記憶B-2 -fragments of memories-
目が覚めた。
柔らかな日差しが窓から差し込んでいる。
ふわふわのお布団に、清潔感に溢れる部屋。私の部屋だ。
ベッドから這い出て、窓の前で大きく伸びをする。
コロニーの中でも一番高い所にあるこの建物からは、街の人たちがゆっくりと一日の準備を始めている様子が見て取れた。
五千年が経過しても、昔と変わらず人がたくましく生活している光景をみると、この世界が確かに過去の延長線上にあるのだと感じることが出来て、ちょっと嬉しくなる。
私がコールドスリープから目覚めて三週間が過ぎた。
最初は戸惑う事も多かったけど、烏丸さんや「雪月花」の三姉妹、あとは天宮君の手助けのお陰で、なんとかこの時代の生活に慣れ始めている。
外を歩くたびに芸能人かスター選手を見るみたいに人が集まって来たのは最初の内だけで、ここ数日はようやく落ち着いて散策ができるようになっていた。
今日は天宮君にボウガンの使い方を教わる予定だ。
ボウガンを使う状況というのはつまり、あのでっかい昆虫の化け物と対峙することを意味するわけで……。あまり乗り気はしないんだけど、仕方がないか。
動きやすい服装に着替えるため、寝巻を脱ごうとしたその時――ふと視線を感じて、私はくるりと振り返った。
「……うっ」
「うっ、じゃないですよ。何してるんですか、凛花さん」
隠れているつもりなのだろうけど、朝日を反射した丸眼鏡がタンスの陰で光っていたからすぐに分かってしまった。
凛花さんは数拍の沈黙の後、いつものキリっとした表情で私の目をまっすぐに見て言った。
「おはようございます、雫様。どうぞ私のことはお気になさらず。壁か障子か塵芥とでも思っていただければと」
いや、そんな存在感のある壁があってたまるかい。
私はため息をついて、凛花さんの手を取って部屋の外へと追いやった。
「着替えたらすぐ朝ごはん食べに行きますから、外で待っててください」
「そ、そんなぁ……」
一転、玩具を取り上げられた子供みたいな情けない声を出した凛花さんに構わず、扉を閉める。
そのまま再度着替えを始めようとして……なんだか嫌な予感がして扉に耳を当てる。
凛花さんが誰かと話す声が聞こえた。
「何してんのよ、凛花。あれだけ見つからないように気を付けなさいって言ったのに」
「ふふ、相変わらず凛花ちゃんは不器用ねぇ」
この声は、雪菜さんと葉月さんか。
さばさばっとした喋り方が長女の雪菜さん。
おっとりふんわり喋るのが次女の葉月さんだ。
「ちゃ、ちゃんとお姉ちゃんたちが言う通り、タンスの陰に隠れてたもん!」
……凛花さん、姉妹で喋る時はあんな感じなんだ。ちょっと可愛いかも……じゃなくて! 今なんて言った?!
「馬鹿ねぇ凛花。いーい? ただタンスの陰に隠れるだけじゃダメなのよ?」
「……どういうこと?」
「しょうがないなー。凛花にも教えてあげるよ。いいか、凛花。実はあのタンスには隠し扉があってさ――――で、開け方は――――ってなもんで、そうすると――――な雫様のあられもない――――」
……ほうほう。隠し扉が、ねぇ……。
私は件のタンスに近寄って、雪菜さんの言っていた通りの場所をこんこんと叩いた。叩いた場所がかこんと凹んで、隠し引き戸みたいになった。躊躇いなく引っ張ると、大人一人ぎりぎり入れるくらいのスペースが現れた。
なんか無駄に大きいタンスだとは思ってたけど、こんな仕掛けがあったなんて……。
中を覗いてみると、小さなのぞき穴が空いていた。なるほど、ここから見てたわけね。
ふーん。なるほどなるほど、なるほどねー……。
「――でね、私が見た時、雫様、何してたと思う?」
「もー、お姉ちゃん焦らさないでよ! 早く早く!」
「ふふふ、そう急くでない急くでない……。なんと……鏡の! 前で! ひと、り、ラ……」
「はろー。三人とも、朝から元気そうね」
扉を開けると、楽しそうに話し込んでいた三姉妹の動きがぴたりと止まった。うん、中々いい反応するじゃない。
雪菜さんが引きつった笑顔を私に向けた。
「お、おはようございます雫様。ど、どうされました、か……?」
「んー? 別に大したことじゃないんだけど、一つ言わなくちゃいけないことがあってね」
「な、なんでしょうか? 雫様のお願いとあれば、私たち三姉妹、粉骨砕身の想いでことに望ませていただく所存で――」
「三人とも、今日から私の部屋に入るの禁止ね」
「それだけはご勘弁を!」
手のひら返すのはやっ。手首引きちぎれそう。
「だめなものはだーめ。全部見られてると思ったら、恥ずかしいもん」
「「「雫様に見られて恥ずかしい所などございません!」」」
「三人そろって言わんでいい!」
あと、そういう問題でもないから!
まったく……魅了の力は制御が効かないのが厄介すぎる。何の能力付けられても文句は言わないけど、せめて自分の意志でオン・オフくらいできるようにしといてよね……。
ただ、女性にもかかるのはある意味ありがたいかなとも思う。もし異性にしか魅了の効果がなかったら、今頃私は嫉妬に狂った女性たちに囲まれて殺されていただろう。
男女そろって私の魅了の効果を受けたカップルは、私のことをアイドルみたいに扱う。
私がいるからといって、二人の間にある愛が揺らぐことはない。きっと私の魅了は既存の愛を上書きする力はなくて、別腹みたいなものなのだと思う。
もちろん本人たちに聞いた訳じゃないから、本当の所は分からないけど。
「とにかく。絶対だめだからね。……入ってきたら、嫌いになるから」
「そんな! し、雫様! お慈悲を……お慈悲をぉおおお――」
ばたんと扉を閉めると、ちょっとだけ三姉妹の悲鳴が弱まった。
まぁ、あれだけ言えば反省するだろう。私の身の回りのお世話を一生懸命してくれてる三人を嫌いになることなんてあり得ないけど、いつ覗かれてるか分からないのは流石に嫌だ。
【雫】
「なによ」
机の上に置いたCMSUから女性の声がした。
性別を「女性」と設定しただけのAIの声だ。性格や喋り方といった個性はランダムに決まったらしい。そこそこ人間らしく、それでいてどこか機械らしさも感じるさっぱりとした性格は、私の好みだった。
無機物であるAIには魅了がかからないから、仰々しい態度を取られなくて気が楽だ。
【三人を部屋に入れなくても良いのですか?】
「だっていつも肩肘張ってるのは嫌だし。なんで?」
【いえ。部屋の掃除、一人で出来るのかなと思いまして】
「それくらいできるわよ。失礼ね」
自分の部屋の掃除は……したことないけど、まぁなんとかなるでしょ。コールドスリープ前もお手伝いさんがやってくれてたからなぁ。
【あぁ、そうそう。因みに、雫が寝た後、三人が日替わりで部屋に出入りしているのは把握していました】
「だったら早く言いなさいよ!」
脱いだ服をCMSUの上に投げると、AIは黙った。
まったく、この時代の人たちは個性が強すぎる。……いや、AIはヒトじゃないけどさ。




