陽向とトキとミチル(3)
目の前に現れたもの、それは実菜穂の言葉のとおり狛犬であった。
狛犬。社内の神様や境内全体を守護するため、一対で存在している霊獣。本殿に向かい右に口を開けている姿でいるのが阿形、左側の口を閉じているのが吽形である。狛犬というが、実は阿形は獅子である。狛犬は左の吽行のことをいうのだが、いまではどちらも狛犬として崇められている。
狛犬の像に決まった姿があるわけではないが、ユウナミの社では、少し変わった姿をしている。というのも、野球ボールほどの大きさの玉を阿形は口に咥えており、吽行は頭に乗せている。おまけに吽行の足下には、子供の狛犬が玉を抱えている。他の社ではお目にかかる姿ではないかもしれない。そう、この玉はもちろん人の御霊である。人の御霊を預かるユウナミの神の社ならではの光景である。
さて、その狛犬の像が生きているかのように実菜穂達の前に現れているのが今の状況である。
とはいえ、三人とも落ち着いて狛犬を眺めている。今日とて、神様に邪鬼に巨大蜘蛛とお目にかかってきたのだ。いまさら狛犬が動いたところで、それほど驚くことはない。むしろ、何とも言えない厳しい雰囲気のなかでの愛嬌のある顔。おまけにおチビもお供しているのだから、思わず「可愛い~」と声を上げそうになるほどだった。とくに実菜穂は、目を輝かせていた。
「陽向ちゃん。狛犬だけど、何か言いたそうにしている感じだよ。陽向ちゃんにかな?」
実菜穂が狛犬に笑いかけている。大型犬ほどの大きさの二体の狛犬が、実菜穂を見つめている。
『この子にもあるのか。ミチル』
阿形の狛犬が吽形へ言葉をかける。ユウナミの社の狛犬には名前があった。阿形がトキ、吽形がミチルと呼ばれている。名付けたのが誰なのかは分かっていない。
トキが実菜穂を見つめ、驚いている。ミチルはトキの声に返事をした。
『そのようですね。この子も陽向と同じものを持っているのでしょう。でも、陽向とはどこか違う力を感じます』
ミチルはゆっくりと陽向の前にやってきた。その姿は、霊獣と呼ばれるにふさわしく逆立つ鬣が揺らめく度にあたりの霞がとれていき、凛とした空気を振りまいていた。
陽向はミチルを優しくなでると、ミチルの足下からおチビの狛犬が飛び出して陽向に甘えた。
おチビの仕草は霊獣とは思えないほど可愛く愛嬌があり、子犬や子猫と同じであった。
「さすがは陽向ちゃん。仲良しなんだね」
実菜穂はしゃがみ込みチビ狛を眺めている。
「そうだよ。仲良くしてくれるんだよ。トミ坊は」
「子供はトミ坊って名前なのですか?」
真奈美が陽向の横でマジマジとトミ坊を見ながら、触りたいとウズウズする手を抑えていた。
「私が勝手に付けたの。トキとミチルからトミ坊って。ウリ坊みたいでしょ」
「陽向ちゃん、それはいつからの話なの?」
「三歳のときかな。初めてここに来たときに出会ったから」
「あーっ、ひょとして真一さんが飾っていた写真がそのときかな」
実菜穂が「おーっ」という顔をすると、陽向は照れていた。
陽向の優しい笑顔に対して、トキとミチルはジッと見つめたまま、行く手を阻むように回り込んでいた。




