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短編03 ウサギ娘 (3/4)

ようやくです

 彼女たちの部屋に行くと、みのりが大きなバッグに着替えを詰めているところだった。


「みのり?」


「せんせ、みのりを止めて!」


 僕がみのりの名を口にすると、みのりの後からみのりをただ見ていたしいなが叫んだ。


「どういうことだ?」


 しいなはベッドの下の段から出てこない。ベッドの柵を掴み、涙をこぼして何もしない。


「みのり、何を?」


 しいなは何も答えてくれそうにない。

 ただ立っていてもみのりは答えてくれそうもない。

 そう思った僕はみのりに直接聞いた。


「家を出るの」


 みのりは当然、というように言う。

 その手つきは乱暴で、洋服が皺になりそうだ。

 とにかく詰め込みたい、そういう詰め方だった。


「家を?」


 昨日の今日で決意できるほど簡単な問題ではない。

 恐らく、前々から考えて居たのだろう。

 昨日の件は決め手になっただけだ。

 でも何故?


 僕はそれを聞くことはせず、周りから聞くことにした。


「おばさんには言ったのか?」


「言ったわ。

 好きにしなさいって。

 お金も貰ったの。

 部屋はこれから決めればいいでしょ」


 既に話は通していたのか。

 だけどしいなからメールが来たのはついさっきだ。

 ということはしいなには話していなかったか。


「聞いてないよ!

 なんで、なんで出て行っちゃうの!?」


 しいなが泣きながら問いを投げかける。

 みのりはそれには答えず、黙々と選んでいるだけだ。

 下着も洋服も詰め終わり、制服を一番上に載せてチャックを締めようとスライダーに手を掛ける。


「な、なんで出て行くんだ?」


 何を聞けばいいのか、どう止めればいいのか分からず、そんな問いを発してしまった。


 けれどその問いにみのりは手を止め、しいなに顔を向ける。


「姉さんには言わない」


 短く言って、みのりはスライダーを締める。


「みのり……」


 みのりの静かな言葉に泣くことすら止めたしいなば呆然と呟いた。


 僕もどうしていいか分からない。

 止めればいいのか、見送ればいいのか、そこからがもう分からない。


 みのりは立ち上がり、バッグの肩紐を肩に掛けた。


 歩き出すみのりの後からしいなが叫ぶ。


「やだ!

 まって、まってみのり!」


 姉を無視して僕の横を通り過ぎようとするみのりを、僕は腕を掴んで引き留める。

 だがみのりは無理矢理腕に力を込めてそのまま行こうとした。


 ウサギ人の骨が弱いのを思い出し、僕はみのりの腕を痛めないよう力を弱めざるを得ない。

 緩めた手から腕を抜いて、みのりは行ってしまう。


「やだ、やだやだやだ!」


「しいな、そこで待ってろ!」


 僕はしいなに声を掛け、みのりを追いかける。


「待てよ、いきなりすぎるだろ?」


 彼女は姉に応えず、玄関へと歩を進めた。

 僕はみのりの後に付いていく。


「なあ、せめて理由だけでも」


 僕は彼女を引き留めようともう一度だけ声を掛けるが、みのりは玄関ドアを開けた。


「みのり!」


 僕はみのりが出て行くのを止めようと歩を急がせる。

 玄関から一歩出たところでみのりは振り返り僕の腕を掴んだ。


「センセー」


 僕の腕を引き、玄関から外に出るみのり。

 彼女の目には涙が溜まり、それに驚いた僕は彼女に引かれるままに出てしまう。


「みのり?」


 彼女の名前を口に出すのが精一杯だった。

 ドアを開けていた手も引かれ、両手を掴まれる。

 後でドアが音を立てて閉まった。重い音が響き、それが姉妹の溝を否応無しに僕の脳に理解させる。


「ね、せんせ」


 その口調は彼女の姉と母にそっくりだった。

 体に絡みつくように耳から入り込み、みのりの緩く細められた目と目を合わせさせる。


「私たちのこと」―― 少しだけの間を置いて――「どうおもう?」


 息継ぎ、声の間、表情。

 それらすべて、姉の様に、相手に媚び、自分の価値を高めさせる。

 そういう、本質から自分のことを理解した、演技のように自分に合わせ完成された仕草。


「どうって」


 僕に寄りかかり、僕を見上げる彼女の顔を僕は見下ろす。


「惚けなくても分かるでしょう?」


 僕の胸と首筋にみのりの手が這う。

 服の上からでも、心臓に、魂にすら這い寄ってきそうなほど、僕に「みのり」を実感させる。

 姉のように。


 解放された僕の両腕は自然、彼女の腰に回される。

 みのりが半歩、僕に寄ると、両腕は彼女の腰にそって彼女の背に。

 自然、彼女を抱き寄せる形となった。


 それにここは日の光照らす外だ。

 彼女の髪が光を反射し環を形作る。

 ふわりと、そよ風に揺れる、姉のようにふんわりとした、けれど色が決定的に違う黒髪が。

 日焼けして健康的なのに危ういくらい細くすっきりとした首筋が。

 彼女の目から視線を逸らせば、そういった男を魅了させるパーツが目に入る。


 息継ぎを経て、彼女の赤い唇が言葉を紡いだ。


「ウサギ人」


 それは彼女達の種族。

 亜人だ。

 だがそれがどうした。

 人間に違いない。

 そんな見当違いのことを思った。


 みのりの意図は、僕とは違う、と言うことではない。

 分かっていても、既に僕は縛られている。

 この一瞬で彼女が作り出した、雰囲気という籠に、僕は囚われた。


 ほんの少し、僕に考えさせる間を与え、反論の出るより先に声を発する。


「他者に媚び、甘え、依存し依存させ、心に入り込む」


 一息に言い、息継ぎと共に涙の雫がみのりの右の頬を伝う。


「それを、私たちは本能でやってのける」


 左目からも涙が零れ、左頬も濡れた。


 みのりは僕から目をそらし、俯いて僕の胸に頭を付ける。

 長い耳が僕の胸や肩に垂れ、熱が彼女をより意識させた。

 声が、熱が、そして微かなシャンプーと彼女自身の匂いすらも、僕をみのりに沈めていく。


「男に媚び、依存し、甘え、愛させる」


 首筋と胸に這わせていた手を引き、僕の服を涙を拭うように掴んだ。


「そんな女が嫌い。

 出来てしまうわたしが嫌い」


 そしてみのりは僕の顔を見上げ、口を開く。


「そんなお姉ちゃんが嫌いになる」


 目を閉じ、ゆっくりと顔を左右に振った。


「そんなの嫌」


 声が震え始める。


「あのままだと嫌いになっちゃう」


 体の震えと熱が腰に当てた手のひらから伝わる。


「嫌いになりたくないの」


 再び僕の胸に頭をぶつけ、声を絞り出すみのり。


 僕はみのりの名を呼ぶことしか出来なかった。

 なんとか絞り出しても、自分の言葉より、自分の胸で痛いほどに高鳴る鼓動が伝わってしまうのではと。

 その事がやけに気になり、彼女に伝わらないことを祈った。


「ほら、せんせ」

 僕の服を掴むみのりの手が震え始める。

 かなり強い力を込めたらしく、肩や脇の肉が服の摩擦で引かれるのを感じた。

 これほど強く握れば、自分すら痛いだろうに。


「わたしがちょっと意識しただけで、こんなにドキドキしてる」


 祈りは通じなかったか。

 こんなにも寄り添っているのだ。耳で聞いたか、肌で感じたか、祈りが通じるはずがなかった。


「わたしも、母さんやねえさんみたいな、嫌な女なんだ」


 僕に完全に体重を預け寄りかかるみのり。

 泣き声こそ上げてはいないが、震え、僕の腹に湿りを感じさせるほど涙を流している。


 一歩下がれば簡単に離れるだろう。

 けど、彼女から離れる訳にはいかない。


 今彼女から離れたら、どうしてしまうか分からない。

 だから、離れる訳にはいかなかった。


 僕は彼女の腰に当てていた手を完全に彼女に回し、抱きしめる。


「落ち着いて」


 動いたら倒れてしまうだろう。だから見下ろすような形で声を掛ける。


「みのりは嫌な女じゃない。

 だから……そう、泣かなくて良い。

 自分を嫌いにならなくて良い」


 下手な説得だ。

 頭の隅でそう分かっていた。

 こんな説得では彼女は出て行くのを止めない。

 出た先で、彼女がやけになって、何をするかわからない。

 僕のいないところで彼女が自棄になるのが怖い。

 だからと、僕は彼女に思いついた事を提案する。


「そうだ。僕の家に泊まるんだ」


 みのりの震えが止まった。


「しいなから離れたいんだろう?」


 動作は遅いが、みのりが顔を上げる。

 涙で顔が酷く濡れているし、目も赤い。

 だが、みのりは泣くのを止めていた。

 いつまた泣き出すか分からない表情だが、とりあえずは話は聞いてくれそうだ。


「だったら、しばらく僕の部屋に泊まればいい。

 親には僕から頼んでおく。

 な?」


 両親が許可するかは正直賭だが、そんなこと言ってられない。

 頼み込むしかない。


「しいなもおばさんも、僕の家ならそんなに心配しない、だろ?」


 しいなも離ればなれになるのが嫌なのだろう。

 暫く顔を合わせることは出来ないだろうが、近くにいると分かればひとまず安心、するかもしれない。


「僕が付いていてあげるから。

 ゆっくり考えればいい」


 何より、僕が心配だから、彼女を一人にさせられない。


 **************************


 親は快く許可をくれた。

 娘が増えたみたいで嬉しいのか、みのりと親の仲もいい。


 みのりが寝るのは僕の部屋だが、ベッドはみのりに使わせている。

 僕は男だし、季節的にも毛布と布団があれば充分だ。


 僕の家で暮らす内、みのりはかなり落ち着いてきた。

 母さんに料理を教えて貰ったりする内に笑顔も増えてきたし、何よりしいなやおばさんと離れたことで悩みを忘れることが出来ているのだろう。


 反面、しいなは不安定になってきた。

 もともと寂しがりやで甘え癖の強い彼女だ。

 みのりがいないことでより不安が強くなっているのだろう。

 もとより薄暗い部屋の中が更に暗くなっているような気すらしてくる。


 なるべく顔を見せるようにはしているが、僕が言ってもすぐに気付かずに俯いて何かを呟いていることが多い。

 一度部屋を出てしいなに会いに行こうとしたが、家を出そうな所に僕が行って慌てて止めた。


 いつまでもこの状態でいるのは間違いなく駄目なんだろう。

 しいなとみのりと、話さなければいけない。

 しいなは憔悴する一方だし、みのりだって時折悩んでいるような顔を見せる。


 ただ、なんて切り出せばいいのだろう。


 家を出ようとしたとき、みのりは意識すれば、と言った。

 意識して、僕に急にしいなの女を意識させるような態度を取ったのだ。

 その表情や声はしいなにそっくりで、僕の精神に絡みつき、縛られてしまいそうなほどに僕を覆い、彼女への庇護欲や情を誘った。


 なら、しいながやっていない保証がどこにある?


 僕は初めて会ったときからしいなに恋している。

 だが僕が好きなのは素の彼女か、それとも彼女が演じていた女なのか。

 僕には判断が付かない。


 それを確定させる意味はないのだろう。

 そして彼女の顔が曇るのを見たくない。

 それでも話す必要がある。


 みのりもそうだ。

 あのときのみのりは形を潜め、いつもの明るい彼女に戻っている。

 話す事は彼女の顔を曇らせる可能性がある。


 だが、このままではいけないのだ。


 もう二人が別居して一週間が経過した。

 覚悟を決めるべき、だろう。

次回、決着。


……次は5日中か、6日か、いつにしましょうね?

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