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祭りの賑わいは、少しずつ穏やかになっていた。
広場のあちこちに残る笑い声も、焚き火の音に溶けるように小さくなっている。
提灯の灯りが、夜風に揺れた。
ラティアは広場の端の長椅子に座っていた。
両手の中には、小さな包み。
さっきユリスが買ってくれた守り紐だ。
何度も包みを開いては、そっと紐を撫でる。
白い糸に、薄い金色と若草色が編み込まれている。
春の結界みたいな色。
見ているだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
「気に入ったのですね」
やさしい声がして、ラティアは顔を上げた。
サラだった。
手には温かな飲み物の入った木のカップを二つ持っている。
「はい」
そう言って、一つを差し出してくれる。
ラティアは慌てて受け取った。
「ありがと……」
サラは隣に腰を下ろす。
しばらく二人で、静かな夜の音を聞いていた。
焚き火のはぜる音。
遠くの笑い声。
どこかで食器が触れ合う、小さな音。
ラティアはカップを両手で包んだまま、ぽつりと呟く。
「……きれい」
視線は守り紐に落ちている。
サラは微笑んだ。
「ええ。ラティアさんに似合いそうです」
ラティアは少し照れたように目を伏せる。
「でも……」
言葉が途切れる。
「でも?」
サラがやさしく促す。
ラティアは守り紐を指先でつまんだ。
「こういうの、もらったことなくて」
サラは静かに聞いている。
「うれしいけど……なんか、落ち着かない」
小さな声。
自分でも変だと思う。
嫌じゃない。
むしろ、大事にしたい。
なのに胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
サラはその言葉に、くすりと笑った。
「落ち着かないのに、嬉しいんですね」
ラティアは少し考えてから、こくりと頷く。
「……うん」
サラはラティアの手元を見た。
「つけてみますか?」
ラティアが目を瞬く。
「え」
「守り紐ですもの。しまっておくだけでは、もったいないでしょう?」
ラティアはおそるおそる紐を見る。
「でも……どうやって?」
サラは自然に手を差し出した。
「貸してください」
ラティアは包みを開いて、そっと守り紐を渡す。
サラはそれを指にかけ、少しだけ考えるように眺めた。
「手首でもいいですけれど……」
そう言って、ラティアの顔を見る。
「髪に結ぶのも似合いそうですね」
ラティアは思わず自分の髪に触れた。
「髪……」
「ええ」
サラがやわらかく笑う。
「少し失礼しますね」
ラティアはこくりと頷いた。
サラは長椅子から少し立って、ラティアの後ろへ回る。
指先がそっと髪に触れた。
やさしい手つきで、銀の髪をひと房すくう。
ラティアは少しだけ肩をすくめる。
「冷たいですか?」
「ううん……」
サラの手はあたたかい。
不思議と落ち着く。
守り紐が髪に結ばれていく感触。
きゅ、と小さく結び目が整えられる。
「……できました」
サラが前へ回り込む。
「どうですか?」
ラティアはきょとんとして、それから近くの鏡代わりの磨かれた金属板に映る自分を見た。
銀の髪に、淡い色の紐。
派手ではない。
でも、ちゃんとそこにある。
春の名残みたいに。
「……あ」
小さく声が漏れる。
「へんじゃない?」
サラは即座に首を振った。
「とても似合っています」
ラティアはもう一度、自分の姿を見る。
その紐を見るたびに、あのときのことを思い出す。
屋台の灯り。
老婆の声。
そして、何も特別なことみたいにせず代金を置いたユリスの横顔。
胸の奥が、また少しだけざわついた。
「……ラティアさん?」
サラの声に、はっとする。
「あ……ご、ごめん」
「いえ」
サラは少し楽しそうに目を細めた。
「誰のことを考えていたのかは聞きませんけど」
ラティアの顔が一気に熱くなる。
「ち、違う!」
反射的に否定してから、自分でさらに赤くなる。
サラは声を立てずに笑った。
「はいはい」
その声音がやさしくて、ラティアは余計に恥ずかしくなる。
カップを持ち直し、少しだけ俯いた。
「……ただ、もらったことなかったから」
ぽつりとそう言うと、サラは穏やかに頷いた。
「大事にしたくなりますよね」
「……うん」
ラティアは髪に結ばれた守り紐に、そっと触れる。
軽い。
でも、そこにあると不思議と心強い。
「旅に出る人に持たせるもの」と老婆は言っていた。
帰るためのもの。
その意味を思い出すと、胸の奥がまたあたたかくなった。
そのとき。
「何をしている」
低い声がした。
ラティアが顔を上げる。
ユリスだった。
いつの間にか、少し離れたところに立っている。
サラがにっこり笑った。
「守り紐を結んでいたんです」
ユリスの視線がラティアへ向く。
銀の髪。
そこに結ばれた、淡い色の紐。
視線が守り紐に落ちて、それからラティアの顔へ戻る。
ラティアはなぜか落ち着かなくなって、思わず背筋を伸ばした。
「……へん?」
思わず聞いてしまう。
ユリスは数秒、黙って見ていた。
その沈黙がやけに長く感じる。
やがて、短く言った。
「いや」
それだけ。
それだけなのに。
胸の奥が、ふっと軽くなる。
「似合っている」
ラティアは固まった。
サラが隣で小さく笑う気配がする。
顔が熱い。
たぶん、耳まで赤い。
「……そ、そう」
やっとそれだけ返す。
ユリスはそれ以上何も言わない。
だが、そのまま視線を逸らしたのが、なぜか少しだけずるいと思った。
サラが立ち上がる。
「それでは私は、少し村長さんのところへ行ってきますね」
あからさまに気を遣うような声音だった。
ラティアが止める間もなく、サラはにこにこと去っていく。
残されたのは、ラティアとユリス。
焚き火の音が、少しだけ大きく聞こえた。
ラティアはカップを持ち直す。
何か言わなきゃ、と思うのに、うまく出てこない。
結局、やっと口にできたのは――
「……ありがと」
小さな声だった。
ユリスが見る。
「守り紐」
ラティアは髪に触れる。
「……うれしかった」
ユリスは少しだけ目を細めた。
「そうか」
また、それだけ。
でも。
その短い言葉が、なぜか一番ほしかった返事みたいに感じた。
広場の灯りが揺れる。
祭りの夜は、まだ終わらない。
けれどラティアの胸の中には、それとは別の小さな灯りが、静かにともってい




