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三日月亭のクロワッサン  作者: パンダカフェ
第三部 餃子の弦月庵
12/16

フルーツ餃子

 ビールを飲んで酔っ払った谷やんが

「女子ウケする餃子を作ろうよ!」

 と言い出した。


 谷やんは、弦月庵(げんげつあん)の常連さんだ。

 若い女の子が大好きで、ガールズバーに入り浸っている。


「餃子に女子ウケも何も無いだろうよ」


 店主である健さんは、笑いながら焼きたての餃子を谷やんの前に置いた。


「でもさ、この店の常連って野郎ばっかりだろ? 女の子を連れて来ようと思って誘っても、『餃子なんてニンニク臭くなるからヤダ』って言われちゃうんだよ」


「ニンニク抜きの野菜餃子もあるけどね。それに、女の子の常連ならマミちゃんがいるじゃないか」


 健さんは、奥のテーブル席でビール片手に餃子をパクついている女性の方を顎で示す。


 年齢不詳のマミちゃんは、近くにあるスナックに勤めているシングルマザーだ。

 昼間は、どこかの工場で働いているらしい。

 スナックへ出勤する前に、弦月庵でニンニク抜きの野菜餃子を食べて行くのがルーティンで、厚化粧の下にある素顔は、誰も見たことがない。


「マミちゃんは女の子じゃないだろ」


 谷やんの正直な感想に、マミちゃんが噛みつく。


「何? 悪口? 喧嘩なら買うけど?」


「違う違う! 女の子じゃなくって、素敵なお姉様って意味だよ。マミちゃんはガールじゃなくってレディだろってこと!」


 動揺のあまり、カタコトの英単語を交えて言い訳をする谷やんを見て、健さんが吹き出した。


 そこへ、銀次郎さんが話に入ってくる。


「女の子は甘いもんが好きなんじゃないか? あんバター餃子を定番メニューに加えるってのはどうだい?」


 以前、健さんが銀次郎さんのために考案した“あんバター餃子”は、今のところ裏メニューだ。

 まとめて作って冷凍ストックしておき、裏メニューを知る常連さん達から注文が入った時にだけ提供している。


「若い女の子は、あんこなんか滅多に食べないんじゃないか?」


 銀次郎さんの隣にいた荒木さんが口を挟むと、カウンターの隅の定位置に座っているタカちゃんも同意する。


「そうだね、うちの和菓子屋にも若い子はあんまり来ないよ」


「そうそう、もっとこう“オシャレなスイーツ”って感じのが欲しいんだよ」


 谷やんが言うと、健さんが呆れた顔をする。


「そんなら、パンケーキの店にでも連れてってやればいいじゃないか。うちは餃子屋なんだよ」


「でもほら、若い女の子のお客さんが増えたら、健さんだって嬉しいだろ?」


「俺は、マミちゃんがいれば十分だよ」


 健さんのリップサービスに、マミちゃんが投げキッスを返す。


「リアクションが古いんだよな……もしかしてマミちゃん、荒木さん達と同世代なんじゃないの?」


 荒木さんと銀次郎さんは、今でも警備員として働いてはいるものの、白髪の目立つシニア世代だ。


 マミちゃんは谷やんをギロリと睨み、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


 気まずい空気に耐えられなくなったタカちゃんが、話題を変える。


「健さん、果物を使った餃子なんてどう? 和菓子でも、いちご大福とかあるしさ」


「果物か……そういやぁ、丁度もらいもんのパイナップルがあったっけ。試しにオシャレなフルーツ餃子ってのを作ってみるか」


 健さんが乗り気になったところで、マミちゃんが席を立ってカウンターに代金を置く。


「うちの娘、パイナップル大好きなんだよね。食べさせてあげたいなぁ。いつ作るの?」


「試しに作ったやつで良ければ、明日にでも食べさせてあげられるよ。娘さんの都合がつくようなら、出勤前に連れて来なよ」


「嬉しい! それじゃ、また明日ね」


 マミちゃんは、素敵な笑顔を浮かべて健さんに手を振ると、夜の仕事へと出かけて行った。





 翌日、一番乗りで店に現れたのは、谷やんだった。


「ずいぶん早いね」


 カウンターの向こうにある厨房から、健さんが声をかける。


「マミちゃんの娘さんも来るんだろ? 気になっちゃってさ。いくつくらいなんだろうな」


「谷やん、マミちゃんに興味津々じゃないか」


 健さんが谷やんをからかっていると、入り口の戸が開いてマミちゃんが入って来た。

 その後ろから、涼しげな目元をした若い女性が顔をのぞかせる。


「いらっしゃい! 後ろにいるのは娘さんかい?」


「うん、うちの娘のサナエ。ほら、ちゃんと挨拶しなさい」


 マミちゃんに促されて、サナエは健さんと谷やんに会釈しながら

「いつも母がお世話になってます」

 と挨拶した。


「綺麗な娘さんじゃないか。父親似かい?」


「よせよ、谷やん」


 健さんに言われて、マミちゃんがシングルマザーだということを思い出したようだ。

 谷やんは、バツの悪そうな顔をして

「あー、ごめん。つまんない冗談言っちゃったな」

 と素直に謝った。


「やあねぇ、柄にもなく反省してんの? 谷やんの冗談はいっつも面白くないんだから、今さら気にしなくていいわよ」


 マミちゃんが笑い飛ばし、サナエも笑顔を見せる。


「それにしても、こんなに大きい娘さんがいるとは思わなかったな。今いくつ?」

 健さんが尋ねると

「十八です。今年の春から大学に通ってます」

 サナエが可愛らしい声で答える。


「声まで可愛いなぁ。酒焼けしたマミちゃんのダミ声とは大違いだ」

 再び谷やんが余計な一言を口走り、健さんが

「やめとけって」

 と呆れた声を出しながら、揚げ餃子の盛られた大皿を運んできた。


「おっ、こんがりとしたキツネ色で、旨そうじゃないか」


 谷やんが手を伸ばして、一つ口に入れる。


「アチっ!」

 と叫んで口の中でしばらくハフハフした後、ようやく飲み込んだ谷やんは

「いいね! 甘酸っぱくて美味しいよ。ただ、どっかで食べたことある味のような気がするんだよなぁ」

 と言って首をかしげる。


「そうかい? パイナップルの砂糖煮を餃子の皮で包んで、パイみたいな食感になるように揚げてみたんだけど……似たような菓子が、どっかにあるのかもしれないね」


「私達も食べてみようか」

 マミちゃんがサナエに声をかけ、二人で一緒にパイナップルの餃子を口へと運ぶ。


 サクっと音を立てて一口かじったサナエが

「あっ」

 と声を上げる。


 そして、口の中にあるものを飲み込んでから

「これ、マックで売ってるホットアップルパイに似てません?」

 と谷やんに話しかけた。


「そうそう、それだ! あっちはリンゴでこっちはパイナップルだけど、サクサクした感じも甘酸っぱくてトロトロの中身も、よく似てる!」


 二人のやり取りを聞いていたマミちゃんも頷く。


「言われてみれば、似てるかも」


「えーっ、あんなに時間をかけて作ったのに、よそで売ってるもんと似た味なのかぁ」


 健さんはガックリとうなだれてしまった。


「あ……私、余計なこと言っちゃったみたいで……ごめんなさい」


 申し訳なさそうな顔で謝るサナエに、谷やんが優しく声をかける。


「いいんだよ、サナエちゃん。こういうのはハッキリ言ってやった方が、健さんのためなんだから」


「ちょっと、うちの娘に馴れ馴れしくしないでくれる?」


「普通に話してるだけだろ!」


 言い合いを始めた二人の間に、健さんが割って入る。


「ほらほら、二人ともやめなって。サナエちゃんがビックリしてるじゃないか。マミちゃん、仕事へ行く前にいつものニンニク抜き野菜餃子、食べていくんだろ? すぐに焼くから、いつものテーブル席で待ってなよ。サナエちゃんも食べてくかい?」


「あっ、私はこのあと予定があるんで、ここで失礼します」


「この時間から出かけるの?」

 谷やんに聞かれて

「はい。家庭教師のアルバイトをしてるんで、今から生徒の家に行くんです」

 とサナエが答える。


「家庭教師やってるの? 頭良いんだなぁ。本当にマミちゃんの娘?」


 谷やんが懲りずに失礼な発言をして、マミちゃんに睨まれている。


「今日は本当にありがとうございました。楽しそうにしている母の姿を見られて、何だか嬉しかったです。あっ、パイナップルの餃子もご馳走様でした。凄く美味しかったです!」


 サナエは丁寧なお辞儀をして、店を後にした。


「いい娘さんだね」

 という健さんの言葉に

「私にそっくりでしょ」

 とマミちゃんが返し

「どこがだよ!」

 と谷やんが突っ込んで、三人とも大笑いした。


 そこへ入り口の戸が開いて、タカちゃんが入ってくる。


「今、すっごく可愛い子が店から出て来たけど、あれ誰?」

 興奮気味に尋ねるタカちゃんに

「私の自慢の娘」

 と、マミちゃんが得意げに答える。


「そうなの?! え? マミさんっていくつ?」


「レディに年齢なんか聞くもんじゃないぞ、若造」

 タカちゃんを注意する谷やんに

「自分のことは棚に上げて、よく言うよ!」

 と健さんが苦笑する。


 そんな仲間達のやり取りを見ながら、マミちゃんは楽しそうに笑った。

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