フルーツ餃子
ビールを飲んで酔っ払った谷やんが
「女子ウケする餃子を作ろうよ!」
と言い出した。
谷やんは、弦月庵の常連さんだ。
若い女の子が大好きで、ガールズバーに入り浸っている。
「餃子に女子ウケも何も無いだろうよ」
店主である健さんは、笑いながら焼きたての餃子を谷やんの前に置いた。
「でもさ、この店の常連って野郎ばっかりだろ? 女の子を連れて来ようと思って誘っても、『餃子なんてニンニク臭くなるからヤダ』って言われちゃうんだよ」
「ニンニク抜きの野菜餃子もあるけどね。それに、女の子の常連ならマミちゃんがいるじゃないか」
健さんは、奥のテーブル席でビール片手に餃子をパクついている女性の方を顎で示す。
年齢不詳のマミちゃんは、近くにあるスナックに勤めているシングルマザーだ。
昼間は、どこかの工場で働いているらしい。
スナックへ出勤する前に、弦月庵でニンニク抜きの野菜餃子を食べて行くのがルーティンで、厚化粧の下にある素顔は、誰も見たことがない。
「マミちゃんは女の子じゃないだろ」
谷やんの正直な感想に、マミちゃんが噛みつく。
「何? 悪口? 喧嘩なら買うけど?」
「違う違う! 女の子じゃなくって、素敵なお姉様って意味だよ。マミちゃんはガールじゃなくってレディだろってこと!」
動揺のあまり、カタコトの英単語を交えて言い訳をする谷やんを見て、健さんが吹き出した。
そこへ、銀次郎さんが話に入ってくる。
「女の子は甘いもんが好きなんじゃないか? あんバター餃子を定番メニューに加えるってのはどうだい?」
以前、健さんが銀次郎さんのために考案した“あんバター餃子”は、今のところ裏メニューだ。
まとめて作って冷凍ストックしておき、裏メニューを知る常連さん達から注文が入った時にだけ提供している。
「若い女の子は、あんこなんか滅多に食べないんじゃないか?」
銀次郎さんの隣にいた荒木さんが口を挟むと、カウンターの隅の定位置に座っているタカちゃんも同意する。
「そうだね、うちの和菓子屋にも若い子はあんまり来ないよ」
「そうそう、もっとこう“オシャレなスイーツ”って感じのが欲しいんだよ」
谷やんが言うと、健さんが呆れた顔をする。
「そんなら、パンケーキの店にでも連れてってやればいいじゃないか。うちは餃子屋なんだよ」
「でもほら、若い女の子のお客さんが増えたら、健さんだって嬉しいだろ?」
「俺は、マミちゃんがいれば十分だよ」
健さんのリップサービスに、マミちゃんが投げキッスを返す。
「リアクションが古いんだよな……もしかしてマミちゃん、荒木さん達と同世代なんじゃないの?」
荒木さんと銀次郎さんは、今でも警備員として働いてはいるものの、白髪の目立つシニア世代だ。
マミちゃんは谷やんをギロリと睨み、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
気まずい空気に耐えられなくなったタカちゃんが、話題を変える。
「健さん、果物を使った餃子なんてどう? 和菓子でも、いちご大福とかあるしさ」
「果物か……そういやぁ、丁度もらいもんのパイナップルがあったっけ。試しにオシャレなフルーツ餃子ってのを作ってみるか」
健さんが乗り気になったところで、マミちゃんが席を立ってカウンターに代金を置く。
「うちの娘、パイナップル大好きなんだよね。食べさせてあげたいなぁ。いつ作るの?」
「試しに作ったやつで良ければ、明日にでも食べさせてあげられるよ。娘さんの都合がつくようなら、出勤前に連れて来なよ」
「嬉しい! それじゃ、また明日ね」
マミちゃんは、素敵な笑顔を浮かべて健さんに手を振ると、夜の仕事へと出かけて行った。
翌日、一番乗りで店に現れたのは、谷やんだった。
「ずいぶん早いね」
カウンターの向こうにある厨房から、健さんが声をかける。
「マミちゃんの娘さんも来るんだろ? 気になっちゃってさ。いくつくらいなんだろうな」
「谷やん、マミちゃんに興味津々じゃないか」
健さんが谷やんをからかっていると、入り口の戸が開いてマミちゃんが入って来た。
その後ろから、涼しげな目元をした若い女性が顔をのぞかせる。
「いらっしゃい! 後ろにいるのは娘さんかい?」
「うん、うちの娘のサナエ。ほら、ちゃんと挨拶しなさい」
マミちゃんに促されて、サナエは健さんと谷やんに会釈しながら
「いつも母がお世話になってます」
と挨拶した。
「綺麗な娘さんじゃないか。父親似かい?」
「よせよ、谷やん」
健さんに言われて、マミちゃんがシングルマザーだということを思い出したようだ。
谷やんは、バツの悪そうな顔をして
「あー、ごめん。つまんない冗談言っちゃったな」
と素直に謝った。
「やあねぇ、柄にもなく反省してんの? 谷やんの冗談はいっつも面白くないんだから、今さら気にしなくていいわよ」
マミちゃんが笑い飛ばし、サナエも笑顔を見せる。
「それにしても、こんなに大きい娘さんがいるとは思わなかったな。今いくつ?」
健さんが尋ねると
「十八です。今年の春から大学に通ってます」
サナエが可愛らしい声で答える。
「声まで可愛いなぁ。酒焼けしたマミちゃんのダミ声とは大違いだ」
再び谷やんが余計な一言を口走り、健さんが
「やめとけって」
と呆れた声を出しながら、揚げ餃子の盛られた大皿を運んできた。
「おっ、こんがりとしたキツネ色で、旨そうじゃないか」
谷やんが手を伸ばして、一つ口に入れる。
「アチっ!」
と叫んで口の中でしばらくハフハフした後、ようやく飲み込んだ谷やんは
「いいね! 甘酸っぱくて美味しいよ。ただ、どっかで食べたことある味のような気がするんだよなぁ」
と言って首をかしげる。
「そうかい? パイナップルの砂糖煮を餃子の皮で包んで、パイみたいな食感になるように揚げてみたんだけど……似たような菓子が、どっかにあるのかもしれないね」
「私達も食べてみようか」
マミちゃんがサナエに声をかけ、二人で一緒にパイナップルの餃子を口へと運ぶ。
サクっと音を立てて一口かじったサナエが
「あっ」
と声を上げる。
そして、口の中にあるものを飲み込んでから
「これ、マックで売ってるホットアップルパイに似てません?」
と谷やんに話しかけた。
「そうそう、それだ! あっちはリンゴでこっちはパイナップルだけど、サクサクした感じも甘酸っぱくてトロトロの中身も、よく似てる!」
二人のやり取りを聞いていたマミちゃんも頷く。
「言われてみれば、似てるかも」
「えーっ、あんなに時間をかけて作ったのに、よそで売ってるもんと似た味なのかぁ」
健さんはガックリとうなだれてしまった。
「あ……私、余計なこと言っちゃったみたいで……ごめんなさい」
申し訳なさそうな顔で謝るサナエに、谷やんが優しく声をかける。
「いいんだよ、サナエちゃん。こういうのはハッキリ言ってやった方が、健さんのためなんだから」
「ちょっと、うちの娘に馴れ馴れしくしないでくれる?」
「普通に話してるだけだろ!」
言い合いを始めた二人の間に、健さんが割って入る。
「ほらほら、二人ともやめなって。サナエちゃんがビックリしてるじゃないか。マミちゃん、仕事へ行く前にいつものニンニク抜き野菜餃子、食べていくんだろ? すぐに焼くから、いつものテーブル席で待ってなよ。サナエちゃんも食べてくかい?」
「あっ、私はこのあと予定があるんで、ここで失礼します」
「この時間から出かけるの?」
谷やんに聞かれて
「はい。家庭教師のアルバイトをしてるんで、今から生徒の家に行くんです」
とサナエが答える。
「家庭教師やってるの? 頭良いんだなぁ。本当にマミちゃんの娘?」
谷やんが懲りずに失礼な発言をして、マミちゃんに睨まれている。
「今日は本当にありがとうございました。楽しそうにしている母の姿を見られて、何だか嬉しかったです。あっ、パイナップルの餃子もご馳走様でした。凄く美味しかったです!」
サナエは丁寧なお辞儀をして、店を後にした。
「いい娘さんだね」
という健さんの言葉に
「私にそっくりでしょ」
とマミちゃんが返し
「どこがだよ!」
と谷やんが突っ込んで、三人とも大笑いした。
そこへ入り口の戸が開いて、タカちゃんが入ってくる。
「今、すっごく可愛い子が店から出て来たけど、あれ誰?」
興奮気味に尋ねるタカちゃんに
「私の自慢の娘」
と、マミちゃんが得意げに答える。
「そうなの?! え? マミさんっていくつ?」
「レディに年齢なんか聞くもんじゃないぞ、若造」
タカちゃんを注意する谷やんに
「自分のことは棚に上げて、よく言うよ!」
と健さんが苦笑する。
そんな仲間達のやり取りを見ながら、マミちゃんは楽しそうに笑った。




