お子さま餃子
「今度、息子が孫を連れて遊びに来るんだよ。でも俺は、小さい子供が苦手なんだ」
弦月庵の常連である荒木さんが、困りきった顔で健さんに打ち明けた。
「苦手って言っても、自分の子供や孫は別だって聞くけどねぇ」
健さんが言うと、荒木さんは深いため息をついた。
「俺は、自分の子も孫もダメなんだよ。うるさいし、泣いてばかりだし、遊んでやってくれって言われても、どうしたらいいのか分からなくてさ」
「今まではどうしてたんだよ」
横から銀次郎さんが口を挟むと
「女房が全部やってくれてた」
荒木さんはバツの悪そうな顔で答え、再び深い深いため息をついた。
今から三年前に、荒木さんは長年連れ添った奥さんと熟年離婚したそうで、それ以来、息子夫婦や孫とは会っていなかったのだという。
「元奥さんは、息子さん夫婦と暮らしてるのかい?」
健さんが尋ねる。
「いや、妹と一緒に暮らしてるらしい。あいつの妹は、早くに旦那を亡くして一人暮らししてたから……そこへ転がり込んだって話だ」
「そんなら、荒木さんのところじゃなくって元奥さんのところへ遊びに行けって、息子に言えばいいじゃないか」
「それが……あいつのところへは、しょっちゅう息子が孫を連れて行ってるらしいんだよ」
それを聞いた健さんは、腕を組んで考え込む。
「なんで今さら、荒木さんとこへ会いに行く気になったんだろうな」
「何か相談があるんじゃないか?」
銀次郎さんが思いつきを口にする。
「そんなら、しょっちゅう会ってる母親の方に相談すりゃいいじゃないか」
「母親には相談しにくいことかもしれないだろ? いいから、会ってやれよ」
と言って、銀次郎さんは荒木さんの肩をポンと叩いた。
「でもなぁ……」
なおも渋る荒木さんに、銀次郎さんは
「それじゃ、この店へ連れて来いよ。遅い時間に待ち合わせて、夕飯を一緒に食えばいいだろ。ここなら、他の常連や健さんもいるから、リラックスして話せるんじゃないか?」
と提案した。
「息子が孫を連れてくるのは土曜日だから弦月庵は定休日だし、孫はまだ小学二年生だから、餃子とビールしかない店じゃ食わせてやれるもんが無いよ」
「そんなら、子供が好きそうな具材の餃子を健さんに考えてもらって、それを荒木が、息子や孫と一緒に家で作って食べるってのはどうだ?」
銀次郎さんの案に、健さんが身を乗り出す。
「お子さま用の餃子か、面白そうだな。テラさんとこも赤ちゃんが生まれたし、子ども向けのテイクアウトメニューってのも、一つ考えとくか」
「おっ! 健さんがやる気になったぞ。荒木、よかったな」
銀次郎さんに背中を叩かれながら、荒木さんは苦笑いする。
「お前は本当にお節介な奴だなぁ。まぁでも、せっかく健さんが手を貸してくれるって言うんなら、俺も頑張ってみるか」
「よし! それじゃまずは、餃子の中身だな。子供が好きな食いもんつったら、ハンバーグにエビフライにナポリタン、それから……」
銀次郎さんが指折り数えながら適当なことを言い出すと、健さんがストップをかけた。
「おいおい、それじゃお子様ランチになっちまうよ。もっと、餃子の具材になりそうなものにしてくれ」
「そんなら、ツナマヨコーンなんかどうだろう」
「うん、いいね。子供が好きそうだ。あとは、何か野菜も入れたいな。にんじん玉ねぎピーマンあたりは、好き嫌いがありそうだからやめとこう」
「ブロッコリーは?」
「よし、採用!」
「ツナの代わりにエビを入れて、エビマヨコーンにしても旨そうだぞ」
「それじゃ、二種類作るか」
「チーズも入れたら?」
「欲張り過ぎだよ!」
銀次郎さんとの掛け合いで、健さんの頭の中には大体のレシピが出来上がったようだ。
「明日、試作したお子さま餃子を裏メニューで出せるようにしとくよ」
健さんに言われて、荒木さんが顔の前で両手を合わせる。
「恩に着るよ、健さん」
銀次郎さんと荒木さんは、翌日もまた店に来ると約束して帰って行った。
次の日、仕事帰りの二人が弦月庵を訪れると、健さんは『お子さま餃子』を二種類用意して待っていた。
「こっちの丸い皿に載ってるのがツナマヨで、こっちの四角い皿に載ってるのはエビマヨだよ。どっちも揚げ餃子にしてみたんだ。子供でも食べやすいように、一つ一つは小さめにしたよ。さあ、味見してみてくれ」
荒木さんはまず、ツナマヨ餃子から箸をつけた。
「サクサクしてて旨いね。しっかり味がついてるから、醤油なしでもいけるな」
続いてエビマヨ餃子も口に運ぶ。
「タルタルソースのかかったエビフライみたいで美味しいよ。コーンの甘みもいいね」
荒木さんの感想に、健さんは嬉しそうな表情だ。
「俺も食べさせてもらうよ」
銀次郎さんは二種類の餃子を味わった後
「どっちも旨いな! ビールのつまみにもなりそうだし、お子さまだけと言わず、常連用の裏メニューにも入れといてくれよ」
と健さんに頼み込んだ。
「そんなに気に入ってくれたなら、裏メニューの候補にしておくよ。それじゃ、アイディアを提供してもらったお礼に、こいつもサービスしとこうか」
そう言って、健さんは小さめの皿に載せた数個の揚げ餃子を、カウンターの上に置いた。
「何だいこれ?」
「まぁ、食べてみなって」
健さんに言われて、銀次郎さんが箸を伸ばす。
一口かじって、喜びの声を上げた。
「チーズだ!」
健さんがニンマリと笑う。
「銀次郎さん、チーズも入れてくれって言ってただろ? あんまり具材が多くなるのもなぁと思って、チーズだけの揚げ餃子をオマケで作っといたんだ」
「すっごく旨いよ! ビールお代わり!」
「はいよ!」
威勢のいい健さんの声が、店内にこだました。




