第二章72 『新たな発見』
職員の灯りが、通路の先で右へ曲がった。
ルイスもその後を追う。
壁際には、運び込まれた木材が寄せてあった。新しい木の匂いに混じって、湿った土の匂いがする。
「こちらです」
職員が立ち止まったのは、扉のない入口だった。
向こう側で、誰かが灯具を持ち上げる。
低い天井と、その下に並んだ石の台が見えた。
「……いっぱいあるな」
部屋へ入ったルイスは、灯りを左右へ動かした。
台は壁に沿って並んでいた。高さはルイスの腰ほどで、上には丸い窪みが二つずつ彫られている。
奥の一つは端が割れ、崩れた部分が床に落ちていた。
フィリアは入口で足を止め、まず部屋全体を記録帳へ描いた。
「通ってよいのは、どの辺りまでですか?」
「台の手前までは確認しています。奥の入口には近づかないでください。向こうの通路が傷んでいます」
職員が部屋の反対側を指さす。
縄の張られた入口があった。その先には、灯りが届いていない。
レオンはそこを確かめてから、三人の荷袋を入口脇へ寄せた。
「これで、通る人の邪魔にはならないな」
「ありがとうございます」
フィリアが台へ近づく。
ルイスも隣へ並んだ。
窪みの内側には土が溜まっていたが、その縁を囲む細い溝は見えた。壁の窪みと同じように、一か所から線が延びている。
「ここにもある」
ルイスが言うと、フィリアは頷いた。
「踊り場のものと、比べてみましょう」
彼女が紐を取り出す。
ルイスは灯具を低く持ち、測る手元を照らした。
幅を確かめ、奥行きを測る。
フィリアは記録帳を開き、さっき書いた数字の隣へ、新しい数字を並べた。
「大きさは、よく似ていますね」
「じゃあ、同じ物を置ける?」
「その可能性は高そうです」
ルイスは台を見渡した。
踊り場に一つ。
この部屋には、いくつもある。
同じ大きさの物を、あちこちで使っていたのだろうか。
レオンが台の間へ目を向けた。
「ここなら、二人で並んで作業できるな」
「何の作業?」
「置いた物を調べたり、取り替えたりだ。上の棚より、手を動かしやすそうだろう?」
ルイスは台の前へ立ってみた。
確かに、手を伸ばせば窪みの底へ届きそうだった。
隣にも誰かが立てる。
「二人で、器に魔力を入れてたとか?」
「そういう使い方も、考えられますね」
フィリアは台の高さも記録した。
その時、奥で調べていた男が顔を上げた。
「器なら、こっちにもあるぞ」
三人の視線が向く。
男の足元に、布を敷いた木箱があった。
「台の下に落ちてたんだ。持ち上げると崩れそうだったから、そのまま箱へ移した」
ルイスは、フィリアと一緒に箱の前へしゃがんだ。
茶色い器だった。
片側の縁が大きく欠けている。けれど、底と、その周りはつながっていた。
「こんな形だったんだ……!」
浅く、両手で抱えられるほどの大きさだった。
内側には淡い色が残り、その上を細かな線が走っている。
小さな輪と、折れ曲がった線。
フィリアは箱へ顔を寄せ、しばらく黙って見つめた。
「底まで残ってる」
小さな声だった。
ルイスが横顔を見ると、彼女はもう鞄から鉛筆を取り出していた。
――――――――――
フィリアは、器を台へ戻そうとはしなかった。
箱の中に置かれたまま、縁の幅と、底の形を確かめていく。
ルイスも周りを回り、横から覗いた。
底の外側に、低い輪のような出っ張りがある。
「ここで立つんだな」
「ええ。置いた時に、器が安定するようになっています」
「台の穴にも入りそうじゃない?」
「寸法では、収まりそうです。ただ、今は動かさずに比べましょう」
フィリアは台の窪みと器の底を、別々に描いた。
紙の上に並ぶと、ルイスにも大きさが似ていることが分かった。
器の外側には、内側と違って太い線があった。
丸い粒を囲む、葉のような形。
ルイスは灯りを寄せた。
「これ、模様があるぞ」
フィリアの手が止まる。
男へ断ってから、彼女は刷毛で表面の土を軽く払った。
細長い葉が現れた。
その間に、小さな粒が幾つも並んでいる。
「……穂でしょうか」
「麦?」
「似ていますね。種類までは分かりませんけど」
ルイスは上の回廊を思い出した。
器を持つ人。
籠を抱える人。
それから、両腕に長い束を載せた人もいた。
「あの束も、麦だったのかな」
「実物と比べたいですね。こちらと同じ形なら、関係があるかもしれません」
フィリアは器の外側も描き始めた。
鉛筆が動く間、ルイスは内側へ光を戻した。
小さな輪と、折れ曲がった線。
外側の穂の模様とは、随分違っている。
「食べ物を入れる器を、魔道具にしたのかな」
フィリアは少し考えた。
「穂の模様があるからといって、食事用とは限りません。でも、何かを願うために使っていた器を、後から加工した可能性はあります」
「願う?」
「作物が育つように、とか。食べ物に困らず暮らせるように、とか」
ルイスは器を眺めた。
村の畑で、腰を曲げて働く人々を思い出す。
雨が降らなければ、育たない。
降りすぎても困るのだと、道中でオリバーが話していた。
「じゃあ、広間に持っていったのも、そういうお願いだったかもしれないんだ」
「はい」
フィリアは頷き、それから内側の線へ目を移した。
「ただ、こちらの加工も、そのためだったかは分かりません」
ルイスは器の縁を見た。
土に汚れ、欠けている。
それでも、穂の模様と細い線は、両方残っていた。
「別々に調べないと、混ざっちゃうな」
「そうなんです」
フィリアが顔を上げた。
返事が少し弾んでいた。
「同じ物に残っていても、同じ時に作られたとは限りませんから」
彼女は記録帳へ目を戻す。
器の外側と内側を、別の場所へ描き分けていた。
ルイスはその紙を覗き込んだ。
今日、壁画を見るまでは、器に魔力を入れていたことさえ知らなかった。
今度は、魔力を入れるより前にも、使っていたかもしれないと分かった。
「……器一つでも、長いんだな」
「何がだ?」
レオンが尋ねる。
「ここに来るまで。作った奴がいて、使った奴がいて、その後に線を彫った奴もいたかもしれないだろ」
ルイスは箱の中を見た。
「全部、同じ奴かもしれないけど」
「確かに。俺も、鍋の柄を直して使っている」
レオンが頷いた。
「柄?」
「ああ。旅の途中で緩んでな」
「……自分の鍋、持ってるのか?」
「湯を沸かせると便利だぞ」
ルイスは入口脇の荷袋を見た。
食料だけで、あの大きさではなかったらしい。
フィリアが鉛筆を持ったまま、肩を揺らした。
――――――――――
器の記録を終える頃には、ルイスの腕が少し疲れていた。
灯具を持つ手を替える。
フィリアがそれに気づき、顔を上げた。
「すみません。長くなってしまいましたね」
「平気。よく描けた?」
「はい。底が残っていたので、今まで分からなかったところも」
彼女は記録帳を見せた。
器を横から見た絵と、上から見た絵。その下には、台の窪みとの大きさの違いも書いてある。
「これなら、上の欠片とも比べられるな!」
「ええ。刻まれた線が、どの部分だったのかも確かめたいです」
ルイスは頷いた。
フィリアが道具をしまう間に、レオンが部屋の入口へ目を向ける。
木材を担いだ男が一人、通路から入ってきた。
荷物を下ろし、案内してくれた職員へ声を掛ける。
「向こう、外へ出てたぞ」
「外?」
ルイスは思わず振り返った。
男の肩や髪には、細かな土が付いていた。
「ああ。崩れた通路の手前に、横へ抜ける道があったんだ。風が来るから確かめたら、上が開けてた」
職員が図面を広げる。
男は指で場所を示した。
「ここだ。今は床の確認をしてる。壁際に瓦礫があるが、真ん中は通れそうだ」
ルイスも紙を覗き込んだ。
今いる部屋の外。
通路が一本延び、その先に、まだ何も描かれていない場所がある。
「崖の反対側まで行ったのか?」
「いや。周りは壁だ。上だけ開いてる」
「庭みたいなところでしょうか」
フィリアが隣へ来た。
「そうかもしれないな。草が生えてたよ」
男が頷く。
ルイスは灯具を持ったまま、通路へ顔を向けた。
暗い部屋と階段が、奥まで続いていると思っていた。
その途中に、空が見える場所がある。
「見に行きたい!」
「確認が終わってからですよ」
職員が答えた。
「分かってる!」
ルイスは頷き、図面へ目を戻す。
レオンもその先を見ていた。
「休める場所なら、助かるな」
「飯?」
「そろそろ、そういう時間だろう」
フィリアが小さく笑い、それから職員へ尋ねた。
「通れるようになったら、私たちも見せていただけますか?」
「ええ。向こうの者に確認しましょう」
三人は荷物を持ち上げた。
入口を出ると、ルイスは頬を上げた。
通路の奥から、かすかに風が来ていた。
冷たい石の匂いに混じって、青い草の匂いがする。
ルイスは一度、灯具の覆いを確かめた。
あの先では、この灯りがなくても、隣の二人の顔が見えるのかもしれない。
まだ見えない空を思い浮かべながら、職員の返事を待った。




