ヘルシー餃子
「ダイエットしようかなぁ」
弦月庵の常連客である谷やんが、ぽっこりとしたお腹をさすりながら呟く。
「それじゃ、今日からビールと餃子のおかわりはやめときな」
店主の健さんに言われて、谷やんは手元のグラスと皿に目をやる。
ビールも餃子も、あと少ししか残っていない。
「そんな殺生なこと言わないでくれよ。そうだ! 食べても罪悪感の無い、ヘルシーな餃子を作ってくれよ!」
「食べなきゃいいだけの話だろ」
「だけど、俺が食べなくなったら店の売り上げ減っちゃうぞ? ヘルシー餃子を作ってくれたら、今まで通り三人前注文するからさ」
谷やんが食い下がると、テーブル席にいたマミちゃんも賛同する。
「ヘルシー餃子、いいかも。私も食べたいな」
健さんが腕を組んで考え込む。
「ヘルシーねぇ……肉の代わりになりそうな具材って何だろうな」
「豆腐は?」
カウンターの端っこからタカちゃんが声を上げると、健さんが悩ましげな顔をする。
「うーん、豆腐かぁ。時間が経つと水分が出て、ベチャベチャになりそうなんだよな」
「それじゃあ、おからは? うちでよく食べるんだけど、美味しいしヘルシーだし、水分も出ないしさ」
とマミちゃんが提案する。
「おっ、それいいね! 細かく刻んだニンジンや椎茸を入れて……枝豆やレンコンなんかも混ぜたら旨そうだな」
健さんの頭の中で、ヘルシー餃子のレシピが出来上がりつつあるようだ。
「よし、明日からの三日間は定休日だから、その間に色々と試作して、火曜日には裏メニューとして出せるようにしとくよ」
健さんの目が、子供みたいにキラキラと輝いている。
なんだかんだ言いながら、新しいことに挑戦するのが好きなのだ。
「おう! 楽しみにしてるよ。それじゃまた、火曜日の夜に集合だな」
谷やんが弾んだ声でタカちゃんとマミちゃんに声をかけると、二人とも笑顔で頷いた。
火曜日の夜、弦月庵には常連客だけでなく、久しぶりのお客さんや、新規のお客さん達もやってきた。
土・日・月と店が閉まっている間に、谷やんがガールズバーや飲み屋で
「ダイエット中でも食べられるヘルシー餃子を、健さんに作ってもらうんだ」
と吹聴しまくっていたからだ。
「まさか、おから餃子目当てのお客さんがこんなに来るとは思わなかったから、全然足りないよ。悪いけど、一人あたり二つか三つくらいずつしか食べさせてあげられないよ」
健さんは嬉しい悲鳴をあげながら、茹でた水餃子を水切りして器に入れ、鶏がらスープを注ぎ入れていく。
「おっ、水餃子にしたのか! 油を使わないからヘルシーでいいね! 俺も配るの手伝うよ」
谷やんは、小さな器に入った水餃子を健さんから受け取り、次々とお客さんへ手渡していく。
注文したお客さんに全て行き渡ったのを確認すると、ようやく谷やんは水餃子を食べ始めた。
「こりゃ旨い!」
谷やんが感想をもらすと、店のあちこちからも声が上がる。
「具沢山で美味しいよね」
「スープも最高」
「このシャキシャキする歯ざわりって、レンコンかな? 枝豆もポリポリしてるし、食感がいいね」
みんなの感想を聞いた健さんは、嬉しそうに目を細める。
「健さん、これ定番メニューにしちゃえば?」
マミちゃんが言うと、他のお客さん達も賛成する。
「美味しかったから、また食べたいな」
「体にも良さそうだよね」
「たくさん食べても胃もたれしなさそうだし、メニューにあると嬉しいかも」
「よし、それじゃあ期間限定でメニューに加えるか。継続して注文が入るようなら、レギュラーメニューに昇格するよ」
健さんの宣言に、谷やんがグッと親指を立てながら
「いいね!」
と言ってウィンクした。
「谷やん、リアクションが古いよ!」
というマミちゃんの声に
「お互い様だろ!」
と谷やんが返して、タカちゃんが吹き出した。
その時、健さんや他の常連さん達の持っている携帯が、一斉にメールの受信を知らせた。
一番先にメールの内容を確認したタカちゃんが、大声でみんなに知らせる。
「テラさんち、赤ちゃん産まれたって!」
店内が、笑顔と歓声に包まれた。
弦月庵に新しいメニューが生み出された夜、常連のテラさんのところには、新しい命が誕生していた。




