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9/17

第8話 正常

2026年9月20日 日曜日 午前7時16分


 目が覚めた。


 久世透は時計を見る前に、時刻を予想した。


 7時14分。


 スマートフォンを見る。


 7:16


「2分」


 ノートを開く。


『7:16起床/予測7:14/誤差+2分』


 以前なら、2分差なら「ほぼ当たった」と考えていたかもしれない。


 今は違う。


 外れは外れだ。


 時刻を正確に知る能力があるという仮説は、現時点では支持できない。


 透はノートを閉じた。


 今日は日曜日。


 そして明日から3日間も休みだった。


 カレンダーを見る。


 9月21日(月) 敬老の日。


 9月22日(火) 国民の休日。


 9月23日(水) 秋分の日。


 昨日の土曜日を含めれば5連休。


 予定はない。


 旅行へ行くつもりもない。


 悠真から遊びに誘われる可能性はあるが、それ以外は自由だった。


 透はノートの新しいページを開いた。


『連休中の検証計画』


 書き始める。


『20日 生体干渉についての資料調査』


『21日 重量・距離』


『22日 覚醒条件』


『23日 データ整理』


 書き終えてから、


「……仕事みたいだな」


 呟いた。


 だが嫌ではない。


 むしろ。


 誰にも邪魔されず、数日間続けて調べられる。


 そのことを少し楽しんでいる自分がいた。


     *


午前9時08分


 パソコンには昨日の記録が表示されていた。


『9月19日 9:37』


『クリニック待合室』


『50代程度の男性』


『強い発汗・顔色不良・ふらつき』


『接触中、「楽になればいい」と意識』


『直後、本人が症状改善を申告』


『同時期に自身へ強い疲労感』


 そして。


『生体干渉?』


 透はその文字を見る。


「情報が少なすぎる」


 男性が何の病気だったのか分からない。


 そもそも病気だったのかも分からない。


 一時的な血圧低下。


 脱水。


 低血糖。


 精神的なもの。


 いくらでも考えられる。


 そして、自然に回復した可能性もある。


 自分が触った。


 その後、症状が改善した。


 それだけで、


『自分が治した』


 と結論づけるのは、因果関係の取り違えだ。


 透はノートへ書く。


『現時点では能力との因果関係を認めない』


 だが。


 気になる点はある。


 自分の疲労だ。


 これまでの能力使用とは、明らかに感覚が違った。


 念動力。


 額の奥の重さ。


 頭痛。


 集中力の低下。


 昨日。


 全身の脱力。


 空腹に似た感覚。


 約4時間で回復。


「別系統?」


 書く。


『仮説H1:念動力とは異なる能力』


 次。


『仮説H2:同一能力による生体への作用』


 そして。


『仮説H3:男性の回復と自分の疲労は無関係』


 透はH3に丸をつけた。


 まず。


 これを否定できなければ話にならない。


     *


午前10時41分


 関連する論文や医療情報を読み続けた。


 自然治癒。


 プラセボ。


 自律神経。


 一過性の意識障害。


 失神。


 脱水。


 低血糖。


 昨日の男性に当てはまりそうな言葉はいくつも見つかる。


 だが。


 診断名を知らない。


 検査値もない。


 症状の経過も追えない。


 つまり。


 何を読んでも昨日の現象の答えにはならなかった。


 透は昨日決めた規則を見る。


『能力検証を目的とした、人・動物への意図的損傷は禁止』


 人間で試す。


 できない。


 自分を傷つける。


 やらない。


 動物を傷つける。


 論外。


 既に怪我や病気をしている相手なら?


 それも昨日考えた。


 自然治癒との区別がつかない。


 病状を正確に評価する知識もない。


「結局ここか」


 その下に書かれている。


『本格的な検証には医学・生物学の専門知識が必要』


「専門家……」


 それが一番難しい。


 能力の存在を話さなければ、正確な相談はできない。


 だが能力を話せば。


 今度は別の問題が生まれる。


 警察には榊原慎吾という男もいる。


 透は新しく一行加えた。


『生体干渉――安全な再現方法が見つかるまで保留』


 保存した。


     *


午後1時26分


 悠真から電話が来た。


『暇?』


「実験中」


『5連休の日曜に?』


「5連休だからだ」


『お前、人生楽しんでる?』


「楽しい」


『即答すんなよ。俺が悲しくなる』


「何の用だ」


『飯でも行こうと思って』


「今日は無理」


『明日は?』


「実験」


『火曜』


「実験」


『水曜』


「解析」


 電話の向こうが静かになった。


『お前さ』


「何だ」


『夏休みの自由研究を9月にやってる小学生みたいになってるぞ』


「比較にならない」


『分かってるよ』


 悠真が笑う。


『何か分かった?』


 透は少し迷った。


 昨日のことをどこまで話すか。


「……人間の身体に作用できる可能性が出てきた」


 沈黙。


『は?』


「まだ可能性だ」


『ちょっと待て。何した?』


「体調を崩した人を支えた」


『それで?』


「その人が急に楽になったと言った」


『治したってこと?』


「分からない」


『いやでも――』


「分からない」


 透は繰り返した。


「一例しかない。自然に回復した可能性もある。俺の疲労も偶然かもしれない」


『でも、もし本当なら……』


「人間では試さない」


『……だよな』


「動物も検証目的では傷つけない」


『お前ならネズミ買って実験しそうだけど』


「考えた」


『考えたんかい』


「却下した」


『そこまで3秒くらいで想像できたわ』


 透は少し笑った。


『まあでもさ』


「何だ」


『人を治せるなら、すげえじゃん』


「確認できてから言え」


『はいはい、科学者さん』


「俺は科学者じゃない」


『十分それっぽいよ』


 電話が切れた。


 透はスマートフォンを置く。


 人を治せるなら。


 悠真の言葉が残った。


 それが本当なら。


 確かに。


 物を動かすことより。


 遥かに大きな意味を持つ。


     *


2026年9月21日 月曜日・敬老の日


午前8時52分


 透はテーブルに実験器具を並べていた。


 50グラム。


 100グラム。


 200グラム。


 500グラム。


 1キログラム。


 今日は重量と距離。


 生体干渉については試さない。


 実験できないものを、無理に実験する必要はない。


     *


午前11時37分


 測定結果をグラフにする。


「……上がってる」


 同じ重量。


 同じ距離。


 数日前より成功率が高い。


 疲労も少ない。


 練習によるものか。


 能力そのものが強くなったのか。


 あるいは両方か。


 今のデータでは区別できない。


 透は考える。


 これまで試していない動作なら、単純な反復練習の影響を多少減らせる。


「回転」


 100グラムの金属球を片づける。


 代わりにペンを置いた。


 移動させるのではない。


 中心を固定したまま。


 回す。


 ――時計回り。


 ペンが動いた。


 15度ほど。


 止まる。


「……」


 記録。


 もう一度。


 今度は40度。


「できる」


 透は書く。


『並進運動だけではない』


『回転可能』


 次。


 空中。


 ペンを浮かせる。


 その状態で回転させる。


 落ちた。


 再試行。


 失敗。


 3回目。


 浮く。


 そのまま。


 ゆっくりと回った。


 透の口元が。


 ほんの少し上がった。


「面白いな」


 能力に目覚めてから。


 初めてだった。


 恐怖でもない。


 疑問でもない。


 警戒でもない。


 純粋に。


 面白い。


 そう思った。


     *


午後2時14分


 榊原慎吾は自宅にいた。


 今日は祝日。


 勤務ではない。


 コーヒー。


 本。


 テレビ。


 休日らしいものは揃っている。


 なのに。


 テーブルの上にはノートパソコンがあった。


 高瀬からメッセージ。


『主任、今日休みですよ』


 榊原は返信する。


『知ってる』


『仕事してませんよね?』


『してない』


 数秒。


『嘘つかないでください』


 榊原はスマートフォンを伏せた。


「うるさいな」


 パソコンには例の風船動画が表示されていた。


 警察の捜査資料ではない。


 一般公開されている動画だ。


 再生。


 風船。


 上昇。


 横へ流れる。


 そして。


 不自然に戻る。


 背景。


 男。


 久世透に似ている。


 一時停止。


「……」


 榊原は画面を閉じた。


 これ以上見る意味はない。


 本人かどうかすら分からない。


 仮に本人でも。


 川崎に住む男が、川崎駅周辺にいた。


 それだけだ。


 何の意味もない。


 榊原は本を手に取った。


 シャーロック・ホームズ。


 数ページ読む。


 内容が頭に入らない。


「……駄目だな」


 本を閉じる。


 自分が今やっていることは。


 可能性を調べているのではない。


 久世透という答えを先に置いて。


 そこへ事実を集めようとしている。


 推理としては最悪だ。


 ホームズなら。


 最も嫌うやり方だろう。


 榊原はノートパソコンを閉じた。


 今日はもう見ない。


 疑うなら。


 疑うに足る事実が出てからでいい。


     *


2026年9月22日 火曜日・国民の休日


午前9時03分


 今日のテーマは。


 能力の覚醒条件。


 透は自分の人生を年表にしていた。


 11歳。


 12歳。


 13歳。


 14歳。


 15歳。


 記憶を可能な限り掘り起こす。


 13歳。


 体育館で転がってきたボールが、不自然に足元で止まった気がする。


 14歳。


 机から落ちた消しゴムが、なぜか鞄の上に乗った。


 16歳。


 自転車で転びかけたとき。


 身体が一瞬だけ軽くなったような感覚。


 21歳。


 棚から落ちた本が。


 妙にゆっくり落ちた気がした。


 26歳。


 コップを落とした。


 割れなかった。


「……」


 どれも。


 偶然で説明できる。


 それ以前に。


 記憶そのものが信用できない。


 現在の能力を知ったことで。


 過去の何でもない出来事を、能力と結びつけて再解釈している可能性がある。


 透は年表の一番上へ書く。


『回顧バイアスに注意』


 これらを。


『過去にも能力があった証拠』


 として扱うことはできない。


 せいぜい。


『検討対象』


 だ。


 透は別の表を見る。


『性交経験――なし』


『自慰経験――なし』


『夢精――記憶にある限りなし』


『射精経験――なし』


『性的欲求――極めて弱い』


『一般的な二次性徴――自覚上あり』


『泌尿器科検査――実施済み/結果待ち』


「……」


 一番単純な実験方法は分かっている。


 射精する。


 その前後で能力を比較する。


 透はしばらく、その文字を見た。


 だが。


 今はやらない。


 仮に。


 射精によって能力が消失するとする。


 その場合。


 元に戻せる保証がない。


 一度しか実施できない可能性がある実験を。


 基礎データも十分に揃っていない段階で行うべきではない。


 透は書く。


『射精前後比較実験』


『保留』


『理由:不可逆である可能性』


 その下。


『実施する場合、能力特性の基礎データ確立後』


 ここまで書いて。


 透は椅子にもたれた。


「童貞が条件……ではないな」


 少なくとも。


 性交経験の有無だけで説明するには無理がある。


 自慰。


 夢精。


 射精。


 性的欲求。


 年齢。


 身体的特徴。


 どれが関係しているのか。


 あるいは。


 全部関係ないのか。


 まだ何も分からない。


     *


午後1時17分


 昼食を買いに、透は外へ出た。


 連休4日目。


 駅周辺は、普段の平日より明らかに人が多い。


 能力は使わない。


 人目が多いから。


 という理由だけではない。


 必要がないのに使えば。


 それは検証ではなく、ただの遊びになる。


 コンビニへ向かって歩いていると。


 スマートフォンが震えた。


 悠真からメッセージ。


『まだ実験してんの?』


 透は返信する。


『今日は覚醒条件』


 すぐに既読。


『何その夏休みの自由研究』


 透は画面を閉じた。


 前を見る。


 その瞬間。


「すみません!」


 女性の声。


 反射的に振り向く。


 歩道脇。


 一人の女性がしゃがみ込んでいた。


 その前に。


 高齢の男性。


 ベンチに腰かけ、額を押さえている。


「大丈夫ですか? 救急車呼びます?」


「いや……大丈夫。ちょっと立ちくらみがしただけだから」


「でも――」


 透は足を止めた。


 土曜日。


 クリニック。


 あの男性。


 状況が似ている。


 心拍がわずかに上がった。


 再現できる。


 一瞬。


 そんな考えが浮かんだ。


 直後。


 透は自分で否定した。


 違う。


 この人は。


 実験材料ではない。


「水分は取れますか?」


 透が声をかけた。


 女性が振り向いた。


 鎖骨より少し下まで伸びた茶色い髪が、肩からさらりと流れる。


 20代後半くらいだろうか。


 身長は透よりかなり低い。細身だが華奢すぎる印象はなく、立ち上がった姿にはすっきりとした均整  がある。


 明るめの茶色い瞳。大きすぎない目に、すっと通った鼻筋。化粧は薄く、派手さはない。


 整った顔立ちだった。


 いわゆる、人目を奪うような華やかな美人ではない。


 むしろ知的で、親しみやすい。


 ただ、今は高齢の男性へ意識を集中させているせいか、その目だけは妙に鋭かった。


「はい。意識はしっかりしてます」


 返答が早い。


 女性は男性へ視線を戻す。


「お名前言えます?」


 男性が答える。


 受け答えも問題ない。


 透は女性を見る。


 慣れている。


「医療関係者ですか?」


「一応。でも医師じゃないです」


 女性は男性の様子を見る。


「今日は暑いですし、少し休んだ方がいいですよ」


「すまないねえ」


 男性は苦笑する。


 数分。


 顔色が少し戻ってきた。


「もう大丈夫。ありがとう」


「本当に?」


「ああ。ちょっと立ちくらみしただけだ」


 男性は、もうしばらくここで休んでから帰ると言った。


 透は何もしなかった。


 能力も使っていない。


 それでいい。


 女性が立ち上がる。


「ありがとうございました」


「俺は何もしてません」


「一緒に様子見てくれたじゃないですか」


「それは治療ではないので」


「……真面目ですね」


「よく言われます」


 女性が笑った。


「水城(みずき)です」


 一瞬。


 透は、なぜ突然名乗ったのか分からなかった。


 だが自分も返す。


「久世です」


「久世さん」


「はい」


「さっき、私が医療関係か聞きましたよね」


「はい」


「何か気になりました?」


 透は考える。


 偶然とはいえ。


 今、自分が必要としているのは。


 専門知識を持つ人間だった。


「専門は何ですか?」


「いきなり面接みたい」


「すみません」


 女性――水城が笑う。


「神経科学です。一応、研究の方」


 透の表情が止まった。


「神経科学」


「はい」


「大学?」


「まあ、そっち系です」


 水城が透を見る。


「……何かあるでしょ、その反応」


「少し」


「何?」


 言うべきか。


 透は三秒考えた。


「人間の身体について、聞きたいことがあります」


「私、医者じゃないですよ?」


「分かっています」


「どんなこと?」


「仮に――」


 言いかけて。


 止めた。


 人間の自然治癒能力を、外部から急激に促進できるとしたら。


 初対面の人間にそんな質問をすれば。


 どう考えても怪しい。


「すみません。整理してからにします」


「何それ」


 水城が笑った。


「めちゃくちゃ気になるんだけど」


「まだ自分でも整理できていません」


「じゃあ整理できたら聞かせてください」


 水城はそう言って、高齢の男性をもう一度確認する。


「本当に大丈夫ですか?」


「ああ。ありがとう」


「無理して歩かないでくださいね」


 その言葉を残し。


 水城が歩き出す。


 透も反対方向へ数歩進んだ。


 止まった。


「……待ってください」


 水城が振り返る。


「はい?」


「さっきの話」


「うん」


「後日、質問してもいいですか?」


「いいですけど」


 水城がスマートフォンを取り出す。


「じゃあ連絡先交換します?」


「お願いします」


 登録。


『水城澪(みずき みお)』


 透は画面を見る。


「久世さん」


「はい」


「変な質問だったら答えませんからね」


「当然です」


「そこ即答なんだ」


 澪が笑った。


 二人はそこで別れた。


 透は歩きながら考える。


 神経科学。


 自分が必要としていた領域と完全に一致するわけではない。


 生体全般の専門家でもない。


 医師でもない。


 だが。


 脳。


 神経。


 能力使用時に起こる頭痛。


 そして。


 人間の身体への干渉。


 無関係とも言い切れない。


 何より。


 自分以外の視点が必要になり始めている。


 透はスマートフォンを開いた。


『水城澪』


 名前の下にメモする。


『神経科学研究者』


『能力については未開示』


 さらに一行。


『相談候補』


 保存。


     *


2026年9月23日 水曜日・秋分の日


午前10時22分


 5連休最後の日。


 透はここ数日のデータを整理していた。


 能力そのもの。


 覚醒条件。


 生体干渉。


 3つのファイルに分ける。


 生体干渉。


 データは一件しかない。


 削除しない。


 断定もしない。


 そして。


 新しい項目。


『水城澪』


『神経科学研究者』


『9月22日 初対面』


『専門知識あり』


『能力については未開示』


 その下に。


『相談する場合、どこまで情報を開示するか要検討』


 と書いた。


 少し考え。


 さらに追加。


『専門範囲は神経科学。医学全般の専門家として扱わない』


 保存した。


     *


午後4時38分


 透は5連休の結果をまとめた。


 一。


 念動力は練習、または時間経過によって強くなっている可能性。


 二。


 重量によって負荷が変化する。


 三。


 対象の認識方法が結果に影響する可能性。


 四。


 回転など、単純な移動以外の操作も可能。


 五。


 過去にも能力らしき現象があった可能性はあるが、記憶の信頼性が低く証拠にはできない。


 六。


 射精経験と能力の因果関係は不明。


 七。


 生体への治癒的干渉が存在する可能性。


 八。


 生体干渉の安全な再現実験は現時点では困難。


 九。


 相談可能な専門家候補との接点を得た。


 透は九番を見る。


「水城澪……」


 どこまで話す?


 全部。


 あり得ない。


 一部。


 では何を?


 能力を伏せて。


 仮定の話として聞く。


 それなら可能かもしれない。


 だが。


 あまりに具体的な質問をすれば、不審に思われる。


「……難しいな」


 能力を使うより。


 人間に説明する方が。


 難しいかもしれない。


     *


午後8時06分


 スマートフォンが震えた。


 澪からだった。


『そういえば、相談って何?』


 透は画面を見る。


 返信を打つ。


『例えば、人間の自然治癒能力を外部から急激に促進できると仮定した場合――』


 止まる。


 読み返す。


「怪しいな」


 消す。


『少し説明が難しいです』


 送信。


 既読。


 数秒。


『じゃあ今度会った時に聞く(笑)』


「……」


 透はスマートフォンを置いた。


 助かったような。


 困ったような。


     *


午後8時14分


 そのころ。


 榊原慎吾は自宅で。


 久しぶりに事件とは関係のない本を読んでいた。


 机の引き出しには。


 例のメモが入ったままだ。


 人間。


 自転車。


 風船。


 そして。


『共通人物:久世透?』


 榊原はこの連休中。


 それ以上調べなかった。


 調べる根拠がないからだ。


 だが。


 捨ててもいない。


     *


午後11時37分


 透はベッドに入った。


 明日から仕事。


 5連休は終わる。


 目を閉じる。


 能力について分かったことは増えた。


 だが。


 分からないことは。


 それ以上に増えていた。


 なぜ自分なのか。


 30歳という年齢に意味はあるのか。


 なぜ能力は急激に強くなったのか。


 なぜ自分には射精経験が一度もないのか。


 それは能力と関係しているのか。


 そして。


 あの男を。


 本当に自分が治したのか。


 答えは一つもない。


 ただ。


 明日から。


 一つだけ。


 これまでとは違う。


 水城澪。


 自分の秘密は。


 まだ何一つ話していない。


 それでも。


 透は初めて。


 自分以外の人間に。


 答えを求める可能性を持った。

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