第二章68『後から刻まれた線』
ルイスは、図面に描き足された階段を指さした。
「ここも、次に行けるかな」
フィリアは鉛筆を止め、受付の方へ目を向けた。
「通れるかどうか、確認が済んでからですね」
「小部屋を調べて、それから階段?」
「時間と、調査済みの範囲次第ですけど……私も、下がどうなっているのか見たいです」
その返事に、ルイスは顔を上げた。
「フィリアも?」
「もちろんです」
フィリアは階段の印を見つめた。
「上の部屋とつながる場所なら、何のために造られたか考える手掛かりになるかもしれませんから」
「宝物庫かもしれないしな」
レオンが言う。
「それは、見つかってからですよ」
「では、見つけよう」
迷いなく返され、フィリアは少し笑った。
受付では、戻ってきた冒険者たちが、職員へ通路の様子を説明していた。
ルイスたちは話が終わるのを待ち、次の探索について尋ねた。
「新しく通れるようになった場所は、確認が済み次第、掲示します。出発前に必ず確かめてください」
職員はそう言い、三人の図面へ目を落とした。
「こちらの小部屋でしたら、既に調査隊が入っていますよ」
「じゃあ、まずはそこだな!」
ルイスがフィリアを見る。
彼女も頷き、小部屋の印へ指を添えた。
「今日は、ここの報告をもう少し確認しましょう」
ルイスは階段から指を離した。
新しく見つかった場所が気になる。
けれど、その前に、今日拾った器の欠片の続きもあった。
「分かった。どこに落ちてたのか、だよな?」
「はい。それと、一緒に何が見つかったのかも」
フィリアが記録帳を開く。
ルイスも隣へ椅子を寄せた。
――――――――――
翌日、三人は再び遺跡の広間へ入った。
出発前に確認した掲示では、右の通路は補強を終え、階段の最初の踊り場まで通行できるようになっていた。その先は、まだ調査中だという。
ルイスは広間へ灯りを向けた。
昨日、魔獣が倒れていた場所には、もう何もない。床に残った爪の跡だけが、戦った場所を教えていた。
レオンは奥の通路を確かめ、それから壁際へ視線を動かす。
「まずは、小部屋だったな」
「はい。こちらです」
フィリアが図面と見比べ、石台の横を通った。
壁の一部に、人が二人並べるほどの入口がある。
扉は残っていない。
ルイスはその手前で床を照らし、レオンが中を確かめるのを待った。
「入れるぞ」
声を聞いてから、二人も続く。
小部屋の壁際には、腰ほどの高さの石棚が並んでいた。
棚の上はほとんど空だったが、床には土や細かな欠片が残っている。奥の棚は一部が崩れ、その下に平たい石が重なっていた。
「ここに置いてたんだ」
ルイスは棚を見た。
器が何枚も並んでいたところを想像する。
レオンも入口から棚までの距離を確かめていた。
「広間までなら、運ぶ距離は短いな」
「昨日から、ずっとそれ気にしてるよな」
「ここから持ち出したなら、あの回廊は通らない」
ルイスは振り返った。
確かに、この部屋から広間へ出るだけなら、器を持った人物の彫刻は通り過ぎない。
「じゃあ、あの絵の人は、別のところから来たのか?」
「そうかもしれません」
フィリアが答えた。
「使う前と、使った後で置く場所が違った可能性もあります。まずは、残っているものを見てみましょう」
彼女は棚の前へ膝をつき、灯具を低くした。
土の間に、茶色い欠片が見える。
ルイスもしゃがみ込んだ。
「昨日のと似てるな」
「ええ。報告にあった欠片は、主にこの棚の下で見つかったそうです」
フィリアは周囲を記録してから、刷毛で表面の土を払った。
浅い器の底らしい部分だった。
内側に、淡い色が残っている。
その上を、細い線が横切っていた。
「模様?」
ルイスが尋ねる。
フィリアは返事をせず、灯りの向きを変えた。
線の中に影ができる。
塗られた模様ではなく、刻まれた溝だった。
「……少し、見てください」
フィリアは指を触れさせず、線の端を示した。
「色の付いたところを削ってあります」
「後から彫ったってこと?」
「そう見えます。器を作った時の飾りなら、色を付ける前に刻むこともできますから」
ルイスは顔を近づけた。
淡い表面の途中に、細い線が走っている。
欠けた縁で途切れていたが、その手前では角度を変え、別の線へつながっていた。
「誰かが、自分の器だって印を付けたとか?」
「その可能性もあります」
フィリアは頷いた。
けれど、その目は線から離れなかった。
「ただ、名前を書くには、少し変わった形ですね」
「文字じゃない?」
「私の知っている文字には見えません。もっと残っていれば、分かるかもしれないんですけど」
レオンが奥の棚へ灯具を向けた。
「こちらにもあるぞ」
二人が近づくと、棚の端に別の欠片が残っていた。
崩れた石の陰にあったためか、先ほどのものより大きい。
同じような淡い色の上に、いくつもの線が刻まれている。
フィリアの鉛筆が速く動いた。
「同じ形なのか?」
レオンが尋ねる。
「一部は似ています。でも、こちらには線が分かれるところがありますね」
フィリアは二つの絵を並べた。
ルイスにも、似ている場所が分かった。
角を曲がる線と、その脇にある小さな輪。
「一つだけじゃないんだな」
「はい」
フィリアは器の欠片と石棚を見比べた。
「同じように加工した器を、ここへまとめて置いていたのかもしれません」
「何に使ったんだろ」
ルイスは小さな輪を見つめた。
食べ物を載せるなら、こんな線はなくてもいいはずだ。
飾りにしては、細かくて、あまり目立たない。
フィリアも考え込んでいたが、やがて記録帳へ数行を書き足した。
「今は、後から線を刻んだ器が複数あった、というところまでにしておきます」
「続きも探そう!」
ルイスが言うと、彼女は顔を上げた。
「はい」
返事は、すぐだった。
――――――――――
小部屋を出る前に、ルイスは奥の壁へ灯りを向けた。
石棚の上に、細い縦の隙間がある。
近づくと、その両側だけ石の並び方が違っていた。
「フィリア。ここも、入口みたいじゃない?」
フィリアが隣へ来る。
灯りを上下に動かすと、石棚の後ろまで続く境目が見えた。
レオンも壁へ目を向けた。
「人が通るには、狭そうだな」
「今は塞がっていますけど、元はもう少し幅があったのかもしれません」
フィリアは図面を開いた。
小部屋の奥には、何も描かれていない。
「入口の石も、後から足してあったよな」
ルイスが言う。
「ええ。こちらも、周りの壁とは積み方が違います」
器に刻まれた線。
塞がれたらしい入口。
どちらも、最初に造った時からあったものではないのかもしれない。
ルイスは壁を見上げた。
「昔の人が、使い方を変えたのかな」
「その可能性は、調べたいです」
フィリアは壁の位置を描き留めた。
「ただ、石を外すのは調査隊に相談しましょう。上を支えているかもしれませんから」
「分かった」
ルイスは壁から離れた。
その向こうを見てみたい。
けれど、今、進める道は他にもある。
三人は小部屋の調査を終え、広間へ戻った。
レオンが奥の通路を見てから、右側へ灯具を向ける。
「階段へ行くか?」
ルイスはフィリアを見た。
彼女は記録帳をしまい、頷いた。
「最初の踊り場まで、見てみましょう」
「よし!」
昨日は石で塞がれていた通路へ、三人で向かう。
途中から、床の端に砕いた石が寄せられていた。頭上には新しい木の支えが組まれ、入口に立つ職員が、通れる範囲を説明している。
その先に、階段があった。
ルイスは足を止めた。
幅の広い石段が、下へ続いている。
灯りを向けても、奥までは届かなかった。
「……本当にあった」
地図に増えた、小さな印。
それが今は、自分の足で下りられる道になっていた。
フィリアが入口の脇へ目を向ける。
上の回廊とは違い、壁に葉や鳥の彫刻はない。
飾りのない石の間に、細い線だけが刻まれていた。
「ルイス。そちらを照らしてもらえますか?」
「ここ?」
「はい」
光が壁を滑る。
線が曲がり、その先で小さな輪につながっている。
フィリアは鞄から記録帳を取り出した。
先ほど描いた、器の絵を開く。
ルイスは紙と壁を見比べた。
「……似てない?」
「ええ」
フィリアの鉛筆が、紙の上で止まった。
「器だけの模様では、なかったのかもしれません」




