実は彼は真剣だった
シリルは自室で呻いていた。
「“翡翠の涙”か。まったく、フルールと再会して浮かれていたらこんな厄介な連中がまた動きだしていたなんて」
脅迫状という紙を見ながら、シリルはフルールには見せた事のない酷薄な笑みを浮かべる。以前全部つぶしておいたのだ。
あの時シリルはまだ10歳だったが、それでも大人顔負けの策謀を駆使し壊滅させたはずなのだ。
だがほんの少し残っていた“根”から、彼らはまたも復活してしまったらしい。自分が甘かったと思いながら、シリルはフルールは巻き込みたくないが手元に置いておいた方が安全だし、いざという時は守れるかと思案する。
この自分が再会して、“恋”をするとは思わなかったとシリルは嘆息する。
「僕も随分人間らしい感情があったんだな。はあ、でもフルールはそんな僕の好意に全然気づいてくれないし。好意を示しても信頼の証だと言って、僕のお見合いを頑張る気になっちゃうし。こうやってわざわざ男性の恰好よりもずっと女装をしているのも、フルールが僕の近くに来るようになるからだし」
安心させようと思って趣味とはいえ頑張って綺麗に着飾り女装をしているというのに、フルールとの距離は微妙に遠い。
何となく親友という言葉がしっくりと来るような位置である。けれどシリルが望んでいるのはもっと砂糖で作られた花の様な“甘さ”のある関係なのだ。
一体僕の何がいけないのだろうか。
恋愛関係のハウツー本や、恋愛小説をここの所、目を皿の様にして読んでいるのだがシリルは自分が上手くいかない原因が何一つ分からない。
一応は、シリル自身、自覚がある程度には美形だ。他者の反応からもそれは確実だと分かる。
物語に出てくる美形にヒロイン達は夢中になっていたはずなのだ。
それならばシリルにフルールがすでに夢中になっていてもおかしくないはずなのだ。
なのに現実は、“信頼関係”という嬉しい気もするけれど、微妙に違う好意を寄せられるのみ。どうしようか、そう、それならばまず、
「こ、告白してみようか。恋愛感情でフルールが好きですって。一緒にいるとどんどん君が好きになってきてと、本当の気持ちを伝えてはどうだろう。そ、そうだ。もう一週間以上たったわけで、フルールも屋敷の仕事に慣れてきただろうし」
シリルは顔を真っ赤に一人でブツブツとそう呟いていた。
そこで、爆音が聞こえる。何時ものあれが来たのだろうとシリルが嘆息していると、それからすぐに走ってくる誰かの足音が聞こえて、
「シリル様、大変です! カタリーナ様とフルール様がアルベルク様に連れ攫われました」
「……何だと?」
飛び込んできた執事に一瞬冷たい声で怒りを押し殺したように問い返したシリルだが、すぐにくだらなそうな顔になり、
「でもカタリーナが連れて行かれたなら、多分、そうだね。もうアルベルクはカタリーナから逃げられないだろうね」
「え? あの、え?」
「別に“翡翠の涙”関係で無ければ、それほど危険はないだろうね。さてと、何処に攫われたか分かる?」
「は、はい、時間と場所を指定してここで待つといったような紙が落ちておりましたから」
「そうなんだ。じゃあ早速僕は、フルールでも迎えに行こうかな」
そう気楽に答えながら、シリルはうーんといいながら椅子に座ったまま両手を上にあげて、体を伸ばしたのだった。




