21 装甲列車、来る
フランツが三人に説明をしていた、同じ時間に。
リンテはパオロ号の屋根であぐらをかいていた。
両手は頭の上で、正面には黒服の男が二人、銃を片手にリンテを見張っている。
しかし、リンテに銃のことを気にするそぶりはない。理由は簡単「さっき撃たなかった」からだ。
リンテは不機嫌さを全開にして、目の前の黒服凸凹コンビを下から睨む。
「ちょっと、ノド渇いたんだけど?」
「だからなんだ?」
ひょろ長いヤギ黒服が、いかにもうるさそうに聞き返す。
「運転席から、水、取りたいんですけどー?」
「ダメに決まってるッス!」
答えたのはとなり、ふとっちょで背の低い、子豚ちゃん風の黒服だ。
その包帯ぐるぐる巻きの頭には、まるでジャガイモのようなたんこぶが、真っ赤になって盛り上がっていた。
「さっきみたいにスパナで殴られたらたまんないッス!」
子豚ちゃん黒服がたんこぶを指して吠えた。
彼はついさっき、リンテの〈特大スパナ〉で殴られたばかりだ。
「暑いから上着を脱ぎたい」と言ったリンテに、一瞬のスキを突かれたのだ。
やっとの事で武器を取り上げたのに、運転席で次の武器を調達されたのではたまらない。
リンテは舌打ちして、武器の調達をあきらめた。
「まあそういうことだ。さっきは油断したが次はそうは行かん。しばらくは我慢してもらおうか、お嬢ちゃん」
ヤギ黒服が、紳士くさった態度でリンテに声を投げる。
だがその視線は、声とは裏腹にとても下品だ。まるでなめ回すようにネットリと、彼女の体を上から下へと這い回る。
(ああもう、勘弁してよ気持ち悪い!)
いいかげん気分が滅入ってしまい、リンテは顔を上半身ごと背ける。
横を向いたリンテには、最後尾の貨車に取り付いてあれやこれやと作業する、黒い作業服姿の男たちが見える。
その数ざっと十数人。結構な大人数だ。
(そりゃまぁ、密輸「団」だしね。一人二人じゃないとは思うけど、大すぎじゃない? それに、空の貨車なんか調べて、何してんのかな……)
リンテはフランツから、ここ数日の事情を詳しく聞かされていない。彼女が〈白い油〉のことを詳しく聞くのも、この後になってからだ。
だから当然、密輸団が何をしたいかなんて、知っているはずもない。
そんな、不満と疑問でむくれるリンテに構うことなく、黒服二人は拳銃片手の内輪話で盛り上がっている。
内容に興味があるわけじゃないが、他にすることもない。
リンテは黒服コンビの会話に耳を傾けた。
「それにしてもカルステン兄貴、無事に見つかってよかったッスね」
「まったくだともヤーコプ。まったくだ。一時はどうなることかと思ったぞ。団長からお仕置きを食らうところだったからなぁ」
ヤギ黒服、カルステンというらしい、がヒヒヒッと心寒そうに笑う。
「にしてもまさか、あっちが四両目などとは、つゆほどにも思わなんだわ。道理で見つからんはずだ」
「そうッスよ。機関庫からいつ出てくるか、見張りながらヒヤヒヤしたもんッス」
言いながら額の汗をぬぐう子豚ちゃん黒服。こちらはヤーコプというらしい。
(どっちの名前も、偉そうで似合ってないなぁ)
どうでもいいことを考えて、リンテは時間を潰そうとする。
「しかしまぁ、おかげで罠を張るのに団長の手を煩わせてしまったな。ここら辺の中継局をを押さえるのは大変だった。しかし、あいつらまだ終わらんのか? 長引くとまた団長の機嫌が……」
とカルステンが首を伸ばす。
そこへ待ってましたとばかりに、黒作業員の一人が、ハシゴを登って屋根の上に顔を出した。
「カルステンさん、すんません。仮修理で板が張り付けられてて、人力じゃ外せないみたいです。いま団長たちの車に応援呼んだんで、今のうちに心の準備しといてください」
軽薄な作業員の報告。
それに対して、なぜか「おぉぅ」とうめき、頭を抱えてガタガタと震える黒服二人。
作業員は下り際にリンテをチラッと見て「ヒュー、楽しみだ」と口笛を吹いた。
その態度に無性に腹が立ち、リンテはスパナを投げてやろうかと思ったが、残念、愛用の武器はヤーコプの手の中だ。
(くっそー、何か言わんとムカムカが収まらん!)
リンテは腹立ち紛れに、黒服二人に声をかける。
「ちょっとオッサンたち、なに探してるか知んないけどさ。あの貨車、空荷だよ。なんも入ってないよ?」
黒服二人は一瞬ピタッと動きを止めると、次の瞬間には盛大に笑い出した。
その態度に、リンテは本格的にむかっ腹が立つ。
「んだよ!?」
カルステンがいかにも芝居がかった様子でかぶりをふり、リンテに身を乗り出して指を突きつけた。
「いやいやいや、お嬢ちゃんすまんねぇ、あんまり可笑しかったもんでね。……はぁ、いやお嬢ちゃん。あの貨車にはちゃんと積まれてるのさ、あの、〈白い油〉がね」
たっぷり、もったい付けてそう宣言するカルステンだったが、もちろんリンテには何のことだかわからない。
「あにそれ? 食えんの?」
即答するリンテ。
格好付けたまま、カルステンがピシッと凍る。
「あの、て言われてさ、どの、て感じだし。白い油って、ドレッシングか何か?」
腹いせ半分のリンテの追い打ちに、カルステンが白く燃えつき灰になる。今にも風に散ってしまいそうだ。
そんな彼に代わって、額に青筋を浮かべたヤーコプが身を乗り出した。
「〈白い油〉を知らないなんてヒジョーシキな女ッス! いいッスか? 〈白い油〉ってのはスッゲー禁輸品ッス。高いんスよ! マジ高いんスよ! バケツ一杯売ったら、一生遊んで暮らせるッスよ!」
「ふーん、そーなんだ……って一生遊んで? マジで? スッゲーじゃん」
「そーッス! それがウチらの荷物ッス。偽物の圧力タンクに入れてあるんスよ! どーだッスか!」
鼻息も荒く無駄に胸を張るヤーコプから、リンテは暑苦しそうに顔を逃がした。
「なに偉そうにしてんのか、わかんないんですけど…………じゃあなに? オッサンたちまさか、この何もない場所で、人力でタンク外す気なの?」
「その予定だったんだが、見ての通り上手くいきそうもないんでな。まぁ、応援を呼んだというわけだ」
ようやく復活したカルステンが説明し、なぜかヤーコプのとなりで同じように胸を張る。
無意味に偉そうにする二人を、リンテはジトッとした目で睨め付けた。
「あっきれた。なにそれ……まるで考えてないじゃん」
「なんだとッス!」ヤーコプが拳銃を振り回して怒る。
しかしそんな相棒を、カルステンは左手で押さえる。そして、彼は締まらない包帯顔に、いかにも悪そうな笑いを浮かべた。
「はははっ、威勢のいい嬢ちゃんだ。どれ、私たちにも考えがあることを、ちょっと教えてやろうじゃないか」
カルステンはしゃがみ込むと、銃の握りでパオロ号の屋根をコンコン叩いた。
「さすがに、列車が向こうに着かないと、保安隊が出る騒ぎになるからな。タンクを取り外したら私たちは隠れて、この列車はちゃんと動かす予定なのだ」
「それって、あたしを解放してくれるってわけ? あたしが、ここにあんたたちがいまーす、とかしゃべんないと思ってる?」
リンテの挑発に、しかしカルステンは乗ってこない。
彼はニヤニヤと笑って首を横に振った。
「もちろん思ってない。だから、お嬢ちゃんは私たちと一緒に来てもらう。この機関車には、別の機関士に乗ってもらって、フェルナ・ブルッハイに着いたら乗り捨ててドロン、という具合だ」
「なら、その後は? あたしはどうなるのよ?」
スルッと立ち上がるカルステン。格好付けた仕草でヤギひげに手を当てる。
「さぁて、どうなるかな。ま、そのまま帰しはしないから、せいぜい怖がるといい」
「そおッス」となりでヤーコプまでもがニヤニヤと笑う。
「こんなガキだと値は下がるッスけど、人買いに売るという手もあるッスねぇ。まぁ、その前に俺たちが楽しんだ後になるッスけどねぇ、ケケケッ」
「こら、ヤーコプばらすんじゃないよ、楽しくないだろう? ハハハハハッ」
何が面白いのか、声を揃えて笑う二人。
リンテは面白いどころか、青筋を浮かせて怒り心頭だった。
(黙って聞いてりゃこの有様! てごめついでに人買いコースとか冗談! ふざけんな、玉ぁ噛み切ったろか!? ラッツならともかく、ヤギとブタ相手にそんな趣味あるもんか!)
リンテがわりと真剣に飛びかかろうとしたその時、ボウォォーゥという、低いうなりの汽笛が谷に轟く。
「なに!?」
とっさに見回したリンテは、すぐに汽笛の主を見つけた。
廃鉱山に続く線路の向こうから、黒塗りの列車が近づいて来る。
それは、とても古い型の装甲列車だった。四方を分厚い鉄板でおおわれ、まるで走るレンガブロックのようだ。
一度壊れたのだろうか、鉄板にはあちこちツギハギが見える。後ろには平積み貨車が何両かつながれ、上には小さな電動トラックや、背の高い蒸気クレーンなどが乗っている。
装甲列車は、手入れの悪い線路をガシギシと鳴らしながら、まるでリンテを押しつぶそうとでも言うかのように、威圧感たっぷりに走ってくる。
「うそ……何あれ?」
「あれが」居住まいを正したカルステンが、ヒゲと鼻を上に向ける。
「私たちの装甲列車〈ユーヴェルキステ号〉、だ」
(宝石箱っていうか黒いゴミ箱? とにかくカッコ悪い)
心のすみでそう考えながら、リンテは奥歯を強く噛みしめた。どうやら、事態を何とかするための時間は、それほど残っていないらしい。
パオロ号に近づいた装甲列車が、ブレーキをゴリゴリと鳴らして停車する。
リンテは思わず天を仰いでつぶやいた。
「……ラッツ、どうしよ?」




