第二章61 『宝を探す街ラステル』
丘の向こうに街が見えた時、ルイスは荷台から身を乗り出した。
「見えた!」
「見えたなら座ってろ。ここから下りだぞ」
御者台のオリバーが、振り返らずに言う。
馬車が坂を下り始めると、木箱に添えていた手へ振動が伝わった。ルイスは荷物の隙間へ腰を戻したものの、視線は前方から離れない。
グランベルを出てから数日。街道沿いの景色は、深い森から畑と草原へ変わっていた。
その先に広がる街は、緩やかな斜面に沿って屋根を重ねている。中央には四角い塔があり、朝の光を受けた鐘が小さく輝いていた。
「あれがラステル?」
「ああ」
「遺跡はどこ?」
「街の向こうだ。ここからじゃ見えねぇよ」
「そっか……」
ルイスは首を伸ばすのをやめ、代わりに街へ続く道を見た。
荷物を高く積んだ馬車が、何台も列を作っている。その脇を、槍や弓を携えた人々が歩いていた。背負い袋に鍋を括りつけた男は、仲間と何かを話しながら坂を下っている。
「みんな遺跡に行くのかな」
「似たような噂を聞いて来た奴は多いだろうな」
「宝があるって?」
「宝があるかもしれねぇ、だ」
オリバーはそこを強調した。
「噂ってのは、遠くへ行くほど話がでかくなる。古い壺が一つ出ただけでも、隣の街じゃ金銀財宝になってたりするもんだ」
「古い壺でも面白いじゃん」
「壺だぞ?」
「昔の人が使ってたんだろ? どんなのか見たい」
オリバーは肩越しにルイスを見ると、口元を緩めた。
「お前なら、割れた欠片でも喜びそうだな」
「模様とか残ってるかもしれないし!」
「買う時は俺に見せろよ。昨日作った壺を掴まされるな」
「……そんなのあるの?」
「人が集まる場所には、いろんな商売人が来るんだよ」
街へ近づくにつれ、道の両側にも人の姿が増えていった。
干した肉や水袋を売る者。車輪を修理する者。街の中まで荷物を運ぶと声を張り上げる者。
門の前には兵士が立ち、訪れる人々を順番に通していた。
ルイスたちの馬車も列へ並ぶ。やがて順番が来ると、オリバーは馴染みらしい兵士へ片手を上げた。
「よう。随分と賑やかになったな」
「オリバーさんか。今は毎日こんな調子だよ」
兵士は荷台を確かめながら、困ったように笑った。
「宿を探すなら急いだ方がいい。昨日も部屋が見つからなくて、門の外まで戻ってきた連中がいた」
「そこまでか」
「遺跡が見つかってから、一気に増えたんだ。銀翼さんも、もうちょっといてくれればよかったのにな」
ルイスは顔を上げた。
「銀翼?」
聞き慣れない言葉を、口の中でもう一度繰り返す。
「なんだそれ? 変な名前」
「おい、ルイス」
オリバーが苦笑したが、兵士は気を悪くした様子もなく笑った。
「名前じゃないよ。二つ名だ」
「二つ名?」
「Sランク冒険者になると、ギルドから正式に与えられる呼び名があるんだ。銀翼さんも、その一人さ」
「Sランク!?」
ルイスは座っていた木箱から腰を浮かせた。
「その人、ここにいたの!?」
「ああ。少し前までね」
「うわ……会ってみたかった!」
「今度は随分と食いつくじゃねぇか」
「だってSランクだぞ!」
ルイスはオリバーへ振り向き、それからすぐ兵士へ顔を戻した。
「Sランクって、Aランクの上だろ? やっぱりすっごい依頼を達成したらなれるの?」
「実績は必要だが、それだけじゃなれねぇよ」
答えたのはオリバーだった。
「Sランクには、零から二十一まで、二十二の席しかねぇんだ」
「二十二?」
「そうだ。だから、いくら強くなっても席が埋まってる間は昇格できん。誰かが引退したりして空席ができて、初めて次の候補が選ばれる」
「じゃあ、世界中で二十二人しかいないの?」
「席が全部埋まってりゃな」
ルイスは両手の指を見下ろしかけて、すぐに諦めた。
グランベルのギルドには、あれほど多くの冒険者がいた。今も目の前の街へ、次々に武器を持った人々が入っていく。
その中でも、世界中でわずか二十二人。
「……すげぇ」
「銀翼さんは、第十三席の方だよ」
兵士が付け加える。
「十三ってことは、十三番目に強い?」
「番号は強さの順じゃねぇ。それぞれ違う席なんだよ」
「へえ……」
ルイスは少し考えてから、兵士へ尋ねた。
「じゃあ、銀翼っていうのは、その人だけの呼び名?」
「そういうこと。立派な鎧を着た方でね。背中に銀の翼の装飾があって、遠くからでもよく分かったよ」
「銀の翼……」
頭の中に、まだ見たことのない冒険者の姿が浮かぶ。
どんな武器を使うのだろう。どんな場所を旅してきたのだろう。自分が名前も知らない遺跡や、地図に載っていない土地にも行ったことがあるのだろうか。
「話、聞いてみたかったな」
「遺跡が見つかる少し前に出発されてね。もったいない話だよ」
「忙しいんだろうさ。Sランクともなりゃ、あちこちから声が掛かる」
オリバーが言うと、兵士も頷いた。
「ほら、荷物の確認も終わったぞ。後ろを詰まらせちまう」
「ああ。それじゃ、またな」
馬車が動き出す。
ルイスは門をくぐる直前まで兵士の方を見ていたが、街の中へ入った途端、別のものへ目を奪われた。
通りには色とりどりの布が張られ、その下に露店が並んでいる。縄、松明、革手袋、携帯食。冒険に必要そうな品物の間には、見慣れない石や金属片を置いた店もあった。
焼いた肉の匂いが漂い、どこかで金槌が鳴っていた。
「遺跡から出た古代の首飾りだ! 今なら安くしとくよ!」
「探索用の縄はこちら! 長さも丈夫さも、そんじょそこらの物とは違う!」
「北の宿は満室だ! 泊まるなら川沿いへ行きな!」
呼び声が次々に飛んでくる。
ルイスは荷台の縁を握り、右を見て、左を見た。
「オリバーのおっさん!」
「今度はなんだ?」
「早く歩いてみたい!」
「荷物を下ろしてからだ」
「分かってるって!」
オリバーは笑いながら、馬車を通りの端へ寄せた。
店先に大きな秤を置いた商店の前で止まり、手綱をまとめる。
「よし。働いてもらうぞ」
「任せろ!」
ルイスは荷台から飛び降りた。
目の前には知らない街が広がっている。その向こうには、まだ全容も分かっていない遺跡がある。
すぐにでも見に行きたかったが、馬車に乗せてもらう代わりに荷物運びを手伝う約束だ。
ルイスは木箱を抱え、オリバーの後に続いて店へ入った。
――――――――――
最後の荷物を運び終える頃には、通りを照らす日差しが随分と高くなっていた。
「助かった。ここからは商売の話だ」
オリバーは懐から財布を取り出し、ルイスへ食事代を渡した。
「先に飯でも食ってこい。宿はこの店の主人に聞いてみる」
「いいの?」
「働いたんだからな。ただし、遺跡へ勝手に走っていくなよ」
「まだ場所知らないって!」
「知ったら走るだろ」
ルイスは返事の代わりに笑った。
「図星か。まずはギルドで話を聞け」
「分かった!」
店の主人にギルドの方角を教えてもらい、ルイスは通りへ出た。
露店には、小さな金属の輪や、文字のようなものが刻まれた板が並んでいる。泥の付いた石像には、片方の腕がなかった。
その中で、ルイスは一枚の地図に足を止めた。
卓上に広げられた紙には、四角い部屋と、それらをつなぐ通路が描かれていた。
「遺跡の地図?」
「おう。今分かってるところまでな」
店の男が、すかさず身を寄せる。
「中へ入るなら持っといた方がいいぞ。迷ってからじゃ遅い」
ルイスは地図を覗き込んだ。
入口からいくつかの部屋が続き、その先で道が三つに分かれている。一番右の通路の奥には、大きな丸が描かれていた。
「この丸は?」
「宝物庫があるって話だ」
「宝物庫!」
「興味あるか? 今なら――」
「その宝物庫、昨日は階段でしたよね?」
すぐ隣から、澄んだ声がした。
ルイスが振り向くと、少女が卓上の地図を指さしていた。
栗色の髪を肩のあたりまで伸ばし、左の耳の上で、小さく編んだ髪を青いリボンで留めている。毛先は緩く外へ跳ね、顔を傾けると頬に沿って揺れた。
丸みのある大きな瞳は、若葉のような明るい緑色だった。白い襟の付いた薄緑の上着に、動きやすそうな紺色のキュロット。編み上げの革靴には乾いた土が付いている。
肩から掛けた革鞄には紙の束が詰まり、脇の小さな袋からは細い刷毛の柄が覗いていた。腰には短い杖と、ルイスも持っている冒険者登録証が下がっている。
可愛らしい顔立ちをしていたが、今は眉を少し寄せ、店の男をじっと見ていた。
「……新しい情報が入ったんだよ」
「どの探索隊からですか?」
「いや、それは……」
「右の通路は、崩れた石で塞がっています。昨日の夕方、ギルドで確認した報告では、まだ先へ進めていませんでした」
少女は地図へ視線を戻した。
「階段が宝物庫に変わったなら、大発見です。ぜひ詳しく聞かせてください」
男が口を閉じる。
ルイスは二人の顔を交互に見た。
「じゃあ、宝物庫かどうか分からない?」
「はい。少なくとも、確かめた人はまだいません」
少女が頷くと、男は地図を手元へ引き寄せた。
「噂だって言っただろ。買わないなら、そこを空けてくれ」
追い払うように手を振られ、二人は店先を離れた。
少女は小さく息を吐いた。
「昨日、間違っている場所を伝えたばかりなのに。今日になったら、増えているんですから」
「昨日も見たの?」
「調査に使える地図を探していたんです。でも、あれを持って入るのはやめた方がいいですよ」
「そっか。ありがとう! 買うところだった」
「お役に立てたならよかったです」
少女の眉がほどけた。
微笑むと、左の頬に小さなくぼみができる。先ほどまで店主を問い詰めていた時とは違い、少し幼く見えた。
ルイスは彼女の腰にある登録証へ目を向ける。
「そっちも冒険者?」
「はい。遺跡の調査を中心に活動しています」
「調査?」
「古い文字を読んだり、建物や出土品を調べたり。誰が、いつ、何のために作ったのかを確かめるんです」
「へえ……宝を探すだけじゃないんだな」
「もちろん、宝が見つかったら嬉しいですけど」
少女は少し笑った。
「古い器の欠片でも、昔の暮らしが分かることがありますから。そういうものも、私には大事な発見なんです」
「それ、分かる!」
ルイスが勢いよく頷くと、少女は目を丸くした。
「分かりますか?」
「さっき馬車で、同じような話してた! 古い壺だって見てみたいって」
「……壺を?」
「ああ!」
少女の表情が、少し明るくなった。
「あなたも、この遺跡の噂を聞いて来たんですか?」
「うん! 今日着いたばっかり!」
「私もです。着いたのは昨日なんですけど、新しい遺跡が見つかったと聞いて、急いで来ました」
「じゃあ、ここの人じゃないんだ?」
「ええ。いろいろな土地の遺跡を調べながら旅をしています」
ルイスは鞄から覗く紙の束へ目を落とした。
曲がった角や擦れた表紙。細かい文字の間には、建物らしい絵が描かれている。
「それ、全部調べたこと?」
「これは、途中までです。他にも記録帳があります」
「すげぇ! いろんな遺跡に行ったんだな!」
「まだ、行きたい場所の方がずっと多いですよ」
少女はそう言ってから、ルイスの顔を見た。
「今はギルドへ?」
「そのつもり。まず話を聞けって言われた」
「それなら、調査済みの範囲を確かめてください。まだ入れない場所もありますから」
「分かった!」
頷いてから、ルイスはもう一度、地図を売る店へ目を向けた。
「でも、あの奥は分かってないんだよな」
「右の通路ですか? ええ」
「じゃあ、宝物庫もあるかもしれない」
少女は少し目を丸くした。
「……さっきの話、聞いていました?」
「聞いてた。あの地図は当てにならないんだろ?」
「はい」
「でも、本当に何があるかは、まだ誰も知らない」
ルイスは笑った。
「だったら、見に行きたいな」
少女は何かを言いかけて、口を閉じた。
それから、鞄からはみ出した紙へ手を添える。
「奥に、何があってほしいですか?」
「うーん……」
ルイスは露店に並んだ品物を眺めた。
「見たことないもの!」
「随分と広いですね」
「だって、知らないんだから、何があるか思いつかないだろ?」
少女は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「確かに」
「昔の人が使ってた道具とか、どんな場所を作ったのかとか。そういうのも見たいな」
ルイスは、先ほど見た石像を指さした。
「ああいうのもさ。腕、どんな形だったんだろう」
少女は石像へ顔を向けた。
「……何かを持っていたかもしれません」
「何か?」
「昨日、ギルドで見せてもらった出土品の絵に、似た衣服の人物がいたんです。その人物は、胸の前で器のようなものを持っていて」
少女の声が、少し弾んだ。
「ただ、同じ役割の人物とは限りません。衣服の模様も違いますし、見つかった場所も確認しないと。できれば実物を並べて――」
そこまで言って、彼女は急に口を押さえた。
ルイスがじっと聞いていることに気づくと、頬が薄く赤くなる。
「……ごめんなさい。急に、こんな話」
「なんで?」
「長くなるので」
「面白いじゃん!」
ルイスは石像へ向き直った。
「欠けた腕だけでも、そんなに分かるんだな!」
「まだ、分かったとは言えません。そうだったかもしれない、というだけです」
「じゃあ、他の像が見つかったら分かるかも?」
「……はい」
少女は頷いた。
「遺跡に残っているものを調べれば、もっと」
その目はもう、店主の地図を見ていた時とも違っていた。
ルイスは彼女の顔を覗き込む。
「遺跡のこと、好きなんだな」
「はい」
今度は、迷わない返事だった。
「誰かが暮らして、何かを作っていた場所でしょう? でも、今はその人たちに話を聞けません。残っているものから、少しずつ知っていくしかないんです」
少女は石像を見つめた。
「だから、分からなかったことが一つ分かると、嬉しくて」
「そっか」
ルイスも、欠けた腕を見る。
さっきまでは、ただの壊れた像だった。
けれど、何を持っていたのかと考えると、その姿を確かめたくなってくる。
「俺も見てみたいな。その、器を持ってるやつ」
「ギルドに記録がありますよ」
「本当?」
「ええ。私も、もう一度確認するつもりです」
「じゃあ、一緒に行こう!」
ルイスは少女へ向き直った。
「俺、ルイス!」
「私はフィリアです」
差し出された手を、フィリアは握った。
「あ、インクが付いているかもしれません」
「平気!」
手を離すと、ルイスは街の向こうを見た。
「なあ、遺跡ってここから見える?」
「鐘楼の近くまで行けば、入口が少しだけ見えます。昨日、そこから見ました」
「どんな入口?」
「崖の岩壁に、大きな入口があるんです。離れていても、柱の形が分かるくらいで」
「柱……」
どれくらい大きいのだろう。
どんな石でできているのだろう。その向こうには、いくつの部屋が続いているのだろう。
ルイスの足が、自然と鐘楼の方へ向いた。
すると、フィリアがその横顔を見上げた。
「まずはギルド、ですよね?」
「……そうだった!」
ルイスは足の向きを戻した。
フィリアがくすりと笑う。青いリボンが、髪と一緒に小さく揺れた。
「案内しますよ。昨日、何度も行き来したので、道は覚えました」
「助かる!」
「その代わり、気になる露店があっても、先に行かないでくださいね」
「努力する!」
「そこは約束してほしいんですけど」
どこかで聞いたような言葉に、ルイスは思わず笑った。
二人は肩を並べ、賑わう通りを歩き出した。




