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村を離れてしばらくすると、道はゆるやかに森を抜け、ひらけた街道へと変わっていった。


朝の光はすっかり高くなり、空は澄んだ青に染まっている。


道の両脇には低い草原が広がり、その先にまばらな林が続いていた。


遠くには、まだ白く雪をかぶった山並みが見える。


ラティアは歩きながら、何度も後ろを振り返りそうになるのをこらえていた。


村はもう見えない。


でも、胸元の花束と髪の守り紐が、そこにあったものをちゃんと残してくれている気がした。


「疲れてないか」


前を歩いていたユリスが、少しだけ振り返って言った。


ラティアははっとする。


「だ、大丈夫」


そう答えたものの、視線はついあちこちへ向いてしまう。


道。

草。

空。

遠くを飛ぶ鳥。


全部が気になる。

全部が初めてに近い。


カイルがそんなラティアを見て笑った。


「ほんと忙しそうだな」


「だって……」


ラティアは少しだけ頬を膨らませる。


「外って、ずっと変わる」


サラがやわらかく微笑んだ。


「結界の中とは、時間の流れ方も違いますからね」


ラティアは足元の草を見た。


風が吹くたびに、ざあっと揺れる。

踏めばしなる。


同じ緑でも、春の結界の草とは少し違う。


「……落ち着かないけど」


ぽつりと呟く。


「おもしろい」


カイルが肩をすくめる。


「順応早いな」


ラティアは少し考えてから、首を振った。


「ううん。まだ、こわい」


正直に言う。


「でも、見たい」


その言葉に、ユリスがほんのわずかに目を細めた。


サラは嬉しそうに頷く。


「それでいいと思います」


街道はしばらく穏やかに続いた。


途中、荷馬車とすれ違う。


商人らしい男たちが、勇者一行だと気づいて慌てて頭を下げていった。


そのたびラティアは少し肩を揺らす。


「……見られた」


「見られるだろ」


カイルが当然のように言う。


「勇者様がいるんだからな」


ラティアはちらっとユリスを見る。


ユリスは前を向いたままだ。


何も気にしていないように見える。


「ユリスって、いつもああなの?」


「いつもだな」


カイルが即答する。


「見られても騒がれても、だいたい同じ顔してる」


「便利ですね」


サラがくすりと笑う。


ユリスは小さく息を吐いただけだった。


ラティアは少しだけ感心したように、その横顔を見る。


同時に、少しだけ不思議に思う。


(……どうしたらあんなに落ち着いていられるんだろ)


自分は、まだ胸の中がずっと忙しいのに。


しばらく歩いたころ、道端に大きな石があった。


平らで、腰を下ろすのにちょうどいい形をしている。


カイルが足を止めた。


「少し休むか」


サラも頷く。


「次の宿場までもう少しありますしね」


ラティアはほっと小さく息をついた。


正直、少しだけ足が重くなっていた。


座ると、草の匂いが近くなる。


風は涼しく、空は高い。


こんなふうに外で休むのも初めてだった。


ラティアは胸元の花束をそっと膝に置く。


少しだけ花びらが揺れた。


そのとき、ユリスが水筒を差し出した。


「飲め」


ラティアは目を瞬く。


「……いいの?」


「お前に出している」


いつもの調子だった。


ラティアはおそるおそる受け取る。


口をつけると、ひんやりした水が喉を落ちていった。


「……おいしい」


「水だぞ」


カイルが笑う。


ラティアは真面目に頷いた。


「外で飲むと、なんか違う」


サラが楽しそうに目を細める。


「それは少し分かります」


ラティアは水筒を返しながら、小さく言った。


「ありがとう」


ユリスは短く頷くだけだった。


でも、ラティアの胸の奥はその一言で少しだけあたたかくなる。


休憩のあいだ、カイルは弓の弦を確かめ、サラは地図を広げていた。


ユリスは道の先を見ている。


ラティアだけが、空を見上げていた。


白い雲が、ゆっくり流れていく。


春の結界の空より、ずっと広い。

ずっと高い。


「……王都も、こんな空?」


ぽつりと聞く。


サラが地図から顔を上げた。


「空は同じでも、見え方は違うかもしれませんね」


少し笑う。


「人が多いからか」


カイルが言う。


「建物も多いしな」


ラティアは想像してみる。


たくさんの人。

家々が並んで、音も絶えない町。


胸が少しだけざわついた。


けれど、そのざわつきは前よりも少しやわらかい。


怖さだけじゃなくなっている。


そのとき、不意に風が強く吹いた。


ラティアの髪が揺れ、守り紐が頬をかすめる。


それと同時に、膝の上の花束がふわりと傾いた。


「あ」


落ちる、と思った瞬間。


隣から伸びた手が、それを先に支えた。


ユリスだった。


花束を受け止め、そのままラティアへ返す。


「気をつけろ」


低い声。


ラティアは花束を受け取りながら、小さく息を呑んだ。


「……うん」


ほんの一瞬のことなのに、胸の奥が落ち着かない。


さっきまで穏やかだったのに、急に熱くなる。


カイルがその様子を見て、にやにやした。


「大事そうだな、それ」


ラティアは反射的に花束を抱き寄せる。


「だって、もらったから」


「へえ」


「なに」


「別に」


絶対何か思っている顔だった。


サラが苦笑する。


「カイルは放っておきましょう」


ラティアは小さく頷いた。


でも、花束を抱える腕の力は少しだけ強くなる。


しばらくして、ユリスが立ち上がった。


「行くぞ」


短い一言。

それだけで、休憩は終わる。


ラティアも立ち上がる。


さっきより足は軽い。


街道はまだ続いている。

王都は遠い。


でも、その道のりはもう、ただ怖いだけのものではなかった。


一歩進むたびに、新しい景色がある。

新しい匂いがある。

知らなかった世界がある。


そして、その隣には――


振り返ればちゃんと三人がいる。


ラティアは小さく息を吸った。


「……がんばる」


誰に向けたわけでもない、小さな声。


けれど、その声を聞いたのか、ユリスがわずかに振り返った。


「無茶はするな」


短く落ちる言葉。


ラティアは少しだけ笑う。


「うん」


その返事は、昨日より少しだけ自然だった。


四人はまた歩き出す。

王都へ続く道を。


その先に見えるのは、まだ遠い宿場町の屋根。


ラティアの旅は、少しずつ形になり始めていた。

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