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黒い魔物が跳んだ。


一直線に——ラティアへ。


「下がれ」


低い声。


次の瞬間、銀の閃光が走った。


ユリスの剣だった。


踏み込み。


一閃。


空気を裂く音とともに、黒い影が真っ二つに断ち切られる。


「グァァァ——!!」


悲鳴のような唸り声。


裂かれた体が空中で崩れ、黒い霧となって広場に散った。


だが——


消えない。


地面に落ちた黒い霧が、ぬるりと蠢く。


ぐにゃり、と形を変える。


腕。


爪。


歪んだ顔。


カイルが素早く前へ出た。


弓を構える。


番えた矢に、青白い火花が散った。


ばちっ、と小さな雷音が鳴る。


弦を引く指先から、雷の魔力がするすると矢へ流れ込んでいく。


矢尻が淡く発光した。


「……気味の悪い相手だな」


低く呟き、放つ。


「——雷穿らいせん


ヒュンッ——!


矢は夜気を裂き、一直線に黒い霧の中心へ飛ぶ。


その軌跡に、青白い雷光が尾を引いた。


着弾——同時に、雷が弾ける。


バチィッ!!


「グァァッ!」


黒い霧が激しく痙攣した。


闇の表面を這うように稲妻が走り、霧の奥に隠れていた核めいた揺らぎを一瞬だけ浮かび上がらせる。


だが——


やはり消えない。


散った霧が、またぬるりと集まり始める。


カイルが眉をひそめた。


「まともな魔物じゃねえ!」


サラが祈祷書を開いた。


「完全な魔物ではありません!」


冷静な声。


「魔力そのものです!」


黒い霧が再び集まる。


ゆらゆらと揺れながら、また“形”を作る。


赤い目が光った。


その視線は——


ラティア。


ラティアの背筋が凍る。


(……なんで)


魔物が低く唸る。


「……ァ……」


壊れた声。


次の瞬間。


影が弾けた。


黒い残滓が、四方から一斉にラティアへ襲いかかる。


「来るぞ!」


カイルが立て続けに矢を放つ。


一射。


二射。


三射。


「——雷穿」


「——雷穿」


「——雷穿」


放たれるたび、矢にまとわりついた雷光が鋭く唸る。


ヒュン、ヒュン、ヒュン——!


青白い閃きが夜を走った。


矢が残滓に突き刺さるたび、ばちばちと雷が弾け、黒い霧を引き裂く。


闇の輪郭が揺らぐ。


隠れていた核がちらつく。


「散れよ……!」


カイルの声とともに、さらに雷が走る。


矢から迸った稲妻が霧の内部を駆け巡り、形を保とうとする魔力を無理やり暴いていく。


だが、散った先からまた集まる。


止まらない。


ユリスが前へ出る。


踏み込み。


回転。


剣が唸る。


二閃。


三閃。


銀の軌跡が夜を裂き、カイルの雷が暴いた核を正確に断ち切っていく。


「グアァァ!!」


だが、それでも消えない。


斬られた黒い霧が空中で震え、


次の瞬間、一斉に——


ラティアへ向かった。


「……っ!」


ラティアの胸が強く脈打つ。


怖い。


でも、それだけじゃない。


胸の奥がざわつく。


呼ばれている。


吸い寄せられる。


(……だめ)


ラティアの手に光が滲む。


無意識に魔力が溢れかける。


空気が震えた。


広場の灯りがびり、と揺らぐ。


村人たちが悲鳴を上げる。


サラが息を呑む。


「ラティアさん——!」


その瞬間。


手首を、強く掴まれた。


「落ち着け」


低い声。


ユリスだった。


ラティアの呼吸が止まる。


ユリスの手は温かく、しっかりしている。


逃げ場を塞ぐようでいて、


暴れないように支える強さだった。


「深呼吸」


短い命令。


ラティアの胸が上下する。


言われるまま、息を吸う。


ゆっくり。


吐く。


胸の奥のざわつきが、少しずつ静まっていく。


溢れかけた光が弱まる。


ユリスの声がもう一度落ちる。


「大丈夫だ」


静かな断言。


「俺がいる」


その言葉が落ちた瞬間、


ラティアの力は、すっと収まった。


ラティアの魔力は心と繋がっている。


だから——


安心すると、落ち着く。


ラティアは小さく頷いた。


「……うん」


その瞬間。


残った黒い霧が最後の形を作る。


歪んだ影。


壊れかけた顔。


だが——


弱い。


カイルがすっと息を整えた。


弓を引く。


今度の矢に宿る雷は、先ほどよりも濃かった。


矢尻に集まった青白い光が、ばち、ばち、と鋭く爆ぜる。


弓弦にまで雷光が走り、周囲の空気がひりついた。


「——見えた」


狙うのは、残滓の中心。


幾度散っても消えない、核の一点。


カイルが低く告げる。


「——紫電一矢しでんいっし


指が離れる。


ヒュンッ——!


放たれた矢は、まるで稲妻そのものだった。


一直線に闇を裂き、黒い核を射抜く。


着弾と同時に、激しい雷光が弾けた。


バギィッ!!


「グァァァッ!」


残滓が大きくのけぞる。


黒い霧が悲鳴のように震えた。


核が露わになる。


そこへ、ユリスが踏み込む。


一歩。


二歩。


剣が振り上がる。


「——消えろ」


低い声。


次の瞬間、銀の斬撃が夜を裂いた。


黒い残滓が真っ二つに断たれる。


霧が弾ける。


ばらばらになった闇が、今度こそ光の粒となって空へ散っていった。


完全な沈黙。


広場の空気が、ゆっくり戻る。


カイルが弓を下ろし、息を吐く。


「……終わりか」


サラは小さく祈りを捧げた。


「消えました」


遠くで村人たちがざわめいている。


誰も近づいてこない。


ラティアは、さっき掴まれていた手首を見た。


まだ温かい。


胸の奥が、不思議と落ち着いている。


カイルがにやっと笑った。


「勇者様、かっこよすぎだろ」


ユリスは剣を収める。


「残滓だ」


短く言う。


「完全な魔物じゃない」


サラが頷いた。


「魔王の魔力の残り香ですね」


ラティアの背中に冷たいものが走る。


(……残り香)


あの遺跡。


あの焦げ跡。


やっぱり——


あのとき消し飛ばしたものは、ただの魔物じゃなかった。


ユリスがラティアを見る。


「もう大丈夫か」


ラティアは小さく頷いた。


「……うん」


少し間が空く。


カイルが笑う。


「祭りで魔物退治とか、派手すぎる歓迎だな」


サラもくすくす笑う。


「忘れられない夜になりそうです」


広場の灯りが揺れる。


ざわめきが少しずつ戻ってくる。


ラティアは空を見上げた。


胸の奥は、まだ少しだけざわついている。


でも。


さっきほどじゃない。


ユリスが近くにいるだけで、少し落ち着く。


ラティアは小さく息を吐いた。


(……外の世界)


やっぱり。


簡単じゃない。


でも——


怖いだけじゃなかった。


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