人質(笑)の事情は予測と違うらしい
カタリーナと一緒に私は、とある貴族の別荘に連れて来られていた。
馬車で移動して、郊外の一角にある、貴族の屋敷にしてはそこそこ大きい……けれど庶民的な感覚ではとても大きい家にやってきた。
門番の人がいたり、庭師の人がいたり、別荘を管理する人がいたりしており、他にも沢山の使用人がいる。つまり、
「目撃者が沢山?」
普通人質とか誘拐とか堂々とこんなふうに誰もが見ている所でやるものだろうか?
そう思いながら私は、私とカタリーナを“人質”として連れて来たこの赤髪と緑色の瞳の美形を見上げる。
アルベルクという名前らしいと、先ほどカタリーナが名前を呼んでいるので知った。
だが、とある理由によりカタリーナは別として、私はホイホイ人質として連れて来られたのだが、こんな場所に連れてこられるとは思わなかった。
予想以上にシリルの屋敷から遠い。
とはいえいざとなれば、カタリーナを担いで屋敷に戻ろうと決めていたのだが……ここまで目撃者がいるのに人質といっているあたりでこの人は大丈夫なのだろうかと私は思う。
むしろ人気のない別荘か廃工場のような場所に連れて来られて、ぐへへへ、みたいな感じに襲ってくるのではと予想していたけれどそんなことはなかった。
そもそもあの条件を私に突きつけてくる時点で、否、こちらに条件を提示してついてくるように言う時点で“人質”といえるのだろうかという気が私にはしていた。
と、そこでアルベルクが鼻で笑い、
「ふん、ここに人質を連れて待つと書き置きまで残してきたのだから目撃者がいようが構わない」
「はあ。それで何で私達は連れて来られたのでしょうが」
「煩い、平凡女のメイドが」
「いえ、一般人はこんなものです。そもそも貴方方貴族が美形すぎるのです。それと比較するほうがおかしいのです」
「……いや、平凡と言われて怒らないのか?」
アルベルクが緑入りの瞳を瞬かせて変なものでも見るように私を見て、妙に真剣な顔をして聞いてきたので私は首を傾げて、
「いえ、今まで美人などとは言われたことがありませんから。あ、でもこの黒髪は綺麗だって言われた事が有りますね。後はこのピンク色の瞳は珍しいって言われたかな」
「……あのシリルを骨抜きにした謎の美しい悪女という話はどうなったんだ?」
「? 悪女? 誰が?」
よく分からずに首を傾げる私を来て、アルベルクはそれ以上何も言わず、側で聞いていたカタリーナがプッと吹き出して私から顔を背けてからお腹を抱えるようにして肩を震わせて笑っていた。
そんなに変な受け答えをしていないはずだけれど、この貴族社会での価値観からすると何かがおかしいのかもしれない。
それはおいおい覚えていけばいいかと思っているとそこでアルベルクが、
「いや、平凡は言いすぎだ。美人で可愛い部類には入るな」
「あ、そうなんですか。ここは喜ぶべき?」
「そうだな、そしてこれくらいの見た目ならば……俺の側においておいて問題ないな」
「あの~、私はシリル様以外のメイドのお仕事はお断りしておりますが」
「ふん、シリル専用ということか。だがフルールといったか。お前を寝とってやれば、あのシリルはどんな顔をするだろうな」
あくどい笑みを浮かべるアルベルク。
美形なのでそういった悪い顔をしても目鼻立ちが整っているのでそこまで変顔にはならないが、その寝取ろうと言っている本人の前でそう言うのはいかがなものか。
何か裏があるのかとも考えてもいいのだが……この行き当たりばったり感から、私は確信した。
つまり、この人は何も考えていないと!
さて、意識がどこかに飛んでいきそうな気分になってから、そこまで私は理解したので一言いい返さなければならない事象に目が行った。それは、
「寝取るって、誰から誰をでしょうか? カタリーナ様はシリル様と恋人同士ではないですよ?」
「……本気で言っているのか? というか、お前はシリルの恋人じゃないのか?」
「いえ? ただの専属メイドです」
どうやらこのアルベルクは何かを勘違いしていたようだ。
あっけにとられたように口を開いて緑色の瞳で私を見ているが、何か間違った情報により私を人質としてここに連れてきたらしい。
でもそうなるとついてくると教えて貰える条件が満たされなくなる可能性があるかなと私が悩んでいるとそこでアルベルクが、
「恋人でないならどうして、あんな条件を?」
「シリル様の好物や好きな物を教えて欲しい、ですか? それはあれです。シリル様のお見合いを達成させるという使命が私にはあるからです」
「そうなのか。そうか……あのシリルがお見合いね……難しいだろうな。普通にご令嬢たちと話すぶんにはいいかもしれないが……」
歯切れの悪い物言いをするアルベルク。
やはりシリルの女装癖がそのお見合いの障害になってしまうのだろう。だが、
「シリル様はお優しい方なので、それを分かってくれるご令嬢がいるはずです」
「……優しい?」
そこで酷く不思議な言葉を聞いたとでも言うかのように、アルベルクは反芻する。
しかも小さな声で何度も何度も、嘘だろうというかのように。
全く失礼なと私は思いながらアルベルクに、
「シリル様は私にとても優しいです。それに聡明な方で、綺麗で、あんな素晴らしい男性は見たことがありません」
「う、嘘だ。お前は嘘を言っている。あの鬼畜がそんなはずはない」
「酷い言い様ですね。私も怒りますよ」
「ふん、怒った所でどうするというのだ。この部屋には武器になるようなものは何もないぞ?」
「魔法でボコボコにします」
「野蛮だな。これだから平民は嫌なんだ。まあ平民ごときの魔力では、この俺様に対抗すらも出来ないと思うが……それ以前にこの部屋では魔法が使えないように設定されているからな。お前ではこの俺に抵抗は出来ないだろうなぁ」
私は即座に周りを見回して、武器になりそうなものを探した。
そばにある椅子を持ち上げて殴ればそこそこの攻撃力はあるだろうかと考えていると、くすくすという笑い声が聞こえる。
「それでお話は終わりかしら」
見るとそこには、カタリーナがロープを片手に笑っている。
それを見たアルベルクが一瞬後ずさりそうになりながらも、カタリーナに、
「ふん、抵抗したら縛り上げてやるつもりでおいておいたロープか。そんなものを持っていてどうするんだ?」
「ちょうどいいものがあったら拾っただけ。でも貴方、本当にダメな子なのね……」
「何だと?」
「この私を連れ去って、そのままもしもある事ない事を貴方のお父様方に吹き込んだらどうなるか分かっていらっしゃるの?」
「そ、それは……俺はただシリルに勝ちたいだけで、そ、そもそも人質としてきてくれと言ったら、俺はそこのメイドが目的だったのに勝手に付いてきたのはお前で……」
「そんな話、誰が信じると思うの? 私なら幾らでも覆せるわ」
「……何が目的だ」
「目的? 目的は、そうね……前から思っていたのだけれど、貴方って本当にダメな子なのね」
「……悪かったな」
「いいえ悪く無いわ。凄く好みよ。ぜひ矯正してあげたくてあげたくてあげたくてずっと狙っていたのだけれど、まさかこんな機会が巡ってくるなんて思わなかったわ!」
最後の方は興奮したかのようにそう告げるカタリーナ。
アルベルクは、え? と疑問符を上げて嫌な予感がするのか顔を青くしていたがそこでカタリーナが私に、
「フルール、手伝って頂戴。このロープであの子をイスに縛りつけるわ」
「はーい。カタリーナ様」
「ま、待て、やめろ、何をする気だ、というかどうして魔法が使え……アアアーッ」
こうして私はカタリーナに言われるがままに、アルベルクを椅子に縛り付けたのだった。




