凋落 1
まさしく…神話の中の、何度も幼き頃に聞かされた…
あの、軍神様だった…
荒ぶる我等の、最強の呼び声も高き鬼らが、
寄ってたかって攻撃したが、ただの一つも、一度も当たらず…
小さな傷一つとさえ与えられず、
あろうことか、皆が軍神様の一撃の下に、呆気なく沈みよった…
軍神が纏いし、あの恐ろしき漆黒の炎…
あれからは決して逃れられぬ…
恐ろしいほど濃厚な、まるで死の様な空気が立ち込めていた…
しかもだ、まさか竜種に頼まれて?
故にわざわざ自らやって来たと…
仮にも竜種だぞ…
決して、矮小なる人間如きに、
頭など、下げる様な生き物では、断じて無い…
それが、まさしく頭を下げたのだとすれば…
竜種さえも凌駕する、この地上における、
武の、頂点であるという事だ。
アザゼルも含め、タカマ=ガハラには、
我等の一部も参戦していた…
幸か不幸か、本殿とは相当離れた場所にいて、
結果、それで命拾いしただけだった…
それでも、突如落ちてきた海に飲み込まれて、数名は命を落としたのだ…
まさか山の上で、水のない場所で溺れたのだと。
聞きしにまさる、まさしく惨劇のその真ん中には…
軍神様が降臨したのだと…
そこでは剣の神も盾の神も、
まさしく、全くの無力…ただの一撃の下に、天に還ったと…
あれ程の武をもっていながらも、軍神様には手も足も出なかったそうだ…
大きな岩が突如落下したり、竜巻が起きたり…
生き残りが口々に言っていた嘘のような戯言は…どれもすべて事実だった…
アザゼルは強い、お世辞抜きにも、歴代の鬼族に於いても、
こと戦闘においては傑出した存在だ。
しかし…精神面においては、まだまだ未熟であるのは否めない。
戦闘力と政治は、全くの別物だからな。
他の…マステマも含め、同世代の連中も同様だ…
今の若い連中では、残されし一族の命の価値を知り、
そのうえで我等全体の舵取りなど…
そもそも荷が重いのだろうな…
戦闘だけなら、そこになんの問題も無い。そもそも、我等の力をもってすれば、最初の勢いだけでも既に、大方決着が見えた…
なにも考える必要さえ無かった…
闘って勝ち、食料を奪い、喰らい、眠る。それだけの毎日…
アーマ軍が実質瓦解したあとは、傭兵の仕事はほぼ消えた。
ズク族との対立こそが、我等の唯一の収入源だったが、
大規模な戦闘自体、もう無くなっているのだ。故に、傭兵の出番など…
軍神様のお言葉は、まさしく真実であり、現実であろうな。
多くの、古い巨木が枯れた今…
当然、この大地には多くの、新しい芽がまさに今、力強く芽吹き始めているのだろう。
まさしく季節の変わり目…新しい時代の到来なのだろう。
戦争の最中であれば、戦士として誇り高く散るのも立派な誉れだ。
だが…戦でも無い場所の…ただの無駄死なんぞに誉れなど無い、断じて無い。
寧ろ、鬼族に於いては恥だと、知るべきなのだ。
…
随分と時間が立ち、ようやく倒された連中が目を覚ました。
この鬼の群れにおいても、
今ではこの老骨も、新時代の前の…枯れるだけの古い巨木…
故に、邪魔にならぬよう、出しゃばらぬ様、ただ、黙って見守って来た。
目の前の若い芽吹いたばかりの連中の為に、
残された僅かな一族の命の為に、それで良いと思っていた。
そう…思っていたが、すべては全くの、大間違いだった訳だ…
この命が尽きるまでの、もう残り短い時間…
最後に、とんでもない大仕事が出来てしまったな。
アザゼルも含め、主要な連中に問うた。
一族として、一体この先、どう生きるのかと。
「…長老の言う通りだ。悔しいが…我等はどのみち落ちぶれるのがもう目に見えている…」マステマが言った。
「だが…敗北など断じて認められん…我等は鬼ぞっ?」アザゼルは叫ぶ…
ならアザゼルよ…お前は軍神に勝てる等と…本気で思ってるのか?
「そ、それは…」
お前さん、無理を承知でこの一族の…全員の、その命を投げ捨てると?
皆に、無駄死にを押し付けると?
「違う…違うが…」
つい先ほど…我は軍神様と話したのだ。
アザゼルよ…お前が見たであろう、あのタカマ=ガハラの惨劇の…
あのアーマ軍五万を、たった一人で殲滅した…あの荒神…軍神様だった。
お前らを殴った時でさえ、あの方はただ、遊んでおられたのだぞ?
…そこは、皆も観ておったであろう?
我等なぞ…鬼程度など雑魚…
そもそも闘う価値も理由もないとな…
アザゼルよ、お前は強い、そこは我も、皆も認めておるぞ。
だがな…お前はたった一人で、アーマ軍五万に無傷で勝てると思うか?
いや、答える必要も無い。全く意味の無い問答、愚問だな。
不可能。そう不可能だ。
お前は未だ、軍神様と同じ目線に居て、闘う術を考えておるのだろうが、
戯けめ、それは驕りか、ただの無知だ。いい加減に、身の程を知れっ…
そもそも我等など、軍神様から見れば、ただの塵芥にも等しいのだ…
あの方から見ればな、竜種も、神族も、我等も…
視界にも入らぬ、そこらの小石の様なものだ。
まずはそこを、長であるお前は、誰よりも理解しろ…
時代が変わる…今、まさにその分岐点なのだ。
まさしく古き言い伝えの通りだと思わんか?
時代が動くその時、
多くの血で、大地が赤く穢されし時、
漆黒を纏といし、怒り荒ぶる神が大地に舞い降り…
空を割り、大地を裂き、汎ゆる悪しき存在を、尽くすべて打ち滅ぼす…
そして、弱き者の新たな世界を創造し、再び深き眠りについた…
そうだ…かつて我等の祖先は、愚かにもその軍神様に剣を向け、矢を放ち、
そして滅んだのだ。
今ここにいる鬼族はその、ほんの僅かな生き残り…その子孫だ。
今なら判る…死ななかったのではなく、軍神様に選ばれ、生かされたのだと…
そして今再び、アーマ軍五万を討ち滅ぼした軍神様が、
我等に問うておられるのだ。
アザゼルよ、それでもお前は、一族の長として、
祖先と同じ過ちを繰り返したいのか?
軍神様の問は、至って簡単な問だ。
続く未来か…終焉かを選ぶ。正しい選択をせよと…
たったそれだけなのだ。




