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第13話 未知

2026年9月28日 月曜日 午前6時47分


 久世透は目を覚ますと、最初にスマートフォンを見た。


 通知はない。


「……」


 画面を伏せる。


 なぜ確認した?


 仕事の連絡。


 悠真。


 水城澪。


 どれも可能性はある。


 特定する意味はない。


 透はベッドから起きた。


 昨日の実験結果を読み返す。


『視認――不要』


『正確な位置情報――重要』


『誤った位置情報――作用確認できず』


 その下。


『対象そのものの存在を知る必要は?』


 今日は仕事。


 検証は夜に回す。


 その前に、実験方法だけ考えておく。


 箱の中身を悠真に入れてもらう。


 自分は中身を知らない。


『箱の中央にある物』


 それだけを対象として指定する。


 動けば。


 物体の種類を認識する必要はない可能性が高まる。


 動かなければ――


「いや」


 一回では判断できない。


 複数回。


 対照条件も必要。


 透はノートを閉じた。


 午前7時3分。


 出勤準備を始める。


     *


午前8時17分 通勤電車


 車内は混んでいた。


 透はドア付近に立つ。


 前にスーツ姿の男性。


 右に学生。


 左に女性。


 視界の端で。


 吊り革が揺れている。


 能力を使えば。


 止められる。


 試さない。


 必要がない。


 スマートフォンが震えた。


 悠真。


『筋肉痛なんだけど』


『なぜ』


『昨日ずっとお前んちで箱動かしてたから』


『それで筋肉痛にはならない』


『じゃあ焼肉でトング持ちすぎた』


『それもない』


『冷たいな』


 透は少し考える。


『昨日は実験協力ありがとう』


 送信。


 しばらく既読にならなかった。


 30秒。


『お前どうした?』


『何が』


『急に感謝されると怖い』


『礼を言っただけだ』


『熱ある?』


 透は画面を閉じた。


     *


午前10時31分 川崎警察署


「主任」


 高瀬直人がモニターを見たまま呼んだ。


「何だ」


「ちょっといいですか」


 榊原慎吾が立つ。


「これ」


 画面には昨夜の事案記録。


 川崎市内。


 路上で男性が突然転倒し、頭部を負傷。


 救急搬送。


「事故か?」


「今のところは」


「今のところ?」


「本人が少し変なことを言ってまして」


 榊原が記録を見る。


『歩いていたところ、突然右足に力が入らなくなった』


 榊原の視線が止まる。


「……」


「似てません?」


 高瀬が言った。


「何に」


「12日の男」


「似ている部分はある」


「ですよね」


「だが今回は暴行でも何でもない」


「はい」


「持病は?」


「確認中です」


「酒」


「飲んでいないそうです」


「薬物」


「現時点でそういう話は出てません」


「神経症状の可能性は」


「病院で診てもらってます」


 榊原は資料を置く。


「なら、まずそっちだ」


「久世さんは?」


「何で久世が出てくる」


「いや……」


「現場にいたのか?」


「確認してません」


「なら、今の段階で確認する理由もない」


 高瀬は少し黙る。


「主任」


「何だ」


「本当に気にならない?」


「気になる」


 榊原は即答した。


「だからこそ順番を守る」


 高瀬を見る。


「似た現象が起きた。それだけだ」


「はい」


「久世を疑っているから久世の所在を調べる。それを始めたら、何でも久世に結びつく」


「……了解です」


「まず医学的な原因」


「はい」


「それで説明できれば終わりだ」


 榊原は席へ戻る。


 だが。


 一つだけ。


 頭に残った。


 9月12日。


『身体が動かなくなった』


 9月27日。


『右足に力が入らなくなった』


 二件。


 まだ。


 二件だ。


     *


午後0時42分


 昼休み。


 透はスマートフォンを見る。


 澪との最後の会話。


『もし本当に危ないことなら、一人で抱え込まないでね』


『少し考えます』


 そこから何もない。


 透は新規メッセージを入力する。


『昨日の件ですが――』


 止める。


 何を書く?


 能力について話す?


 まだ判断材料が足りない。


 なら。


 中途半端に送る意味もない。


 削除。


 昼食に戻る。


 5分後。


 スマートフォンが震えた。


 澪。


『仕事中?』


『昼休みです』


『よかった』


『何かありましたか?』


『昨日話してた身体所有感のことで、久世さんが気にしてそうな論文思い出した』


 透の指が止まる。


『教えてください』


『やっぱ食いついた(笑)』


 論文名と概要が送られてくる。


 視覚。


 身体所有感。


 自己位置。


 自分がどこに存在すると感じるか。


『ありがとうございます』


『どういたしまして』


 透は少し迷ってから送る。


『水城さん』


『はい』


『昨日の件ですが』


 既読。


『うん』


『もう少し時間をください』


 返信まで数秒。


『いいよ』


 それだけだった。


 透はスマートフォンを伏せた。


     *


午後3時16分 川崎警察署


「主任」


 高瀬が戻ってきた。


「昨日の転倒の件です」


「どうだった」


「本人に確認しました。病院では、一時的な神経症状の可能性もあるって説明されたそうです」


「原因は」


「まだはっきりしてないみたいです」


「既往歴は?」


「腰痛があるそうです」


 榊原は頷いた。


「なら、まず医学的な原因を考える」


「ですよね」


「事件性は?」


「今のところありません」


「なら俺たちの仕事じゃない」


「でも」


「高瀬」


「はい」


「似ていることと、同じ原因であることは別だ」


「……はい」


「それを忘れるな」


 高瀬は資料を閉じる。


「主任、こういう時ちゃんとしてますよね」


「こういう時?」


「もっと『久世だ』ってなるかと思ってました」


 榊原が高瀬を見る。


「俺を何だと思ってる」


「ホームズ好きの刑事」


「刑事が先だ」


「一応」


「一応をつけるな」


 高瀬が笑う。


 その話は終わった。


     *


午後6時52分


 透は帰宅途中。


 ホームセンターへ寄った。


 箱。


 不透明な袋。


 小型の電子はかり。


 簡単な実験用品。


 レジへ向かう途中。


 ふと足を止めた。


 防犯カメラ。


 天井。


 こちらを向いている。


「……」


 能力の実験用品を買っているだけだ。


 何も違法ではない。


 それでも。


 警察のことが頭をよぎった。


 透はそのまま会計した。


 不自然な行動を取る方が目立つ。


 店を出る。


     *


午後7時31分


 自宅。


 今日は悠真はいない。


 昨日考えた実験は。


 一人ではできない。


 なら。


 別の検証。


 遮蔽物。


 昨日は段ボールだった。


 今日は材質を変える。


 紙。


 木。


 金属。


 水。


 能力が何らかの物理的な作用なら。


 遮蔽物によって結果が変化する可能性がある。


 まず。


 紙。


 成功。


 木製の板。


 成功。


 次。


 アルミ製の容器。


 透は金属球を入れる。


 蓋を閉める。


 位置は分かっている。


 ――上。


 カン。


 内部で音。


 成功。


「金属でも明確な遮蔽効果は確認できない」


 次。


 水。


 透明な容器に水を入れ。


 金属球を沈める。


 位置を確認。


 ――上。


 球が動く。


 だが。


 空中より遅い。


「……」


 透は止める。


 能力そのものへの影響か。


 単純に水の抵抗か。


 これだけでは分からない。


 記録。


『少なくとも紙・木材・薄い金属による明確な遮蔽効果なし』


『水中でも作用確認』


『水中で移動速度低下。能力への影響か流体抵抗かは未判定』


 電磁気。


 重力。


 未知の力。


 どれにも。


 まだ分類できない。


     *


午後8時06分


 実験を続ける。


 金属球を箱へ入れる。


 蓋を閉める。


 位置を知っている。


『金属球』


 ――上。


 カン。


 成功。


 そこで。


 透は考える。


 同じ物体を。


 別の言葉で指定したら?


『箱の中身』


 ――右。


 カン。


 動いた。


「……」


『金属球』


 でも。


『箱の中身』


 でも作用する。


 なら。


 名称そのものは重要ではない?


 対象を一つの存在として区別できればいい?


 透はノートに書く。


『対象指定に固有名・種類認識は不要?』


 次。


 箱の中に。


 金属球と消しゴムを入れる。


 金属球は中央より左。


 消しゴムは中央より右。


 位置は自分で確認してから蓋を閉めた。


 二つとも見えない。


 まず。


『左側の金属球』


 ――上。


 カン。


 蓋を開ける。


 金属球だけ位置が変わっている。


 戻す。


 もう一度。


『右側の消しゴム』


 ――上。


 開ける。


 消しゴムが動いている。


 ここまでは。


 昨日の結果から説明できる。


 正しい位置。


 正しい対象。


 では。


 位置情報を少し曖昧にする。


 蓋を閉める。


 今度は。


『箱の中の軽い方』


 ――右。


 カサ。


 透の目が止まった。


 開ける。


 消しゴムが動いていた。


「……」


 重量という条件でも。


 対象を区別できる?


 もう一度。


 配置を入れ替える。


 位置は確認する。


 蓋を閉じる。


『重い方』


 ――上。


 カン。


 金属球。


 透の呼吸が。


 少しだけ浅くなる。


 位置だけではない。


 特徴。


 条件。


 それも。


 対象の指定に使える可能性がある。


     *


午後8時34分


 さらに実験。


 ほぼ同じ金属球を二つ。


 一つにだけ。


 油性ペンで小さな印をつける。


 箱へ入れる。


 今度は。


 箱を振った。


 どちらがどこにあるか。


 透自身にも分からない。


 その状態で。


『印のついた球』


 を意識する。


 ――上。


 何も起きない。


 再試行。


 失敗。


 もう一度。


 失敗。


「位置情報がないと駄目か」


 特徴だけでは足りない。


 少なくとも。


 今の能力では。


 昨日の結果とも矛盾しない。


 では。


 位置が曖昧でも。


 範囲を狭めれば?


 箱の左半分。


 右半分。


 そこまで分かれば?


 今は一人では検証できない。


 記録する。


     *


午後9時02分


 透は今日の結果を整理する。


『対象認識モデル 暫定』


 一。


『視覚は不要』


 二。


『正しい位置情報が重要』


 三。


『対象名は不要』


 四。


『正しい位置情報がある場合、特徴や条件による対象選択が可能な場合がある』


 五。


『特徴のみで位置不明の場合、作用確認できず』


 透は五つを見る。


 能力は。


 何かを見て。


 そこへ力を飛ばしている。


 そんな単純なものではないのかもしれない。


 自分の頭の中で。


 現実世界に存在する対象を。


 正しく指定する。


 対象。


 条件。


 位置。


 操作。


「……APIみたいだな」


 自分で言って。


 少し馬鹿らしくなる。


 だが。


 システムエンジニアの透には。


 その考え方が一番理解しやすかった。


     *


午後9時18分


 そのときだった。


 上の階から。


 ドン。


 大きな音。


 透が顔を上げる。


 続いて。


 ガタン。


 何かが倒れる音。


「……?」


 集合住宅なら珍しくない。


 物を落とした。


 家具を動かした。


 それだけかもしれない。


 透はノートへ視線を戻す。


 数秒後。


「――っ!」


 かすかな声。


 透の手が止まった。


 上。


 女性?


 聞き取れない。


 透は立ち上がる。


 廊下へ出るべきか。


 警察?


 判断材料が足りない。


 耳を澄ます。


「やめて……!」


 今度は聞こえた。


 透はスマートフォンを取った。


 110。


 まだ押さない。


 上階の部屋。


 自分の真上なら。


 部屋そのものの位置は分かる。


 だが。


 何が起きている?


 喧嘩。


 DV。


 テレビ。


 可能性はいくらでもある。


 再び。


 ドン。


 女性の声。


「痛い!」


 透は110を押した。


     *


午後9時21分


『警察です。事件ですか、事故ですか』


「事件の可能性があります」


 透は住所を伝える。


「上の部屋から女性の叫び声と、大きな物音が複数回聞こえています」


『今も聞こえますか?』


「今は止まっています」


『ご自身で確認には行かないでください』


「分かりました」


 通話を続ける。


 その間。


 透の頭では。


 別の思考が動いていた。


 上の部屋。


 位置は分かる。


 人間がいる。


 少なくとも女性。


 おそらく。


 もう一人。


 だが。


 部屋のどこにいるか分からない。


 対象も特定できない。


 能力は使えない。


 いや。


 それ以前に。


 使うべきではない。


 何が起きているのか確定していない。


 警察を待つ。


 それが正しい。


     *


午後9時23分


 上から。


 再び音。


 今度は。


 激しい。


 何かが壁にぶつかる。


「上でまた物音です」


『安全な場所にいてください』


「はい」


 その直後。


 男の声。


 内容までは聞こえない。


 女性。


「やめて!」


 透の指が動く。


 能力。


 使える?


 無理だ。


 誰が。


 どこにいる。


 何を止める?


 男?


 腕?


 持っている何か?


 位置情報がない。


 対象も指定できない。


 透は。


 何もできない。


「……」


 それが。


 異常に苛立たしかった。


     *


午後9時26分


 サイレン。


 透は窓から外を見る。


 パトカー。


 警察官が建物へ入ってくる。


 通話は終わった。


 透は待つ。


 数分後。


 上階が騒がしくなる。


 警察官の声。


 男の怒鳴り声。


 女性の泣き声。


 そして。


 静かになった。


「……」


 透は椅子へ戻った。


 正しい判断だった。


 自分で介入しなかった。


 警察へ通報した。


 誰も能力を知る必要はない。


 それでいい。


     *


午後9時41分


 インターホン。


 透は画面を見る。


 警察官。


 玄関を開ける。


「通報された久世さんですか?」


「はい」


「少しお話いいですか?」


「どうぞ」


 警察官が状況を確認する。


 いつから聞こえたか。


 どんな音だったか。


 男女の声。


 透は正確に答える。


「ありがとうございました」


「女性は?」


「詳しくはお話しできませんが、命に関わるような状態ではありません」


「そうですか」


 透は少し安心した。


「ご協力ありがとうございました」


 警察官が帰る。


 ドアを閉めようとした。


 そのとき。


「――久世さん?」


 廊下から。


 別の声。


 透の身体が止まった。


 知っている声だった。


 顔を向ける。


 スーツ姿の男。


 榊原慎吾。


 その隣には、以前も一緒にいた若い刑事がいる。


「……」


「こんばんは」


 榊原が言った。


「こんばんは」


「通報者は、久世さんでしたか」


「はい」


 榊原は透の部屋番号を見る。


「上の階から女性の叫び声が聞こえたと」


「はい」


「今回の件を担当しているんですか?」


「近くにいたので、応援で来ただけです」


「そうですか」


 若い刑事が透を見る。


「久世さん、通報したんですよね」


「はい」


「また事件に遭遇しましたね」


 透の目が若い刑事へ向く。


「今回は遭遇していません」


「え?」


「音を聞いただけです」


「ああ。確かに」


 榊原は黙って二人の会話を聞いている。


「女性の叫び声が聞こえたので通報しました。それ以上は何もしていません」


「正しい判断です」


 榊原が言った。


「自分で様子を見に行かなかったのも」


「危険性が分からなかったので」


「合理的ですね」


「普通だと思います」


「そうですね」


 短い沈黙。


「では」


 榊原が軽く頭を下げる。


「ご協力ありがとうございました」


「はい」


 透はドアを閉めた。


     *


午後9時47分 廊下


「主任」


 高瀬が小声で言う。


「何だ」


「偶然ですよね」


「何が」


「久世さん」


「自宅の上で事件が起きたんだ。いるのは当然だろ」


「ですよね」


 二人は歩く。


「それに今回は何も変なこと起きてませんし」


「ああ」


「普通に通報しただけ」


「ああ」


 エレベーターを待つ。


 高瀬が笑う。


「じゃあ完全に偶然か」


 榊原は答えなかった。


「主任?」


「少なくとも、今回の件に久世を疑う理由はない」


「ですよね」


 エレベーターが開く。


 二人が乗る。


 扉が閉まる直前。


 榊原は透の部屋の方を見る。


 事件が起きた。


 久世透がいた。


 しかし。


 不可解な現象は起きなかった。


 だから何だ?


 久世が何もしなかった?


 違う。


 まただ。


 久世を答えにしてから。


 出来事の意味を考えている。


「……高瀬」


「はい」


「今日の件と9月12日の件は結びつけるな」


「分かってます」


「俺にも言ってる」


 高瀬が少し驚いた顔をする。


 扉が閉まった。


     *


午後10時02分


 透は机へ戻った。


 実験用品。


 ノート。


 金属球。


 箱。


 さっきまで。


 それしか考えていなかった。


 だが今は。


 別のことが頭にある。


 上の部屋。


 女性。


 男。


 自分は何もできなかった。


 いや。


 何もしなかった。


 それが正しかった。


 警察が来た。


 女性は無事。


 結果として。


 最善に近い。


 なのに。


「もし警察が間に合わなかったら?」


 透は呟いた。


 位置が分からない。


 見えない。


 対象を特定できない。


 だから能力は使えない。


 今日の実験結果。


『正しい位置情報が重要』


 これは。


 能力の限界だった。


 同時に。


 克服すべき課題にも見えた。


 透はノートを開く。


『未知位置の対象への干渉』


 書く。


 そして。


 止まった。


「違う」


 何のために克服する?


 実験のため?


 好奇心?


 それとも。


 次に同じことが起きたとき。


 誰かを助けるため?


 透はペンを置いた。


 答えは出さなかった。


     *


午後10時19分


 スマートフォンが震えた。


 澪。


『まだ起きてる?』


『起きています』


『さっきの論文、もう読んだ?』


『概要と実験条件は確認しました』


『早っ(笑)』


『興味深かったです』


『でしょ』


 透は画面を見る。


 入力中。


『久世さんが何調べてるのか、余計気になった』


 透の指が止まる。


『すみません』


『謝らなくていいって(笑)』


 続けて。


『でもさ』


『はい』


『昨日言ったことは本気だからね』


『一人で抱え込まないで、ですか』


『そう』


 透は。


 しばらく画面を見た。


 さっき。


 上の階で起きたこと。


 何もできなかったこと。


 警察。


 榊原。


 そして。


 自分では気づけない解釈。


 第三者による観察。


 今朝。


 話さないと決めた。


 その判断材料は。


 今も大きく変わってはいない。


 だが。


 別の問題が生まれていた。


 自分一人で。


 この能力を正しく理解できるのか。


『水城さん』


『なに?』


 透は文字を打つ。


 止める。


 消す。


 もう一度。


『今度、時間をもらえますか』


 既読。


『いいけど』


 数秒。


『相談の続き?』


『はい』


『分かった』


 さらに。


『今度はちゃんと聞けるやつ?』


「……」


 透は画面を見る。


 返信。


『そのつもりです』


 既読。


 今度は。


 少し長い間。


『了解(笑)』


 透はスマートフォンを置いた。


     *


午後10時31分


 川崎警察署。


 榊原慎吾は。


 帰る前に。


 昼間の転倒事故の記録をもう一度だけ開いた。


 9月12日。


 一人の男が。


 突然、身体をうまく動かせなくなった。


 9月27日。


 別の男が。


 突然、右足に力が入らなくなった。


 似ている。


 だが。


 似ているだけだ。


 二件目には。


 医学的な原因の可能性が十分にある。


 事件性もない。


 久世透との関連を示すものもない。


 だから。


 捜査対象にはしない。


 それでも。


 榊原は自分のメモ帳を開いた。


『9/27 転倒』


 その下。


『9/12とは分離』


『医学的原因を優先』


 さらに。


 一行だけ。


『同様の事象が繰り返される場合のみ再検討』


 榊原はメモ帳を閉じた。


     *


午後10時43分


 透はノートを開いていた。


『水城澪への情報開示』


 昨日から。


 何度も見ているページ。


『話す』


『話さない』


 二択。


 今朝は。


『話さない』


 を選んだ。


 透は。


 その文字を二重線で消した。


 代わりに。


『話す場合の条件』


 と書く。


 一。


『能力を見せる前に、知ったことで生じ得る危険を説明する』


 二。


『途中で断る権利があることを伝える』


 三。


『研究協力を当然のものとしない』


 四。


『人・動物への意図的損傷は禁止』


 五。


『能力について第三者へ話さないよう依頼する。ただし強制はできない』


 透は。


 最後の一行を見た。


 秘密を話す。


 それは。


 相手を秘密の中へ引き込むことでもある。


 なら。


 決めるのは。


 自分だけではない。


 透はページの一番下に書いた。


『水城さん本人に選んでもらう』


 ペンを置く。


 能力が発現してから。


 初めてだった。


 自分から。


 秘密を共有するための準備を始めたのは。

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