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三日月亭のクロワッサン  作者: パンダカフェ
第三部 餃子の弦月庵
16/16

健さんの休日

 弦月庵(げんげつあん)の店主である健さんは、休日になると食べ歩きに出かける。


 行きつけの喫茶店でモーニングを食べ、人気のスイーツ店を覗いては新作をチェックし、その日の気分でおしゃれなカフェや馴染(なじ)みの定食屋などに立ち寄って、ゆっくりと昼食をとる。


 その後は商店街をぶらついて、肉屋の熱々コロッケを頬張(ほおば)ったり、古くからあるパン屋や洋菓子屋で何かしら購入したりして、日が暮れる頃になると家路につく。



 その日、健さんが店舗と自宅を兼ねたビルへ戻ってくると、シャッターが下りた弦月庵の前に、紙袋を持った若い男性が(たたず)んでいた。


「今日は定休日だよ」


 健さんが声をかけると、青年はちょっと面食(めんく)らったような表情になる。


「あ、俺はここの店主なんだ。怪しいもんじゃないよ」


 青年は、店の看板と健さんを交互に見てから

「あの、以前ここにあった『もみじ食堂』は無くなっちゃったんですか?」

 と尋ねた。


「ああ、もみじ食堂の親父さんなら、今は田舎で隠居暮らししてるよ。ここの土地を売った金で、悠々自適の老後ってやつだ」


 健さんの答えに、青年は安堵(あんど)の表情を浮かべた。


「良かった……! お店が潰れて困ってるんじゃないかって、心配だったんです」


「あんた、親父さんの知り合いかい?」


「いえ、向こうは僕のことなんか覚えていないと思います。昔の客の一人ってだけですから。客って言っても、もみじ食堂の方じゃなくて、親父さんが店の端っこに作った『こども食堂』のコーナーでタダ飯を食わしてもらってただけだから、お金なんか払ったこと無かったけど」


「いいんだよ。『こども食堂』のコーナーは、『腹を空かした子供達に、タダでいいから飯を食わせてやりたい』っていう親父さんの願いで作られたんだから。金を払ってなくたって、立派な客だよ。俺だって昔、こども食堂の世話になってたんだぜ」


「そうなんですか? それじゃあ僕たち昔、あの店で会ったことがあるかもしれませんね」


「どうだろうなぁ。お兄さん若そうだし、俺はでっかくなる前に施設へ放り込まれちまったからな。でも、ここの親父さんの親切は忘れたことがなかったし、ずっと心の支えだったよ」


 健さんの言葉に、青年も(うなず)く。


「僕もです。引っ越した後も、ずっとずっと心に残ってて……就職が決まったら、菓子折り持ってお礼の挨拶に来ようって決めてたんです。……ちょっと遅かったみたいですけど」


「そんなこたぁねぇよ。死んじまったわけじゃねぇんだから」


 そう言うと、健さんは携帯を取り出して青年の方へ差し出した。


「これ、親父さんの連絡先。わざわざ行くには遠いから、手紙出すなり電話するなりして、お礼の気持ちだけ伝えときなよ。きっと喜ぶから」


「ありがとうございます!」


 青年は連絡先の画面を携帯で撮影すると

「これ、よかったら……」

 と言って菓子折りの入った紙袋を健さんに手渡し、何度も頭を下げながら帰っていった。



 健さんは自宅に入ると、菓子折りの賞味期限を確認した。

 日持ちするなら、親父さんのところへ送ってあげようと思ったのだ。

 

 賞味期限がだいぶ先だと分かると、健さんは菓子折りを紙袋に戻し、ガムテープで封をして、宛名と住所を書き始める。


 そして差出人(さしだしにん)のところには、自分の名前の下に『昔、親父さんの世話になったっていう若い兄ちゃんが、お礼にって置いてったよ』と書き添えた。


「これでよし!」


 健さんはペンを片付けると、貴重品をまとめた袋から銀行の預金通帳を取り出し、残高を眺めた。


「これじゃまだ、心もとないなぁ」


 残高に記載された金額は、八(けた)に届いている。

 けれども健さんの目標金額には、まだ到達していない。



 かつて、腹を空かした自分に手を差し伸べてくれた親父さんのように、いつか自分自身も「こども食堂」を運営したい。



 それが、健さんの(ひそ)かな目標だ。


 そのためには、もう少し潤沢な資金が必要になる。

 誰かの支えになりたいと願うなら、まずは自分の足場をしっかりと固めなければならない。


 株で資産を増やしながら、餃子屋の店主として地域の人々と交流を深める日々。


 困った時は、みんなで支え合う。


 そんなふうに、周囲の人々と助け合える関係が築けたらいいな、と健さんは思っている。



 そう遠くない将来、弦月庵には大人達の声だけでなく、こども達の(にぎ)やかな笑い声も響き渡っているかもしれない。

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