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ローゼベナ戦記  作者: 光井 雪平
第一章 ヘンリック会戦
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第1話 アンリ・ウェリトン

「あれがトランヴィア王国軍か」


 青年は緊張交じりの声でつぶやく。青年は短く切りそろえられた黒髪で、汚れがほとんどない新品同様の鎧をつけていた。黒髪の青年の眼には大きな特徴があった。右は金色に光り、左は赤く光っていた。両目で色が違う黒髪の青年の名は、アンリ・ウェリントン。シェフィール帝国の西方の貴族であるウェリントン伯爵家の次期当主。昨年成人したばかりの16歳の青年であった。


 彼はのちに起こるロゼルディア大陸の歴史の転換点と言われる『大陸戦争』の中心人物の一人である。


 アンリが今いる場所は、シェフィール帝国西方、トランヴィア王国との国境近くにあるヘンリック平原にある北方の小高い丘であった。小高い丘には、ウェリトン伯爵家の軍勢2000人弱が防衛陣地を作っていた。ただ、陣地といっても簡易的なものではあったが。


 このヘンリック平原では、今二つの国の軍が集まっていた。シェフィール帝国とトランヴィア王国の二つの国が。トランヴィア王国がシェフィール帝国に侵攻してきたので、帝国はそれに対抗するために軍勢をこの平原に集めたのだった。アンリも病気で倒れている祖父でありウェリトン伯爵家の当主であるベンの代わり、当主代理として今からここで起こるのちにヘンリック会戦と呼ばれる戦いに参加することとなっていた。 


 アンリの周りには3人の人物がいた。


 一人目は白髪の壮年の騎士。着ている鎧は様々な傷があり、汚れも目立つものであった。彼から放たれる雰囲気は、熟練の騎士を思わせるものであった。

 彼の名はダグラス。今年56歳であるが、いまだ現役の騎士である。先々代ウェリトン伯爵家当主であり、現当主であるベンの頃からウェリトン伯爵家に仕えるもので、今回のウェリトン伯爵家の軍勢の副将を任されていた。


 二人目は紺色の髪の女性。黒のローブを羽織り、どこか謎めいた雰囲気がある若い美女であった。その服装と雰囲気は魔女を想起させるものであった。

 彼女の名は、シャル。先代当主からウェリトン伯爵家に使えるもので、アンリの教育係であり、軍師としてこの場に参加している。


 三人目は銀髪で赤目の白い肌の美少女であった。アンリと同じく新品同様の鎧を着ていた。

 彼女の名は、レイ。アンリと同じ年の16歳の少女であった。彼女はアンリの護衛としてこの場にいた。


「若、緊張しておりますな」

 

 ダグラスはアンリに声をかける。ダグラスはアンリの体がこわばっているのを感じ取っていた。それにアンリの声は若干震え、顔は緊張そのものである。だが、アンリの緊張は仕方がないものであろう。これは彼にとって初めての対国家の戦いなのだ。盗賊相手に戦い指揮したことはあるが、国家相手は初めてだ。この戦は彼にとっての初陣にほかならないのだから。


 アンリはふうと息を吐く。彼は息苦しさを感じる。盗賊相手には感じなかった重圧を彼は感じていた。


「若、堂々としていればいいだけです。われらに出番はないでしょうしな」

「そうでしょうか?戦場では何が起きるかわかりませんからね」


 ダグラスはアンリの緊張を解くための言葉をかけた。だが、それを否定するような言葉が、シャルから放たれた。ダグラスはシャルのほうに視線を向ける。その視線は「余計なことを言うな」とでもいいたげであった。シャルはその視線をものともせずに、言葉を続ける。


「トランヴィア王国軍は7万弱、対してわれらは6万弱。現状の数は不利ですからね。いくら防衛戦とはいえ、このほとんどなにもない平原では数が多いほうが有利ですからね」

「やつらは疲弊して損耗もしている。こちらは士気は旺盛で損耗もない」


 ダグラスはシャルの言に反論する。シャルはアンリに問う。ダグラスの反論を踏まえて。


「若、復習です。戦をしかけるときの一番大事な基本は?」

「えっと、先生。相手に勝てる前提があること」


 アンリはシャルに教わったことを思い出す。何年にも及んだシャルの教育。アンリの知識の半分以上はシャルから教わったものだ。アンリは成人と同時に教育に区切りがついたが、いまだシャルのことを先生と呼んでいる。


「そうです、戦をしかけるうえで大事なのは相手に勝てるという前提が必要不可欠です。まあそれがなくても戦わなきゃいけない状況はありますが。いまこの状況においてトランヴィア王国は勝てるという前提があると踏んで来ているでしょう」

「シャル、トランヴィア王国には何か策があるとでも?」


 ダグラスはシャルに尋ねる。シャルに対して思うことはあるが。ダグラスはシャルの言に納得していた。


「あるでしょうね。まあこちらの増援が到着するまでに蹴りをつけるつもりだけかもしれませんがね」

「カーライル閣下の増援が到着すればトランヴィアに勝ち目はないだろうしな。数的有利があるうちにといったところか」


 アンリはダグラスの言にうなずく。そして、アンリはダグラスに問う。


「カーライル閣下の増援はどれくらいの数になるかな?」

「この場に参加していない西方貴族の戦力を鑑みれば。2万でしょうな」

「数は一気に逆転するわけか」

 アンリは東の方にちらりと目を向ける。帝都、そして自分の家がある方向を。


「数だけでなく、カーライル閣下が来るとなれば、トランヴィアは嫌でしょうからね」

「そうだな、カーライル閣下は『十席』と同じだけの力がある。それに『平原の覇者』に平原には来てほしくはないだろう」


 『十席』それは帝国有力者10人で選ばれた組織である。皇帝とほとんど同じ権力を有し、周辺国家も十席には警戒している。この戦にも対トランヴィア王国を任されている十席の一人。スタンリー侯爵家当主のベルダー・スタンリー侯爵が来ている。


 アンリはベルダーに会った時のことを思い出す。アンリはヘンリック平原に到着するや否や、すぐに総大将である第二皇子のイーサンの陣地へと向かった。そこに副将としてのベルダーもいたのであった。


「アンリ・ウェリトン。病気の祖父、ベンの代わりとして2000の兵とともに参りました」

「よく来てくれた、ともにトランヴィアを打ち倒そうではないか」

「はっ」


 アンリは震える声であったので、失敗したと思っていた。だが、その場でそれを指摘するものはいなかった。


「ウェリトン伯爵。貴公の軍は北方の右翼の一部として働いてもらう。ミルドラ伯爵の指示に従いたまえ」


 ベルダーはアンリに向かって言いはなつ。威厳のある声であり、アンリは今の自分とは全く違うなと感じるのであった。アンリは「はっ」と声をだし、「下がってよい」との言葉とともに、その場をさる。そして、イーサンの陣地を去ろうとした時、アンリは先ほど聞いた声を聞くのであった。


「アンリ・ウェリトン。待ってくれ」

「ベルダー閣下、どうしたのですか?」

「いや少しな、君の祖父、ベン卿には少し恩があってな」


 ベルダーは笑う。先ほど威厳ある雰囲気はどこかへ消え失せていた。親しみやすい雰囲気が彼から出ていた。


「祖父が来られればよかったのですが」

「仕方がないであろう。あの人もいい歳だ。むしろダグラスが現役なのが驚きだがな」

「若、いやアンリ様が立派になるまでは現役ですよ」


 アンリのそばにいたダグラスは笑って言う。ベルダーは「それでは私も10年以上現役でいなくてはいけないな」と返し笑う。


「アンリ卿。君には北方の丘を任せる予定だ。無理はせず、われらの戦いを眺め、十分に勉強するといい、それではさらばだ」


 ベルダーはせわしなくその場を去る。「ありがとうございます」としかアンリは言えなかった。アンリは気を遣われたことに気づき、感謝すると同時に悔しさのようなものを感じていた。

 そして、アンリはベルダーの言う通りに北方の丘の防衛を任されたのであった。右翼を担当するミルドラ伯爵もベンの戦友であり、アンリに対して「丘上で眺めているだけで戦は終わるさ」と冗談交じりに言っていた。


 アンリは仕方がないことだとなめられるているのだろうと思ってしまっていた。だが、実際16歳の初陣の自分が何もできないのはわかっているともアンリは思っていた。だからこそ、アンリは心の中でこの丘を守ることだけは果たそうと思っていた。


 アンリがいる北方の丘は右翼と中央部をつなぐ大事な場所であった。ここをとられる中央部、イーサンがいる本陣に強襲を仕掛けられる可能性もある重要拠点だった。だからこそ、右翼の軍勢はこの丘を守るように部隊を展開していた。ゆえに、アンリのもとまで軍勢が来ることはほぼないはずでもあるのであった、だからこそ、アンリに任せたのであった。


「若、色々と言いましたがどっしりと構えてくださいな」


 シャルがアンリに声をかける。アンリは「ああ」と言って姿勢を整える。


「大体嫌な予感というものは当たらないものです」

「魔女の予感が当たることが少ないからな」


 ダグラスはシャルに聞こえないようにボソッとつぶやく。シャルは正直聞こえていたが、何も言わない。アンリはニヤリと笑ってしまう。緊張が少しほどけたように感じる。


「何が起きても、自らの役目を果たすだけ」


 アンリはボソッとつぶやく。その時、眼下の軍勢に動きがみられる。トランヴィア王国軍が動き始めたのであった。それに対応するように、シェフィール帝国も動き始めるものであった。


「始まりましたね、若、しっかり見ておいてくださいね」

「わかってる」


 シャルに了承の返事を返し、アンリは丘の下で行われる戦いの趨勢を見守ることにする。ヘンリック会戦が始まった。アンリはこの時、このあとに自分がこの戦の趨勢を変えることになるなど微塵も思っていなかった。


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