第4話 銀の災厄
丘を囲むトランヴィア王国兵の一人は、近づいてくる騎兵を見つける。たった一騎だけの騎兵を。彼は、その騎兵についている旗を見つける。その旗はシェフィール帝国を表す赤色の旗であった。
「一騎だけこっちに来ます!」
その兵士は自らの隊長に報告する。隊長は呆れたような顔をしながら、そちらを見る。そして笑いがつい出てしまった。なぜならその騎兵は何も持っていないように見えた。腰にさしたままの剣しかない。面倒だと思うかのように、彼は適当に指示をだす。たった一騎の騎兵が突っ込んできたところで何ができるのかとしか思っていなかった。なぜ単独でこの騎兵が突っ込んできたのかすらも考えていなかった。だが、誰もがそう思うだろう。
「弓構え、撃て」
弓兵たちは楽な相手だと思いながら、弓を構え放つ。帝国騎兵はまっすぐ突っ込んでくる。矢が近づいてくるのも把握しながら、それを気にしないかのように。そして、いつの間にか帝国騎兵の右手には斧が、左手には槍があった。どこかから現れた武器。そして、矢の雨が、帝国騎兵に降り注ぐ。だが、その矢は一発も当たらない。騎兵に当たる前に、矢の軌道は変わり、何もない地面へと向かう。
「矢避けのスキルだと!!!」
バカな騎兵でも見てやろうかと思っていた王国兵の隊長は大いに驚く。だが、彼もすぐに切り替え、部下に指示を出す。
「魔導兵も攻撃、ほかの兵士も構えろ」
王国兵はその指示に従い、行動を開始する。だが、動きはにぶい。なぜなら彼らは思ってもいなかったからだ。たった一騎の騎兵のために戦うことになることなど。
そんな王国兵のにぶい動きを見ながら、帝国の騎兵、いやレイは「これくらいなら当たるかな」とつぶやく。飛んでくる槍と魔法など気にせずに、彼女は左手に持っていた槍を投げる。その槍はまっすぐと王国兵の隊長のほうへと飛んでいき、彼の首に突き刺さる。彼は一瞬で絶命し、馬から転げ落ちる。
「よし、当たった」
レイのつぶやきだけがその場に聞こえてきたかのように王国兵は驚愕で黙り固まってしまった。レイと王国兵の隊長にはかなりの距離があったのだ。槍の投擲が当たる距離ではないと誰もが思っていた。だが、当たったのだ。ただでさえにぶい動きであったため、レイに対応するための陣形が王国兵にはできていない。そこでの隊長の即死、王国兵たちは隙だらけであった。レイはそのまま隙だらけの王国兵たちに突撃する。
レイは右手の斧を振る。王国兵数人がそのひと振りで倒される。その瞬間、王国兵たちはようやく動き始める。だが、王国兵には彼女を止められない。一瞬で多くの兵士がわかったからだ、彼女の強さに。彼女に抗うことなどできないという恐怖、不安が場を支配していく。
「所詮相手はたった一人だ、ひる
王国兵の副隊長は言葉を続ける間もなく、レイが投げた斧によって絶命する。だが、副隊長の言葉により、王国兵の一部は相手がたった一騎なのを思い出し、レイに対応するべく動く。レイが武器を投げたため、何も持っていないと思った兵士はすぐに近づく。だが、彼は驚愕とともに即死することになった。なぜなら彼女の手にはもう先ほど投げたはずの斧も槍もあったからだ。
レイは、指示を出そうとしている相手に武器を投げ殺していき、王国兵たちをより混乱の渦に落とし込んでいく。近づいた兵士も一撃で殺していく。彼女が何度武器を投げても、彼女の手には新品の武器がある。弓も魔法も彼女には当たらない。レイは無駄のない、流れるような一撃で敵を屠っていく。そして、そのままレイは王国兵の前線の中央へと向かっていく。王国兵の前線の指揮官であるマルドゥクを見つけるために。
マルドゥクはイライラしていた。丘に突撃した兵はいまだに丘をとれていない。相手は2000人ほどと聞き、3倍の数の6000人を一挙に突撃させた。帝国の増援が来る前に、この丘はとるべきだったからだ。丘の上をとられているから多少の損害は覚悟していたが、すぐに丘を奪取できると思っていた。なのに、負傷兵がこちらにどんどん降りてくる始末で、聞きたくない伝令ばかりが彼のもとにやってくる。そんなマルドゥクは北側の喧騒に気づく。丘に突っ込んだ兵士とはまったく関係ないところの喧騒。
「あっちは何を騒いでいる!!!」
マルドゥクはイライラのままに声を荒げる。そのとき、北側から伝令が一人やってくる。
「シェフィール帝国騎兵が接近中。メルド卿、バール卿戦死しました」
「何?!」
マルドゥクは驚愕する。その二人の死亡は北側が壊滅しているのと変わりなかったからだ。マルドゥクは伝令に尋ねる。
「敵の数は?」
マルドゥクの問いに、伝令はしばし黙ってから告げる。本人もいまだに夢だと思うことを。
「一人です!!!」
「馬鹿をいうな、何人だ?帝国の増援が到着したのだろう、何人だ?」
「一人です、マルドゥク卿」
伝令はマルドゥクに臆さず再度告げる。マルドゥクはいやその場にいた全員が空を見上げる。全員がこの報告は事実だとわかったから、いやわかってしまったからだ。そして、たった一騎の騎兵に北側にいる数百人の兵士からなる部隊が崩壊させられているということに気づく。マルドゥクは思案する。その間にも、徐々に喧騒は近づいてくる。
「アロイス、ここを頼んだ」
「わかりました。マルドゥク卿、ご武運を」
アロイスは即座に返答する。マルドゥクは北側へと馬を走らせる。マルドゥクはこの状況では自分が行くしかないと思った。彼には自負がある。この場で一番腕が立つという自負が。今回参加しているトランヴィア王国の戦力で上位の実力があるという確信。それが彼を突き動かす。一騎で北側を崩壊させている者には、自分しか相手できないという自信が。
マルドゥクは喧騒の場に到着したとき、見たくないものを見た気持ちになった。至る所に転がる王国兵の死体。軍隊との形をもはやとどめていない王国兵の生き残り。そして、その中心にいる銀髪を靡かせる赤い旗を後ろにさした騎兵。マルドゥクは笑みを浮かべる。自分を鼓舞するために。マルドゥクはレイに向かって叫ぶ。
「わが名はマルドゥク・ドーナ、トランヴィア王国子爵、この軍を任されたものである!!!貴公、名は?」
「レイ」
レイは簡潔に答える。マルドゥクは聞いたことない名だと思い、さらに驚愕していた。レイが若い女だったからだ。マルドゥクは自分の娘より若いのではないかと思っていた。だが、彼は油断はしていなかった、彼女一人に北側は崩壊させられている、それは事実だ。メルドもバールも自分には劣るが、腕の立つ、認めているものたちだ。だからこそ、マルドゥクはこの場を任せたのだから。その二人が彼女によって殺されている。油断する理由が彼にはない。
「行くぞ、レイ」
マルドゥクは突っ込む。レイは何も言わずに突っ込む。そして、彼らは数合打ち合う。マルドゥクはその数合で自分の死を実感する。なぜならレイの一撃の重さ、速さ、鋭さ、そのどれもが自分を上回っている。今までの人生で一番の敵かもしれないと思った。だが、マルドゥクはそれを振り払うかのように矛を振るう。自分の敗北は、トランヴィア王国の敗北につながるという確信があったからだ。
自分の人生で一番の一撃という確信がマルドゥクにはあった。だが、マルドゥクのその一撃をレイはなんてことない一撃かのように右手の斧で簡単に受け止める。そして、レイは左手の槍をマルドゥクの胸に突き刺す。一瞬で、マルドゥクの心臓が彼の体からなくなる。
「レイ、貴公の年は?」
「うん?16だけど」
レイはマルドゥクの問いに一度きょとんとした表情を見せたあと、答える。マルドゥクは「そうか、恐ろしいな」と笑って言い、馬から転げ落ちる。二人の決着は一瞬でつき、その場が静寂に一瞬支配される。
「えっと、この人倒したら十分だろうからあとは」
レイはつぶやく。その時、周りから「マルドゥク卿」という悲鳴に似た叫び声が聞こえる。レイはその時、思い出したかのように叫ぶ。
「敵将、マルドゥク討ち取った!!!」
その叫びは、一瞬で王国兵たちに伝播する。嘆きと恐怖とともに。
レイはすぐに丘のほうへと馬を向ける。レイの前にいた兵士たちはその前を開けてしまう。誰も彼女に対抗する気は起きなかったのだ。目の前のマルドゥクの一瞬の死。それは彼らから戦闘意欲を失わせた。レイは、丘へと馬を進める。自分の主のもとへと彼女は意気揚々と向かう。そして、彼女はのんきにつぶやく。
「旗邪魔だったなぁ。あとでどうにかできないか聞いてみよ」
ウェリトン伯爵家に仕えるレイ。彼女は敵将3人を討ち取り、兵士100名以上を単独で殺したのだった。丘を囲むトランヴィア王国兵は彼女によって、大きく荒らされた。丘を囲んでいたトランヴィア王国兵2000人弱は彼女の働きによって、大きく戦力を削ることになった。兵士の数に大きな変化があるわけではない。だが、指揮をとっていたものが戦死し、レイの戦闘を見ていた兵士の士気は大幅に低下していた。2000人の兵の戦力は半減したのと同じくらいであった。
この戦場を生き残り、彼女の戦いを見た兵士たちはのちに語る。恐怖に支配された表情を浮かべながら。
「あれを同じ人間と思いたくない。化け物でしかない」
「あの場、災厄がそこにあった」
「生き残れたのが奇跡としか思えない」
レイはわずかこの一戦で、トランヴィア王国兵から『銀の災厄』と呼ばれ恐れられるのであった。
そんなレイの活躍を、グライスは見ていた。遠くから見ていたので、詳細はよく見えなかったが、単独で王国兵を攪乱していたのを見ていたのであった。
「単騎であそこまで攪乱するなんてすげえなぁ。面白い、戦ってみてえなぁ」
「味方に斬りかかるのはやめてくださいね、閣下」
「そんなことするわけないだろ」
グライスは笑う。フィルは「ソウデスヨネ」と棒読みで応じる。フィルは何度もその場面を見て、何度仲裁する羽目になったのかを思い出す。フィルはグライスにばれないように小さく溜息をつく。そして、この後何もなく戦が終わるのを祈るのであった。
その時、二人のもとに一人の伝令が走ってくる。伝令は言葉を荒げる。グライスにとって待ちかねた言葉を。
「グライス閣下、全部隊到着しました!!!」
グライスにとって待ちかねた伝令の連絡が届いたのだ。その時、グライスはニヤリと笑う。そして、フィルに視線を向ける。フィルは無言でうなずく。戦力は整ったのだ。もう止める理由などないのだ。そもそも彼らはこの会戦に増援として参加する予定だったのだから。ただ、グライスだけが先行しすぎただけなのだから。
「よし、調子づいてる王国兵のけつをたたく。全軍続け!!!」
グライスは号令をかけるやいなや馬を走らせる。フィルは「汚い言葉やめてくださいよ、閣下」と声をかけながらグライスに続く。グライスにはフィルの言葉はもう届いていない、フィルもそれをわかっていたが、声をかけたのであった。
グライス率いる帝国軍増援2万が進軍を始める。崩壊しているシェフィール帝国の右翼の味方を救うために。グライスは叫ぶ、その顔は満面の笑みであった。
「さあ、俺を楽しませてみろよ、トランヴィア!!!」




