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ローゼベナ戦記  作者: 光井 雪平
第一章 ヘンリック会戦
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第2話 初めての戦い

 ヘンリック会戦が始まった。アンリたちウェリトン伯爵軍は丘上から敵部隊の動きを見て、得られる情報を、丘の下の部隊に伝達していく。ウェリトン軍全体としてはそれほど動きはない。ただ丘の上にいるだけに近い。


「暇だなぁ」


 赤髪の青年はぼそりとつぶやく。その青年の背には彼と同じくらいの大きさの剣があった。となりにいた緑髪の青年が呆れたように溜息をつく。緑髪の青年は弓を持っていた。二人の青年がつけている鎧には傷も汚れもほとんどない。緑髪の青年は、赤髪の青年に声をかける。


「一人で勝手に突撃とかしないでよ、ゴ―ヴァン」

「さすがにしねえよ!ガレス、俺をいまだに馬鹿だと思ってんのか」


 ゴ―ヴァンと呼ばれた赤髪の青年は緑髪の青年、ガレスに向けて大きな声をあげる。


「先日の盗賊狩りで一人突っ込んだ君のせいで作戦破綻したんだけど」

「あの失敗で俺は成長してるから問題ない!」


 ガレスの嫌味を気にしないようにゴ―ヴァンは偉そうに胸をはる。ガレスはまたもや溜息をつく。それを黙って聞いていた一人の男は二人に声をかける。イラついているのが声色で分かった。


「二人とも余計な話を大声でしないように」

「ハリスさん、すいません」

「さーせん」


 二人は謝罪の言葉を口にする。ゴ―ヴァンの態度にハリスはイラつきをさらに増すが、黙り込む。ハリスはもうあきらめていた。ゴ―ヴァンに何かを言っても無駄だともうあきらめていたのだ。


 ハリス。茶髪の騎士。凡庸という言葉が妙に似合う男であった。特徴がないのが特徴とでもいうべき男であった。彼はウェリトン軍の騎兵500を束ねる指揮官である。ゴ―ヴァンとガレスはハリスの部下であった。アンリよりも年が2つ上の18歳で、アンリがその才能を見出した二人であった。ハリスはアンリの頼みで二人の面倒を見ているが、彼らに大きく振り回されていた。ゴ―ヴァンとガレスも対国家の戦は初陣である。ハリスが連れてこなかったのであったが、今回アンリが参加するとのことで連れてくるしかなかったのだ。


「ほんと連れてこなければよかった」


 ハリスはボソッとつぶやく。ハリスの後ろでは、ゴ―ヴァンとガレスは言い合いを続けていた。声は小さくなっていたが。


 ハリスが若干頭痛を感じ始めたころ、戦局は大きく動き始めていた。帝国に、ウェリトン軍にとって良くない方向へと。丘上から戦場を見ていたアンリたちはそれに気づく。


「押されてる?」

「押されていますな、なぜだ?」


 アンリのボソッとつぶやいた疑問にダグラスは肯定する。丘の下の帝国軍はトランヴィア王国軍にじわじわと押されていた。アンリがなぜ?と思う。トランヴィア王国軍は3万ほどでこちらは2万5000ほど、少し数が少ないのは帝国だ。だが、防衛戦という状況に加え地の利はこちらにある。なのに眼下の帝国軍は徐々に押されていた。二人は疑問


「若、あそこはハインツ子爵の部隊でしたよね?」


 シャルが指をさした方をアンリは確認する。シャルの言った通りハインツ子爵の部隊がある場所であった。


「そうだね、ハインツ子爵だ。シャル、それがどうした?」

「若、嫌な予感が当たりそうです」


 シャルの顔が緊張感のあるものへと変わり、その場に緊張感が増していく。アンリとダグラスはハインツ子爵の部隊をよく見る。そして、二人とも気づく。気づいてしまう。よく見ればハインツ子爵の部隊には動きがあまり見られない。トランヴィア王国と戦っているように見せているだけにしか見えない。


「ダグラス、シャル、ハインツ子爵の部隊がもしトランヴィア王国につけばこの右翼の軍隊はどうなる?」

 

 アンリは自分でも恐ろしい想像のもとに発言をする。ハインツ子爵が抱える部隊は5000ほど、それが敵となれば形勢は一挙に変わる。ダグラスとシャルが顔を一度見合わせたところ、一人の伝令がその場に悲報をもたらすのであった。


「伝令!ミルドラ伯爵が戦死」


 伝令からの知らせ。それはこの場を揺るがすものであった。


「ミルドラ伯爵が戦死!?」


 アンリは驚愕の声をあげる。そして、その伝令が報告をもたらしたのとほぼ同時に、ハインツ子爵率いる部隊が動いた。ミルドラ伯爵が率いていた部隊へと攻撃を開始したのであった。ハインツ子爵の裏切り、それはヘンリック会戦に大きな変化をもたらす。


「若、本陣にいますぐ伝令を飛ばしましょう。右翼がこのままでは崩壊します!」

「そ、そうだな。それと僕たちも戦闘準備を」


 アンリは呆然としかけていたところをダグラスの言葉で救われる。アンリはイーサンとベルダーがいる本陣へと伝令を走らせる。そして、彼らは覚悟を決める。戦いに参加する覚悟を。

 ウェリトン軍は準備を行う。本来起こらないはずであった戦いの準備を。


「伝令。敵軍は第一陣を突破!丘下に部隊が集結し始めています」


 しばらくして来てしまった伝令からの悲報。アンリは丘下の状況を見ていたので、それほど大きな衝撃はなかった。帝国軍右翼の部隊は崩壊しかけていた。右翼全体を指揮していたミルドラ伯爵の死亡に加えて、ハインツ子爵率いる部隊の裏切り、それは右翼の帝国軍を崩したのであった。


「敵部隊の詳細を確認しろ!」


 ダグラスが指示をだす。そして、しばらくしてアンリたちのもとに、敵部隊の詳細が届く。限られた情報、それでもアンリたちにとっては辛い情報であった。


「敵指揮官はマルドゥク・ドーナ。数はおよそ8000」


 その敵軍の情報はその場に静寂をもたらすものであった。しばしの静寂の後に、シャルはアンリに問う。


「若、どうなさいますか?」


 それは戦うかどうかを聞くものであった。ウェリトン軍は騎兵500と歩兵1500で構成されている。丘下に終結している部隊は8000近く、地の利がこちらにあるとしても厳しい相手であった。

 アンリは思案する。自分たちがこの丘を捨てれば、敵は本陣まで一挙に攻め込んでしまう。だが、ここを守り切るのは難しいだろう。増援もすぐに来るとは思えない。中央にそれだけの余裕があるかはわからないのだから。

 アンリはダグラス、シャル、レイ、その場にいる者たちの顔を見る。全員がアンリの言葉を待っていた。アンリは覚悟を決める。一度息をはき、言葉をつむぐ。


「この丘を守るのがわれらの責務だ。王国軍をこの丘の頂上に登らせるわけにはいかない!!」

 

 シャルは微笑む。それはよくぞ言ったと言いたげな顔であった。ダグラス以下ほかのものはうなずく。アンリたちは戦いへの覚悟を決める。彼らの戦いが今始まろうとしていた。後世の歴史に刻まれた戦いが。


「若、敵のほうが数が多いのです、何か策はありますか?」


 シャルはアンリに問う。ダグラスが即座にシャルに声をかける。


「策を考えるのは貴様の仕事だろう?シャル」

「防衛戦は若のほうがお得意ですから、何かありますか?」


 シャルは真剣な顔で言う。アンリはこの丘に来た時に思いついていた策をその場で共有する。シャルとダグラスはともにアンリの策に従うことにする。アンリの策を二人はより確実なものへと変えていく。それがほぼ決まったとき、シャルはアンリに問う。


「若、いい策ですが、もう一つありますよね。妙案が」


 アンリはシャルから視線をそらす。アンリの中にはもう一つ策があった。だが、これは任せたものへの危険が高すぎた。だから、彼は言わないでおこうと思ったのだ。先にアンリが共有した策だけでは、消極的すぎるのだ。だから、その策も同時に行うことでより勝利へと近づくものであった。


「若、策をどうぞ」


 シャルはアンリに声をかける。アンリは小さな声で策を言う。


「丘下のマルドゥク・ドーナを討つ。単独の騎兵の手によって」


 アンリは敵将の首をとれば、相手の士気は大きく削られる。それに敵の統制も大きく揺らぐ。だからこそ、考えた策であった。それにその策に適任の人物もいるからこその策であった。だが、その人物の危険度が高すぎる。だからこそ、この策を実施するつもりはなかったのだ。


 この場で最も腕が立つ人物、それがこの策にとって適任の人物であった。アンリをのぞくその場にいるものが一人の人物に視線を向ける。


「アンリ、私が行くのでいいんだよね」


 視線を向けられた人物、レイはアンリに確認をとる。アンリは辛そうな表情をしながらうなずく。レイは現在のウェリトン軍で一番腕が立つものであった。ダグラスも彼女の実力を認めている。


「決まりましたね、若」


 アンリは黙ってうなずく。


「レイ、そこにある旗を馬につけてくださいね。それと敵の突撃に合わせて降りてもらいます。合図はこちらでします」

「わかった、シャル」


 レイはこの後死地に向かうというに落ち着いた様子であった。


「若、私はこの策を皆に共有してきて、そのまま騎兵の指揮につきます。よろしいですな?」

「ああ、頼んだ。また会おう必ず」


 ダグラスは「わかっております、若こそご無事で、無理はなさらず」といってダグラスはその場を去る。レイも準備を終わらせる。


「アンリ。気をつけてね」

「レイ。絶対生きて帰ってこい」

「任せて」


 レイもその場をさる。アンリは自分の策で多くの犠牲が出るかもしれないことを恐ろしく感じ始める。そんなアンリを見て、シャルは優しい声色で声をかける。


「若、責任は私にもあります。それに若の策は必ず成功します、皆を信じましょう」


 アンリは「ああそうだな」と言って、王国軍のほうを向きなおす。アンリは皆の無事を祈るのであった。


 ウェリトン軍の戦いが今始まる。アンリの初めての戦いが今始まる。


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