記憶B-3 -fragments of memories-
「おせぇよ」
「ごめんごめん。ちょっと色々あってね。天宮君は時間通りに待っててくれて偉いねー」
「仕事だからな……っだぁあああ! 頭を撫でるな! 気色悪い!」
「気色悪くはないでしょ? 私今、世界最高に魅力的な女性なはずだし」
「能力のお陰だろ」
「んー、能力がなくても、そこそこ可愛いと思うけどなー」
「くっ……なんでいつもこんなに自信満々なんだこいつは……」
そうしないと生きてこられなかったからね、とは言わず、私は笑って答える。
「自信はないよりあった方がいいでしょ?」
「へっ、今日はそのふてぶてしい態度がどこまでもつか見ものだな」
そんな他愛もない会話を交わしながら、私は天宮君について街の中を歩き出した。
すれ違う度に色んな人が笑顔で手を振ってくるので、私も笑顔でそれに答えた。
本当にアイドルみたいな気分だ。勿論、魅了の能力のお陰なのは分かっているので、自惚れたりはしないけれど。
私がコールドスリープから覚めた時、研究室の目の前で待ち構えていたテレビに放送されたから、このコロニー内で私のことを知らない人は皆無らしい。
魅了は、「私の姿を視界に入れた生物」に効果があるらしいので、コロニー内で魅了にかかっていない人間はいないということになる。文字通り万人に愛されるという状況は……五千年前、私が本来生きていた時とは違い過ぎて、なんなら真逆で、少し困惑する。
十分ほど歩くと私たちは広い庭園の中にたどり着いた。奥の建物には「青空保育園」と書いてある。
「よし、ここだ。今日はここで――」
「あまちゃーん!」「あまちゃんだ!」「あまちゃんあまちゃん! 何しに来たの! 遊びに来たの? 遊びに来たんだね! やったー!」
天宮君が気だるそうに言いかけた言葉は、色とりどりなパステルカラーの声にかき消された。
同時に、彼の胸元に弾丸みたいな勢いで子供たちがぶつかっていく。
「んだぁあああ! 鬱陶しい! 離れろお前ら! 今日は仕事! 遊びに来たんじゃないんだよ!」
「えーお仕事なの?」
「そうだ」
「しずくさんと一緒に?」
「そうだ!」
「……でーと?」
「そう……違うわ!」
そうだって言いかけたー! デートだー! ちげぇよ護衛の仕事だって言ってんだろ! とはしゃぐ彼らを、私は黙って眺めていた。
そっか、保育園とかあるんだ。
そうだよね、人類が衰退したとは言っても、人口五万人だもんね。
子供の数だってそれなりにいるよね。
奥の建物に目を向ける。ただの保育園にしては箱が大きい。あっちはキッチン付きの食堂、あっちは寄宿舎、かな? もしかしたら、孤児院としての役割も担っているのかもしれない。
コールドスリープから覚めた、親のいない子供を預かり、里親が見つかるまで預かる施設。
そう、例えば――
『しずくちゃん、どうして泣いてるの?』
――あの子たち、みたいな。
「しずくちゃん、どうして泣いてるの?」
「――っ!」
気付けば、頬を涙が濡らしていた。
心配そうに私の方へ走り寄ってくる女の子に、期せずして同じ言葉を投げかけてくれた女の子に、思わず両手を差し伸べそうになった時……私の意識はばちりと現実に引き戻された。
「来ちゃだめ!」
「ふぇっ?」
鋭く、制止の声をかける。
涙は体液だ。万が一彼女の目や口に触れてしまえば……壊死の能力で、彼女の体はぐずぐずに崩れ落ちてしまう。
想像するだけで、身も毛もよだつような光景を思い浮かべ、私は女の子から距離を取った。
「……ふぇ……」
怒られたと思ったのだろう。
優しい女の子は、綺麗な瞳一杯に涙を浮かべ、泣き始めた。
「ふぇえええ……! し、しずくちゃんが泣いてたから……よしよししてあげよ、と、おもっただけ、なのに……ふぇええええ!」
「……ごめんね」
私は自分の涙を服の袖でぬぐいながら、小さく声をかけた。
正しい選択をしたと思っている。
間違ったことをしたとは思わない。
だけど――
「あぁ、泣くなカリン。ほら、これで顔ふいて……。園長先生から聞いてないのか? あの人……白絹さんは壊死って言って――」
天宮君が女の子をなだめながら、弁解をしてくれている。
やっぱり素直じゃないだけで、優しい子だ。
そんな彼らを、私は少し離れたところから眺めていた。
天宮君の後姿に、私の姿が重なった気がした。
◇◇◇
「嫌われちゃったかな」
「んなわけねぇだろ。カリンはあほなんだ。いっつも誰かとケンカしても、次の日にはそんなこと全部忘れたみたいにニコニコ相手に話しかける。今回だってそうに決まってる」
「いい子だね」
「そうだな」
私には魅了の能力があるから嫌われるはずがないんだけど、それを口にしないのは彼の優しさなのか、はたまたただ忘れてただけなのか……。
私が泣いていた理由も深く突っ込んでこないところをみると、前者な気もする。
うん、そう思っとこ。その方が、私が嬉しいし。
「なぁ、お前さ……」
「ん?」
園庭の中にあるベンチに座って、子供たちがきゃっきゃと騒ぐ様子を眺めながら、私たちはぼんやりと会話を交わす。
「泣く時は一人で泣かなきゃとか、思ってねぇよな」
「あはは、何それ。思ってないよ」
「嘘だな」
「……」
あれ、おかしいな。今のは完璧に誤魔化せたと思ったのに。
「まだお前と会って一か月足らずだけど……それでも分かることだってある。お前は、嘘がうますぎる。嘘をつきなれたやつの、嘘だ」
「……意外と鋭いんだ」
「俺の親がそういう人たちだったからな」
どういうこと? と目で問いかけると、彼はとつとつと話し出した。
「お前は、この世界の人間がみんないいやつに思えてるだろうけど……実際、そんなことはないんだよ。この世界にだってクズはいる。……野菜を収穫した時にさ、いつだって一定数、出来の悪いのが混ざってるんだ。とてもじゃないけど食えないような、人様の食卓に並べられないようなクズ。それが、俺の親」
「……」
「人を騙して金をとって、人に騙されて金を失って、そうやって何回も何回も、嘘にまみれながら生活を続けて……結局、牢屋にぶち込まれた。俺が五歳の時だ」
この世界の人たちは、温かいのだと何となく思っていた。
極寒の環境下で、必死で生き抜くために、せめてもの抵抗として、人と人とのつながりは大切にし、相手のことを自分のように思い、そうやって、身を寄せ合いながらも仲良く暮らしているのだと、勝手に思い込んでいた。
だけど、そう。人は考える生き物だから。
考えて、考えて、楽に楽しく生きられる術を探り出す生き物だから。
その主語が「自分だけが」に置き変わったとしても、不思議ではないのだ。
「それから俺はこの青空保育園に入れられて……まぁ今に至るってわけ」
あの子たちの懐きようから、天宮君がこの保育園と何か関係があるのは勘づいてはいたけど……まさかそんな過去があったなんて。
「……ご両親は?」
「知らね。まだ牢屋の中だと思うよ」
心底興味がなさそうに、彼は言った。本心はまだ、私には分からない。
「だからさ、分かっちゃうんだよ。嘘ついてるかどうか。相手を傷つける嘘。自分を傷つける嘘。幸せな嘘。悲しい嘘。楽しい嘘。色々あるけど、お前のは最悪」
「気になるなー、どんな嘘だった?」
「自分だけを傷つける嘘だ。誰も気づけない、誰もお前を助けない。だけどお前は傷付いて行く、勝手に、知らない間に」
自分だけを傷つける、か。そうなのかな……。
こうして天宮君に言われるまで、気付きもしなかったけど……。そこまで考えた時、私は思わず笑った。
当たり前か。
彼の言う通り、誰も気づいてはいなかったんだ。
誰も。誰も。私ですら。
「……でも、天宮君は気付いてくれたんだね」
「先週くらいから薄々思ってはいたけど、さっきので確定したんだよ。それ、ほんと止めた方がいいぞ。何が嘘で、何が嘘じゃないかが分からなくなる前に、やめとけ」
「……努力する」
治せる気は、あんまりしないけど。
嘘を付く癖って、中々治らないらしいし。
クセに、なっちゃうらしいし。
だけどいつも噛み付いてくるばっかりの天宮君が、こんなに真摯な目で、真剣な声音で言ってくれてるんだから……努力位はしないといけないよね。
「えーと、何言おうとしたんだっけ……。あぁそうそう、だからさ」
大きく一つ伸びをして、彼は何でもないことのように、朝の挨拶みたいに言った。
「俺くらいは、お前の横で見ててやるから、安心しろよ。泣いてるところ。おっかなくて触れやしないけどさ」
「んー、口説き文句的には四十五点かなー」
ベンチから立ち上がって、私は言う。
さらりと言えた気がする。髪の毛が長くて良かったと思ったのは初めてかもしれない。
ぱんぱんと自分の顔を軽く叩く。うん、大丈夫だよね。大丈夫……だよね?
「は、はぁあああ⁈ 口説いてねぇし! 誰がお前なんか! だ、大体お前、人が折角心配して――」
「冗談だよ。じょーだん」
そのまま彼の前を横切って、背中越しに振り向いて、言う。
ねぇ、天宮君――
「ありがとね、天宮君。うれしいよ」
「……おう」
――私今、どんな顔してる?
◇◇◇
その後私は、ボウガンの使い方を天宮君に教えてもらった。
「で、あの赤いのと緑のが動くから点数高いってわけ。分かった?」
「うん、とりあえず私には絶対使えこなせないことだけは分かったかな」
無理、絶対無理。
あんな小さい的に、こんな細い矢が当たるわけないでしょ! 宝くじの方がまだ可能性を感じるわ!
「いや、そんなに難しくないんだって。こうやってセッティングするだろ? で、こうやって構えて、照準を合わせる。で、トリガーを引いて……打つ」
ばりんという音がして、緑色の破片が散った。
な? とこちらを見た天宮君の顔が腹立たしくて、思わずはたいてやりたくなった。
なんでできないの? みたいにこっち見ないでよ!
出来るわけないでしょ、こちとら数週間前まで、五千年前に生きてたんだから!
虫は大きくても手のひらサイズの穏やかな時代だったんだから! ……自分で何言ってるか分からなくなってきた。
「頼むぜ、これくらいは出来てもらわないと、外に出せない」
「私まだ外に出ること、了承してないんだけど!」
「それは烏丸さんとかに言ってくれよ」
「だ、だいたい。天宮君、護衛なんでしょ? 私がボウガン使える必要あるの?」
「あるさ。ボウガンの用途は、何もオーガ・インセクトを傷つけるだけじゃない。手の届かない所に生ってる木の実を打ち落としたり、倒木を破壊したり、オーガ・インセクトの気を引いたり、便利な道具なんだよ。これができなきゃお前だって後々困るぜ。つべこべ言ってないで、練習だ、練習」
「ぐぬぅ……」
私が外に出ることを承知していない、という一点を除けば、天宮君が言っている事は正しかった。
そして外に出てオーガ・インセクトの狩りを手伝う事は、私のこの世界での「価値」だ。
分かってる……分かってるよ。
「ほら、そこもっと腕に力入れて、照準固定して。……今度は肩に力が入りすぎだ。ボウガンを動かすのは左手。右手はトリガーを引くだけ」
力を入れろって言ったり、入れるなって言ったりややこしいなぁ……。
自分のセンスのなさにイライラして、つい私は天宮君に意地悪をしたくなった。
「もー、言葉で言われるだけじゃ分かんないよ」
「は? じゃぁ他にどうしろって――」
天宮君の手首をつかみ、言う。
口角が意地悪く吊り上がったのが、自分でも分かった。
「どういう姿勢が正しいのか、ちゃんと私の体を触って教えてよ」
「……お前なぁ」
「あれー? 料理でもお裁縫でもスポーツでも、正しい姿勢とか動きを教えてもらうには、それが一番早いって聞いたんだけどなー。そっかそっか、天宮君にはできないかー」
我ながら性格の悪いことを言っているとは思うけれど、さっきのこともあって、私は彼にとっても意地悪をしたい気分だった。天宮君の反応が可愛くて面白いというのもある。
「できないなら仕方がないなー。私、ボウガン使うのはあきらめようかなー」
「……分かったよ」
私の顔を直視するのすら、まだ赤面してしまうような初心な天宮君に、そんなことはできやしないと高を括っていた私は……不意をつかれた。
「ほら、こうだよ。こう」
「……ほう」
思っていたより。
想像していたよりがっつりと体を触られ、なんなら包み込まれ、私は色気のない音を発した。
天宮君は私を後ろから抱きしめるように両手をつかみ、ボウガンの正しい構え方を教えてくれた。
私の腕をつかんだ彼の両手の力は、抱きしめるなんて甘っちょろい表現の似合わない、とても力強いものだった。
腕は無理やり引っ張られてちょっと痛いし、筋肉質な彼の体はごつごつしていて居心地がいいとは言えない。代謝がいいのか体温が高くて、急に周囲の温度が上がったように錯覚する。
「なんだよ……お前がやれって言ったんだろ……」
耳元で彼の声がした。
表情が見えないからか、少し大人びた声音に聞こえた。
私は大きく息を吐き、首を逸らし――彼の耳元で囁く。
「えっち」
「えっ、えっ、えっちじゃねぇよ! 変なこと言うなよ気持ちわりぃな! 早く打てよ! ほら!」
トリガーを引くと、乾いた音を立てて青色の的が散った。
「お、当たった! やるじゃん私!」
「今のはどう考えても俺のお陰だよな⁈」
顔を真っ赤にして叫ぶ天宮君を見て、私は安心する。
うんうん、やっぱりまだまだ子供だよね。天宮君はこうでなくっちゃ。
誰に向けるでもなく、私は心の中でそう呟いた。
最低で最悪な嘘をつく私は、こうしてまた嘘を重ねていく。
嘘を付いているという自覚すらなく。




