第3話 防衛戦
「なあ、丘上にいるのは2000だろ俺たちまで行くのは過剰な戦力じゃないか?」
トランヴィア王国のルッツは隣にいる親友のマリウスに声をかける。彼らは丘上の奪取に向かった部隊の後続の指揮官を務めていた。
「そうかもな、だがさっさと片付けないと『平原の覇者』が来る」
「まあそうか」
『平原の覇者』の言葉にルッツはやなものを見たといった表情を見せる。その言葉をだしたマリウスもルッツと同じ表情であった。ルッツとマリウスは、『平原の覇者』ことグライス・カーライルに辛酸をなめされたことがあった。彼率いる1万の軍勢に3万の軍勢を叩き潰されたのだった。ルッツとマリウスは直接相対したわけではないが、彼に苦手意識を抱いていた。
「それに地の利はあちらにあるからな、過剰すぎるぐらいでちょうどいいか」
「だが、情報では指揮官は成人を迎えたばかりの若造なんだろ」
「どうせ、補佐はちゃんとしてるだろ?じゃなきゃとっくに逃げてる」
「まあそうか」
ルッツとマリウスはアンリを舐めていた。そのアンリの策に苦しめられることも知らずに。
「それに俺たちに出番はないかもしれんしな。ヒューグが片付けてしまう可能性もある」
「それはそれで嫌だがな。奴が手柄を立てるのはな」
マリウスはヒューグのことを思い出しながら、仲間であるはずなのに苦言を呈してしまう。ヒューグは自信過剰な人物であった。マルドゥクに突撃部隊の指揮官に選ばれて、まるで子どもかのような表情で嬉しそうに返事をして、出撃していった。補佐である俺達には「ついてこい」とだけ告げて。
「まあ、奴が成功しても失敗しても勝てばいいだろ、俺たちが」
「まあそうだな」
ルッツとマリウスはそう言いながら、ヒューグ率いる突撃部隊の様子を見ることにする。何かあってもすぐに動けるようにしながら。
丘の中腹、ヒューグはニヤニヤと笑っていた。丘を登り始めてずっと彼はにやついていた。ヒューグは騎兵1000歩兵3000合わせて4000の兵を率いていた。彼がここまでの戦力を率いるのは初めてであった。さらに、丘の上をとれば莫大な戦果となりうる可能性があり、敵戦力も大したことはない。そうなればヒューグはにやつきが止まらなかったのだ。
(この戦が終われば一万の軍勢を指揮することも可能だ、俺の将来は明るすぎる)
ヒューグの頭の中には負けの二文字はない。彼の頭の中にはこの戦が終わったあとのマルドゥクからの賞賛の言葉しか頭になかった。
ヒューグは近づいてきたウェリトン軍の仮設陣地がより見えることで、口角があがってしまう。大したことない陣地であった。すぐに打ち破れるなと思いながら、ヒューグは号令を出す。
「あのみすぼらしい陣地をぶっ壊せ!!!」
ヒューグの指揮のもと、トランヴィア王国軍は突撃していく。ヒューグは先頭を駆けながら、自身の勝利を確信していた。その確信が一瞬で打ち砕かれるとも知らずに。
近づいてくるトランヴィア王国軍を一人の男は冷静な眼で見ていた。
右目に黒い眼帯をつけた髪の毛のない黒い肌の男が。彼の名はジェラード。彼はウェリトン軍の弓兵を率いるものであった。弓兵全体の教育も任された弓兵のエキスパートである。
ウェリトン軍いる弓兵は500人。歩兵の5分の1をしめるものであった。それはこの世界の軍隊では割合が多かった。
なぜなら、この世界では弓兵には大した強さがないからだ。魔法を扱える兵士がいるこの世界では、遠距離攻撃は魔法の方が効率的であった。それに弓兵には最大の敵がいた。
それはスキル。一人一人が持つスキル。先天的なものもあれば後天的なものもある。スキルには様々なものがあり、その一つが弓兵をこの世界で弱いものとさせていた。
それは『矢避け』のスキルだ。
向かってくる矢の軌道を変えてしまうスキル。努力すれば手に入るスキルであり、指揮官クラスになるとつけているものが多い。そのため、矢の攻撃はこの世界では有効打になりづらい。常時発動するのも難しいので、決して当たらないというわけでもないのだが。
そのスキルの存在があり、大陸中の国が弓兵を軽んじていた。だが、今のウェリトン軍の歩兵は弓兵が主力であった。魔導士をそれほど用意できていないという理由が一番だが、ジェラードの功績も大きかった。別に弓兵ではなく、槍を持たせればいいのだから。その彼率いる弓兵がこの丘の戦いの口火を切る。
ジェラードは冷静にタイミングを計る。ヒューグは近づいても何もしてこない彼らを侮っていた。一歩一歩確実に近づいていく。ヒューグは周りからまだですか?という視線を浴びても号令を出さない。どんどん近づいてくるトランヴィア王国軍にウェリトン軍の歩兵が恐れを抱く。だが、ヒューグからの指示はない。
あと陣地までもう少しといったところで、ヒューグは笑う。
「何もしてこないとはな。このままつぶしてくれる」
だが、次の瞬間、彼は驚愕することになる。
「第一射、斉射」
ジェラードの号令とともに、矢が放たれる。その矢は的確に、トランヴィア王国軍の騎兵を襲う。矢避けのスキルを使用していなかったものは、矢が顔、首、手首といった急所に直撃していく。一回の斉射で騎兵の突撃は止まってしまう。それだけ被害がでたのだ。ヒューグは驚愕の表情を見せる。矢避けのスキルを自分は使っていたからこそわかった。矢避けのスキルがないと厳しいと。
だが、ヒューグは切り替える。これだけの精度の矢はすぐに打てないと。再度突撃の指示をだそうとする。
「第二射、斉射」
だが、そこにまた矢が飛んでくる。先ほどと同じほどの精度を維持して。ヒューグ率いる騎兵の足が完全に止まる。ヒューグは焦り始める。ヒューグは後退の指示を出す。彼は盾をもった歩兵で先に仕掛けようと思った。このままでは騎兵が壊滅的な打撃を受けると思ったのだ。
ジェラード率いる弓兵。その弓の精度は恐ろしいものであった。それはジェラードの教育の賜物であった。ジェラードは弓兵に妥協を許さなかった。確実な精度の射撃を求めた。バラバラに打っても現状弱いと思ったからこそのものであった。そのジェラードの教育がトランヴィア王国軍の突撃を弾く。
ジェラードは冷静なままであった。そして、敵が後退の様子を見せると同時に、アンリの策を実行するための合図を出す。ダグラスから策はすべて聞いていた。ジェラードは冷静に着実にアンリの策を実行する。
ヒューグは改めて突撃を仕掛けようと体勢を整えるべく後退しようとする。だが、それは許されなかった。
「敵騎兵両側から接近!!!」
突然の報告。そして、ウェリトン軍の騎兵がトランヴィア王国軍に突撃する。接近の報からすぐの突撃であった。ヒューグ以下トランヴィア王国軍は混乱する。なぜなら、彼らには騎兵が突然現れたようにしか思えなかったのだ。
トランヴィア王国軍の右側にはダグラス率いる200の騎兵が。左側はハリス率いる300の騎兵が突撃していた。その騎兵はトランヴィア王国軍が警戒体勢を整えるまもなく突撃してきた。
「何が、何が起きている!?」
ヒューグは混乱する。そんな彼のもとにゴ―ヴァンとガレスが現れる。
「よさそうな獲物見っけ!」
ゴ―ヴァンはヒューグにまっすぐ突撃し、大剣を振り回し、ヒューグに近づく。ヒューグの周りの騎兵は精鋭であった。だが、ゴ―ヴァンとガレスの二人の前に、倒れていく。ゴ―ヴァンとガレスは互いに互いを援護し、二人の周りの騎兵を屠っていく。
ヒューグは若い二人に部下が切り倒されるのに衝撃を受けながらも、いらだちを隠せない。ヒューグは背中を向けていたゴ―ヴァンに向かって突撃し、槍をつきだす。
ゴ―ヴァンはその槍を即座に避け、ヒューグに向けて大剣を振る。ヒューグは驚きながら槍でそれを受ける。そして、ヒューグはあまりの衝撃に驚愕する。ここまで重い攻撃を受けたのは久々であった。だが、ヒューグはすぐに体勢を整える。
ゴ―ヴァンとヒューグは打ち合っていく。ヒューグはまずいという感情に頭が支配されていく。ゴ―ヴァンの重い一撃を何度も受け流しているが、なんとかといった形であった。ヒューグがこのままでは死ぬと思っていたところ、周りの味方が加勢する。ヒューグはそれにより難を逃れる。
「ヒューグ様、後退してください」
「すまん」
「逃げんなよ、おめえ」
ヒューグはゴ―ヴァンの言葉を無視してその場を離れる。ゴ―ヴァンはそれを追おうとするが、ガレスに止められる。
「孤立するからハリスさんとこ行くよ」
「ちっ、ああくそが」
ゴ―ヴァンは苛立ちをぶつけるかのように、目の前にいた騎兵に大剣を振り下ろす。それを剣で受けた騎兵は剣ごと体を両断された。
そして、彼らはハリスのもとに向かう。
ハリスとダグラスの騎兵は敵中を突破していく。そして、彼らは戦場で交差する。そのまま彼らはお互いの騎兵によって混乱した戦場をさらに突破する。敵中を突破した彼らは、そのままトランヴィア王国軍から反対側となる稜線へと向かう。それをトランヴィア王国軍は追撃できなかった。
騎兵がその場をいなくなった瞬間、ジェラードの弓兵による矢の雨が降り注いだのだ。トランヴィア王国軍は混乱を深めていく。
「なぜだ、なんなのだあの騎兵は?」
ヒューグは混乱していた。容易だと思われた戦いが後退を余儀なくされたのだ彼にとっては屈辱でしかなかった。だが、すぐに頭を切り替える。兵数有利は変わらないのだと。当初の予定通り盾を構えた歩兵を前に突撃を敢行する。だが、ヒューグはまたも驚愕するのであった。また両側から騎兵が突然現れたのだ。左から、ダグラス率いる騎兵が。右からハリス率いる騎兵が。
突然の騎兵の突撃により、またもや戦場は混乱する。
「なんだ、なんだこれは誰の策だ?」
「若のだよ」
ヒューグが困惑している目の前にダグラスが複数の騎兵とともに現れる。
「若?まさか16のガキのか」
「アンリ様だ」
「16のガキに俺が苦しめられるって、馬鹿言うな。ガキに俺が負けるわけねえだろうが」
ヒューグはダグラスに突撃する。それは、八つ当たりにも近かった。ダグラスは低い威圧感のある声で答える。
「若を馬鹿にするなよ」
そして、彼らは戦いを始める。ヒューグとダグラスの槍はお互いを殺めるためだけに動く。ヒューグのほうが手数は多かった。だが、そのどれもが、ダグラスに届かない。
「このじじいが」
「口が悪いな」
ヒューグは苛立ちのまま渾身の一撃を放つ。ダグラスは、余裕そうにそれをかわし、ヒューグの胸に槍を突き立て、すぐに引き抜く。
「馬鹿な、うそだ、おれがこんなとこで」
ヒューグは胸に開いた穴を呆然と眺めながら言葉をつむぎ、馬から転げ落ちる。ダグラスは「敵将討ち取った!!!」と叫ぶ。ヒューグ率いる部隊はより混乱を増していく。その混乱の中騎兵が突破し、騎兵が突破し終わると弓兵による矢が降り注ぐ。そして、それが繰り返されるのであった。
ルッツとマリウスはヒューグの死を知るとすぐに自分の部隊を突撃させる。そして、彼らは油断している場合ではないと気づくのであった。
そんな丘の戦いを遠くで眺めている男がいた。前髪をすべてかきあげて、額を見せた茶髪の壮年の男。傷だらけの鎧を着た、傲岸不遜な男がそこにはいた。彼は一つの筒を右目の前につけていた。彼は口角をあげて楽しそうに声をだす。
「おい、フィル。あの丘の戦い面白いぞ」
フィルと呼ばれた真面目そうなどこか苦労していそうな男は丘のほうを見る。茶髪の男と同じように一つの筒を右目の前につけていた。
「トランヴィア王国軍は苦戦していますね、数は優勢のようですが」
「ははっ、あの騎兵の使い方すげえぞ。今度真似するか」
茶髪の男はアンリの策に気づいていた。騎兵をこの丘の防衛戦に有効に活用している策を。
アンリの策は単純なものではあった。騎兵を二つに分け両側から突撃させる。だが、アンリの策は騎兵の突撃前の待機場所が斬新であった。丘の稜線をうまく活用し、敵から見えないような場所で体勢を整える。そして、下り坂をうまく活用して突撃させるというものであった。単純だが、効果は絶大であった。敵からは騎兵が突然現れるているように見えるのであった。そして、騎兵をただ突撃させるよりもより効果的に使用しているのであった。
この策をダグラスがハリスに伝えた時、ハリスの後ろで大いにゴ―ヴァンは喜んでいた。ハリスとダグラスは同時に溜息をついていた。だが、それは気にしないように彼らは動いた。正直騎兵の危険度は高いのだったが。それをジェラードが低めていた。彼の弓兵が騎兵の隙をつぶしていた。
弓兵と騎兵による交互の攻撃。それはトランヴィア王国軍を苦しめる。
「ですが、閣下、あれではジリ貧ですな」
「まあそうだろうな。それ以外になんかあるんだろうな。お前ならどうする?」
フィルは少し思案してから答える。
「少数精鋭で丘下の敵総大将の首をとります」
「いいね。で、それちゃんとやってるぜ、あいつら。まあ少数は少数すぎるだろうがな」
茶髪の閣下と呼ばれた男は笑う。フィルは首をかしげる。
「なんか一人騎兵が降りてった。最初の騎兵の突撃のどさくさにまぎれてな」
「そりゃ豪胆ですな」
「だよな。俺と気が合いそうだ」
閣下は口角をいやらしくあげる。そこに気品など微塵も存在しない。そんな表情を見ながらフィルは溜息をつく。
「なあフィル、あそこの指揮官って誰だ?」
「アンリ・ウェリトンでしたかな。今年16と聞いていたのですが、有能な軍師でもいるのでしょうね」
「ほう、ウェリトン伯爵家か。ダグラスの策か?いいやあいつにはあんな大胆な策はとれんか」
閣下は楽しそうにつぶやく。閣下は右目の筒を下げて、フィルに声をかける。
「なあ、フィル「ダメです、閣下」
フィルは先んじて言葉をつぶす。その先の言葉は彼には予見していたからだ。
「おい。まだ俺は何も言ってないんだが」
「言わなくてもわかります。そもそもあなたが今この場にいるのでもおかしいんです。我慢してください」
閣下は舌打ちをする。彼はこの場に本来今いるのがおかしい存在であった。フィルはアンリに対して賞賛の気持ちと余計なことしないでくださいと相反する気持ちでいた。フィルは閣下のわがままでここにいて、今現在も閣下のわがままをなんとか抑え込んでいるのだ。
グライス・カーライル。『平原の覇者』。現在2万の帝国軍を連れて増援に向かっているはずの男を。
「ああくそ、はやく参加してえな。大体あの裏切り者なんか俺がいれば、裏切ってねえだろ」
「戦争早期にわが軍内部の裏切り者をだせてよかったと思いましょう。大体ここにいるのはわずか十数名ですよ」
「十分だろ」
フィルは頭痛がしてくる気配がした。グライスの副官を務めて何年も経つが、寿命が削れている気がする。先代の副官を恨むフィルであった。「お前になら任せられる」と意気揚々と副官になったが、毎日疲労困憊になるのであった。グライスの突拍子のない発言と行動、そのすべての尻拭いを彼はしていたのだ。
今回も、増援と一緒に向かうはずが、増援が遅いからと言って先に戦場に行くとうるさかった。なんとか止めようとしたが、うまくいかなかった。増援部隊が到着するまでこの場での見学ととどめたのは自分ではよくやったとフィルは思っていた。フィルはグライスによって、ベルダーの策が潰されるとのを案じたのであった。
その予感が的中するのは後の話であった。フィルはグライスをなんとかこの場で押しとどめるのに苦慮するのであった。
彼らの参戦はもう少しあとである。それまで、アンリたちにできるのは耐えることだけであった。被害が徐々に増えながらもアンリたちは戦いを続ける。グライスいや増援が到着するまで。




