらいまでは上げることができるかな。
この調子でガシガシ狩っていくぞ。
―――――2時間後
「少し疲れたな……。」
2時間で約200体のレイスを倒した。
予定通り4レベル上昇の24レベルに到達している。
ステータスはバランスよくStrengthとDexterityに振り分け、
スキルポイントはダークスラッシュの強化に振り分けていく。
ダークスラッシュはスキルレベルが上がって射程が5mに伸びた。
大鎌使いは魔法使いや弓使いなどを除いた近接系のジョブの中で
一番広範囲の攻撃をすることが可能だ。
その代表がダークスラッシュで、キャラクターレベルが50レベルになった時に
スキルレベルをMAXまで振り分けることができるが、
その時には約10mの射程距離になる。
「さて、ギルドメンバーの待ち合わせまではあと2時間か…。」
レベルも上がったし、少し背伸びして
「ミニレイス」から「ミドルレイス」に挑戦してみるか。
最初からなぜミドルレイスにいかないのか?と疑問に思うかもしれないが
クリティカルヒットには攻撃に十分な重さが必要なのだ。
狩りたいモンスターの防御力より
攻撃力が低ければ、そのモンスターには刃が通らない。
例えば、ミドルレイスは30レベル近くのモンスターだが、
20レベルの攻撃力ではダメージは通っても、コアを切り裂くほどの
攻撃の重さにはならない。
シルクの幕にあたっても攻撃の重さを十分維持できる水準の
相手でないとクリティカルヒットにならないのだ。
24レベルならおそらくミドルレイスにも攻撃が通るだろう。
ちなみにプレイヤーは別だ。
モンスターは、外皮自体が硬かったり、レイスのように魔法攻撃の威力を
和らげたりするため、攻撃自体が通らないことがあるため、
攻撃が通る相手を見極める必要がある。
一方で、プレイヤーについては現実世界と同程度の肌の硬さになっている。
当然防具などはその強さに応じて弾くことのできる攻撃も増えるが、
人間の肌や内臓自体を強化することはできない。
プレイヤーのクリティカルヒットポイントである頭、首、心臓のうち、
頭と心臓については防具で守られることが多いが、首については
接合部分のためむき出しで手薄になっていることが大半だ。
だからこそ、対人戦では低レベルプレイヤーが
高レベルプレイヤーに勝利することが可能なのだ。
というわけで、レベル上げと対人戦は少し性質が違う。
高レベルモンスターも一撃で狩れるようになってしまっては、
こつこつとレベルを上げる楽しみがなくなってしまうということだろう。
さて、もう一段階深くに潜ってミドルレイスに
クリティカルヒットをかましていきますか。
静謐の森は、奥に行くにつれて木々の茂りが濃くなり、
月明かりが通らなくなってくる。
先程までミニレイスを狩っていた月明かりの美しい林から、
暗く、おどろおどろしい雰囲気のマップに向かって移動する。
変な話だが、静謐の森の主である『レイス・エミネント』が
存在する最奥のマップは、ライトアップの魔法を使わないと
暗すぎて周りが見えない仕様になっている。
いくら奥に行くにつれて暗くなるからって、
森のマップを真っ暗になるのはちょっとやりすぎな気もするが。
歩みを進めるとだんだんと周りが暗くなってきた。
先程までの明るさはない。足元に注意して進まなければ。
「お、早速ミドルレイスが。」
進行方向の奥にぼんやりと光るミドルレイスを発見する。
ダークスラッシュの準備をして、狙いを定めてジリジリと近づく。
射程距離である5mまであと、3m…2m…1mのところまで近づいた時、
足場をなくし体勢を大きく崩した。
目の前のレイスに集中しすぎて、
足元が奥の見えない深い崖であることに気が付くことができなかった。
視点が逆転し、放ったダークスラッシュが
ミドルレイスを捉えることなく明後日の方向に飛んでいったのを見て、
自分が奈落の底に落ちていっているのだと自覚した。




