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短編03 ウサギ娘 (4/4)

これにてお終い

 まず僕はしいなと話す事にした。


 しいなの勉強の後に話を切り出そう。

 そう決意して、彼女の家のドアを開けた。


「しいな、来たよ」


 玄関から入った時、室内は暗かった。

 強い日光に弱いしいなのために、窓にはフィルターを貼り、蛍光灯は少し暗い物を使っている。

 だが今日の暗さは常の比ではない。

 天井をみると、蛍光灯は点灯しておらず、しいなの部屋に続くフスマも閉じられている。

 部屋の配置状、北側にあるダイニングとキッチン、玄関は暗くなる傾向にあるが、それでも蛍光灯のお陰で適度な明るさは保たれているハズだった。


 使わない部屋だ。おばさんが消していったのだろう。


 僕はしいなとみのりの部屋の前までいって、しいなの名を呼んだ。


「しいな?」


 しかし返事はない。


 フスマを開け、中に入って見渡すが、ベッドの中にもいないようだ。


「せんせ、こっちこっち」


 と、後からしいなの声。

 後を振り返り、しいなの声がした方を見る。

 おばさんの部屋のドアだ。


 手から力が抜け、カバンを落してしまう。


 まさか、と僕はおばさんの部屋のドアに駆け寄り、急ぎ開く。


「せんせ、じゃーん!」


 そこには、フィルターのない窓から注ぐ明るい日光に晒されるしいなが、僕を迎えるように手をひろげ立っていた。


「ね、せんせ、わたしきれい?」


 窓を背にしながらも眩しそうに目を細め、満面の笑みを浮かべるしいな。

 僕は彼女に怒鳴る。


「何をしているんだ!」


 彼女に駆け寄り、顔を胸に押しつけるように片手で抱きしめる。

 もう片方の手で部屋のカーテンに手を伸ばす。

 早く閉めなくては。


「せんせ、痛いよ」


 僕は彼女の訴えに力を少し緩めることで応え、カーテンを閉める。

 それから彼女の手足を顔を近づけて肌が赤くなっていないことを確認した。

 髪の毛の量が多く、日差しを多少なりとも遮っていたのが幸いしたようだ。


 どうやら日焼けはしていないらしく、僕はホッとため息をついた。


「ね、せんせ、きれいだった」


 ああ綺麗だった。白い髪に日が透けて、キラキラと輝いて。

 けどそんなことは問題じゃない。

 メラニンが極端に少ない彼女の肌は強い日光で容易く腫れる。

 今日があまり日差しが強くない日で良かった。

 また目は常人より眩しさを感じやすく、網膜を痛めやすい。

 明るいところが嫌いなしいながこんな明るい場所に自分から来るなんて――。


「とにかく部屋に戻ろう」


 ここは紫外線が入る。

 しいなの部屋に行かないと。


 僕はしいなを抱きかかえ、しいなは僕の体にしがみついた。

 彼女の体は日光に当たったからか熱を持っている。

 もう少しあそこにいたら火傷していたかもしれない。

 危なかった。


 しいなの体を壁やドアにぶつけないよう注意しながら歩いていく。


「もうこんなことはしちゃ駄目だからな」


 薄暗いしいなの部屋に入り、彼女を下ろそうとした。

 だがしいなは僕にしがみつき、離れようとしない。


「ほら、しいな。

 離れて」


「いや」


 しいなはそれだけ言って、僕にしがみつく腕に力を込めた。

 無理に剥がそうとすれば、しいなの体を痛めてしまう。

 僕ができない事を分かっているのか、彼女は僕の頭に頬をすりつけてくる。


 しばらくそうしていた。


 ようやく僕の頭から顔を離したと思ったら、彼女は僕の耳元に口を寄せる。

 彼女の弱い吐息が耳に掛かった。


「ね、せんせ」


 甘い声だ。


「ずっと、いっしょよね?

 そう言ってくれたよね?」


 僕の心臓が痛くなるほどに強く鼓動した。


「ね、せんせ。

 離れないで、ね?」


「しい、な……?」


 甘く、柔らかに、粘つくように僕に入り込む声。

 いつものしいなのような声だが、決定的に違う、より粘度の高い絡みつくような声。


「すきよ、せんせ。

 みのりには、わたさない」


 僕は溶けるような意識を抑え、声を絞り出す。


「しい、な……」


「なぁに?」


 みのりの机を見て、みのりの言ったことを思い出した。

 嫌な女というのは、きっと今のしいなみたいな女なんだろう。

 弱い自分を見せて、寄りかかり、浸透していく。

 頼り切り、依存していくために、演技する。

 そんな女のことだろう。


「なんで、あんなことしたんだ?」


 だから、僕はしいなに本当の事を引き出すために、聞いた。


「あんなこと?」


「あっちの部屋にいたことだよ。

 自分のこと、分かっているだろう?」


 しいなの顔を見ないように手で顔を覆う。

 無意識にだったが、もしかしたらしいながやるかもしれない表情を見たくなかったのかもしれない。


「みのりちゃんだけ、お日様の下で、せんせに見てもらったでしょう?」


 しいなは僕の体から少し離れ、自分の髪を僕に見せるように梳いた。


「ね、この髪、光があると、キラキラするの。

 見たでしょ?

 みのりちゃんだけ、せんせにお日様の下で見られてずるい」


「だからってあんな危ないこと」


「危なくないよ?」


 しいなは床に足を下ろし、立ち上がる。

 そして今度は僕の腕に抱きついた。


「せんせが、ああやってくれるって思ってたもの」


「だからって!」


 僕は声を荒げてしまう。


「だからって……なんでそんな自分をいじめるみたいな」


「みのりちゃんに負けたくないもの」


 負けたくない?


 僕の疑問がしいなに伝わったのか、しいなは僕の腕に抱きつく力を強める。


「わからない?

 みのりちゃんも、わたしも、せんせのこと好きなのよ?」


 しいなの言葉に、僕はさほど衝撃を受けなかった。

 きっと、分かっていたのだろう。


「その顔、気付いてた?」


 思わず彼女から顔を背けた。


「ね、せんせ。

 わたし、せんせのこと好きよ」


 しいなは僕の顔に片手を添え、僕の顔を自分の顔の方に向けようと力を入れる。

 僕はしいなに抵抗せず、彼女と目を合わせる。


「でもね。

 わたし、みのりちゃんみたいにつよくなれないもの」


 しいなの表情はいつものような微笑みだった。

 けど、決定的に雰囲気、目が違う。

 適度に潤み、瞳の光を揺らし、薄暗闇の中で微かに光を放つようだ。


「ね、わかるでしょ?

 みのりちゃんみたいに、勇気を出せないもの。

 外にいけないもの。だから、弱さを武器にするしかないの」


 しいなは僕の顔に添えていた手を外し、体に回してきた。

 そして抱きしめるよう体を僕の体に付ける。

 僕の背中に手を添えた、その手のひらと、胸から熱を僕に伝わせてきた。


「だから、ね、みのりちゃんにはわたさない。

 わたしのぜんぶあげる。

 わたしのよわさで、せんせのこと縛ってあげる。

 離れられないように、離さないように」


 いつから、彼女はここまで僕に依存していたのだろう。


 僕はただ、彼女が可愛いからと恋をして、彼女のためにあろうとしていただけなのに。

 僕を手に入れるために、容易く自分の命すら人質に取る真似をするようになるなんて。


「ね、せんせ。

 離れないでね。

 ずっとわたしと一緒にいて。

 好きなの、せんせ……」


 どういうわけかわからないが、僕の体から力が抜けた。

 後に倒れかけて、手をついた。

 それでも勢いを殺し切れず、尻もちを付いてしまう。


「しいな……」


 痛みも気にならない。

 しいなの告白はそれほどに衝撃的だった。


 しいなは僕を見下ろす。

 薄暗い部屋の中だからか、逆光もなく、しいなの微笑む顔がよく見えた。


「せんせ、しいなは待ってるからね」


 姿勢を変えながら立ち上がり、しいなを見下ろす。

 しいなは僕が立ち上がるのに合わせ、顔を上に向け僕を見上げた。


「しいな」


「なぁに?」


 僕はもう一度しいなの名を呼ぶと、しいなは短く返した。


「僕は――」


「いいの」


 しいなは僕の言葉を遮ると、僕に背を向ける。


「まだみのりちゃん、せんせえに好きって言ってないでしょ」


 僕は頷いた。

 気付いていたのに気付かないふりをしていたのも、僕だ。


 みのりがああやって、僕に抱きついたのも、しいなに「嫌な女」と言ったのも、理由はとうに分かっている。

 ただ、二人に教え、二人から慕われるいつもの雰囲気が心地よくて、気付いていないように振る舞ったのは僕だ。


 しいなは僕を好きだから甘えてくる。


 みのりも僕が好きだから、姉に反抗する。


 はっきりしない僕が悪いのか。


「ね、みのりちゃんの言葉も聞いてあげて」


「いいのか?」


 僕はしいなの言葉に思わず聞き返す。

 それはみのりの話も聞き、好きって言われてこい、ということだ。


「せんせ、わたしね、みのりのお姉ちゃんなの。

 だからいくら取られたくないと思っても、優しくしなきゃいけないの」


 それは本心なのか。

 僕には分からない。


「それに、せんせはきっとわたしを選んでくれる。分かってるもの」


 ただ、彼女は本気で僕を好きなのだ。

 そして自分が弱さを頼りにすれば僕が放っておけないことを分かっている。


「ずるい女、って思ってる?」


 しいなは振り向き、視線を僕に流し、唇に左手の人差し指を当てた。


「でもせんせ、わたしを嫌いになれない。

 だから好きよ、せんせ。だから……」


 体をこちらに向け、しいなは僕に歩み寄る。

 僕の胸に手をあて、背伸びをするようにして寄りかかり、僕の耳元に口を寄せた。


「わたしを、選んで。

 ね?」



 **************************



 妹と話すようにと彼女の部屋から追い出された後、僕はおばさんの部屋を元に戻し、それから家に帰った。


 みのりはまだ部活で帰ってきていないため、僕は自室で彼女を待つ。

 時計を見ればまだ早い時間なので、しいなとみのりのことを考えながら、これからどうするべきか考えて居た。


 しいなからは告白の早い遅いではなく、きちんと自分を選んで欲しいから、とも付け足されている。

 だが、みのりから告白されるようなことはみのりの性格も考えてなさそうだ。


 しかし、どうやって話を切り出せばいいのだろう。


 僕の事好きか、と聞くのは単純だが、自意識過剰だ。

 いや、そんな悠長な場合ではないことは分かっているが、少し恥ずかしい。

 関係の無い話から経由するのも難しいだろう。

 かといって、しいなに告白されたことから話すのは駄目だ。

 みのりが萎縮し僕が好きだということを否定してしまうだろう。


 告白するために切り出すのではなく、告白されるために話を切り出すのだ。

 どんな小説や友人の話からも聞いたこともない状況だと思う。


 それでもやらなくてはいけない。


「ただいまっ!」


 と、玄関の方からみのりの声が届く。


 考え込んでいる内にいつの間にそんなに時間が経ったのだろうと、時計を見た。


「あれ?」


 しいなの家から帰ってさほど時間は経っていない。

 みのりは今日は部活で夕方まで帰ってこないと聞いていた。


 だがみのりがバタバタした足音の後にドアを開け、部屋の中に入ってくる。


「ただいま!」


「おかえり」


 みのりに軽く返す。


 みのりをみると、肩を上下させ顔を若干上気させている。

 走って帰ってきたのだろうか、制服の肩は少し濡れていた。


「せんせー」


 みのりは持ち手を腕に滑らせるようにカバンを床に落とす。

 そのままゆっくりと僕に近づいてきて、両手を僕の両肩に置いた。

 笑みの形になった口から荒い呼吸音がする。


「みのり、一体なにを」


 一切笑っていない目で僕を見るみのり。

 見る、というより睨む、といった方が正しいくらいに真剣な表情だ。

 だが、その瞳は潤み、揺れている。


「せんせーわたし、わたし……」


 みのりは肩から両手を滑らせるように僕の背に回し、僕を抱きしめた。


「みのり?」


 走ったばかりだからか、みのりの体は熱い。

 心臓の音がダイレクトに僕の胸を揺らす。

 柔らかく僕の胸に押しつけられた彼女の胸と両腕から震えを感じた。


「せんせ、すきぃ」


 告白だ。


「すきだから、見捨てないで。

 やだぁ。

 おねーちゃんに、とられちゃやだぁ!」


 僕を抱きしめてわんわん泣くみのり。

 僕はそんな彼女を抱き返し、背中をとんとんと軽く叩くくらいしか出来ない。


 分かっていた事だ。


 みのりは弱さを隠して強くなろうとしてきた。


 でも、強くなりきれない娘なのだ。


「せんせぇ、すきだよぉ!」


「わかった。

 わかったから。落ち着いて」


 泣く子を止ませる事は出来ないが、こうして泣き止むまで抱いてやるぐらいなら出来る。


 僕はこの強くあろうとする弱々しい娘をこうして抱きしめていた。

 そう抱きしめながら、この姉妹との今までを思い返す。


 色々あった。

 主に部屋の中が多いが、外で会うこともあった。

 勉強を教えたり、一緒に遊んだり。

 僕の人生は殆ど、二人と一緒にいた人生だった。

 これからもそうなのだろう。


 慎重に、決めなくては。


 そう考えて居る内に、みのりが落ち着いてきた。


 みっともない声を出さないようにしているのか、泣き声を抑え、無理に泣き止もうとしている。

 啜り鳴き、というのだろうか。


「……ありがとね、せんせ」


 ふと、みのりがそんな声を漏らす。


「どーいたしまして」


 僕は目を瞑り、みのりの体温を感じながらそう返した。


 みのりが落ち着いてくると、今度は別のことが気になりだす。

 みのりは何故、急に僕に告白などしたのだろうか?


 みのりがこの部屋に入ってきたとき、彼女はしいなに好きと言われたことを知っているような言葉遣いをしていた。


 その謎を手っ取り早く解明すべく、僕は直接聞くことにしたる。


「ねえ、みのり」


「なに?」


「なんでまた、こんな事を?」


 抱き合い、お互いの肩から向こうを見ている現状、彼女の表情を伺うことは出来ない。


「姉さんが」


 みのりはぎゅう、と僕を抱きしめる力を強め、言う。


「姉さんが、メールで」


 ゆっくりと、嗚咽を漏らさないように、少しずつ言葉を切りながら、言った。


「告白したから、お前も早く告白しないと、取っちゃうぞ、って」


 意地悪な伝え方だ。

 でも、そのお陰でみのりは迷わずに感情のままに行動してくれた。

 しいなも、みのりも、僕を愛してくれている。それが痛いほどによく分かった。


「ね、みのり」


 僕は、決めねばならない。


 みのりは、少し体を震わせた。

 そして、背に回していた両腕を解いて、僕の肩を押すように離れる。


「なに?」


 みのりは僕と見合う姿勢になった。


「考えたいんだ。

 二人に告白されて、僕は決めなくちゃいけない。

 だから、時間をくれない?」


 哀しげに顔を歪め、すぐにみのりは僕から視線を逸らし俯いた。

 そのまま僕の両肩を押す腕に力を入れ、僕から離れて、ドアの方に体を向ける。


「……ありがとう」


 みのりはそのまま僕に背を向けて僕に礼を言った。


「わたし、せんせいが好き。

 わたしを選んで欲しい」


 みのりは袖で涙を拭うように、腕を顔の辺りにやる。

 後からは涙を拭ったかどうかは分からない。

 鼻を啜る音もした。


「だけど」


 みのりは顔だけをこちらに向ける。


「姉さんを選んでもいい。

 姉さんの妹でもいい」


 また、涙がこぼれた。


「離れないで。

 今まで見たいに、わたしを大切にして下さい」


 擦れ気味の声でそう言って、みのりは顔をドアの向こうを向け、ドアノブに手を掛ける。


「……姉さんと話してくる」


 そして、みのりは僕の返事を待たずに早足でドアの向こうへ行ってしまった。



 **************************



 みのりのいなくなった部屋で、僕は考えていた。


 まだみのりのカバンは床に落ちていて、家出の時に持ち出した荷物も隅の方に纏めておいてある。

 僕の学習机は家具屋で両親に買って貰ったものだ。

 二人の家から帰ってからも、この机で勉強してきた。


 机に備え付けの本棚には教科書や参考書が並んでいる。

 理系に進んだあとも、二人が文系に進んだ時のために教えられるよう、地理や歴史を学んできた。

 他にも、二人から誕生日に貰った絵やアクセサリーが飾ってある。


 僕はベッドから立ち上がり、机に近づいた。

 白と黒、二つのウサギのぬいぐるみは確か二人が中学生の時に貰った。

 紅いプラスチックの宝石が付いた指輪は確か小学生の時か。


 やめよう。


 懐かしむのは後でいくらでも出来る。

 二人を待たせないよう、すぐにでも決めて、伝えるべきだ。


 本来なら、迷うような事ではないのだろう。

 初恋そのままに、しいなを選べばいい。

 そも、「選ぶ」という行動自体が不誠実な気がする。


 ……そうだ。

 僕はしいなだけではなく、みのりも好きなのだ。

 愛していると言っても良い。


 二人の女性を愛する。

 僕はなんと愚かなのだろう。

 もっとはっきりしていれば、二人は不仲にならなかったはずだ。

 この考えすらも、度し難い。


 しいな。弱々しく、強かで、美しい。


 みのり。強くあろうとし、でも弱く、愛らしい。


 決めなくては。

 これ以上二人を待たせない。


 僕は、決める。


 僕は――――

これにて終いです。


……わたしには二人を選べませんでした。

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