ケモッセオの領主さん
抽選会の翌日、黒猫杯大人の部の試合が始まった。
街の中にある五ヶ所のグラウンドで行われている。
俺は一応主催者という立場なので(猫だけど)、大会期間中に街にいる間はみんなとは接さないようにすることにした。
顔を合わせることがあっても、あくまで主催者と参加者という接し方をしようと思ってる。
薫子さんも同じだ。
予選の間は街の有力者との顔合わせなんかもあったりするらしく、小さな猫の俺が一人で会うのは向こうもやりにくいだろうということで、申し訳ないけど薫子さんには俺に付き合ってもらうことにした。
ちなみに予選というのはベスト十六が決まるまでのことで、ベスト十六から場所をスタジアムに移して行うのを本戦と俺たちは呼んでいる。
最初は予選の試合も観戦しようと思ってたけど、予選の間はこの顔合わせでわりと忙しかったりする。
なので、どうせならスタジアムでいかにもサッカー観戦という感じで観たいなと思い、本戦から観戦することにした。
神様、どうかうちのチームが予選敗退しませんように!
あ、神様って薫子さんか!
薫子さん、どうかうちのチームをお守りください!
俺は薫子さんに向かって、手を合わせて拝んだ。
「え?なになに?」
困惑していた。
まぁ、当然ですよね。
ちなみに初日の今日はうちのチームは試合がない。
初戦は二日目だ。
今頃は他のチームの試合をみんなで観に行っている。
そして俺と薫子さんはというと。
「お初にお目にかかります。
黒猫商会、代表のジズーと申します」
「秘書の薫子です」
二人揃ってペコリと一礼する。
ちなみに俺は薫子さんに抱きかかえられている。
そうしないと俺は小さすぎて、相手は常に足元を見ることになる。
抱きかかえられたまま話をするのは失礼かとも思ったけど、視線の高さを合わせる方を優先して、予め断りを入れた。
「ほお、お前が黒猫商会の代表だと?」
俺たちの目の前にいるのは仲介役としてこの場にいるコロさんと、この街の領主だというとても屈強そうなライオンの顔の獣人で、思わず獣王って呼んでしまいそうな人だ。
でも、なんだかすごく不機嫌そうだ。
どうしたんだろう?
「コロよ、俺は黒猫商会の者に会わせよと言ったぞ?
なのにこれはなんだ?
俺を馬鹿にしているのか?」
なるほど。
俺たち、いや俺が商会の代表だとは思えなかったからそう思ったのか。
気持ちはわからなくはないけど、いきなり決めつけてかかるのは領主としてどうなんだろう……。
「いえいえとんでもない!
こちらの方々は黒猫商会の代表で間違いないですよ!
俺も商人ギルドの嬢ちゃんもよく会っているので間違いないです!」
「まだ言うか!
それっぽい偽物を用意するならまだしも、小さなモンスターではないか!」
「ですから、事前に申し上げていたはずです!
小さなモンスターが黒猫商会のトップであると!」
俺たちの前でギャーギャーと大声で言い合いを始める二人。
うーん、やっぱ俺じゃなくて薫子さんが代表ってことにしたほうが良かったな。
でも薫子さんが「私、秘書がいい!」って言って聞かなかったもんなぁ。
「そこまで言うなら試してやろう!
こいつがお前の言う通りの者なのかどうか、な!」
そう言うと同時に、俺に向かって思いっきりパンチを繰り出した。
めっちゃ本気な顔で!
後ろに薫子さんがいるから避けるわけにもいかないので、とりあえず自慢のにくきゅうでパンチを受け止めた。
「なにぃっ!」
領主さんの顔が驚愕に染まる。
いやいや、ていうかいきなりなんなの!?
仮に俺が偽物だったら後ろの薫子さんも思いっきり殴られてたことになるよ!?
鳩尾あたりに!
めちゃくちゃだなこの人!
さすがにムカついた!
「コロさん、あなたが是非にと言うので来ましたが、こちらの方は乗り気ではなかったようですね。
後ろに薫子さんがいるこの状態で殴りかかる。
コロさんならこれがどういうことなのか、本当の意味でわかりますよね?
こういうことが二度とないように、とりあえずこの躾のなってない腕はもらっておきます」
そう言って俺は空いている右手に真空の刃を出した。
それを見て領主さんの顔が青ざめたと同時に、コロさんが素早い動きで領主をすごい勢いで突き飛ばして俺を両手で掴んだ。
「待ってくれ!
本当にすまん!
言い訳なんてできねーくらいこっちが悪い!
許してくれ!
あいつ、ただの馬鹿なんだよ!
領主なんてやってるが、元々は脳筋冒険者のただの馬鹿なんだよ!」
そう言ってコロさんは俺を抱えたまま薫子さんに土下座した。
この構図、まるで俺を薫子さんに差し出してるみたいに見えるんだけど……。
「あ、あの、コロさん!?
なんか領主の人、コロさんが思いっきり突き飛ばしたせいで壁にめり込んじゃってるけど、いいんですか!?」
「あんなんで死にはしねえ、馬鹿だからよ!
本当にすまねえ!
ちゃんと事前に言っといたんだが……」
それなのにあの馬鹿ときたら……と、コロさんは頭を抱える。
さっきからやたらと馬鹿馬鹿言ってるけど、そんなに馬鹿なんだろうか。
その領主さんはというと、めり込んだ壁から抜け出し、ケロっとした様子でこちらに歩いてくる。
「まさかあの至近距離で不意をついたにも関わらず、しっかりと受け止められるとは……。
それに、コロのこの慌てよう。
もしかして本当なのか!?」
「だからそう言ってるだろうが!!」
バキィッ!!
コロさんの怒りの鉄拳が領主さんに炸裂した!
いやいや、えええ?
なんでコロさん領主を殴ってんの?
大丈夫なの!?
あ、もしかして実は友人とかそういう仲とか!?
「痛えじゃねーかこの!」
バキッ!
そう言って殴り返す領主さん。
当然コロさんもまた殴り返す。
俺と薫子さんは、しばらく二人の殴り合いを黙って見ていた。
「いやはや、この度は本当に申し訳なかった!」
そう言って土下座をする領主さん。
「まだ頭が高えんだよ!」
コロさんが領主産のお尻を軽く蹴る。
すると領主さんが土下寝をした。
もはやコントだ。
「だいたいおめー、ジズーが受け止めなかったら後ろの秘書さんにも当たっちまうじゃねーか!
何考えてんだよ!」
「いや、それは大丈夫だ。
寸止めするつもりだったからな」
顔を上げて、なぜか得意気に言う領主さん。
「なんでドヤ顔してんだよ!」
なるほど、確かに馬鹿なのかもしれない。
しかもなんだか憎めないタイプのやつだ。
「たしかに、速さの割に軽いパンチでした。
言ってることは本当なんだと思いますよ」
一応事実なので、助け舟ではないがコロさんに伝えた。
「そうなのか?
いや、だからといってやって良いことじゃねえ。
お前あやうく腕を切り落とされるところだったんだぞ?」
「ああ、あの瞬間は正直めっちゃびびった」
「いや……、あれはただの脅しなので本気じゃないですよ……?」
誤解されるのは困るのでちゃんと言っておかないとね。
「てかコロさん。
領主さんとは個人的にお付き合いがあるんですか?
最初はともかく、言葉遣いが砕けたものになってますけど」
俺も気になってたことを薫子さんが聞いた。
「はい、こいつとは昔同じパーティを組んでたんですよ。
世にも奇妙なことにこいつが領主なんかになっちまったんで、公の場では言葉遣いには気をつけてたんですが、さっきは慌ててそれどころじゃなかったもんで……」
ハハハ、と苦笑いのコロさん。
なるほどなぁ、昔の仲間か。
そりゃ気安い口調になるよね。
「コホン。
とにかく、この度の非礼を深くお詫びする。
本当に申し訳ない。
俺はあんたに降伏する」
「は?
いやいやいや、急に何言ってんの!?
ちょ、コロさん?」
「あー……、この街はちょっと特殊でよ……。
強さが全てなんだ、この街は」
「いや、別に俺領主さんに勝ったわけじゃないけど!」
「おめえは脅しただけって言ってたが、実際やろうと思えば簡単に腕ちょんぱできただろ?
それぐらい俺もこいつもわかってんだよ。
実力に差がありすぎて張り合う気にもなれねえってもんだ」
「んだんだ」
「おい、領主さん!
んだんだじゃないよ!
領主じゃなくなっちゃうかもしれないんだよ?
もっと抵抗しなよ!」
「や、俺別に領主なんてやりたいわけじゃねーし」
「うわー、降伏とか言っときながら領主押し付ける気だこの人」
サッと目をそらす領主さん。
「正式な勝負だったわけじゃないですし、ていうかそもそも勝負なんてしてないですし。
これからも領主がんばってください」
ガクリとうなだれる領主さん。
もしかしたら最初に殴りかかってきたのも、コロさんの言うことを信じてなかったのではなく、むしろ信じていたからこそ殴りかかったのかも。
返り討ちにあって領主をやめるために……。
こんな人が領主をやってて大丈夫なのか?この街……。
まぁ、何はともあれ、結果的にはケモッセオの領主さんとの繋がりを持つことができた。
今日の会談は成功……なのかな?
その日の夜、家にて。
「ってことがあったんだよ」
「その領主、馬鹿っしょ」
フランさん、容赦ないっす。




