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広場へ戻ると、祭りの空気はすっかり落ち着きを取り戻していた。
焚き火の炎が赤く揺れ、
提灯の灯りが夜にやわらかく滲んでいる。
村人たちはまだどこか興奮気味だったが、さっきまでの怯えはもうない。
笑い声が戻り、子どもたちがまた走り回り始めていた。
ラティアはその様子を見て、ほっと息をつく。
「大丈夫そうだな」
カイルが串を片手に言う。
サラも頷いた。
「ええ。皆さん、もう安心したみたいです」
ラティアは焚き火の光を見つめながら、小さく呟く。
「……よかった」
その声は、いつもより少しやわらかかった。
カイルがそんなラティアを見て、にやっと笑う。
「初外界、初祭り、初魔物退治」
指を折って数える。
「なかなか濃い一日だな」
ラティアは少し考えてから、真面目に頷いた。
「……うん」
サラがくすりと笑う。
「それでも泣かずにここまで来たんですから、立派ですよ」
ラティアは照れたように視線を逸らした。
そのとき。
「勇者様!」
また別の村人に呼ばれて、ユリスがそちらへ向いた。
年配の男が酒の入った杯を差し出している。
「一杯どうです!」
ユリスは短く断った。
「遠慮する」
「そう言わずに!」
カイルが横から勝手に受け取る。
「じゃあ俺がもらっとく」
「お前じゃねえ!」
広場のあちこちで笑いが起きる。
ラティアもつられて、ふっと笑った。
すると、視界の端に小さな屋台が見えた。
木の机の上に、色とりどりの紐や布飾りが並んでいる。
花の形の飾り。
編まれた腕輪。
小さな鈴のついた紐。
ラティアは目を留めた。
「……あれ」
サラが気づく。
「気になりますか?」
ラティアは少し迷ってから頷いた。
「……うん」
言ったものの、すぐには動けない。
見たい。
でも、勝手に見ていいのか分からない。
そうして立ち尽くしていると、横から低い声が落ちた。
「行けばいい」
ユリスだった。
いつの間にか戻ってきていたらしい。
ラティアは少し驚く。
「え?」
「見たいんだろう」
ラティアは一瞬だけ言葉に詰まって、それからこくりと頷いた。
ユリスはそのまま屋台の方へ歩き出す。
「……来い」
短い一言。
ラティアは慌ててそのあとを追った。
屋台の前に立つと、老婆がにこにこと笑った。
「おや、かわいいお嬢さんだねえ」
ラティアは少し身を縮める。
老婆は机の上の飾りを指した。
「どれでも見ていきな」
ラティアはそっと手を伸ばす。
花の形に編まれた淡い緑の飾り。
小さな銀の鈴がついた紐。
春の花の色に似た刺繍の布留め。
「……きれい」
思わず漏れた声に、老婆がうれしそうに笑う。
「そりゃよかった」
ラティアは一つひとつ、まるで宝物を見るみたいに眺めた。
その横で、ユリスは黙って立っている。
急かさない。
ただ、待っている。
その静けさが不思議と心地よくて、ラティアは少しずつ肩の力を抜いた。
やがて、ひとつの細い紐の前で手が止まる。
白い糸に、薄い金色と若草色の糸が編み込まれている。
派手ではない。
でも、春の結界を思わせる色だった。
「……これ」
小さく呟く。
老婆が頷く。
「守り紐だよ」
ラティアが目を瞬く。
「まもり……」
「旅に出る人に持たせたりするんだ」
老婆は優しく笑った。
「無事に帰ってこられるようにってね」
ラティアの指先が、そっとその紐に触れる。
帰る。
その言葉に、胸の奥がかすかに揺れた。
春の結界。
フロス。
精霊たち。
帰る場所。
ラティアはしばらく、その紐を見つめたまま動かなかった。
すると、横から手が伸びた。
ユリスだった。
何も言わずに、代金を置く。
ラティアがはっと顔を上げる。
「え」
老婆はもう紐を布に包み始めている。
「ありがとうございますよ、勇者様」
「待って」
ラティアが慌てる。
「だ、だめ」
ユリスはラティアを見る。
「なぜだ」
「だって……」
ラティアは言葉に詰まる。
もらう理由が分からない。
こんなきれいなものを、自分が受け取っていいのかも分からない。
「ほしいと思ったんだろう」
ユリスの声は淡々としている。
「なら持っていればいい」
それだけ。
まるで当然のことのように言う。
ラティアは何も言えなくなった。
胸の奥が、ふわりと熱くなる。
老婆がにこにこしながら包みを差し出す。
ラティアはおそるおそる受け取った。
軽い。
でも、なぜかとても大事なものみたいに感じる。
「……ありがとう」
小さな声。
ユリスは短く返した。
「旅に要るものだ」
ラティアは包みを両手で包み込む。
そのとき、後ろからカイルの声が飛んできた。
「おいおい」
にやにや笑いながら近づいてくる。
「何ちゃっかり買ってやってんだ勇者様」
ラティアの肩がぴくっと揺れる。
ユリスは眉ひとつ動かさない。
「必要なものだ」
「守り紐が?」
カイルがにやにやする。
「へえー」
サラも後ろでくすりと笑った。
「素敵ですね」
ラティアの顔が一気に熱くなる。
「ち、違うの」
何が違うのか、自分でもよく分からない。
ただ、恥ずかしい。
カイルは楽しそうに肩をすくめた。
「まあいいや。似合いそうだしな」
ラティアは包みをぎゅっと握った。
そっとユリスの方を見る。
本人はもう広場の別の方を見ていて、何事もなかったように静かだ。
でも。
その横顔を見ていると、また胸の奥がざわついた。
嫌じゃない。
むしろ、あたたかいのに落ち着かない。
ラティアはそっと包みを胸元に寄せた。
サラがやさしく覗き込む。
「あとで結んでみますか?」
ラティアはこくりと頷く。
「……うん」
提灯の灯りが揺れる。
焚き火の音が、静かな夜に混ざる。
村の祭りはまだ続いている。
けれどラティアの胸の中では、さっきとは少し違う灯りがともっていた。
それはまだ小さくて、名前もつかない。
でも確かに、あたたかかった。




