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王都の石畳の上を、五人分の足音が重なる。


レオンが先に立って歩き出してから、道の流れは少し変わった。


中央通りの賑わいは相変わらずだったが、彼が前を行くと、不思議と迷いがない。

ただ王都に慣れているというだけではなく、この街の空気そのものを知っているような歩き方だった。


「こっち」


軽く振り返りながら、レオンが手で示す。


「神殿は中央区画の少し奥。王城と魔導院のちょうど間くらいにあるんだ」


「間?」


サラが小さく首を傾げる。


「そう」


レオンは歩調を緩めて答えた。


「王都って、見た目よりずっと区分けがはっきりしてるんだよ。商人が多い通り、貴族が通る通り、神殿側の静かな区画、魔導院の管理区域。慣れないとちょっと分かりづらいけど」


「なるほどな」


カイルが周囲を見回す。


「たしかに、同じ王都でも空気違うわ」


「でしょ?」


レオンが少し笑う。


「ここまでは人の流れが多いけど、もう少し行くと神殿の管轄が強くなるから、急に静かになるよ」


ラティアはその会話を聞きながら、少しだけレオンの背を見ていた。


よく喋る。


昔の記憶の中でも、たしかにこういう人だった気がする。


次々に言葉が出てくるのに、うるさい感じはしない。

相手が答えやすいように話して、必要なら自然に説明を足してくれる。


昔も、こんなふうだっただろうか。


思い出そうとすると、胸の奥が少しだけ痛んだ。


「どうした?」


不意に、レオンが横を向く。


視線が合って、ラティアは少し肩を揺らした。


「え……」


「難しい顔してた」


レオンは軽く笑う。


「王都、やっぱ疲れる?」


問いかけはやわらかい。


責めるでも、踏み込むでもなく、答えられる範囲でいいと言ってくれているみたいな言い方だった。


ラティアは少しだけ迷ってから、小さく頷いた。


「……つかれる」


「だよね」


あっさり返ってくる。


「人多いし、音も多いし、初日はだいたいみんなそんな感じ」


「みんな?」


「うん。地方から来た魔導院の見習いとか、神殿に上がってきた子とか。王都って慣れるまでは結構しんどいんだよ」


そう言ってから、レオンは少しだけ目を細めた。


「最初よりは歩けてるけど」


ラティアは目を瞬いた。


「……わかるの?」


「わかるよ」


レオンは笑う。


「さっきより、肩に力入ってない」


その言葉に、ラティアは思わず自分の肩を意識した。


たしかに、門をくぐった直後よりは少しだけ息がしやすい。


それはきっと、慣れてきたからだけではない。


前を歩くユリスの背中が視界に入っているからだ。


人波の向こうで見失わないようにと意識するだけで、足元が少しだけ安定する。


ラティアはそのことを口にできず、ただ小さく視線を落とした。


「無理して喋らなくていいからね」


レオンがさらっと言う。


「案内は俺がするし、分かんないことは後で聞けばいい」


「……うん」


答えると、レオンはそれ以上は追わなかった。


その距離感に少しだけほっとする。


けれど、次の瞬間。


「右」


低い声が前から落ちた。


ユリスだった。


ラティアがはっと顔を上げる。


前から、幅の広い荷車が二台並んで来ていた。

人の流れが一気に狭まる。


言われるままに右へ寄ると、ちょうど人の少ない隙間ができる。


ユリスは振り返らない。

けれど、ラティアがその位置へ収まるのを確かめたみたいに、ほんの少しだけ歩調を緩めた。


レオンがその背を見て、わずかに目を細める。


「……相変わらずだなあ」


小さく呟くような声。


「なにが?」


カイルが聞く。


「いや、別に」


レオンはすぐに笑ってごまかした。


ラティアはなんとなくそのやり取りを聞いていたけれど、意味までは分からなかった。


やがて中央通りを外れると、本当に空気が変わった。


喧騒が少しずつ遠のく。


道幅は広いままなのに、人の声が減り、足音まで静かに響くようになる。


白い石造りの建物が増えた。

建物の壁には神殿の紋章や、古い祈りの文様が彫られている。


開いた窓から流れてくる香の匂いも、通りの食べ物の匂いとはまるで違った。


「ここから先は神殿区画」


レオンが言う。


「私語が禁止ってほどじゃないけど、みんなちょっと静かになる」


「なるほどな」


カイルが鼻を鳴らす。


「たしかに、さっきより騒ぐ気にならん」


サラは周囲を見渡し、小さく息をついた。


「空気が澄んでいますね」


「神殿側は結界の手入れがこまめだから」


レオンが答える。


「気休めじゃなくて、本当に空気が違うんだよ。敏感な人だとすぐ分かる」


その言葉に、ラティアの指先がほんの少しだけ揺れた。


たしかに違う。


ただ静かなだけじゃない。


白く整えられた空気の下に、何かを隠しているような張りつめ方がある。


きれいなのに、どこか息を潜めているみたいだった。


「……ラティア?」


サラが静かに声をかける。


ラティアははっとする。


「え?」


「少し顔色が」


「だいじょうぶ」


反射みたいに答えてから、自分で少しだけ止まる。


無理なら言え。


昨日から何度も言われた言葉が、胸の奥で引っかかった。


ラティアは小さく息を吸った。


「……ちょっと、緊張してる」


言い直すと、サラがやわらかく頷く。


「それで十分です」


レオンも軽く笑った。


「むしろその方が安心する。王都の神殿って、慣れてない人にはちょっと威圧感あるし」


「お前はないのか」


カイルが聞く。


「俺?」


レオンは肩をすくめた。


「あるよ。最初は普通に怒られたし」


「怒られたのかよ」


「魔導院の人間ってだけでちょっと警戒されることもあるしね」


その返しに、サラがふっと微笑む。


「少し分かります」


「ひどくない?」


「事実でしょう?」


そんなやり取りが交わされるうちに、ラティアの肩の力がほんの少し抜けた。


少しだけ、笑いそうになる。


その時だった。


神殿へ続く広い階段の下に、白衣姿の若い神官が一人立っているのが見えた。


こちらに気づくと、顔色を変える。


「レオン様!」


駆け下りてきた神官は、息を整えるのもそこそこに頭を下げた。


「お待ちしておりました。門前の件で、神殿長補佐がお話を」


レオンの表情が、少しだけ変わる。


さっきまでの軽さは残っている。

けれどその奥に、仕事の顔が差した。


「もう話通ってるんだ」


「はい。ベネディクト子爵家からも使いが来ております。それと……」


神官はそこで一瞬だけラティアを見た。


迷うような、測るような視線。


ラティアの胸が小さく鳴る。


神官はすぐに目を伏せた。


「門前で令嬢をお救いした方にも、できれば同席をと」


空気が少しだけ張る。


ラティアは思わず守り紐に触れた。


まだ神殿の中にも入っていないのに、もう“見られている”気がした。


「俺たち全員か?」


カイルが聞く。


「はい」


神官は緊張した面持ちで頷いた。


「勇者様ご一行として、神殿でも正式に応対いたします」


「仰々しいな」


カイルが小さく呟く。


レオンはその言葉に苦笑してから、ユリスを見る。


「……ってことらしい」


ユリスは短く答えた。


「分かった」


それだけ。


でも、その一言で話が進む空気になる。


神官も明らかにほっとした顔をした。


レオンは少しだけ振り返って、ラティアを見る。


「入れそう?」


やわらかな声だった。


答えを急がせない、確認の声。


ラティアは神殿の白い階段を見上げる。


高い。

静か。

逃げ場が少なそうに見える。


胸の奥が少しだけざわつく。


でも、ここまで来た。


門前の件も、自分に無関係ではない。

それに——前には、ユリスがいる。


ラティアは小さく息を吸った。


ひとつ。

ふたつ。

みっつ。


吐く。


「……いける」


声は小さい。

それでも、ちゃんと出た。


ユリスがほんの少しだけ振り返る。


視線が合う。


何も言わない。


けれど、その目が静かに「来い」と告げている気がした。


ラティアはこくりと頷く。


レオンはそれを見て、ふっと笑った。


「じゃあ決まり」


そう言って階段の方へ向き直る。


「案内お願い」


「は、はい」


神官が先に立つ。


ユリスがその後を歩き出す。

ラティアも続く。


そのすぐ横にサラ。

少し後ろにカイル。

そしてレオンが、さりげなく最後尾に回った。


前にも後ろにも人がいる形。


囲まれている、というほどではない。

けれど自然に逃げ道がある配置で、ラティアは少しだけ息をつきやすくなる。


一段。

また一段。


白い石の階段を上るたび、王都のざわめきが遠ざかっていく。


その代わりに、静かな緊張が近づいてくる。


門前の異変は、もうただの偶然ではない。


王都の神殿も、魔導院も、貴族家も、すでに動き始めている。


そして、その中心に自分も立たされようとしているのだと、ラティアははっきり感じていた。


白い大扉の前で、神官が立ち止まる。


ゆっくりと扉が開く。


冷たい香の匂いが流れ出た。


ラティアは小さく息を呑む。


そのとき。


前を行くユリスの足が、ほんの一瞬だけ止まった。


完全に振り返るわけではない。

けれど、ラティアがついてきているか確かめるみたいな間だった。


それだけで、胸の奥のざわめきが少し静まる。


ラティアは守り紐をそっと握り直した。


大丈夫。


そう言い切れるわけじゃない。


けれど、歩ける。


白い扉の向こうへ、五人は足を踏み入れた。

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