奇跡
ミランの耳の耳に音は届かなかった。
ただ、彼女を抱きしめる少年越しの衝撃が、生々しい死の気配を感じさせた。
前触れもなく強く輝き始めた月に、飛び散る飛沫が紅い影を落とし。
二人は、崩れ落ちる様に地に伏した。
「――――」
声は出なかった。出せなかった。抱えるように支えた少年の背は生暖かく濡れて、腕に絡む短い鎖も染まっている。
「……ミラン、怪我、無いか?」
いつの間にかそばに来ていたオリジン。だらだらと血が溢れ流れている。這ってきたであろう道が紅い。
「全く、無茶…しすぎ…」
ミランの頭に置かれた手も弱く、彼女は思い出したように泣き出した。
「う…ごめん、ね…私が余計なことしなきゃ…ごめんなさい…」
「気にしないで。」
小さいながらはっきりと、クロウは言う。ミランを真っ直ぐ見つめて。
「ありがとう、オリジン……おかげでミランも無事みたいだ。」
「持ちつ持たれつ…だろ、クロウ。」
二人は笑った。どこか儚げに。
月光が更に白く彼らを浮かび上がらせた。すっ、と彼ら以外のものが止まる。さながら舞台が整ったようで。
――しかし彼らは気付くことはなかった。
「カミサマってさ、いると思う…?」
力無く、だが楽しそうなクロウ。
「いるといいよな…」
そっと寄り添うオリジン。
「――そう、だね。」
止まらない涙を拭い頷くミラン。
「もしいるなら叶えて欲しい。」
「聞こえるなら叶えて欲しい。」
ミランがこれからを生きる世界に
オレたちが今までを生きた世界に
『どうか、光と緑を』
祈りは虚空へ。
何処かにいたカミサマは、ニヤリと笑った。
三人を今度は緑の閃光が包んだ。青い草原が広がる、つい先ほどまでいた場所ではなかった。時間も理も無視した…奇跡。
花が開く、木々が芽吹き伸びる、傷は消えていく。月が過ぎて日が昇った。
願いは叶えられた。
「届いたんだ。」
「聞こえたのか。」
同時に驚いた二人の間にミランは割り込む。
「ほら、諦めることなんて無かったのよ。」
満面の笑みでクロウに飛びついた。
「……それってオレの告白に対するOKってことでいい?」
「そうみたいだぞ、良かったな。」
揃って周りを見回す三人。まだ緑の波は広がり続けて、遥か遠くまで彩っていく。
「やれやれどこに飛ばされたんだ?」
「いいじゃない、冒険してみよう!」
手をつないで歩く。
「これから生きる世界はこんな感じだけど、どう?」
冗談めかしたオリジンの台詞。
「最っ高!!ヴェリタもいるし!」
「どっちの?」
「どっちも!揃ってないとダメなんでしょ。」
笑う。きっと今までで一番の表情。
生まれ変わった世界で、彼らは生きていく。




