↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

十四:ハント・ザ・クリケット(前編)

「さて、多分この辺なんですよねー」


 ざっくりとした地図の入ったCMSU(シームス)と睨めっこしながら、深い雪の上を歩く。僕たちはオーガ・インセクトを……正確にはオーガ・インセクトの巣を探していた。


 今回の依頼は簡単に言えば「クリケットが大量に湧いたので駆除して欲しい。多分どこかに巣があるから根絶やしにして欲しい」という物だった。

 クリケット、は英語でコオロギの事だ。もしかしたら鈴虫かもしれないけど。

 最初はムカデ、次はコオロギ……まぁムカデよりはマシか。

 

 大量のオーガ・インセクトを駆逐(くちく)する依頼だ。

 並大抵の狩人では遂行できないだろうという事で、雫の所まで話が回ってきたらしい。

 雫なら相手が何匹いようが関係ない。唾をかける相手が増えるだけだ。


【楓、その辺りに生えている植物を採集しておきましょう。何種類か、池貝さんの依頼リストにあった薬草が確認できます】

「あ、了解。雫、いいかな?」

「構いませんよー。私は先に行って確認してますし、ゆっくり付いて来て下さい」


 僕は狩りには何の役にも立たないし、問題無いようだ。

 ザックから採集用の密封袋と根堀りを取り出して、早速採集に取り掛かる。


 植物の場合、根っこにも有用な成分が含まれてる事があるらしく、しっかり根元から採集してきて欲しいとの事だった。

 ついでに言えば、周辺の菌類と相利共生をしている事もあるから、土ごと持って帰ると更に嬉しいらしい。


「あぁ、そうそう。一緒に行動するにあたって、守って欲しい事があるんです」

「ん? なに?」


 土は重いからあんまり沢山は持って帰れないなぁ。

 そもそも何で相利共生してたら土がいるんだ? 

 この辺も採集家として必要になる知識なのかもしれない。


「危険なので、狩りをしている私の傍には近寄らないでください、助けないでください。絶対にです。いいですか?」

 

 何が危険なんだろうと少し考え、僕も壊死(アポトーシス)の巻き添えになってしまったらシャレにならないからか、と得心が行った。

 戦闘中の雫には近寄らない方が、お互いにとって良いという事だろう。

 といっても唾液をかけるだけなんだし、そこまで徹底しなくても良いのでは、とは思うけど。


「ん、分かったよ」


 ただ……「助けないで」とはどういうことだろう。よくよく意味を咀嚼(そしゃく)するとおかしな話だ。

 助けるも何も、雫はそもそも危険な目に合う事はないはずだ。

 魅了(チャーム)は全ての生物に有効だ。そしてそれ故に、どんな生物も彼女を攻撃することはできないのだから。


「雫、あのさ――――――――――って……もういないし」


 顔を上げると、前方には鬱蒼(うっそう)とした針葉樹林が広がっていた。

 雪の上に残った小柄な足跡は、点々と林の中へと続いている。

 まぁ……雫は少なくとも一年以上はこの仕事をしてるみたいだし、僕なんかが心配するのもお門違いか。

 

 気を取り直して、僕はせっせと採集を続けた。

 少量集めても仕方がないという話だったので、大量に掘り返す。

 生態系とか問題ないか若干心配だったけど「この程度自然にとっては誤差の範囲」とアイが教えてくれたので、気が楽になった。


「しかし……こんなのが本当に薬になるのかな」


 密閉袋も三つ目がぱんぱんになってきたところで、僕は思わずつぶやく。

 僕から見れば、ただの雑草だ。


【人類衰退前、鎮痛剤、解熱剤の成分として有名だったアスピリンは、もともとヤナギの樹皮から精製されたものです。昔は頭痛が起こったらヤナギの樹皮を噛んでいた人もいるそうですから、植物に含まれる成分は馬鹿にできません】

「へぇ。今集めてるのは?」

【リストにある植物の成分は、下痢止め、咳止め、精神安定、滋養強壮など、様々ですね。内科に加えて精神科も担当してましたから、必要な薬の種類も多いのでしょう】

「なるほど。そして僕はそれをいずれ覚えないといけない訳だね……」

 

 採集家の道も、中々大変そうだ。まぁ命の危険が少ないだけ、狩人よりは数倍マシだけど。


【時に楓、貴方は滋養強壮のお薬を沢山貰っておくべきではないでしょうか】

「あ、大体オチが見えたから、その先は言わなくても大丈夫でーす」


 AIに自分の性欲の心配をされるとは、何とも悲しい話だ。

 制御できるだけで、枯れてはいない。ハッスルしようと思えばハッスルできる。なんなら一日中ハッスルすることだって――――


 そんな下らない事を考えていると、鈴を振ったような音が耳に入った。


 さっきまで僕とアイの声、風の吹く音や、木々のざわめく音くらいしかなかった空間に、それは独特な色を持って響き渡っていく。


「これってもしかして……コオロギ?」

【どちらかと言えば鈴虫に近いですね。音色が鮮やかです。複数の個体が鳴いているようですね】


 という事は、雫は無事にクリケットの群れに遭遇できたという事か。

 きっとこの音も、数分もしない内に聞こえなくなるのだろう。


 そう言えば、と僕は思い出す。

 烏丸さんにオーガ・インセクトの体片の採集を依頼されてたっけ。

 早く行かないと、あのバーサーカーは全部ぐちゃぐちゃの細胞塊にしてしまう。


 やれやれと立ち上がり、僕は足早に針葉樹林の中へと向かった。


 林の中は影になっていて一層寒い。

 ざくざくと雪を踏みしめながら、音のする方へと向かう。


 ふと。


 僕は疑問を覚えた。


「……なぁ、アイ」

【なんでしょう?】

「虫って雄しか鳴かないよね」


 虫が鳴く理由は単純だ。


 一つは縄張りの主張。


 もう一つは、求(・)愛(・)行(・)動(・)。


「アイ。『魅了』は「繁殖期」にある雄にはどう働くんだっけ」

【……異性として、非常に魅力的に映ります。個体によっては、抗えないほどに】


 と、いう事は。


 仮に「繁殖期」にある雄のオーガ・インセクトに出会ってしまったとすれば、そいつは種を残すために当然の行動、「生(・)殖(・)行(・)為(・)」を行おうとするのではないだろうか?


 その場合オーガ・インセクトは、唾液をかけさせてくれるくらいに、大人しくしているのだろうか?



 

『んー……別に大したことじゃないんだけど。雫はなんで武器持ってるの? そのナイフみたいなのも武器だよね?』

『あぁ、説明してませんでしたね。ボウガンは念のために持ってるだけです。で、ナイフの方は出番が多――――』




 あれは……そういう事だったのか?

 狩猟ナイフやピストルボウガンは、繁殖期の雄に遭遇した時のための自衛手段だったのか?

 

 自然と、音の発生源へ向かう足が速くなる。


 音がだんだんと近づいてきていた。

 林の外に居た時は分からなかったけれど、凄まじい音量だ。

 思わず顔をしかめるほどの音の礫(つぶて)が、鼓膜を痛い程に震わせる。


 あいつはこんな中でまともに戦えるのか?

 そもそも、これだけの数の雄をいなせるのか?

 「壊死(アポトーシス)」以外、相手を攻撃する能力は持ってないだろう?


 考えれば考えるほど、不吉な考えが脳裏をよぎる。


 僕なんかが彼女の心配をするなんて間違っている。

 分かっている。分かっているんだ。

 だけど――――


 雫の言葉がリフレインした。

 


『あぁ、そうそう。一緒に行動するにあたって、守って欲しい事があるんです』

『ん? なに?』

『危(・)険(・)な(・)の(・)で(・)、狩りをしている私の傍には近寄らないでください、助けないでください。絶対にです。いいですか?』



「……くそっ!」


 駆ける。


 雪が足の周りにまとわりついて、思ったように走れない。

 ザックが重くて速度が出ない。

 もどかしくなっていらいらして、ザックはその辺に投げ捨てた。

 走りながらボウガンを取り出し、適当に矢をリロードする。矢の色を確認する余裕はない。

  

 肺が痛い。鼻腔が痛い。まるで、冷え切った空気が体を内側から切り裂いている様だ。

 ペース配分も考えずに走ったらこのざまか。


 けど、足は止めない。

 咳き込みながら、時折食道を駆け上ってくる胃の内容物を飲み込みながら、それでも走る。


 助けないでください?

 ふざけるな!

 人類最強の能力を持ってるからなんだ。

 どんな生物でも壊死させられるからなんだよ!


 君は、それでも――――それでもその能力がなければ、ただの一人の女の子だろう!


「いた!」


 雫は数メートル先で、十匹ほどのクリケットに囲まれていた。

 数匹が羽をこすり合わせ、求愛している。

 そのうちの一匹が、今まさに雫に飛びかかろうとしていた。

 

 ぞわりと、体中のうぶ毛が逆立った。

 あんなのが雫の体にのしかかったら、あいつは――――

 

「アイ、サポート!」

【はい!】


 ゾーンに入り、スコープを覗く。

 シューティング・バトルの時と同じく、時折スコープの中が赤く点滅した。

 おそらく、クリケットの弱点部位を示してくれているのだろう。


 悍(おぞ)ましい程に大きなコオロギが、スコープの中でゆっくりと跳ねた。

 後ろ足と腿節(たいせつ)が伸びあがり、下腹部にある生殖器がぐりっと突き出ている。

 あまりにもグロテスクなその化け物に向けて、僕は引き金を引いた。



 ばちんっ



 という激しい破裂音と共に、スコープの中でクリケットの体が爆ぜ散る。

 前羽と後ろ羽の部位に拡散矢が刺さったらしい。

 中から飛び出したギミックは、クリケットの羽根の大部分をえぐり取った。


「――――っは! っは!」


 ゾーンを解くと共に、音と時間が塊となって襲い掛かってくる。

 鈴の音に加えて、ピギャァという聞き苦しい音も混じっていた。



 まだ終わってない。


 まだこんなにいる。



 雫は大丈夫だろうか? 確認する余裕はない。

 奥歯を砕けるくらいに噛み締めて、矢をリロードした。

 その時。


【楓! 上です!】


 手負いのクリケットが再び飛び上がり、僕に向かって跳躍していた。

 巨大な虫が僕に襲い掛かってくる。

 その事実だけで震えあがり、手足はすくみ、体は思うように動かない。

 

 一瞬の、遅れ。 


 すぐさま恐怖の感情を押し殺し、ゾーンに入り、回避行動に移る。

 だが――――間に合わない。


(くそっ……せめてかするくらいに……!)


 身を丸め、前方に全力で飛び、転がる。

 背中に何か大きな質量を持つ物がぶつかった。

 クリケットの後ろ足だ。

 体勢を大きく崩した僕は、その場に無様に這いつくばる。


「――――っぁ……か……はっ……!」


 おまけにゾーンが解けた反動で、体が思うように動かない。

 振り返ると、丁度クリケットも顔をこちらに向けたところだった。




 目が、合った。




 黒々と塗りつぶされた目から、僕は強烈な怒りと、殺気を感じ取った。

 言葉は通じなくとも、僕を殺したいほどに憎んでいることは、痛い程に伝わった。

 凶悪な顎がぬらり光る。


 ゾーンはしばらく使えない。

 反動が大きすぎる。

 

 体も思うように動かない。

 ボウガンを打てば当たる距離だが、間に合うかどうか。



(こう、なったら――――っ)



 覚悟を決めたその時。

 クリーム色のコートとワインレッドのスカートが視界を覆った。



「動かないでっ!」



 空間を割くような鋭い声を上げて、雫は腰にかかった狩猟ナイフを引き抜き、そして――――

 自(・)分(・)の(・)腕(・)を(・)切(・)り(・)裂(・)い(・)た(・)。



 真っ白な世界に、鮮やかな紅(あか)が咲いた。



 紅(あか)は勢いよく、軽やかに空間を染め上げて、一匹のクリケットに付着した。

 クリケットがどろりと溶ける。


 間を置かず、雫はくるりと回転し、右腕を大きく振るった。

 

 腕の軌跡を追うように、半円状に鮮血が舞い、周囲にいたクリケットに次々と被着していく。

 クリケットは血がかかった傍から融解し、やがて原型を留めなくなった。

 

 わずか数秒。

 あんなにもうるさかった林の中は、水を打ったように静かになった。

 

 聞こえるのは二人分の荒い息遣いだけだ。


「――――して」

「雫……」

「――――どうして」


 立ち上がろうとした僕の胸元を、雫が踏みつけた。


「どうして助けようとしたんですかっ⁈」


 その声は。


 その表情は。


 僕が今まで見てきた中で、一番怒りに満ち溢れていて、そして同時に――――くしゃっと泣き崩れてしまいそうにも見えた。


「馬鹿じゃないんですか馬鹿じゃないんですか馬鹿じゃないんですか⁈ 言いましたよね? 私言いましたよね⁈ 絶対に助けるなって、言いましたよね! なんでノコノコ出て来てるんですか! 弱いくせに! 何もできないくせに! 役立たずの癖に!」

「……僕は――――」

「うるさいっ!」


 再び胸を足裏で突き飛ばされ、地面の上に倒れた。ブーツの底って、結構固いんだな……

 怒り狂った雫は、そのまま僕に馬乗りになって、胸倉を捻りあげた。


「誓って下さい約束してください今ここで! しっかりと! 明言してください! もう二度と、私の戦闘には入って来ないって、邪魔しないって、ちゃんと見捨てるって!」

「……分かった」


 襟元が少し緩む。

 だけど……僕は言わなくちゃならない。

 そ(・)の(・)言(・)葉(・)は(・)許(・)容(・)で(・)き(・)な(・)い(・)。


「けど、見捨てることは、しない」

「―――っ! まだそんな――――」

「君は確かに強い。僕が居ても足を引っ張るだけだ。それは良く……よく、分かったよ」


 自分の血を使った戦闘。

 血も体液だ。「壊死(アポトーシス)」の力を有している。

 そして彼女のもう一つの能力「無血(ブラッドレス)」。彼女の傷口は数秒で治癒される。血小板と凝固因子が通常の数倍の速度で働きかけ、血管を修復するからだ。

 つまり彼女は、出血死することがない。


 「壊死(アポトーシス)」と「無血(ブラッドレス)」を用いた、自傷行為を伴う戦闘方法。


 僕が間違って傷口や粘膜に彼女の血を浴びてしまったら、僕も死ぬ。

 邪魔なだけだ、それは間違いない。

 けれど


「もし君が死にそうな時は。どうしようもなく危険な状況にある時は、助けに入る。これだけは譲れない」

「なんでっ……。なんで、ま(・)た(・)! そういう事言うんですか! 私の事なんて、好きでも何でもないくせに! なんならちょっと嫌いなくせに!」

「あぁ……そうだよ」


 あれだけ罵倒されて貶されて、それで好きになるなんてこと、あるわけがない。

 どちらかと言えば、嫌いになるに決まってる。

 それでも……それでもさぁ。


「だからって目の前で死にかけているやつを見殺しにする理由には、ならないだろ……?」


 好きとか嫌いとか、そんなの些細な問題だ。

 どれだけ嫌いな奴でも、目の前で死にかけてたら、やっぱり助けるだろう?

 ましてや見殺しになんて、できないだろう?


「っの……分からず屋っ!」


 乾いた音と共に、左頬に衝撃が走った。

 熱い、そして……痛い。

 あぁ僕、叩かれたのか。


「いってぇ……」

「ぁ……」

「いや、平手打ちって……いってぇ……手加減なしか……」


 ひりひりと痛む左頬に手を添えて、ゆっくりとさする。熱を帯びている。

 冷たい風が、頬に心地よかった。


 数拍の後、雫が静かに立ち上がり、僕の顔を見ずに言った。


「……この近くで野営にしましょう。ザック、どの辺に置いてきたんですか?」

「……林に入ったところくらいかな」

「……取ってきます」


 静かにそう言って、ざくざくと雪を踏みしめて雫は去って行った。

 あー……完全に怒ってるなこれは……。


「でも平手打ちは酷いと思わない?」

【……】

「アイ?」

【……はい?】

「どうしたの?」

【なんでも……ありません。しばらく放っておいていただけると助かります……】

「えぇぇ……」


 アイまでどうしたって言うんだ。

 静かな林の中でごろんと仰向けになって、僕は思う。全く……目まぐるしい一日だな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。