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三日月亭のクロワッサン  作者: パンダカフェ
第三部 餃子の弦月庵
15/16

梅シソ餃子

 弦月庵(げんげつあん)の開店記念日には、毎年常連さん達が顔をそろえる。


 今年はテラさんが欠席した代わりに、荒木さんの息子が顔を出してくれた。


「荒木龍之介です。よろしくお願いします」


 挨拶する息子さんに、谷やんが速攻で絡みにいく。


「古風な名前だねぇ。リュウノスケじゃ長いから、リュウちゃんって呼ばせてもらうよ。俺のことは谷やんって呼んでくれ」


 勝手に呼び方を決めた後、常連客を端から紹介していく。


「カウンターの端っこに座ってるのが、和菓子屋の(せがれ)のタカちゃん。彼女がいなくて暇だから、しょっちゅうこの店に入り浸ってる。その隣にいるのは銀次郎さんで、このお爺さんは大の甘党なんだ」


「おい! 爺さんとはなんだ!」

「谷やんも彼女いないだろ!」


 銀次郎さんとタカちゃんの抗議をスルーして、谷やんはマミちゃん親子の紹介にうつる。


「で、あのテーブル席にいるのが、みんなのマドンナであるサナエちゃんと、弦月庵のドンであるマミちゃん」


「ちょっと! ドンって何よ、ドンって!」


 谷やんは、マミちゃんの声にウィンクを返して誤魔化(ごまか)した。


「他にもテラさんっていう常連さんがいるんだけど、赤ちゃんが生まれたばっかりで、今日は欠席なんだ」


 谷やんが話し終えると、龍之介さんは少し戸惑った様子で、荒木さんと常連客たちの顔を見比べた。


「なんか……意外です。父は、家ではほとんど喋らなかったし、休日も部屋にこもって本ばかり読んでいるような人だったから……こんなに社交的な方々と親しくさせていただいてるなんて、思いもしませんでした」


「社交的って言えば聞こえがいいけど、谷やんは無神経で図々しいだけだからね」

 マミちゃんが言うと

「ちょっと、やめてよお母さん」

 サナエちゃんが慌てて止めに入る。


 そこへ、健さんが大皿に盛った焼き餃子を二つ持ってきた。


「荒木さん親子からリクエストのあった具材で餃子を焼いてみたんだけど、沢山あるから、みんなも一緒に食べてみてくれ」


 そう言って、カウンターとテーブル席に一つずつ皿を置いた。


 みんなは待ってましたと言わんばかりの勢いで、我先にと箸を伸ばす。


「こりゃまた、爽やかな味わいだね!」


「梅干しが入ってるのかい?」


「シソの香りもするよ」


「いつもの餃子より、さっぱりしてて食べやすいね」


 常連さん達が口々に感想を述べた後、

「これです……!」

 龍之介さんは噛み締めるように言い、荒木さんも(うなず)いた。


「何だい、どうしたって言うんだい?」


 銀次郎さんの問いかけに、荒木さんが重い口を開く。


「別れた女房が、記念日になると作ってくれた餃子なんだ。俺の誕生日とか、結婚記念日とか、前の勤め先を定年退職した日とか……確か、離婚届けに判を押した日も作ってもらった気がするな」


「そうだよ。実家に呼ばれて、食卓にこの餃子が出てきたから何か祝い事でもあるのかと思ったら、『離婚した』って言うからさ。驚いちゃったよ」


 その時のことを思い出したように、龍之介さんが苦笑いする。


「それにしても……何でまた急に、この餃子を弦月庵で作ってもらえないか、なんて言い出したんだ? 食べたけりゃ、母さんのところへ行って作ってもらえば良かったじゃないか」


 荒木さんが不思議そうに尋ねると、龍之介さんは目を伏せて(うつむ)いた。


「母さんがね、父さんのことを思い出すから、この餃子は作りたくないって言うんだよ」


「そうか……そりゃまたずいぶん、嫌われちまったなぁ」


「父さんは母さんのこと、嫌いじゃないの?」


「……そうだなぁ、嫌いではないかな……」


「そっか……」


 そして、しばし沈黙が訪れたあと、龍之介さんはおもむろに口を開いてこう言った。


「俺、離婚することになった」


 荒木さんだけでなく、聞き耳を立てていた他の常連客たちも、一様に驚きの表情を浮かべた。


「離婚って、お前……いきなり、そんな」


 突然のことに、荒木さんは上手く言葉が出てこないようだった。


「しばらく前から、うまくいってなかったんだ。マモルは俺が引き取る。向こうはもう、一緒に暮らしている相手がいるから」


「だって、この前マモルと二人でうちに来たときは、そんなこと何も言ってなかったじゃないか」


「あの時はまだ、どうにかしてやり直す方法があるんじゃないかって考えてたんだ。俺一人でマモルを育てていく自信も無かったしさ」


 そう言うと龍之介さんは顔を上げ、荒木さんの目を見て話を続けた。


「でも父さんに会って、離婚する覚悟が決まった。この前、マモルと俺と父さんの三人で、一緒に餃子を作っただろ? 昔の父さんは、料理なんて一切しない人だったのにさ。家の中も意外と綺麗にしてて、シャツにアイロンもかかってた」


 言いながら、龍之介さんが微笑む。


「母さんとの別れを受け入れて、父さんなりに一人の生活を頑張ってるんだなと思った。それ見てさ、俺も……マモルと二人の生活を頑張ってみようって思えたんだ」


「バカなこと言ってんじゃない! 俺とお前じゃ状況が違うだろう! お前にはマモルがいるんだぞ? 男手一つで子どもを育てるなんて、並大抵の苦労じゃないぞ! マモルはまだ小さいのに、母親と引き離すなんて可哀想じゃないか」


「簡単なことじゃないってのは、俺だって分かってるよ。でも、マモルの母親はもう、違う男と一緒に暮らしてる。その二人にマモルを任せることは出来ない」


 龍之介さんの決意が揺らがないことを悟ったのか、荒木さんは腕を組んで黙り込んだ。


 それから、ふと気付いたように周りを見回し、固唾(かたず)を飲んで事の成り行きを見守っている、健さんや常連の仲間達に頭を下げた。


「悪いね、みんな。せっかくの開店記念日に、こんな辛気臭(しんきくさ)い話をしちゃって」


 それから龍之介さんに向かって

「お前も何だってまた、みんなのいる前で話すんだよ」

 と言いながら、軽く頭をはたいた。


「これからは、父さんにも色々と助けてもらうことがあるだろうからさ、父さんが親しくさせてもらっている人達にも、事情を知っておいてもらいたいなと思ったんだ」


 そう言ってから、龍之介さんはみんなの方へ深々と頭を下げる。


「皆さん、お騒がせしてすみませんでした。今後とも、どうぞよろしくお願いします」


 龍之介さんの言葉に、谷やんが

「おう! 任せとけ!」

 と安請(やすう)け合いをする。


「谷やんが出てくると大抵ややこしいことなるから、余計なこと言わないで大人しくしてな!」


 銀次郎さんが言い、みんなが笑う。

 店内の空気が(なご)んだところで、健さんが人数分の飲み物を持ってきて配った。


「これは俺のおごりだよ。龍之介さんの再出発を(しゅく)して、乾杯しようじゃないか。サナエちゃんはまだ十八だから、オレンジジュースにしといたよ。他のみんなはビールで良かったかな?」


 みんなは歓声をあげて飲み物を手に取り

「乾杯!」

 と声をそろえた。


「マモルは今日、どうしてるんだ?」

 心配そうに尋ねる荒木さんに

「母さんのところだよ」

 と龍之介さんが答える。


「そうか、早く帰ってやらないとな」


「うん。これを飲んだら、俺は先に帰るよ。……これから、迷惑かけることが増えるかもしれないから、先に謝っとく。色々と、ごめん」


「今までお前には、父親らしいことを何にもしてやれてなかった気がするから、ちょうどいいよ。これからは、いつでも頼れ」


 荒木さんの大きな手が、龍之介さんの頭をワシワシと撫でる。


 龍之介さんは、一瞬泣きそうな表情になりながらも、精いっぱいの笑顔を浮かべてみせた。

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