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少年機関士と白い油 "JungFyhrer un VajxOyl"  作者: じんべい・ふみあき
3章 〈白い油〉と密輸団の罠
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23/31

22 黒地に白の計画書

 「許可できるわけがなかろう!!」


 トタン張りのカウンターを、岩のようなゴツゴツした声が激しく揺らす。


 ここは保安隊(シュトレジ)のエルザブリュック駐屯(ちゅうとん)事務所、その受付室だ。

 駐屯(ちゅうとん)事務所は機関庫の中にあるコンクリート造りの、色気も素っ気もない建物だ。飾り窓もおしゃれな破風(はふ)もないのに、なぜか周囲にいばり散らすような雰囲気がある。

 広い受付室は、四階建ての事務所の一階にあった。

 幅の狭いカウンターで部屋を分けていて、カウンターに鉄格子がついている所など、まるで銀行そっくりだ。ただし銀行と違ってほとんど人がいない。

 保安隊(シュトレジ)にしても鉄道側にしても、お互いに用事がないからだ。


 しかし今は違う。


 カウンターをはさんで数人が向かい合う。まわりには騒ぎを聞きつけた野次馬、機関士や整備員たちがパラパラと集まっていた。


 部屋の入り口側にいるのは、フランツをはじめとする、さっきまでオフィスにいた四人だ。ハンスは苦い顔で、オーラフは足で床をコツコツ鳴らしながら、そしてマテウスは目を吊り上げて怒っている。


 そんな彼らに対するのは、カーキ色の制服の上に、分厚い鎧を身につけた男が二人。


 一人は若い男で、デスクに座っておろおろと四人を見ている。彼は今日の受付担当官で、フランツが名前も知らない新米帯剣官(シュヴェルテァ)だ。しかしもう一人、その後ろに立つ男については、フランツはいやというほど知っていた。


 短く刈り上げた黒髪に、太すぎるほど太い眉毛。顔を縁どる短いヒゲと、細くカールしたナマズヒゲ。

 妙な平らな印象の顔には、鋭すぎる細目がらんらんと光っている。

 オレンジの肩帯に数え切れない勲章をぶら下げるこの人物、名前をトニ・レクラマイオという。

 エルザブリュック保安隊シュトレジ、つまり

 〈氏族鉄道保安部隊シュトレックジッヒェンハイト・ヴァーライ エルザブリュック駐屯部隊(ヴァッハイオン)

 のトップに座る男だ。


 トニは大人としては小柄な体格だったが、威圧感だけはたっぷりとある。

 彼は不機嫌もあらわに、カウンターに置かれた書類をバンバンと叩いた。

 「このような計画書(プラノ)、我が輩は断固として認めん! さして緊急性のない列車に、我が屈強なる帯剣官(シュヴェルテァ)を同乗させるなど、認める理由がどこにも見当たらんわ! さっさとお引き取り願おう!」

 

 時刻は午後二時を過ぎたあたり。


 この時間に受付にトニがいようとは、四人にとっては想定外の誤算だった。

 トニはとても融通が利かない男だ。普通なら受付に立つような事はないが、今日は気まぐれを起こしたらしい。

  ここぞという時に邪魔をするのは、彼の特技のようなものだ。とはいえ、トニの厄介さを知っているフランツは、ちゃんと対抗策を用意していた。

 彼は持ってきた〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉入りのビンを、静かにカウンターに置く。


 「理由ならここにあります、トニ大隊長。これが積まれている〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉です。リンテがそれと知らずに、これが積まれた列車を回送しています。そして、それが密輸団に狙われている可能性が高い」


 トニはフンッと鼻を鳴らしてビンを取り、ぞんざいな手つきで確認する。


 「確かに、〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉に間違いないようだな。しかし、これがどれほどの証拠になる? 禁輸品の密輸など、それこそ日常茶飯事ではないか。これが旅行者のカバンの中からでも出てきた物でないと、どうやったら証明できる?」


 「そいつは確かに貨車にあったもんだ!」

 フランツを押しのけてマテウスが前に出る。

 彼は机に置かれた、できたてほやほやの運行計画書(ベファーレプラノ)を指差す。


 「詳細はこれに書いた通りだ! その〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉は確かに貨車から出てきたし、密輸団だって、ラッツが言うんだから間違いは無いぜ!」


 顔を真っ赤にして怒るマテウスに、しかしトニは冷ややかな笑いを浮かべた。


 「はっ、たかが一機関士の、それも子供の報告だけで間違いないと? 見れば貴様もずいぶんと若いじゃないか。保安隊(シュトレジ)は子供のイタズラに付き合っている暇などない!」


 「しかしですな」今度はハンスが出る。


 「詳しい事情はどうあれ、うちの機関車と連絡が取れんのですよ。せめて確認のためだけでも、その救援列車に了承をいただけませんか。同行して欲しいとは言わんですから」


 フランツはハンスを見あげ、目を合わせて彼の考えを確認する。


 救援列車というのは、特殊な扱いを受ける列車だ。

 一般の運行計画に割り込んで運用される列車で、一応、事故災害への復旧補助が名目になる。実際には前もって運行スケジュールに空きが設定してあり、そこに埋め込む形になるのだが、予定にないのは確かなので、管理と保安、両面からの了承が必要になる。 

 管理の方は、管理局(トゥルモ)に出せばだいたい右から左に了承される。

 しかし保安の方はちょっと面倒で、いちいち保安隊(シュトレジ)の受付に持っていき、ちゃんとした了承を得る必要がある。


 今回、四人はちょっとした保安上の理由をでっち上げ、了承ついでに帯剣官(シュヴェルテァ)を数人、用心棒代わりに借り受けるべくここに来た。

 しかしトニの登場で、この案は早くもご破算となった。

 頭の固いトニが、ちょっとした理由程度で了承するはずもないし、実際了承する気もないようだ。


 そこで、どうやらハンスは作戦を変えたようだ。帯剣官(シュヴェルテァ)の同行を取り下げる代わりに、了承のサインだけでも手に入れる気らしい。

 

 ところがハンスに対して、トニはサインのためにペンを取るどころか、まるで馬鹿にしたように口をへの字に曲げる。


 「ハンス・フロッシュか…………かつては豪快だった貴様も、ずいぶん心配性になったものだな。

  貴様も知っていよう、山岳予備線はよく無線機が壊れる場所だ。またいつもの故障であろうよ。定時運行を脅かしてまで、この小僧の機関車を走らせる理由はない。

  子供に踊らされるなど、ついにヤキが回ったようだな?」


 「トニ! あんたっ!」

 普段はかなりおとなしいハンスが、このときは怒りも露わにデスクを叩いた。

 そのまま殴りかかろうかという彼の肩を、スッと伸びてきたオーラフの手がつかむ。珍しく不機嫌を顔に出したオーラフは、小さく首を振った。

 「ハンス、落ち着け……何か手を考えよう」


 オーラフがハンスごとフランツたちを引っぱる、ところが。


 「待ちたまえ諸君」

 意外にも、引き留めたのはトニだった。


 「この〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉の出所について教えてもらおうか?」


 最初に反応したのはマテウスだった。

 彼は一度向けた背をくるりと返すと、受付担当官がゴミ箱に投げ込もうとしていた書類を引っつかむ。

 「だからそれは――」


 「黙れ小僧!」


 大きく一喝するトニ。

 彼はまるで、ならず者を見るような目で、マテウスとフランツを睨み付ける。


 「自分たちが疑われているのが、わからんと見えるな」

 トニがカウンターに付いたベルを鳴らす。


 奥の扉が開くや、数人の帯剣官(シュヴェルテァ)が部屋に走り込んできた。

 電翔銃(エレシュヴァ)すら弾く重装甲に身を固め、切れ味と重さを両立させた大剣を手に、彼らは野次馬を押しのけると、すばやく四人を取り囲む。


 「これはどういう事だトニ!」ハンスが叫ぶ。


 トニは平手をかざして、ハンスを制する。


 「黙っていてもらおうハンス。さて、小僧ども。貴様らは少量とはいえ禁輸品を持ち込んだのだ。戯れ言で謀ろうとは見あげた根性だが、我らがそれに引っかかるわけもあるまい?」


 どうやら、証拠として持ち込んだ〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉が、かえってトニの勘違いと思いこみに火を付けたらしい。

 フランツとマテウスを、密輸団の手先と思っているようだ。


 「さあ、いったい誰にそんな知恵を吹き込まれた? どこでこれを手に入れた? 正直に吐くがいい!」


 この状況を招いたことを、フランツはとても後悔した。

 (ここまで来ると勘違いも清々しいな。といっても、これは最悪の状況だ。まさかここまで厄介な男だとは……どうする? どうすればいい)


 背後で野次馬たちがざわついている。その中の誰かがぼそっとつぶやいた。


 「あーあ、ほんとに〈クマ罠の(テッラアイゼン)トニ〉だわな。踏んだら災難、離しちゃくれない。あいつらもかわいそうだね」


 他人事めいた言い方に思わずカチンと来て、野次馬をにらんだフランツ。


 そこで彼の目は釘付けになった。

 剣を構える帯剣官(シュヴェルテァ)たちも、見知った野次馬も飛び越えた向こうに、身長が二メートルはありそうな人物を見つけたからだ。


 赤銅色の肌に岩のような顔。濃い紺色の乗務服に、制帽のようなつば付き帽子。昨日、公園でフランツのピンチを救った大男に間違いない。

 大男はフランツたちの騒ぎに構わず、横にいる誰かと話しているようだ。そっちは背が低く、フランツからは見えない。


 ドガッ、と激しくカウンターを叩く音に、フランツはすぐに正面へ向き直る。


 トニが青筋の浮いた顔でこちらを見ていた。

 「よそ見をするな小悪党が! さあ、いますぐ吐かねば尋問室へと連れて――」


 背後で上がったどよめきが、トニの言葉をさえぎる。


 振り向けば、そこには例の大男が立っていた。手には書類大の、黒い石板のようなものが握られている。

 同じようにふり返ったマテウスが目をかっぴらく。そしてうめくようにつぶやいた。

 「アンタ、まさか昨日の……てか〈シーフォ〉だろ、それ」


 (昨日? 昨日って、何でマットが……)

 一瞬その部分に気を取られたが、フランツは次の単語にも反応した。〈シーフォ〉、その言葉を受けて、フランツは思わず石板もどきを凝視する。


 〈シーフォ〉とは愛称だ。


 本来は〈総合表示石板器ガンツァイグバル・シーフォ〉といわれる〈異質機械(ゼルティヒ)〉、つまりケルノの同類、失われた技術の結晶だ。ケルノと違い、今でも東線区のどこかで作られていると聞く。

 このあたりで目にする機会はほとんど無いので、フランツも名前以外の詳しい事はまったく知らなかった。


 しかし、大男は周囲に驚く時間を与えない。無造作にハンスらを押しのけると、シーフォをトニに突きつける。


 トニが目を剥いて大男を見あげる。

 「な、なんだ貴様!?」


 「許可しろ」

 大男は深く、重い声でそっけなく言う。


 かろうじてフランツから、シーフォの表面が見えていた。

 艶のある黒の面に、青白い光が踊っている。よく見ると、それは表面が光っているのではなく、ほんの数ミリだけ盤面から浮いた、光の粒子の集まりだ。

 光は文字列を形作っていて、その内容はフランツの位置からではよくわからない。


 「……ふん、この運行計画書(ベファーレプラノ)を了承しろと言うのか?」

 トニがシーフォに目を留めてから、挑発するように大男を見る。


 さすがに保安隊(シュトレジ)の大隊長ともなると、〈異質機械(ゼルティヒ)〉の一つや二つでは動じないらしい。そのトニによると、どうやら文字の内容は運行計画書(ベファーレプラノ)のようだ。


 「時間がない、早くしろ」


 「やかましい! どこの馬の骨か知らんが、いきなり持ってきて了承しろなどと、偉そうに……」


 トニの反論を気にすることなく、大男がシーフォの表面に指を滑らせる。

 フランツの目の前で、光の文字列がめまぐるしく切り替わった。

 どうやら、このシーフォは書類の代わりらしい。指を滑らせるとページをめくった事になるようだ。


 「た……ぁ?」

 なおも何か言おうとしたトニ。だが開きかけた口は、まるで凍り付いたように動かなくなる。視線はシーフォに釘付けだ。


 (いったい何を見たんだ?)

 フランツは好奇心にかられて、つま先立ちでシーフォをのぞき込んだ。


 いくつかの文と図表は、白と黒が反転している以外、紙とインクの計画書プラノと変わりない。一番下に責任者のサイン欄があるのも同じだ。

 今、そこにはサインではなく、代わりに幾何学的な多面体で示された、紋章が描かれている。


 フランツは、紋章に息をのむ。

 (この紋章って……!)


 「エ……エルツ氏族の紋章だと?! 貴様(きさま)……いや、貴方(あなた)はいったい……」

 トニがうわずった声を上げた。


 大男は黙ったまま、いつまで待たせる気だ? とでも言うようにアゴをしゃくる。


 「ヒッ」と声を上げ、トニが弾かれたようにシーフォに触れる。鈴のような、チリリという小さな音がフランツに聞こえた。

 シーフォを手元に戻し、大男が何かを確認する。


 と、今度はそれをフランツたちに示した。

 「許可が下りた。同行してもらう」


 フランツだけでなく、ハンスやマテウス、オーラフまでもがしげしげとシーフォを見る。黒い表面には、運行計画書(ベファーレプラノ)の項目が白黒反転で映し出されている。

 必要機材と人員の項目だ。マテウスが眼を細めて文字を読む。


 「使用機材……機関車三台……お、おい? これってテア号じゃねえの? しかもこの人員ってラッツだろ?」


 彼に肩を叩かれるまでもなく、フランツもそれに気がついていた。

 三つ並んで書かれた車両番号、真ん中にあるのはテア号の番号だ。さらにその下には、フランツのフルネームが光る文字ではっきりと書かれていた。


 「ど、どういう事だよラッツ……」


 「僕が知るわけ無いだろ?」


 言葉を無くしてシーフォを見つめる四人。


 大男がじれったそうにガツンと、床を踵で打った。

 「正式な計画書(プラノ)だ。詳しい事は――」


 「お待たせしましたぁ」

 野次馬の後ろから、鼻に掛かった感じの甘い声が響く。


 「ごめんなさい、とおります」と声が上がり、野次馬が道を空ける。書類を手にそこを通り抜けてきたのは、これまたフランツには見覚えのある人物だ。


 「駅公社と、管理局(トゥルモ)の方に話を通してきましたぁ」


 紫のハーフマントを揺らして、オレンジ色の四角い乗務帽を正す女性。

 公園で転んだあの女性だ。チョコレート色の顔に、大きすぎるメガネが特徴的で見間違いようがない。


 「助かる、フィー」

 大男が、そこだけ妙に優しく女性にうなずく。


 女性は四人にぺこっと頭を下げると、手に持った書類をハンスとオーラフに差し出した。公園で会った時とはまるで別人のような、ずいぶんはつらつとした動きだ。


 「えっと、ハンス・フロッシュさんと、オーラフ・レストーさんですね? こちらは正規の乗務員、および機関車の借用書状になります。事後で構いませんので、サインをお願いします」


 ハンスたちが信じられない顔で書類を取る。

 彼らは目を通すか通さないかのうちに、驚きで顔全体を引きつらせた。あのオーラフすら目をこすって二度見している。


 「……フランツ君?」

 ややあって口を開いたのは、オーラフの方だった。気まずい顔でフランツを見てひと言「行ってくるといい」と漏らす。


 「はい? うわゎっ!」


 目を丸くしたフランツの襟を、大男が乱暴につかむ。

 「これ以上は待てん! フィー、用意は?」


 「完了です」

 女性が特大の胸をしっかりと張った。


 それ見ていたマテウスの鼻の下がだらんと伸びるが、フランツはそれをどうこう言える状況にはない。彼は小包よろしく、大男のわきに抱えられてしまった。


 意外な客は二人して、その場にくるりと背を向ける。


 呆然としたフランツと、マテウスたちの目が合う。なぜだか三人とも、いやトニまで含めた四人が、具合の違う神妙な面持ちでフランツを見ていた。


 「……いったいぃぃぃぃぃっ――」

 大男が駆けだし、フランツの声は間延びしたまま遠ざかる。


 運ばれていくフランツに、マテウスが気の毒そうに、いつまでも手を振っていた。

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