表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/75

49 

神殿へ戻る道すがら、王都の空気はまた少しずつ変わっていった。


白い石の静かな区画を抜け、今度はどこか張りつめた知性のようなものが漂う通りへ入る。


建物は神殿ほど白くはない。

けれど整っていて、無駄がない。


高い塔。

細長い窓。

壁面に刻まれた複雑な紋様。

道の端には、見たこともない金属の柱や透明な板が一定の間隔で立っていた。


「ここから先が魔導院区画」


レオンが振り返って言う。


「王都の結界管理と観測、魔導具の開発、資料保管なんかをやってる場所」


「ずいぶん広いんだな」


カイルが周囲を見渡す。


「王都そのものを支えてる部分があるからね」


レオンはさらっと答えた。


「目立つのは神殿とか王城だけど、実際は裏でこういうのがずっと動いてる」


ラティアは高い塔を見上げた。


窓の奥に、淡い光が見える。


人の気配も多いのに、中央通りとは違う騒がしさだった。


おしゃべりの音ではなく、筆を走らせる音、何かを動かす音、時々きんと澄んだ金属音が混ざる。


「落ち着かない?」


レオンの声がした。


ラティアは少し考えてから頷く。


「……ちょっと」


「神殿とは違う意味で、圧があるよね」


「圧?」


「見えないものが多い場所って、だいたいそう」


言いながら笑う。


でもその目は、ラティアの様子をちゃんと見ていた。


「今日は中まで入らなくてもいいんだけど」


「入るのか?」


カイルが聞く。


「少しだけ」


レオンは答える。


「温室の件、記録と照合したい。あと、結界線の資料も見たいし」


サラが頷く。


「神殿の記録だけでは限界がありますものね」


ユリスは短く言う。


「必要なら行く」


「冷たく聞こえて、ちゃんと付き合ってくれるの優しいよね」


レオンが軽く笑う。


ユリスは答えない。


カイルが横で肩を揺らす。


「今さらだな」


魔導院の正門をくぐると、正面の建物の前にいた若い魔導士たちが一斉にレオンを見た。


その中のひとりが、明らかにほっとした顔で駆け寄ってくる。


「レオンさん! やっと戻っ――」


言いかけて、ラティアたちに気づいて止まる。


視線が揺れる。


ユリスで止まり、サラとカイルに移り、最後にラティアに触れて、少しだけ戸惑う。


「……来客?」


「そう」


レオンは慣れた調子で答える。


「神殿からの流れ。資料室使う」


「は、はい。許可は下りてます」


「ありがと」


軽い。


けれど、その一言だけで相手がすぐ動く。


ラティアはその様子を見て、少しだけ目を丸くした。


レオンは本当に、ここでちゃんと立場があるのだ。


ただ明るく話しやすいだけじゃない。

この場所で信用されている。


「行こうか」


案内されて入った建物の中は、外よりもさらに静かだった。


床は濃い色の石。

壁には魔法陣の図や古い記号が額装されて並んでいる。

天井には光を集めるためらしい透明な板がはめ込まれていて、昼の光がやわらかく拡散していた。


ラティアは思わず足を緩める。


ここは神殿とはまた違う。


祈りの静けさではなく、考えるための静けさ。


何かを調べ、解き明かし、見えないものを掴もうとする空気がある。


「こっち」


レオンが先に立つ。


「資料室は二階」


階段を上る途中、ラティアの指先がわずかにざわついた。


何かある。


嫌な感じではない。

でも、落ち着かない。


上階の廊下を歩いていた、そのときだった。


ラティアの足が止まる。


「……あ」


前方の壁際。

古い金属台の上に、小さな透明の箱が置かれている。


中には、曇った石みたいなものが入っていた。


何でもないものに見える。


でも、ラティアには分かった。


その周りに、ほんの薄く黒い揺れがまとわりついている。


「どうした?」


レオンが振り返る。


ラティアはその箱を見たまま、小さく指を向けた。


「あれ……」


全員の視線がそちらへ向く。


「……変」


レオンの顔から軽さが消える。


すぐに近づき、箱を覗き込む。


「結界観測石だ」


「観測石?」


サラが問う。


「結界の乱れとか魔力の濁りを拾う補助具」


レオンの声が低くなる。


「なんでこんなとこに……」


「見えるのか」


ユリスがラティアに聞く。


ラティアは頷く。


「うっすら……黒いの、ついてる」


レオンは眉を寄せた。


「俺には分からなかった」


その一言は、ラティアにとって少し意外だった。


レオンは何でも分かるわけではない。


でも、だからこそその次の行動が速かった。


「触るな」


若い魔導士へ即座に指示を飛ばす。


「記録を止めろ。管理責任者呼んで。あと、この階の出入り制限」


「え、あ、はい!」


相手が駆けていく。


カイルが箱の位置を変えずに周囲を見回す。


「一個だけか?」


「今見える範囲では」


ラティアは息を整えながら周囲を探る。


「……でも、これ、外からついた感じじゃない」


「中から?」


サラが聞く。


ラティアはうまく説明できず、少しだけ眉を寄せた。


「たまってる、みたいな……」


レオンが箱の側面に刻まれた印を見て、小さく舌打ちした。


「補助線の観測用だ。王都の外縁結界と繋がってる」


カイルが低く言う。


「つまり、温室や門前の件と無関係じゃなさそうだな」


レオンは短く頷く。


「たぶん繋がってる」


ラティアはその観測石を見つめたまま、胸の奥がひやりとした。


門前。

温室。

神殿の地図。

そして魔導院の観測石。


点だった違和感が、線になり始めている。


「……広がってる」


小さく零れた声に、ユリスが視線を向ける。


ラティアは唇を引き結ぶ。


「王都の中……思ってたより、ずっと」


レオンが静かに息を吐いた。


「そうだね」


もう笑っていなかった。


「こっちは本格的に洗わないとまずい」


そのとき、廊下の奥から足音が近づいてくる。


管理責任者らしい年配の魔導士が、慌ただしく現れた。


「何事です!」


レオンはすぐに仕事の顔へ戻る。


「観測石に異常。記録封鎖して。神殿にも連携回す」


「観測石に……!?」


驚愕する相手をよそに、レオンは次々に指示を出していく。


その姿を見ながら、ラティアは少しだけ息を呑んだ。


頼れる。


昔を知る人。

やさしい人。

そして、王都でちゃんと戦っている人。


でも、その一方で。


廊下の端で何も言わず立つユリスの姿を視界に入れると、不思議と呼吸が整う。


レオンに対する胸の揺れとは、まるで違う。


その違いを、まだ言葉にはできない。


ただ、確かに違うとだけ分かる。


リュミが肩口でふわりと揺れた。


ラティアはそっと守り紐に触れる。


王都に来てから、世界は広がるばかりだ。


知らないもの。

懐かしいもの。

怖いもの。

落ち着くもの。


その全部の中で、何かが少しずつ動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ